え?信幸夫妻?(笑)
『頑張り屋さんでいらっしゃるのね。』
車中で一路に関する話を天地から聞いたノイケの彼に対する感想はこうだった。
概ね、天地と同じ感想である。
ちなみに一路は、都会では体験出来なかった軽トラの荷台に乗って移動にいたく興奮している最中で、運転席でのこのやりとりの場にはいなかった。
このお陰で余りスピードを出せないという事実が、後に致命的な事態、籠にこっそり飛び乗った魎皇鬼に人参を片っ端から食べられるという騒動になる。
それが終わったら終わったで、出迎えた魎呼にまた浴室へ引っ張って行かれそうになり、そこでノイケが止めに入るのだが、魎呼の『一度一緒に入ってんだからカンケーねぇ。』の一言で彼女の説教が始まった。
しかも正座で。
その後、それを揶揄してきた阿重霞と魎呼のいつもの口喧嘩が始まり、それを天地が慌てて止めに入るという柾木家のいつもの平和な(?)ルーチンワークをフルコースで体験するのだった。
それを終わる頃には、夕食の準備が整っていた。
一路は多数の女性と一緒に暮らす天地さんは大変だなというのをまざまざと見せつけられたところで。
「ところで一路殿?」
ノイケが調理に加わった料理は更に美味さが増し、必要以上に食べて腹の膨れた一路に声をかけたのは鷲羽だ。
前回もこんな振りから始まって、三者面談の騒動になった気がするな、と一路を身構えさせるのだから、鷲羽も大概である。
「あら~、そう身構えなさんなっての。鷲羽、傷ついちゃう~。」
「あ、いえ、そんな。」
単純に学習しただけなのだが。
寧ろ、それはある意味で褒めるべきだろう。
「一路、気にすんナ。鷲羽がこんな事で傷つくかよ。ミサイルでも傷つかねぇオンナだぜ?」
勿論、魎呼の言葉に一つの嘘はない。
ミサイルでも、核ミサイルまでなら余裕ではないだろうか。
「全く、可愛くないんだから魎呼ちゃんは。まぁ、いいわ。んでね、一路殿?」
ニヤリと笑いながら、ノイケを手招きする。
「?」
全く意図が掴めないまま、鷲羽の元へ。
「なんでしょう?」
小首を傾げるノイケの両肩をがしっと掴み、一路の真正面に向ける。
「さぁ~て、一路殿?恒例のクイズのお時間ですよ~♪はいはい~、こちらのノイケちゃんのイメージはどんなかな~?」
(な、何のクイズ?って、クイズなの?コレ?)
皆の視線も興味津々といった眼差しを向ける。
神木 ノイケ 樹雷。
旧姓、酒津。
彼女の背景は、ここにいる誰よりも複雑だ。
それ故に一路のイメージはどうなのかという関心度は格別である。
「り・・・。」
「り?」
もう何の罰ゲーム!と叫びたい衝動を抑える。
ここで何かを言っても言わなくても、ここまで注目されてしまっては恥ずかしい事には変わりない。
「り、理知的な方かと・・・。」
「だぁーっ?!」
あまりの普通の答えを聞いて、奇声を上げたのは鷲羽だ。
いつものカニ頭の両端がゆっさゆっさと揺れる。
「そうじゃない。そうじゃなくてね、あのね、それは印象でしょ?そんなフツーのじゃないのよ、鷲羽ちゃんが聞いてるのはさー。」
鷲羽ちゅまんな~いとイヤイヤと首を振り主張されても、ちゃんと答えただけの一路は困惑するしかない。
「ほぉ~ら、魎呼とか阿重霞殿を見た時みたいなヤツだよ。印象じゃなくて、イメージ。抽象的なのでいいからぁ。」
「そう言われても・・・。」
ぱっと見でなら言えるかも知れないが、もう何回か言葉を交わして、しかもあんな恥ずかしい泣き顔まで見られては、印象は固定されてしまう。
人の第一印象というものは、ものの数秒で脳ミソにインプットされてしまうという学説もあるくらいだ。
それを言えというのは、時を巻き戻せというのに等しい。
「う~ん・・・。」
仕方なくノイケをもう一度見る。
まず目を引くのはその髪と瞳だ。
短くても流れるような髪。
きっと伸ばしたらもっと綺麗だろうと思う。
髪フェチではないが、瞳は意思が強そうに見えても、何処か儚げで・・・。
「う~ん・・・。」
二回唸った後。
「・・・川・・・湖・・・水・・・水鏡?」
ビクリ。
一路の言葉に身を震わせたのは、ノイケだけではなかった。
阿重霞も砂沙美もである。
だが、特に驚いたのはノイケ自身だ。
決して不自然にならぬ様に、だけどとても不自然にぎっぎっぎっと首を動かし、背後にいる鷲羽を泣きそうな目で見る。
これはどうしたら?
そう狼狽を浮かべた瞳。
「これまたどうしてだい?って、直感なんだから説明なんて出来やしないか。」
そもそも抽象的なイメージをリクエストしたのは、鷲羽自身だ。
「えと、ん~、ノイケさんは綺麗で清廉な人で、でも、何処か透明っていうか、儚いっていうか、だから水とか・・・ほら、水を覗き込むと鏡みたいに映るじゃないですか、綺麗な水だと特に。だから・・・水鏡?それと・・・。」
「と?」
「何か一言で説明出来ない複雑なカンジというか・・・う~ん。」
どうやら言葉にして説明出来るのはここまでの様だ。
「つまり水と鏡、イコール透明。この辺がキーワードなんだねぇ。あはは、いいよいいよ。上出来だ。」
何が上出来なのか解らないが、鷲羽的には充分満足いくような答えを言えたようで、解放された事にほっとする。
その代わりと言ってはなんだが、ノイケの動きはぎこちない。
(段々と精度が上がってきたのかねぇ。)
科学の研究というものは、机上の理論、数式で詰めてゆくものもあれば、実験・実証を繰り返す事で突き詰めてゆくものもある。
これまで魎呼、阿重霞、ノイケ、そして鷲羽自身を含めて一路にイメージを聞いてきた。
いずれもはっきりとは正解ではないが、不正解と言い切れるものでもない。
占いの結果程度のレベルだ。
だが、占いも占われた本人に心当たりがある出来事があれば、それを正解、或いは占いの結果と結びつける事も出来る。
ただ鷲羽は科学者だ。
正確には哲学士と呼ばれる者だが。
今、彼女の前に幾つかのサンプルとしての結果がある。
分析に足りるとは言えないが、推測の範囲は出せるかも知れない。
(それでも、私の"お母さん"はどうかと思うんだけどねぇ。)
「おぅ、一路、オマエが買ってきた酒だ、一緒に呑もうぜ。」
「魎呼さん、彼は未成年ですよ!」
魎呼の言葉でようやく正常運転に戻ったノイケが釘を刺す。
「だって、コレ、一路が持って来たんだぜ?持って来たヤツが呑めねぇなんて不公平じゃねぇか。」
これでも魎呼的には一路に配慮したつもりなのだが・・・何というか、モノがモノだけにノイケには見過ごせない。
「そういう問題ではありません。」
郷に入れば郷に従え。
そういう諺が地球にあるように、いくら自分が地球人ではないにしろ、その地の法に従うのが当然だ。
そこに暮らし続けてゆく為には。
「あの、コレは前のお礼ですから、気にしなくても。」
お礼を兼ねているのだから、それを自分も頂くというのは気まずい。
それ以前に未成年。
何より、これ以上ノイケを怒らせるのはよろしくない。
そういう結論。
「そうかぁ?」
魎呼の今ひとつ納得しない様子を見て、一路は素早く彼女の酒瓶を取ってコップに注ぐ。
「どうぞ。」
「お、悪ィな。」
それだけで魎呼は上機嫌だ。
これはこれで解決したと思っていいだろう。
ほっと胸を撫で下ろす。
ちなみに阿重霞にも砂沙美にも、勿論、鷲羽にもお礼としてちょっとした物を贈った。
一人だけ、酒という食料という贈り物だった事に、後々魎呼が暴れたのはまた別の話。
(あ・・・灯華ちゃんにも何かお礼した方がいいかなぁ。)
ふと世話になったといえば、お弁当をくれた灯華を思い出す。
明日も彼女が作ってくれるとは限らないが、それでも今までの分の何かしらのお礼を、と。
(何がいいか考えておかないと・・・?)
その為には、もう少し灯華の趣味趣向を知らねばならないだろう。
もっとも、魎呼達に渡した物も、魎呼以外はある意味でイメージ先行の贈り物であったが。
そ・こ・で・だ。
今、一路の目の前にはタイミングのいい事に様々な女性がいる。
様々過ぎて天地が大変なのが解るくらい。
女性への贈り物にどのような物がいいかアドバイスをもらうには、これ程に適したタイミングはない。
但し、魎呼を除いて。
これは仕方ない、うん仕方ない。
大事な事というか、言い聞かせる為に2度念じる。
では、はてさて、誰に頼んだらいいのやら。
魎呼に酌をしながら、柾木家の女性陣(今日はいない美星を入れて)を見回す。
とりあえず、魎呼と(年齢的な問題で)砂沙美を除くと、4人。
その中で、一番話を聞いてくれて、マトモな回答を得られる人物。
となると・・・。
「あ、あの、ノイケさん?」
「はい?」
長かったなぁ、人物紹介編・・・。
ようやく話しを動かせそうです。