第38縁:見上げれば宇宙(そら)
自問自答の日々。
それが今までの一路の日々だった。
悔恨と言っても過言ではない。
何故ならば取り返しのつかない事ばかりだったからだ。
だから、人は後悔する。
当然の流れによる結果。
「緊張し過ぎだよ、一路君。」
気づくと隣に天地が座っていた。
今、二人のいる場所は、柾木家の縁側、テラスだ。
「天地さん・・・。」
「うん?」
必死に言葉を探している一路の表情に、天地はじっと待つ事にした。
彼には時間が必要なのだと解っていたから。
天地としては、仕方ないと解っていても少し急ぎ過ぎで、一路にはもっと時間をあげたいと思っている。
「僕は・・・どうしようもなく子供で、怖かったんだと思います。」
息継ぎ。
天地の返事はまだない。
言えるうちに言えるだけ、腹に抱えているものを出せるのは恐らく今しかないからだ。
「皆に優しくされるのも、腫れ物のように扱われるのも・・・何ていうか、どう返したらいいのか、返せないって・・・その優しさに対して何も・・・母さんの時みたく。」
「君は凄いなぁ。」
「え?」
一路は天地を見る。
天地はその視線を空に向けたまま・・・。
そろそろ夜の帳が降りようとしている。
一等星程の明るさの瞬きが見えるくらいに。
「オレなんか、誰かに優しさを返そうとか、君と同じ年の頃に考えた事なんてなかったよ。ただ毎日を淡々と生きてた。」
思春期の少年の日常生活なんてそんなものだろう。
別に誰に話しても、それは責められるべき事ではないと、十人が十人、そういう返事を返すはずだ。
「将来だって、じっちゃんの神社を継ぐんだろうなって漠然と思うくらいでさ。」
何時もと変わらぬ明日があるのが当然だと。
何も疑う事なく日々を生きていた。
「でも、オレは魎呼達と出会った。」
それはそれは波瀾万丈、ダイハードな日々だったけれど。
「僕も・・・だから、後悔したくなくて・・・。」
「いいんじゃないか?オレは一路君のその気持ち、大切だと思う。互いに後悔をしない人生をってね。」
そう言うと天地は、一路に一振りの木刀を手渡す。
「餞別になるかは解らないけど、これ。」
天地をお手本に覚えようとしていた型の練習に使う木刀だ。
「ありがとうございます。僕、きちんと練習しますから。」
丁寧に自分が渡した木刀を受け取る一路に天地は微笑む。
自分の考えや思った事が間違いない事に満足して。
「やっぱり君は偉いなぁ。オレも見習わないと。」
「そうしてないと押し潰されそうになるから・・・。」
どうしようもない現実、壁。
誰にでもあって、誰もが乗り越えるべき存在。
あれから、一路は決意をした。
宇宙へ。
少しでも彼女達に手が届く距離へ。
ただの子供の我が儘なんだと自分でも解っていた。
無謀でも、それでもそれを通したかった。
しかし、一路のその子供じみた決意を、誰一人笑わなかった。
それが一路にとっての幸福。
ただ一人を除いてだが。
「全く魎呼さんったら、すっかり拗ねてしまって、大人気ないですわ。」
ブツブツと文句を連ねながら、阿重霞が二人の前にやってくる。
その視界に天地達を入れて、居住まいを正しながら。
「一路さんは、こんなに立派に旅立とうとしているというのにです。」
「仕方ないですよ。僕みたいな子供が宇宙とか言い出すんだから。」
一路の宇宙行きに大反対したのは魎呼だけだった。
宇宙がどれだけ危険なものか、わざわざそんなそんな所へ行かなくても自分達がきちんと情報を集めてなんとかするからと言っても、一路は決して受け入れなかったのだ。
「何を言うのです。聞けば一路さんは今年で16歳と。16と言えば、我が国では元服、成人の義を行っている立派な大人です。」
「あぁ、そういえばそうだった。」
阿重霞の意に天地が賛同する。
正木村の人々は16歳で元服し、その血の濃い者は宇宙へ出るか、地球に残るかを決めるのである。
「でも・・・やっぱり、魎呼さんの方が正論なんだと思います。」
何も宇宙まで行く事はない。
その通りである。
「でも、正論だからって必ずしもそれに従わなきゃなんないって事はないとオレは思うよ?だって人には心がある。必ずしも理路整然と決められないさ。」
心の。
例えば良心。
その赴く所へ進む事も大事だ。
「ほら、やっぱり魎呼さんが大人気ないんですわ。でも・・・。」
阿重霞は一路見てから、ついと視線を逸らす。
「貴方を心配しての言動なのは解って下さいましね?」
「阿重霞さん・・・。」
照れて頬を真っ赤にしつつも魎呼をフォローする様を見て、やっぱり阿重霞さんも魎呼さんを気にかけてるんだな、家族なんだなと一路に笑みがこぼれる。
「阿重霞さんもお元気で。」
「えぇ、私も一筆したためておきました。しっかりやるのですよ?」
「はい!ありがとうございます!」
深々と阿重霞に、天地に頭を下げる。
阿重霞と鷲羽が、宇宙での一路の寄る辺を確保してくれた。
それは感謝してもしきれない。
本来ならば、地球人が宇宙に自分達の技術以外の力を以って昇るのは禁じられているからだ。
例外を除いて。
その例外事項を半ば無視して、半ば無理矢理捻じ込んでくれたらしい。
「・・・・・・かといって、無理はいけません。何かあったら何時でも戻って来るのです。」
「はい。」
次に柾木家の人々と会うのは何時になるだろう。
だが、しかし、地球に帰る時は自分一人じゃない、少なくとも行きより違った結果を持った自分になっているんだと決意している。
「私もついでに一路殿に餞別を用意してあるんだよ。」
やっほ~と、しんみりとなっている皆に手を上げて応える鷲羽。
「鷲羽さん!」
「"
「あ、はい、鷲羽ちゃん。」
「よろしい。」
と、お約束事の訂正事項から、一路の鷲羽との別れの儀式が始まった。