「私は地球人が大嫌いであーるっ!」
「いいっ?!」
そびえ立つ銀の校舎が遠くに見える、その入り口のアーチ。
そこへと続く入管のゲートに入る前、この星に降り立った一路を迎えた言葉、その第一声がコレである。
(もうバレたっ?!)
地球人が大嫌いだという男。
ピンク色の少し天然パーマが入った髪に金色の瞳。
偉そうに胸を張りふんぞり返るこの男からは、なんとなく高貴な感じが・・・。
「新入生を脅してどうする!」
ゴインっと男の頭上に振り下ろされた鉄拳。
次から次へと起こる出来事に驚きというより、口を開けたまま固まってしまう。
「すまんな。この男はなんというか、ちょっと"アレ"なんだ。」
口にするのも躊躇われると言わんばかりに頭を押さえているのは何と女性だった。
強力な鉄拳を振り下ろすベリーショートの長身の女性。
その腕は一路の何倍も太く筋肉も凄い。
こんな腕で振り落とされる鉄拳の破壊力を想像するだけで震えがくる。
むしろ、こちらの方が脅しとしてのインパクトが強い。
「あ、いえ、その大丈夫です。それに・・・。」
「ん?」
「とても悪い人に見えませんから。」
地球人が大嫌いだと断言した男。
その割りには悪意が一路には感じられなかった。
少なくとも、本人に悪気がなく、ただ純粋にそう思っているのだろうと。
「そうか?そう言ってくれると助かる。」
引き締まった体躯の女性が笑うと、綺麗な歯が爽やかさを強調する。
「いや、だって陰でコソコソと言うより、面と向かって嫌いだと言っちゃう人の方が、よっぽど信用できると思うし・・・。」
少なくとも、理解はし易い。
相互理解は別として、この人は"そういう人"なのだと。
「面白い事を言うな。あの"ボウヤ"みたいだ。」
「?」
ボウヤとは一体誰の事だろうと首を傾げる。
なるべく大袈裟な反応は取らないように心がけてはいるが、どうやらこれは癖になってしまっているようだ。
「あぁ、こっちの話だ。私の名はコマチという。そこでのびているのは、静竜、
「せ、先生なんですか?!」
「残念だが。」
本当に済まなさそうに眉根を寄せて言うのだからそうなのだろう。
その目は現実を受け入れろ悟っているように感じられる。
「そうですか。あ、僕は一路。檜山 一路といいます。よろしくお願い致します。」
深々と腰を折って頭を下げる。
「うむっ!なかなか謙虚でいいぞ!」
何時の間にやら復活していた静竜がコマチの隣で高らかに笑っていた。
かなりの一撃だったにも関わらず、全くの無傷・・・ではなく、鼻から一筋の血が流れ出て・・・。
「おっと、すまない。」
ずずっずるぅ~っと血が鼻へと逆流していく様を一路は生まれて初めてみた。
「相変わらず常識外れなヤツだな。」
どうやらこれで完治してしまったらしい。
一瞬、宇宙人だからという理由で一路は納得しかけだが、これは常識外れの範疇に入るようで胸を撫で下ろす。
「私の器は常識では計り知れないのだ!」
(意味が違う気がする・・・。)
どうやったら、この人物と会話を噛み合わせる事が出来るのだろう。
長い付き合いのようにも見えるコマチとも噛み合っていないようなのは気のせいだろうか?
「一路~、次、私達の番だよ~。」
遠くでエマリーの声が一路を呼んでいる。
「えと、入管の手続きがありますので・・・。」
「あぁ、早く済ませるといい。」
「失礼します。」
またペコリと頭を下げると、一路はエマリーが手を振る方へと走り出す。
「今期は何かあるかもな。」
「うん?」
そんな静竜達の言葉を背に受けて。
「どっちが先に行く?」
「え?僕はどちらでも。」
入管の手続きは地球の国々のそれと変わらない。
個々のレーンの個室に入り一人一人身分照会とウィルスなどの病原体のチェックをするだけだ。
「何よ、主体性がないんだから!」
「めんぼくない。」
何故怒られなければならないのだろうと考える間もなく、ほぼ反射的に謝ってしまう。
「じゃあ、僕が後で。お先にどうぞ。」
遠目で他の者を観察しつつ参考にすれば、失敗の確率は減るかもしれないと考えて、そう口にする。
これで少しは主体性とやらを示せただろうかとエマリーを見ると心なしか満足そうに見えた。
「そう?じゃ、お先~。」
ひらひらと手を振って少女はすたすたと行ってしまう。
その一連の様子を眺めるに、一路が特に何かをするという事はなく、管理官のような者が勝手にチェックして幾つかの質疑応答(本人確認のようなものだろう)があるだけで、ものの数分で終わるものらしい。
「次の方。」
「はい。」
それぞれが通るゲートが一個の筒状に区切られた隔離されているように見えるせいか、それが緊張を助長していただけみたいだと解ると、結構気楽に室内に入る。
リラックス、リラックス。
「え~と、檜山・A・一路さんですね?」
(ん?)
言われた一路の方が・A・←こんな顔になる。
当然である、何時の間にやら自分の氏名にミドルネーム(?)ついているのだから。
「・・・・・・は、はい。」
変な間が空いた事に係官がピクリと眉を動かしたのを見て、慌てて頷く。
ここで門前払いにでもされるような事があったら、それこそ問題外だ。
ちなみにこの係官は、ずんどうのような胴体に丸い顔。
アニメに出てきそうな弾丸型の大砲の弾に手足が生えたような人物で、およそ地球人ではありえない体型に宇宙に来たんだなぁと一路にいっそう自覚させる。
「アカデミーの入学が目的で、ほぅ、かなみつからですか・・・これは遠路はるばるお疲れ様です。」
「いえ。」
「えぇと、身元保証人が柾木 阿重霞 樹雷、アカデミーへの推薦者が白眉 鷲羽、と。」
ホログラム映像で浮かび上がった投影画面を操作しながら、淡々と確認作業をしていたしていた手が止まる。
「は、はは、白眉 鷲羽・・・?!そ、そ、そんなまさか・・・。」
努めて冷静な声をなんとか絞り出すその手は、一路から見てカタカタと震え始めていた。
「いや、しかし!・・・でも、保証人が柾木 阿重霞・・・樹雷・・・。」
いよいよもって息も荒く挙動不審に・・・・。
「檜山・・・"
「はい。」
身分証明にそう記載されているのなら、宇宙での自分の名はそうなのだろうとしか思っていない一路は、相手の言っている意味も解らずに素直に頷くだけである。
その名が何を指しているのかも知らずに・・・。
【緊急事態発生! 緊急事態発生! 警戒レベル5A発生 全職員は直ちに避難して下さい 当施設は閉鎖 完全隔離されます】
「え゛?」
突然鳴り響いた避難勧告に全くついてゆけず、呆然と立ち尽くす。
気づくと先程までいた係官の姿が何処にもない。
次の瞬間、一路が入ってきた入口のシャッターが勢い良く閉められ、室内の窓という窓にもシャッターが下りる。
「え?えっ?!」
自分が閉じ込められた事実を飲み込めずに、それを理解する頃には完全に室内に閉じ込められた。
更に壁の通気口から溢れ出てきた煙で意識が次第に朦朧とする。
そして、そのまま気を失う。
GPアカデミーのある星に来て、一路が一番最初に学習したのは【無知は悪】という言葉だった。