時を遡る事、NBが煙を上げる少し前になる。
「さてと。」
西南は苦笑いを浮かべながら、ここ最近で乗り慣れたそのシートに身体を預ける。
船としては十二分に快適な部類に入る賢皇鬼だが、やはり自分の思うにならない他人の船に乗るというのは、妙に肩がこる。
これは船乗りなら誰もがそう思うだろう。
"これなら自分で動かせる船の方がマシだ"と。
「彼は正直、優しい子だね。宇宙に出て何度か海賊に会ったってのに、変わらず優しさを持てるってのは凄い事だと思うよ。」
誰に言ってみたわけでもない。
いや、恐らく昔の自分に言っているのだろう。
あの時、自分は毎日を生きるのに必死で、宇宙への憧れと続々と降りかかる出来事を処理するだけで精一杯だった。
その証拠に、一路の意を受けた攻撃は最小限に留められたもので、数も被害も小規模。
武装を無力化した程度だ。
「力を手に入れても、何度海賊に襲われても同じでいるってのは大変な事だもんなぁ。」
皇家の樹、幼生固定された種とのリンクですらも自分は多分な全能感と暴力的衝動に駆られてしまった。
ひょっとしたら、一路ならばそんな事もないのではないかと・・・。
「・・・・・・そうならないようにするのが"大人"ってヤツなのかなぁ?」
どうにも西南にはそういう感覚が少ない。
周りの大人達が特段に優秀であるが、特大にダメだというにも知っているから余計に何とも言えない。
特に筆頭が・・・と、頭に浮かべてそれを振り払う。
自分に対して時に過保護だなぁと思う事もあって、そういう意味では子供だったあの頃の自分に対して、そこそこには大人というか保護者的な体裁というか、そういう役目もしていたのだと思う。
思う事にする。
「やれやれ、俺も人の事言えないじゃないか。でも、誰かがやらなきゃならないっていう事は生きてれば沢山あるよね?」
「武装無力化、全体の48%、全艦航行可能、生命維持装置の健在を確認。」
「じゃあ、D。"行くよ"。」
そう西南が呟いて、海賊達の眼前の空間に罅が入り、巨大な人型が現れたのが時間にしてほんの数秒。
その巨神が腕を振るって閃光を走らせたのがコンマ数秒の単位。
そして再び姿を消して、何事もなかったかのようにそこにいつもの宇宙空間が戻ったのが数秒。
数秒後、その場に集っていた海賊船の武装・航行類が吹き飛ぶ。
「マスター、少々甘いのでは?」
ひと仕事して、息をついた西南はDの呼びかけにう~んと唸り、そして苦笑する。
Dとしては、本当にそう思っただけでそこに非難とか否定的な意味合いがあるわけではない。
「そりゃ、さ、いつかはそうしなきゃいけない、選ばなきゃいけないとしてもだよ?でもさ、今ぐらいはまだそういう大人の汚い面は大人で解決するべきだと思うんだよね。俺の時に皆がそうしてくれたようにさ。」
命のやり取りをするのはもう少し後、それもどうにもならない程に切羽詰まってからにしてもらいたいものだと西南は思う。
寧ろ、そんな選択を一生しないに越した事はないし、出来るならずっとそうでいて欲しい。
が、それも無理だろうというのは、一路がどういう状況であれ賢皇鬼を手に入れてしまった事からも解る。
願うとすれば、せめて自分の時よりは手加減して欲しいものだ。
一路の持つ、価値観はこの宇宙では貴重なのだから。
それは、自分と瀬戸がこれから行うだろう計画にも。
まぁ、それもこれからの一路の言動次第なのだが。
「じゃあ、D、俺は戻るよ?転移をお願い。それと、林檎さんに連絡して樹雷の艦隊を回してもらって。」
「林檎、ですか?聖衛艦隊に直接ではなく?」
「うん、瀬戸様じゃなくて林檎さん。あの海賊達の懸賞金は、一路君にツケといて欲しいって伝えておいて。」
先輩として宇宙に出た後輩の門出・・・と言ったら額が多いがあって困るものでもないし、何時入り用になるか解らない。
自分はそうそう何度も援助出来るわけではないので、いざという時に使ってもらおう。
「了解。」
そして西南の身体は巨神から消えて、再度賢皇鬼の・・・。
「冷てぇっ!」
・・・の、トイレの便器に片足を突っ込んで帰還したのである。
知らない間にお金持ちになってゆく一路君のお話でした。
え?巨神?何でしょかね、あの巨神(笑)