真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第29縁:日常になるかも知れない風景。

 それから数日が過ぎて、一路の日々はそれに伴って少しずつ充足していった。

学校のクラスの中でも物珍しさが溶けてきたのか、級友達も気軽に声をかけ、声をかけられれば一路も気さくに応じた。

週末になれば柾木家に顔を出し、畑仕事を手伝ったり、一緒に食事したり、また自宅で練習した型を天地や勝仁に見てもらったりと色々と忙しく過ごせた。

無論、学生の本分である勉強も怠ったりしないのも、相変わらずの一路の生真面目さだ。

そして一つ意外な事は、現在の柾木家で一番多く一路の相手をすのがノイケだという事。

柾木家で一番最初に激突した女性ではなく、一番最後に出会った女性というのに柾木家の面々も驚いていた。

まぁ、約一名は顔に面白くないと書いてあったが、これは単純に柾木家の面々で、ノイケが一番マトモだったからというだけである。

きちんと一路の相談に受け答えを的確にしてくれたせいもあった。

会話の軸がブレたり飛んだりしないという事は大事だ。

そして、もう一つ。

 

「灯華ちゃん、機嫌悪い?」

 

「別に。」

 

 灯華の様子がおかしいという気がする事だ。

彼女と接している総時間数が一番少ない一路にははっきりと言えないのだが、何か噛み合わないというか、よそよそしい。

だが、未だにお弁当は作ってきてくれているのである。

事の原因を、それこそ自分の胸に手をあてて考えてみるが、はっきりとしたものが解らない。

一度、食材費を出そうかと提案したが、断られた事が原因だろうか?

彼女の自尊心を傷つけたのやも。

かろうじて思い当たる事といえば、それくらいだ。

しかし、お弁当が今日もある以上、それもどうやら違う模様。

 

「よっ、色男、憎いゼ、この。」

 

「ちょっ、全!」

 

 かっちりと決まるチョークスリーパーを回避すべく、大きめの声を上げて彼の腕を素早くタップ。

するとすぐに解放して、一路の顔を覗き込んでくる。

 

「どした?何かあったか若人よ?」

 

「ん、ちょっと・・・。」

 

 全の言葉の言い回しに一切突っ込みを入れる事なく、彼の袖口を引きながら教室の隅に移動。

そして、自分達の事を誰も気にとめてない事を軽く確認してから、彼の耳元で囁き始める。

 

「なんか、委員長の様子が変というか・・・。」

 

「何?なんかセクハラでもしたん?」

 

「全じゃないんだから。」

 

「おうおう、言うようになったなぁ、ヲイ。」

 

 最初のインパクトが強かった全のボケも過ごした日数とともに徐々に慣れる事が出来た。

慣れなければやってられないというのもあるが。

 

「それはいいとしてさ、取り付く島もないっていうか・・・。」

 

「オマエなぁ、委員長は元々そんなカンジだったろ?現に弁当は今日もあるわけだ?全くコンチクショウ。」

 

 確かにその通りで、今日もお弁当は用意されていたのだが、イマイチそれだけで納得する事が出来ない。

普段の彼女は・・・。

 

「目を合わせなくても、あんな感じでも人の言う事はほとんど聞いてて、質問にはちゃんと答えてくれたんだけど・・・。」

 

 あまりにも下らない質問や話題は却下されるが、それでも灯華は一路の、一路だけでなく他の人間の話しかけてくる事も興味なさそうにしていてもしっかり聞いてくれていた。

そこからの違和感。

 

「どうしたの?男同士、そんな隅っコで気持ち悪い。」

 

 こそこそする二人を見かけた芽衣が二人の元に歩み寄って来たのだが、男二人で一人の女子の話題をこそこそとしていたと答えるのは気まずい。

思わず一路と全は目配せをして・・・。

 

「な、なんつーか、そう!そうだよ、男同士の会話ってヤツ?なっ?」

 

「うぇっ?!あ、うん、なんというか、男心が解らない女子みたいに、女心が解らない男子というか、そんなの。」

 

 目配せしたのにも関わらず、全くと言っていいほど噛み合っていない。

なんともお粗末過ぎる誤魔化し方である。

 

「なんなのソレ?あ、いっちー?委員長にお弁当作ってもらえなくなっちゃったんでしょ?」

 

 惜しい。

灯華の事を話していたには間違いないのだが、ニアピン・ザ・女の勘。

 

「・・・当たらずも遠からず、かな?」

 

 灯華の機嫌が悪かったとして、そのまま機嫌が直らなければ、そしてその原因が一路にあったというのであれば、芽衣の発言と同じ事にならなくはない。

あくまでも、かも知れないという仮定の話。

 

「ま、そうなったら私も、たまにはなら作ってあげてもいいわ。」

 

「うぇっ?!」

 

「ぬおォォォォーッ!」

 

 驚く一路よりも一際大きな声を上げて全が頭を抱え出した。

 

「いいなー、いっちーはモテて。だがっ!死にたくなくばヤメとけ。」

 

 羨ましいんだか、そうでないんだか、全く解らない。

 

「なによ、ソレ。」

 

「聞け、いっちー。コイツ、こう見てもそこそこの人気でな、特に運動部に熱心なファンがいる。肉体言語が好きな連中な。弁当を貰っても断っても死、食っても死だ。」

 

「ちょっと、その食べてもってのはどういう意味?」

 

 殺意に近いプレッシャー。

それでも一路を死なすわけにはいかんと全は言ったつもりだが、この状況を間に入ってなんとかしなきゃいけないのは一路の仕事だ。

なんとか二人の間に割り込む。

 

「ね、じゃあ、全はどうなの?」

 

「全?」

 

「オレ?何が?」

 

 なんとかを逸らす事に成功した一路は、疑問に思った言葉を続ける。

 

「全だって、いつも一緒にいるじゃない?その、ファンの人に・・・。」

 

「あ、全部返り討ちにした。いっちーがコイツに近づいても問題ないのは、いっつもオレとセットだから。」

 

 納得。

確かに芽衣と話す時は、女性のクラスメートがいるか、男子の場合、全と一緒の時だけだ。

そういえば、他の男子が単独で寄ってきている光景にあまり覚えがない事に今更気づく。

 

「大人気なんだねっ。」

 

 凄いなぁと羨望の眼差しを純粋に向けられ、怒りの矛先を喪失した芽衣は急にたじろぐ。

主に一路の純粋な眼差しに負けて。

 

「べ、別に、私がそうしろって頼んでいるわけじゃないのよ?」

 

(まるで女王様みたい。)

 

 単純な思考による、単純かつ短絡的思考。

口に出さずにとどまっている事だけは賢いが。

 

「な、ヒステリックで女王様みたいだろ?」

 

「ぇ?」

 

 思ってた事を言い当てられて、すっとんきょうな声を上げそうになる。

これを口に出してしまうとは、流石は全。

色んな意味で唸らずにはいられない。

そして、一路は本当は見たくないのだが、恐る恐る芽衣の顔を窺がう。

 

「ずぅえぇ~ん~っ。」

 

 もう無理だ。

瞬時にそう判断した。

これはどうやっても庇いきれない。

一路は早々に抵抗を諦めた。

そうなったら、爆心地からじりじりと離れてゆくしか生き延びる術はない。

 

『アリゲーターの目は横についているから、ゆっくりとまっすぐ後に下がれば大丈夫だ!』

 

 そんなB級映画の台詞が脳内に流れる。

速やかにそれを実行し、そして残った心の余裕のある部分で、願わくば全が次の体育の授業を受けれらる程度の被害で許して貰える事を祈りながら。

 


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