「相変わらず険しいというか・・・山道だよね、コレ。」
三者面談のあったあの日から、数日後。
一路は再び柾木家へと向かう道を歩いていた。
木々に覆われた山の中にある一本道に辟易としながら。
額にはしっとりと汗をかき、髪が額に張り付く。
前回来た時はもっと楽だったのだが、今回は荷物があった。
まず片手には一升瓶。
これは前回、何も手土産を持って行かなかった埋め合わせというか、魎呼への約束の酒だ。
これには月の生活費のうち、結構な割合を占めたが、夕食数回分と一路への学校へわざわざ出向いてもらった(しかも空振り)交通費と労力を考えれば、安い物だと思えた。
たとえそれが一路が頼んだ事でなくとも、一路にはそれが嬉しかったから。
あとは背中のリュックに鷲羽と阿重霞へ、同じようにお礼を兼ねた手土産。
その他にも諸々。
(?何の音だろう?)
乾いた音が、山道を逸れた場所から聞こえる。
自分の荷物と労力と山道。
それを脳ミソで一瞬にして比較した結果、一路は近くにあった棒を拾って音のする方へ向かう。
迷わないように棒を地面について、それを引きずりながら、草花を掻き分ける。
こうしておけば、迷ったとしても安心だ。
転ばぬ先の杖といったところである。
「はっ!」
乾いた音に続いて、誰かの声。
(この声って多分・・・天地さん?)
人懐っこい笑みを浮かべた優しい眼差しの青年を思い出す。
あの温厚な人物が発するとは思えない凛とした声。
導かれるように歩を進めると、やはりそこには天地がいた。
木刀を片手に、膝を上げた格好で静止している。
足場には一本の杭。
杭を次から次へと飛び移っては、また片手で木刀を上段に構える。
ピクリと動かないし、ブレもしない。
「興味があるかの?」
じぃっと天地に見とれていた一路に声をかけたのは勝仁だった。
「あ、どうも。すみません、覗きみたいな事して。」
「ん、まぁ、訓練というものは隠れてやってこそ、格好いいかも知れんがのぉ。」
特に咎める事はせずに、勝仁は一路を招く。
格好いいとか悪いとか云々というのは、勝仁なりのちょっとしたジョークだ。
「あれって神社でやる踊りの練習かなんかですか?」
能とかそういうのと同じ奉納の舞の類いかなにかと、乏しい知識の中で尋ねる。
「剣舞という事か?うぅむ・・・代々伝わるといえばそうじゃなぁ・・・。」
基本的には柾木神社に伝わるといっても構わないだろう。
"地球に限れば"という前置詞をつければの話だが。
「あれ?一路君じゃないか。今日はどうしたんだい?」
集中していたので、勝仁との会話をしている一路に気づくのが遅れたのか、手拭いで汗を拭きながら天地がやって来る。
「こんにちは。先日はお世話になったので、お礼をと・・・。」
片手に持った荷物を掲げてみせる。
「魎呼さんと約束してたお酒。」
「君、未成年だろ?未成年に酒を頼むなんて魎呼のヤツ・・・。」
昨今、未成年へのアルコール類の販売は厳しくなる一方だというのに。
困ったヤツだと天地は眉間に皺を寄せて難色を示す。
そんな天地に、一路は最初に感じた恐怖のようなものは無かった。
至って優しげな水のように澄んだ印象。
「あ、頼まれたってワケじゃなくて、僕が自分からお礼になる物って選んで持ってきただけなんです。」
「そうなのかい?う~ん、悪いね、本当に。」
「それにしても、さっきの凄いですね。」
天地の優しげな眼差しは、先程稽古をしていた人物と同一人物だとは思えない違いがある。
稽古をしている天地は、間違いなく格好イイ。
「見てたんだ。オレなんかまだまだだよ。じっちゃんのが凄いぜ。」
「そうなんですか?」
やはり天地の師であるだろう勝仁とは経験も年季も違うのだろうと羨望の眼差しで見つめる。
「ん?」
視線に気づきつつ、それが満更ではないとなかりに片目だけ眉根を上げる勝仁。
「どうじゃな?やってみるかの?」
「え?」
「じっちゃん?」
勝仁の提案に驚いたのは一路だけではない、天地もだ。
「ほれっ。」
驚きが引かないまま勝仁に木刀を投げられた一路は、慌ててなんとかそれを掴む。
掴んだのはいいが、それを持ってどうしたらよいのか全く解らない。
というより、木刀を持った事すら初めてだ。
「鏡合わせで天地の真似をすればよい・・・と、左利きか。なら、そのまま真似するといいじゃろ。」
「いいのかよ、じっちゃん。」
勝仁の傍に寄り、小声で囁く天地は困惑の表情を浮かべたままだ。
「何がじゃ?」
「だって、アレって樹雷の剣術の構えなんだろ?」
以前、異母兄を探してこの地に来た阿重霞が、天地の剣の構えを見て、それが樹雷に伝わるモノだと見抜いて問い詰められた事があったのを思い出していた。
科学的な技術ではないにしろ、これも地球には存在していないはずのシロモノだ。
「あのコには解らんじゃろ。たとえ樹雷の名を言ったとしてもな。第一、減るもんでもなかろうに。」
「そりゃそうだけどさ・・・。」
何がトラブルの元になるかは、全く予想出来ない。
樹雷とか外来絡みは特にだ。
それを身を以って体験している天地には、なかなかはいそーですかと言えるものじゃない。
「ほれ、さっさと行かんか。」
それでも祖父であり、師である勝仁に言われたのでは仕方が無い。
渋々と天地は、さっきまで自分がいた足場に登る。
「最初は両足で、慣れてから片足で立とう。」
言われるがまま、天地の真似をして杭に登り安定してくると、恐る恐る片足を上げる。
「なかなかバランス感覚はいいの。出来れば木刀は利き手一本で持つと・・・あぁ、そうじゃ。空いた手は腰だめに回すと良いぞ。」
必死。
言われるがままに必死で杭に立つ一路。
さながらアスレチック気分だ。
いや、並みのアスレチックよりも厳しい。
足と手で別の動作をしながらも、上下一体でバランスを取らなければならないのだ。
「流石に目は閉じれないよね?」
「天地さん、それっ、は、確実にっ・・・落ちるとっとととぉ~思いますっ。」
既に不安定なのである。
しかも、意外と残った足の方の筋肉も使う。
数分も経たないうちにピクピクと疲労で痙攣してしまうのは目に見えている。
天地がやっていた次々と杭に飛び移るなんて、夢のまた夢どころか、目を開いてても無理だ。
(ふむ・・・。)
天地だけが目を閉じたのを見ると、勝仁は二人の死角から小石を天へと放る。
「あだっ。」
片方の小石は放物線を描いて一路の頭頂部に当たり、 一方の天地に向かった方の小石は天地の木刀で弾かれる。
「ズゴイ!」
単純な賞賛。
しかも、天地は目を閉じたままだ。
「流石に一朝一夕じゃ無理だったの。」
「当たり前ですよ。」
片足で立つのにも限界で、足を入れ替えながら一路は答えたが、天地は一向に足を入れ替える気配もなければ、微動だにしない。
(単純に弾くというのでは対応できぬか・・・?)
じぃっと一路を見た後、再び死角から小石を放る。
但し、今度は十分な"殺気"を籠めて。
再び小石は放物線を描き、そして天地の木刀で弾かれる。
「じっちゃん、そんな解り易く投げたら、いくらオレだっててっ?!」
苦笑しながら呆れる天地の頭に小石が当たる。
低い放物線と高い放物線を描く二つの小石の時間差攻撃が見事に天地の頭に着弾したのだ。
「目先の気配のみに飛びつくからこうなるんじゃ、"二人共"。」
「え?」
何の事か解らない天地が目を開くと、目の前にいたはずの一路がいない。
「あれ?一路君?」
「はい。」
天地の真横、杭の横に一路はいた。
しかも、隠れるようにしゃがみ込んで・・・。
「石を避けたのか?」
「え?あ?さぁ?」
まるで自分がどうやってそこに移動したのか解らないといったような顔。
天地も目を閉じていたので、事の成り行きが解らない。
解っていたのは、最初から最後までを終始見ていた勝仁だけだ。
「さて、稽古はやめにして、家に行くとするかのぉ。目的を達する前に日が暮れても困る。そうじゃ、荷物はワシが持って行くから、天地と一緒に畑で今日の夕飯に使う野菜でも採ってから来るといい。都会じゃなかなか体験出来なかろう?」
「畑もあるんですか?行ってみたいです!」
勝仁の指摘通り、そんなのは学校の花壇程度の規模か、幼稚園の時の芋掘りくらいしか一路はした事がない。
興味は大アリだ。
「なら、日が暮れる前にじゃな。」
荷物を預かると、勝仁は二人を促してその背を見送る。
見送りながら、両手に持った荷物をひょいと持ち直して・・・。
「石を投げる前に飛んだか・・・。」
天地は殺気を込めた攻撃に反応した。
そして一路は殺気そのものに反応した。
結果、小石を弾く云々以前にその場から離れて移動したというのが、天地の真横まで動く事が出来た真相。
何かの事象を感じて、それを回避する。
ふと、一人の人物を思い出す。
そちらは、何かの事象があって更に何かを引き寄せるのだが。
「これだけ見れば、小僧の反対じゃな。」
額に常に絆創膏貼り付けた五分刈りの坊主頭の顔を思い浮かべながら。
「今頃、何やっとるかのぉ、あの小僧は・・・。」
自宅へと歩を向けるのだった。
どちらかというと、私は天地より好きです、あの小僧さんw