真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第3縁:さりとて別れは・・・。

「気をつけてネ。」

 

「またいらして下さーい。」

 

 山道を下って行く二人に手を振りながら声をかける鷲羽と阿重霞、そしてその横にいる勝仁。

明るく一路を見送っている二人に対して勝仁は思案げで、一路と魎呼の二人の姿が小さくなっていくのを確認すると。

 

「鷲羽ちゃんや。」

 

「なんだい?」

 

 二人が消えた先を互いに見つめたままで言葉を交わす二人。

 

「ちょっと気になる事があっての。」

 

「奇遇だね、私もなんだよ、"遙照(ようしょう)"殿。」

 

 一瞬の沈黙の後、二人はようやく視線を合わせた。

 

「調べて欲しい事がの・・・。」

 

「少年(一路)の霊体(アストラル)パターンだね。」

 

 無言で頷く。

アストラルパターンは、生物でいうところのDNAみたいなものだ。

ただ、こちらは生物としての肉体構造の設計図であるのに対して、アストラルパターンはその存在そのもの。

その生命が存在している、そして辿ってきた来歴が解る。

 

「比較対象は、遙照殿、天地殿の二人でいいかい?」

 

「お兄様?一体どういうことですの?」

 

 それではまるで・・・と、阿重霞が驚きの声を上げる。

 

「杞憂ならばいいのじゃが・・・。」

 

「ま、何にせよ、悪い事にはならないだろうさ。」

 

 鷲羽の勘は良く当たる。

自信だってある。

それは当然の事だが、阿重霞にとっては全く意味不明なせいか、表情を更に曇らせる結果にしかならなかった。

二人が少々物騒な話をする一方、話題の当人といえば・・・。

 

(わ、話題がない・・・。)

 

 年上(恐らく)、しかも初対面の女性。

意識が途切れる程の抱擁(激突)を受けて、初遭遇というのもアレだが、そんな相手に対する話題など一路は当然ながら持ち合わせていなかった。

ちなみに、その初対面の女性が考えている事といえば。

 

(空飛べねぇのは、メンドクセェな。)

 

 大して気にしていなかった。

 

「桜・・・綺麗ですね。」

 

 月並みと笑いたければ笑えっ!と、心の中で叫びながら、なんとか話題になりそうな言葉を吐き出す。

 

「ん?あぁ、桜な。この時期の酒は特別うめぇんだよ。」

 

 魎呼のこの言葉にやっぱり年上、ハタチ以上なんだなと一路は確信する。

まさか、ン千才という年齢だとは思ってもいないだろう。

 

「花見酒ですか?粋ですね。」

 

 魎呼はこの時期と言ったが、彼女の飲酒はほぼ毎日の事、しかも家庭の食費の6割以上に相当する。

もし、阿重霞の間の前でこんな発言をしようものなら、たちまち大喧嘩だ。

 

「ぉ?解るか?今度一緒に呑むか?」

 

 ニヤリと笑う魎呼。

 

「いや、僕は未成年なんで・・・・・・その、"少し"だけ。」

 

「そうかそうか、オマエ天地より融通利くじゃねぇかっ。」

 

 未成年なので呑まないと一路が言わなかった事に上機嫌になって、魎呼は彼の背をばしばしと叩く。

一応、言わせていただくが、お酒はハタチになってから。

未成年者の飲酒・喫煙は法律によって禁じられています。

良いコの皆は真似しないように。

 

「あの、天地さんて・・・?」

 

 先程から幾度となく出てくる名前だが。

 

「ん?じじぃの孫だよ。じじぃは普段神社に寝泊りしてっから、まぁ、あの家の家主みてぇなモンだな。」

 

 勝仁の先程の様子から、魎呼と阿重霞のあのレベルのバトルは日常茶飯事なのだろう。

そんな日常を日々送っている天地という人物も相当凄い人なんだと、一路は勝手に推測する。

これはこれで天地に会ってみたい。

 

「天地もな・・・母ちゃんいねぇんだ・・・。」

 

「えっ・・・。」

 

 一路の隣、神妙な面持ちで魎呼が呟く。

一路と会ってから豪放磊落、そしてちょっぴりツンデレ(だと一路は認識している)な魎呼のその表情。

悲しいというよりも、何処か悔しさが滲み出ているような複雑な彼女の顔を凝視する。

 

「天地が大分ちっこい頃にな。なぁ?母ちゃんを亡くすってどんな気分なんだ?やっぱりツレぇよなァ・・・。」

 

 母を亡くしてから毎日のように自分が封印されていた塚に来ては、一人泣く幼い天地の姿。

触れたくても触れられず、声をかけたくても届かない。

それが魎呼の記憶に焼きついて離れない。

母と一緒に笑っていた天地。

その笑顔をもなくした彼に、当時の身体のない魎呼はただ眺めるしかなかった。

もどかしさで苛立ち、苦しい。

何も出来ない自分。

心が軋んだ。

以来、時折思い返しては自問自答する。

そんな彼女の心の機微をうっすらとだけ感じた一路も考え込む。

なんと答えたらいいのかと・・・。

 

「辛い・・・です・・・。」

 

「そうか・・・。」

 

 当たり前の答え。

だが、その答えに魎呼は落胆しなかった。

自分に置き換えてみれば、解る事だから。

 

「僕はつい最近まで何も手につきませんでした。」

 

 自分だって、もし天地がいなくなったら・・・それも永遠に還らず失ってしまうとしたら。

耐えられない。

想像するだけで発狂してしまいそうだった。

 

「でも・・・。」

 

「?」

 

 一路は言葉を続ける。

そんな一路の顔を魎呼は覗き込む。

 

「僕は天地さんがどういう人か知らないけど、幼い時に母を亡くすよりは長く一緒にいられた分、僕は辛いと言ってられないと思いました。」

 

 物心つく前ならば、もっと楽だったのかも知れない。

けれど、母親が帰らぬ人となったのは同じだ。

同じだけれど、きっと自分と天地は違う。

恐らく、自分の方が圧倒的に軟弱者なのだ。

今なら一路にもそれが解った。

 

「それに・・・たとえ母親を亡くしたとしても、天地さんは今はきっと幸せなんだと思いますから。」

 

 力強い答え。

力強いからこそ魎呼は疑問に思う。

 

「そうかな?」

 

「えぇ。勝仁さんはとても優しかったです。鷲羽さんも優しかったし、阿重霞さんも天地さんの事が好きで・・・。」

 

 久し振りに人と沢山触れ合った。

そして温かいと感じた。

錯覚じゃない。

 

「大体、そんな風に心配してくれる魎呼さんもいて、幸せじゃないなんて有り得ないですよ。」

 

 自分が世界に独りぼっち。

きっと天地もそんな感覚を味わったのだろう。

しかし、あの家の空間はそんな事を心の片隅の何処かに収納しておけるだけの愛情と温かさがある。

その点では、一路が置かれた環境よりは断然マシだろう。

一路の周りには、そんな存在は何処にもいなかったのだから。

 

「だから・・・羨ましいと思います。」

 

 正直な感想だ。

なにより自分はこれから家に帰ったとしても、"おかえりなさい"も"ただいま"も言う相手もいないのだから。

 

「オマエ・・・イイヤツだな。」

 

 頬を染めた魎呼は照れているのだろう。

だが、さっきまでの表情よりは・・・。

 

「どうだろ・・・。母が亡くなった時の事は・・・多分一生忘れられないんだと思います。忘れたら母が可哀想だから。」

 

「だな。忘れちまうのは親不孝ってヤツだ。」

 

 ただでさえ親孝行なんて一つも出来やしなかったのだから。

 

「だけど、きっといつか、変えられると思うんです。」

 

「何に変わるんだ?」

 

 キョトンと瞳をしばたかせる魎呼。

 

「いつか悲しいが、悲しかったに。悲しかったが、"ありがとう"に・・・そっちのが大きくなるんです。」

 

「ありがとうか・・・。」

 

「僕にはまだまだ先の事だけれど・・・。」

 

 それでも前よりは変わってきている。

この地に引っ越して来られた事が何よりの証拠だ。

 

「アタシもそう思うぜ?天地を産んでくれてありがとうってな。」

 

 魎呼の笑顔を、一路は純粋に綺麗だと思った。

そして天地が本当に羨ましいとも。

それ以上に天地という人間に会ってみたいと。

 

「あ、じゃ、ここで。」

 

 そうこうしている間に山道を下山し終わってしまった。

舗装されたアスファルトを外灯が照らしているのが見える。

 

「おぅ、そっか。」

 

(あの家に帰るのか・・・。)

 

 素直に名残惜しい。

それは仕方ない。

誰もいない家に帰る。

誰もいない家は、家とは呼びたくない。

どちらかとうと、寝ぐらという表現が一番しっくりくる。

 

「今日は楽しかったです。」

 

 少々インパクトが強過ぎたが、久々に驚いたり笑ったりと表情筋が忙しかった。

 

「ん。」

 

 帰りたくない。

そんな声がじわじわと一路の心身を蝕んでゆく。

真綿で首を絞められるような・・・。

 

「じゃ、さようなら。」

 

 終わりの言葉。

告げてしまったからには別れるしかない。

急に重たくなった身体を引きずるようにして背を向けて歩き出す。

 

「一路!」

 

 ずしっと身体が更に重く・・・。

 

「て、魎呼さん?」

 

 それは帰宅する事への拒否反応でもなんでもなく、魎呼が自分の背中に圧し掛かっていた。

ぎゅっと、いっそう一路の身体に回された腕に力がこもる。

 

「また遊びに来いヨ?」

 

「え?」

 

「ばっか、オメェ、一緒にメシ食って、呑む約束したろ?忘れたのかよォ。」

 

 確かにまたの機会にとは言ったが。

そんなモノは明確なモノではなく、社交辞令的なものだとばかり一路は思っていた。

というより、呑む約束はしていない。

 

「そういう約束はちゃんと守れよなぁ~。いつでもいいんだゼ?本当に。」

 

 優しい声だ。

と、一路は思う。

回された腕も力が強過ぎる感はあるが、とても嬉しい。

背中が温かい。

柔らかくて、いい匂いがした。

 

「な?」

 

「・・・はい。"必ず"行きます。」

 

 必ずなんて、約束の保証なんて、何処にもないと知っていながらも一路はそう答える。

 

「よぉ~し。あ、一つ忘れてた。鷲羽な、鷲羽"さん"じゃなくて、鷲羽"ちゃん"て呼ばねぇと恐ぇゾ。」

 

「え゛?」

 

 一体、どう恐いというのだろう?

それよりも、"さん"と"ちゃん"明確な違いが一路には解らない。

しかし、魎呼が自分をからかって嘘をついているとも思えなかった。

 

「覚えておきます。」

 

「おぅ。んじゃまたナ~。」

 

 魎呼の言葉は、次の機会がある事を信じているソレだった。

一路の肩から離れても、その感触は残っていて彼の背を押す。

足取りは何故だか、もうそんなに重くはなかった。

そして一路は、誰もいない家へと帰る。

珍しくその日の夜はぐっすりと眠れた事を、一路は忘れないだろう。


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