真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第177縁:故に、それは本当の・・・。

「ひ・・・はぁ・・・。」

 

 閑静な山道に荒い吐息が聞こえる。

ゆらりと身体を左右に揺らしながら、延々と続く坂道を無言で登り続ける人影。

季節は初夏にさしかかろうとしている今、その人物は額にじっとりと汗を滲ませていた。

首筋に流れてゆくそれを拭う事もせず・・・いや。拭う体力もなく、それでもただひたすら、苦行のように歩みを止める事なく。

そして相変わらずぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返したまま、その場所を目指す。

山の上にあるという柾木神社へ・・・。

 

 

 

「いやぁ、ごめんごめん。」

 

 ひたすらに謝る西南を尻目に一路は何とか上昇したNBの熱を下げようと、強化された身体を使って必死に扇いでいた。

今のままでは西南に任せようとも熱くて持つ事すら出来ないのだ。

時間凍結はその状態の全てを凍結してしまうので、熱量も保存されてしまう。

冷却する道具も船の何処かにあるかも知れないが、探す余裕もないので着ていたジャケットを脱いで、ばっさばっさと振るう。

非常に原始的な方法だ。

効率的ではないとは解っているが、いてもたってもいられない。

 

「水をかけるわけにはいかないしなぁ・・・。」

 

 いくら言動がちゃらんぽらんだとしても、中身は精密機械の塊だ。

そんな事をしたら修理不能になってしまうかも知れない。

 

「あ、俺も扇ぐよ。」

 

 一路の健気な姿を見て、西南も着ていた上着を脱ぐと一路の隣で同様にばさばさと振り始める。

 

「・・・なんか、間抜け。」

 

 思わず口を出てしまった自分の口を押さえるシアを見て、一路と西南は顔を見合わせて笑う。

 

「そりゃあ、こんなの気休めかも知れない。でも、やらないよりは断然いいと思うね。そうだろう?」

 

「そうですね。まぁ、何もやらないよりは・・・。」

 

「やるだけやってどうにもならなくなったら、その時はまた考えればいい。死なない限りはどうとでもなるよ。」

 

 希望とか絶望とか、そういうもの以前の環境で生きてきた西南の言葉は、彼とその体質を知るものならば、何と重い言葉だと思っただろう。

 

「とりあえず、当面の危機を脱したのなら、これからの事を決めようじゃないか。」

 

「これからの?」

 

 西南の言わんとする事がピンとこない一路は首を傾げる。

 

「これからって・・・だから、この船で地球に帰って、天地さんに謝って鷲羽さんにNBを直してもらって・・・あ、父さんにも連絡を・・・。」

 

 そこまで言ってから眉間に皺を寄せる。

 

「・・・・・・中間終わってるから、学校でつ、つ、追試を受けないと・・・。」

 

 声が震えているのは、状況を理解したというよりは、もう留年なんて出来るか!という事からだ。

 

「いやいや、そうじゃなくて。」

 

 一路の余りに具体的かつ、逼迫した学生生活に覚えがある西南はまず苦笑する。

 

「その先さ。」

 

「先?どの先?」

 

「どうだい?宇宙に出てみて。わくわくしなかったかい?」

 

「・・・しました。」

 

 それはまるで飛べなかった雛が急に自由に空を飛び回れるようになったかのように。

だが、その自由というモノには、様々な制約や代償が必要だった。

 

「うん。じゃ、そこでだ、これから君は宇宙でどうしたい?何をしたい?選択肢が沢山あり過ぎて迷ってしまうだろうけど、何かあるかい?"地球に帰る以外"で。」

 

 地球に帰るという選択肢も当然あるのだが・・・西南はちらりとシアを見る。

見て、彼女の為にそんな選択肢があっても、彼女がそれを取らせはしないだろうなと思う。

シアの事を抜きにしても、宇宙の素晴らしさを知ってしまっては、余り取れない選択だ。

 

「宇宙に出た時はそりゃわくわくしました。こんな所に来られるなんて思ってもみなかったし・・・だってその半年ちょい前は僕は引きこもりだったんですよ?」

 

「試していないのなら、確率はゼロじゃないし・・・なんだっけ?あのカラスの話のヤツ?それに俺も初めて宇宙に出た時は君と同じだったよ。」

 

 ちなみに西南が言おうとしたのは"ヘンパルのカラス"の話だが、これは帰納法の問題提言の話であって、微妙に使い方が間違っていたりするのだが、それは突っ込まずに置いてあげてほしい。

ちょっと先輩ぶってみたいだけなのだ。

 

「でも、それと同じか、それ以上にがっかりしました。」

 

「がっかり?どんな事に?」

 

 一路のがっかりだったという話は、聞くまでもなく西南には理解出来た。

今ならば、勝手に妄想して一人で盛り上がり、憧れを抱き、勝手に失望しただけと冷静に評する事が出来る。

出来たうえで、やはり納得がいかぬと声を上げ行動していただろう。

ま、ちょっとしたカルチャーショックとジャパニーズ感覚というヤツだ。

だが、西南のその一言で、一路の中の何かが決壊した。

 

「だってこんな凄い技術を持ってるんですよ?!何万、何億光年もひとっ飛び、ほぼ死亡状態の人間の蘇生、遺伝子調整で大寿命!どこのどれを取っても地球の文明じゃ追いつくのに何百年、ううん何百年じゃ足りないかも知れないのに!なのに!」

 

 一路はシアを見る。

出会った人々の顔を思い出す。

思い出して、その言葉を続けるようする。

それを手で制して遮ったのは西南の方だ。

 

「うん、そんな辛そうな顔をしないでくれないか?俺の方が困ってしまうよ。だからそんな辛い事は思い出さなくていいよ。」

 

 話せと言ったのは西南なのだが、およそ予想していた範囲からそう離れていなかったという事と、彼なら自分達の"協力者"になり得るかも知れないという勘が大きく外れていないという事を再確認出来ただけで十分だった。

 

「う~んと、じゃあ、そこを一足飛びに行って、結論だけにしよう。色々な事を宇宙に出て学んで知った君は、結論として、どうしたい?」

 

 

 




ちなみに西南の口調は悩んだ末、時折ですがパラダイスウォー寄りにしています。

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