くそぅ、ケーブルテレビと落雷ヤツめっ。
「よっ!」
「はぃ?」
目の前に魎呼がいた。
紛れも無く魎呼だ。
一路の身体は尚も上昇を続けているのだが、その上昇に合わせて魎呼も浮いているのだ。
いや、そんな事はこの際、関係ない。
一路は、湧き出る疑問の全てを押し込める。
「見送りに・・・来てくれたんですね。」
「何だよ?アタシがそんな薄情で冷てぇヤツだと思ってやがったのかァ?」
腕を組み、流し目で非難の視線を送る魎呼。
「いえ、全然!魎呼さんは優しい人です!」
だから、自分の身を案じて反対したのだ。
そして、反対した手前、皆の見ている前で堂々と見送りに来られなかったのである。
「・・・・・・そうはっきり言われちまうとな・・・。」
んむぅと小さく唸り声を上げる。
口元が微笑むように歪んでいるのは、照れているのを隠しているからだ。
「あ゛~、もう調子狂うなっ、もう!んーっ!」
強い口調と共に突き出される魎呼の手。
その手には、革紐のような物に通された石があった。
「餞別だ!持ってけ!」
「あ、ありがとうございます!」
まさか、魎呼にまで餞別を貰えるとは思わなかった一路は、丁寧にその石を受け取る。
深い藍色をした結晶。
角度によっては青くも、仄かに紫がかっても見える不思議な物体だった。
初めて見る物体は、恐らくこの地球には存在しない物体なのかも知れないと思う。
目の前にこうして浮いている魎呼を見れば、彼女が地球人はないのも確かだ。
「お守り代わりだ、首から下げとけ。」
「はい!」
奇しくも鷲羽と同じ行動を取る魎呼。
鷲羽印(?)のお守りが既に首下げられてはいたが、それはそれ、これはこれだ。
何の躊躇もなくそれを首から下げた。
「大切にします!」
「そうか・・・うん、大事にしろよ。」
余りの一路の喜びように魎呼は満足げだ。
ただ後年、天地の弟である剣士に同様の物を渡すのだが、それはまた別の話。
「なぁ、一路?」
「?」
石を興味深げに宥めすかしていた一路に、魎呼は急に声のトーンを落とす。
「ヤバイと思ったら、すぐに逃げろよ?逃げるのは悪いコトじゃねぇ。人間、死んだらオシマイだ。命さえありゃ、どうとでもなるんだからな?」
(ほら、やっぱり・・・。)
魎呼さんは優しい。
自分の思った、言った事は間違っていない。
「返事は!」 「はい!」
互いに微笑むと、一路の身体は銀色の宇宙船に吸い込まれていった。
「は~い、それじゃあ~ご案内は、私、美星と~。」
「この雪之丞が務めまする~。」
何処からか出囃子が聞こえる・・・。
覚悟を決めて乗り込んだ一路にとって、この出迎えは拍子抜けだった。
あっさりと出鼻を挫かれたと言ってもいい。
いや、挫かれた。
しかし、美星にいくらKYと言ったところで、どう考えても無駄な事だった。
「あ、ども。お願いします。」
美星ではなく、空き缶に目玉がついたようなロボット(?)に言えただけでも大分マシだろう・・・多分。
「ではでは、待ち合わせの場所までいっきますよ~。」
「もう出発してますぞ、美星殿。」
「はれ?いっやぁ~んっ、出発進行!って、やってみたかったのに~。」
なんとも緊張感のカケラもない。
不安度、一段階アップ。
「むぅ。じゃ、一路さん、お茶にしましょ~。」
「は?」
さもイイコト思いついたわ、ぽんと手を打つ美星に一路はついていけない。
「美星殿?ランデブー時間に遅れてしまいますぞ。」
「あ~ん、ワープしちゃえばすぐなんだから大丈夫。お茶~、お茶はっと~。」
サポートロボットの話を全く聞いちゃいない。
何というか、サポートの意味がない。
不安度、更に一段階アップ。
そして、コクピットの奥に潜り込んでごそごそして、目の前の揺れるお尻からすぐさま目を逸らす思春期一名。
「お茶請けは何がいいかしら~?一路さん?」
「な、なんでもないです。じゃない、何でもいいです!」
直立不動で答える一路に美星は首を傾げる。
首を傾げたものの、すぐさま美星はカチャカチャとお茶の用意を開始した、それも鼻歌つきで。
「雪之丞さん・・・。」
「皆まで言わないで良いですぞ。」
この人(?)も苦労してるんだなとしか言いようがない。
ロボットにストレスがあるかどうかは別として。
半ば強引にお茶の体裁を整えられると、仕方なくカップを受け取る。
西欧風のカップ。
だが、中身は緑茶だ。
(宇宙にも緑茶があるのかな?・・・そういえばもう宇宙なんだよね・・・。)
普通なら、自分と同年代で宇宙を体験する者などいないだろう。
学校や父には、鷲羽が何とかしておいてくれると言っていた事を思い出す。
自分はこれからたった一人で事を成さなければならない。
手伝ってくれる者達はいるにはいるが、何時もの自分だったら諦めてしまうところだ。
しかし、自分の心の中の何かが、それを許さない。
「怖いかしら?」
「え?」
そう聞いてきた声の主、美星の穏やかな笑みにホッとしている自分がいた。
「世界には、い~っぱい色んな人がいて、それこそ困ったちゃんもいるケド・・・。」
「・・・美星殿が一番困ったちゃんで・・・。」
そんな雪之丞のぼやきはガン無視して・・・。
「それでも良い人達ばっかり。地球ってすっごい田舎って言われてたけど、皆優しくしてくれるの。天地さんはステキだし。きゃっ♪」
「はぁ・・・。」
果たして、この人は何が言いたいのだろう?
「だから、色んな人がいるんだ~って思っとけば、私、何処に行っても大丈夫だと思うの。」
(こ、これは・・・励ましてくれてるんだろうか?)
断言しきれないところが、何ともはや・・・。
「一路さんだって、初対面の私に優しくしてくれたじゃない。」
「あぁ・・・。」
それだって自分と重ね合わせて、結果的にそうなっただけであって・・・。
そう考えると今の自分はなんて、利己的で偽善なのだろうと思う。
目の前の美星の純粋さとはエラい違いだ。
「だから、驚いたり、怖がったりせずにい~っぱい楽しんで来てくださぁ~い。」
(やっぱり、励まされてるんだよね?)
美星なりに。
そういう前置詞は付いてはいるが。
「と、言うコトで、お茶でリラックスしたトコで、心の準備はいいかしら~?」
「はい?」
どういう意味だろうか?
自分だけで完結されても困ってしまう。
「船を接舷するのは面倒だから、跳んじゃいますよ~。」
「と、飛ぶ?」
「美星殿?!」
雪之丞までがすっとんきょうな声を上げる中で、美星はマイペースで透明なルービックキューブ状の物体をカチャカチャと回している。
「は~い。じゃじゃ~んぷっ。」 「ちょっ?!」
誰の何の反対・突っ込みを受け付けぬまま、一路の目の前の視界は一瞬にして閉ざされる。
一瞬。
本当に一瞬だ。
慣れている美星は別として、初体験の感覚に一路はバランスを崩す。
「きゃっ。」
「てて・・・?」
バランスを崩して倒れた一路は、その感触に首を傾げる。
「・・・きゃ?」
そんな音が確かに聞こえたような気がしたが、とにかく起き上がろうと・・・。
「ふぁんっ。」
「?」
聡い者ならすぐに理解いただけただろう。
美星が慢性トラブル
一路が手をついた先には、柔らかな膨らみと・・・目に涙を溜めた少女。
とりあえず、一路の為に十字を切ってあげて欲しい。
「のォ・・・ヘンタイッ!!」
バチコンッ!と音がして、一路の視界どころか意識もブツリと途切れる事になるのだった。