「あれはノーカンよ!ノーカン!」
一路と目を合わせたエマリーが開口一番に叫んだのはこれだった。
頬を紅潮させたその姿は可愛いというより、怖いと一路は思う。
それでも非があるには変わりがない。
彼女の剣幕はもっともだし、それに怯んで謝罪の言葉を口にしないのは、一路にしても気分が悪い。
「事故とはいえ、本当にごめん。」
一瞬土下座でもしようかと思ったのだが、土下座という習慣が通用するかも解らないのである。
この辺もまだ手探りで知るしかない。
「むぅ・・・。」
頭を下げる一路を腕を組み、見下ろすエマリー。
「・・・ま、まぁ、いいわ許してアゲル。ノーカンだしね。」
「ほんと?」
そういえば、ノーカンは和製英語だという事に気づく。
そして違和感なく会話が成立している。
もしかしたら、言語形態は近い種族が多いのかも知れないと一路はこれから先の見通しが少し明るくなった気がする。
「同期になるんだしね。仲が悪いままの方が問題が多そうだもの。」
「同期?あぁ、うん、そうだね。」
確かGPアガデミーと言っていただろうか?
一路にしてみれば、鍛えてもらって、灯華の情報を手に入れる機会が多いならば、何処へ連れて行かれようが一向に構わない。
(次から次へと・・・。)
てんこ盛りのアクシデントと驚きにそう思いはするが、生活環境が変わるという点は既に体験済みだ。
GPアカデミーも全寮制の学校に入ると思えばなんともない。
なるべくはやく帰りたいというのも本音だが。
(・・・灯華ちゃんは・・・一緒に帰ってくれるかな・・・。)
不安がないわけじゃない。
でも、もうやると、それも自分の意思で決めたのだ。
どんなに無謀で、無様でも。
「そ。だったら仲良くした方がいいじゃない。」
(仲良くね・・・。)
果たしてそんな事をしている暇があるのか。
こうしている間にも、何かが取り返しのつかない事になったりしはしないか・・・。
ただ、鷲羽と美星も、誰かと仲良くなるのも悪くないし、力をつける事と違いはないと言っていた。
「て、言っても、男女の寮は遠いし、行き来はほとんど出来ないみたいだけど。」
「あ、そうなんだ。」
「一応、通信は出来るけど、研修までそんなに会う機会はないらしいわ。」
「え、あ、なるほど。」
返事に力がないように感じられる。
全く知らない事ばかりなのだ、ただ頷くしかない。
そんな一路の反応に疑問を感じたのか、エマリーは彼の表情をじっと訝しげに観察していた。
「何?」
「あなた、本当に田舎の出身なのね。なんにも知らなくて、GPになる気あんの?」
(鋭イ。)
GPになるつもりも何も、GPが警察・輸送機構だというのは、ついさっき艦長の説明で知ったばかりだ。
「あ、え~と、ほら、田舎の中でも、僕は特に文明機器を使うのを制限するような一族なんだ。」
よくもまぁ、次から次へと嘘が出てくるものだと、一路自身、自分に呆れていたが、目的を達成する為に必要なら、そうするしかない。
「あぁ、本当の原生民なのね。昔からの生き方を踏襲する化石みたいな。」
「か、化石・・・。」
エマリーの発言は、地球の現代っ子、ゆとり教育世代と変わらないのかも知れない。
この一路の考え方も、ゆとり世代の人間には失礼な話だが、そういう一路自身もゆとり世代だ。
「かなみつって元々が農業とか第一次産業の惑星だもんね。今じゃ、軍事拠点で様々な艦船が駐在してるけど・・・でも、いずれあなたの一族みたいに元の牧歌的な暮らしを取り戻せるわ。」
「そうなの?」
ここで溜め息。
「・・・ほんっとーに何も知らないんだ。ここ最近大きな海賊組織は次々と、ほとんどが壊滅してるの。何でも地球人初のGP艦長が綺羅星の如く現れて駆逐してるそうよ。」
(地球・・・人?)
この銀河では、地球人の外宇宙進出は、宇宙の民の子孫以外はいないはず。
恐らく、これから自分が
それが一路の認識だった。
「全く、地球人ってなんなの?今の樹雷のお后様も地球人だし、海賊キラーの艦長も地球人。何か特殊な能力でもあるのかな?」
「い?いや、僕に聞かれても・・・僕は田舎者だし。」
田舎者というフレーズが既に免罪符と化している。
これからこのフレーズを何度も言う事になるのかと思うと、気が滅入りそうだ。
「ま、それもそっか。」
「エマリーさんは何処の出身なの?」
聞いたところで、それがこの広い銀河の何処の位置にあって、どういう地なのか解るはずもない。
ないのだが、なんとなく・・・なんとなく会話の流れもあって聞きたくなった。
「あ~、うん、えっとね・・・。」
今までの明朗さが嘘のように急に歯切れが悪くなった。
心なしか視線も彷徨っているような・・・。
「あ、ごめん。深い意味はないから言いたくないなら、うん、いいから。」
自分にレクチャーしてくれた艦長が言っていたように、彼女だって特殊な事情があるのかと思うと、無理に聞こうとは思わなかった。
聞いても解らないという事の方が大きいが。
「ありがと。」
ほっとしたように笑う少女。
彼女が自分の同期・・・そう考えると・・・。
(何か不安だな・・・。)
覚悟はあっても不安は不安。
それはそれ、これはこれ。
「ともかく、入管と身体検査、入校式くらいまでは一緒だからヨロシク。」
「うん、よろしく。」
「そ・れ・と・!」
じっと一路を見つめる視線。
「エマリー"さん"はいらないからねっ。」
「あ、うん・・・う~ん・・・。」
この流れ。
(何かデジャ・ヴュ?)
ほんの数週間前に芽衣とやったたりとりを思い出す。
そして、今頃彼女はどうしているだろうかと・・・ショックを受けてはいないだろうか?
彼女の事を思い出す度、一路はそればかり考える。
傷ついてはいないか、元気でいるか、きっと全が一緒だろうからそれ程深刻ではないと思いたいが・・・。
「どしたの?」
気づくとエマリーが自分の顔を覗き込んでいた。
「なんでもないよ?」
鷲羽が言うには、芽衣は恐らく宇宙に帰ったのだと。
広い広い宇宙だが、同じ銀河内にいるならば、何時か会えるかも知れない。
そんな淡い期待を持って。
「そぉ?じゃ、いい?"さん"はいらないから。その代わり、私も一路って呼ぶからね!」
同期なんだし!と完全に決定事項だという彼女に苦笑しながら、そうだ、今度は"さん"無しで呼んでみるのもいいかもしれないと心に誓う一路だった。
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