なんとかやり切りましたねぇ。
「そういえば、昨日の三者面談どうだったのかしら?」
翌日、一路を待っていたのは芽衣のそんな質問だった。
「昨日?あぁ、ほら、僕は今年からの転入だから、先生としても色々と聞いておきたかっただけみたい。」
あの後、散々文句を述べる二人をなだめるのに苦心したのを思い出す。
それに対して鷲羽は考え事でもあるのか、何のフォローもしてくれなかった。
もっとも一路自身もそれを期待してはいなかったが。
そして、よく解らないうちに、今度また夕食を食べに行くという約束させられてしまったのだが、一体どうしてそんな展開になったのか未だに意味不明だった。
「なるほどね。いっちーのお父さん見て見たかったわね。」
似ているか似ていないかでも面白いという事だろう。
「あ、いや、代理の人が来たんだ。」
「代理?」
その言葉に珍しく灯華が自分から質問して、会話に入ってきた事に少し驚く。
彼女もあまり根堀り葉堀り他のクラスメートのように興味本位で聞いてくるタイプではなかったからだ。
「うん。ちょっとした知り合いでね、お世話になる事が多いんだ。」
出会って間もないというのに、それこそ至れりつくせりだ。
特に魎呼が一番あれやこれやと構ってくる。
一人っ子の一路としては、それがとても新鮮で姉がいたらこうなのだろうかと想像するのが楽しかった。
「そう。そんな方がいるのね。」
「うん、前に皆に聞いたじゃない?柾木神社。そこの神主さんのお家なんだけどね。それがまた賑やかでさ・・・。」
「あまり興味がないわ。」
自分から話を振っておきながら、返って来た反応はあっさりとしたものだった。
「その神主さんのお家とそんなに仲が良いの?」
それでも変わらず芽衣は、一路の話を促す。
「どうなんだろ・・・夕食とか一緒に食べたりするよ?」
「お夕食を?」
「凄いんだよ?砂沙美ちゃんて言うんだけど、小学生なのに料理がすっごい上手で。」
自分の事を喋るより、柾木家の人々の事を話す方が一路にとっては気分が楽だ。
自分の事を話したところで、楽しい話題にはならない。
寧ろ、一路にとって最近あった楽しい出来事は、柾木家の人々との出来事だから。
それにしても他人を自慢する事がこんなにも楽しいとは思ってもみなかった。
今頃、言われた方の砂沙美は、くしゃみを連発しているかも知れない。
「お?ナニナニ?食い物の話か?」
話題の中にある料理の匂い(?)を全が的確に嗅ぎつけて輪の中に入ってくる。
芽衣は渋い顔だ。
「アンタねぇ・・・。」
「なんだよ?してただろ?食い物の話。」
(これは地獄耳って言っていいのかな?)
どう考えても食べ物の話に敏感なだけである。
「食い物っていうか、僕がお世話になった事のある人の家の話。ほら、僕はこの辺に親戚とか知り合いとかっていないから。」
「あぁ、そうだよなぁ。この辺は田舎で、ウチも親戚とかってウザいって程交流あっから、気にしてなかったけど。そういうのが全くないってのも、不便つぅかつまんねぇかもな。」
それが当たり前となってしまっている人間には、あまりにも距離が近過ぎて焦点が合わなくなる。
見え難くなるし、感じ難くもなるものだ。
「灯台元暗しってヤツだ。」
「・・・意味解って使ってる?」
「勿論!」
うさんくささこの上ないというジト目で全を見る芽衣だが、その視線は彼女の印象もあってか、嫌らしさがない。
キツさは多少あるが、彼女の場合、普段は社交的で穏やかだと解っているから微笑ましさすらある。
「食いモンで思い出したけど、いっちー、今日どうする?」
「どうするって?」
昨日言っていた放課後に何処かに行くという事だろうか?
一路の予定と全の予定に関する事柄はそれくらしか思いつかない。
「昼メシだよ。コンビニで買ったのを毎日なんてつまんねぇだろ?いっちーまだこの辺に詳しくないだろうから、どうよ、オレと一緒に外で食うとか。」
「アンタ、それ、校則違反。」
「うっせぇな、アレだ、いっちーの事を考えて情状酌量しやがれ。目を瞑れ、耳を塞げ、そして口を閉じて息を止めろ!」
「死んじゃうって、ソレ・・・。」
勢いをつけて言っているだけだろう。
言いたい事は解るが、言っている事は無茶苦茶だ。
全の指摘通り、一路は今日もコンビニ飯というか、パンとお茶という組み合わせではある。
「まぁ、今日もコンビニのパンだけど、わざわざ校則違反までしなくても大丈夫だから。」
そこまでしてもらうのは流石に忍びない。
親しいとか親しくないとかの問題ではない。
彼の気遣いには感謝すべきではあるが、それ以上に一路は真面目なのだ。
「そぉか?別に気にする事ないぜ?生きてりゃ校則違反の1つや2つや、ン十回程度何でもないぞ?気にすんナって。」
「ははっ・・・気にするってば。」
厚意は嬉しくあるが、何と言えばいいのか参る。
断るとか呑むとか、迷惑とか、そういった事以前に自分がそういった厚意を受ける価値があるのだろうかと思ってしまう。
(年下だし・・・。)
「堅いやちゃなぁ。あんまり真面目くさると息が詰まるぜ・・・ぇ?」
全の語尾が途端に弱くなった。
どんと無造作に全と一路の目の前に置かれた物のせいだ。
全と一路の二人だけでなく、芽衣もその光景に目を見張ってる。
そしてその視線は、その物体を置いた一路の隣の席の人間へ向けられる。
「お弁当、アナタの分。これで問題解決、校則違反なんてしなくていい。」
視線を向けられた当人の灯華は、視線に対してそう答えただけだった。
「い、い、委員長が・・・。」
カタカタと震える者ありけり。
そしてクワッと目を見開く者もありけり。
「デレたぁーッ!!」
教室中に全の叫びがこだまする。
「これって・・・デレたの?」
あまりの予想外の行動と、全と芽衣の引き具合いにうっかり隣の灯華本人に一路は聞いてしまう。
マズいと思ったのも後の祭り。
「知らない。」
一切の視線を寄越さぬまま、灯華はそう一言のみ返してきただけだった。
「お、おい、いっちー、委員長に何かしたのか?」
恐る恐る全が尋ねて来るが、特にこれといって思い当たる事がない一路は首を傾げるしかない。
「委員長にお弁当を頼んだというわけではないのよね?」
それに関してはそうだ。
頷く。
第一、渡された当人だって驚いているのだ。
しかし、渡された事は驚いたが、灯華という人物の事に関しては驚きは少ない。
「見るに見兼ねてだよ、きっと。ありがとう。」
普段なら丁重に断ったかも知れないが、内容が内容である。
捨てるような事になっても勿体ないし、素直に礼を言って受け取る事にした。
「ただ優しいだけだよ。」
全達にはそう答える事で納得してもらうしかないのだが、そこまで言ったところでガタンと自分の席を立ち、灯華は教室を出て行ってしまった。
「・・・怒らせちゃったかな?」
不愉快に思って、席を立ってしまったのだろうか?
不安になる一路。
「ん~。だったら、弁当を取り上げてんじゃね?」
全のその意見ももっともだ。
「照れているのよ、きっと。お昼が楽しみね、いっちー。」
そう言って、芽衣はお茶目に一路にウィンクしてみせるのだった。
ちなみに、彼女の作ったお弁当は純和風で美味しく、一路はその全てを綺麗にたいらげたのは言うまでもない。