2度ある事は3度ある。
先人達はよく言ったものだ。
それを嫌という程に味わった、それも身体で。
「・・・正直、慣れてくる事自体が問題な気がする・・・。」
目が覚めて見知らぬ天井を視界におさめてからの一番最初に呟いたのが、この感想だった。
現在、一路は硬質なベットに寝かせられている。
否、ベットに縛り付けられていた。
毎回、考える。
こういう事態が起きる度に。
自分は何かそういう運命の元に生まれてきたのだろうかと。
漏れるのは溜め息ばかりだ。
溜め息をつくと、すぐさま自分の身体の感覚をチェックする。
身体には痛みはなく、怪我をしている感じもない。
拘束はベットから勝手に動かないように腕と胸をぐるりと回っていて、どうにも動けない。
動かせる箇所は、足と頭部のみという事を確認する。
何より、思っている以上に冷静である自分の思考。
(逃げようにも、ここが何処かも解んないし・・・。)
大体、自分は経歴詐称以外の悪い事はしていない・・・はず。
それが重罪なのかも知れないが、地球の法律を比較してみても殺されるという事はないだろう。
ともかく、現状は情報が少な過ぎるし、取れる選択肢がない事だけははっきりしている。
「・・・・・・もう少し寝ておこうかな。」
考えついた結果はこれだ。
そういえば、緊張の連続で睡眠時間がいつもより少なかった気もしてきた。
「って、キミ、随分と余裕ねぇ~。思わずズッコケちゃったわよ。」
「状況を説明して頂ける方が誰もいなかったもので。」
どうやら、こういった事に揉まれるうちに大分スレてきたのかも知れない。
傍らに立つ人物をズッコケさせるくらいには。
柾木家の騒乱(しかも日常)に比べれば、今はそれ程酷い状態でもないと思えてしまう。
少し、ノイケの微笑みとか砂沙美の笑顔が恋しくなったが。
「えぇと、"お姉さん"、僕はこれからどうなっちゃうのか解りますか?」
とりあえず、対話は出来そうなので、状況説明を求める事にした。
拘束されるくらいだから、教えてもらえない可能性は高いが、ダメモトだ。
「まぁ、お姉さんだなんて!素直ですこと~♪」
どうやら、そっちの方がツボだったらしい。
翡翠色の髪を額で斜めに切り揃えたその女性は上機嫌で微笑むと、金色をした瞳で一路を見下ろす。
「キミが拘束されているのは、まぁ、約1名のせいで、特にキミ自身に問題はないんだと私個人は解釈してるわ。」
随分と婉曲な言い回しが、お役所仕事みたいだと一路が思ったところで、彼の前に一枚の紙切れが突きつけられる。
「え~と、檜山・朱螺・一路クン?」
「はい。」
「キミはこの名前が意味するところを理解しているのかしら?」
名前と言われても、それは自分の実名なのだ。
つまり、問題はそれ以外の部分か、実名の部分のどちらかになる。
もしかしたら、ミドルネームは高貴な人にしかつけてはいけないとか、そういった類いの事が頭に浮かぶ。
「・・・理解していないってコトはそういうコトなのかしらねぇ。」
どうやら顔に出ていたらしい。
女性は、自分の額を押さえたまま溜め息をつく。
「あの、そういう事って?」
「じゃあ、次の質問。キミの経歴について。」
マズい。
ひっじょ~にマズい。
早速の大問題で、一路は背に冷や汗をかいているのが解った。
「は、どうでもいいんだわー。」 「へ?」
いいのだろうか?
些か拍子抜けしてしまって、間の抜けた顔になった一路を見て女性はニンマリと笑う。
「ま、ここには色んな事情を抱えた人が来るからねぇ。お姫様とかお姫様とかお姫様とか。」
(さ、3回言った!)
とても重要な事に違いないと反射的に脳内メモしてしまう一路だが、何の事はなくさり気なくそこに自分も含まれていたと暗に主張したいだけだったりする。
「突っ込んで欲しいなら、突っ込んであげたいんだけどぉ?問題はそこじゃないんだわ。一番大事なのはココ。」
彼女が指摘した場所は見なくても解った。
名前でも経歴でもなければ、残ったものは二つしかない。
意識を失う前に、入管の職員の手が止まった箇所。
すなわち・・・。
「保証人は言わずもがなというか、あー、このコ、何時かやると思ってたわ~的な、カワイソウなコ的なノリで温かい目で捨て置くとして。」
(捨てられた?!阿重霞さん捨てられた?!)
確かに、普段の阿重霞は一路にしてみれば、芽衣の上をゆくお嬢様っぷりで、時にピントを大きく外す事もしばしば。
突っ込みを入れるのもどうかと思う時すらある。
いや、素でパンがなければビスケットをお食べレベルの事は言ってしまう気がするのだ。
「あ、あの、その人が一応僕の保証人なんで、その、あんまりこき下ろさないでいただけると・・・。」
気はするのだが、世話になっている人物には違いない。
それを他人に、自分も他人だが、どうこう言われたくはなかった。
「はぁ・・・あのね、キミ、自分がそうなっている原因の一端になっているって解ってる?」
完全に呆れられた反応が返された。
「それでも本人は良かれと思ってしてくれたんです。それを責めるのは筋違いだと思います。」
一路はこういう所はブレる事がない。
ただ単に頑固なだけとも言うが。
「余計コジれてんだけどね。まぁ、いいわ。で、問題はもう一つ。推薦者、白眉 鷲羽。コレ、ホント?」
「そこにそう書いてあるんだから、そうなんだと思います。」
書類に関しては、自筆署名の部分以外は全部鷲羽達が用意してくれたもので、自分の設定はそれこそ良かれと思って作られたものなのだろう。
それを一路は全て受け入れていた。
そこに疑いを挟む余地は、髪の毛一筋分もない。
彼はここでもブレなかった。
「かぁ~。」
また長い溜め息が、女性の赤過ぎるルージュから漏れる。
その様は美人のはずなのに、何故か仕草がオヤジ臭い。
「ねぇ、一路クン?」
「はい。」
「この、白眉 鷲羽って人はキミにとってどんな人かしら?」
どんな人。
どんな関係と聞かれたら、他人とか世話になった人と答えるところなのだが、どんな人と目の前の女性は一路に問う。
なかなかに難しい問いかも知れないが、そう聞かれたら一路の答えは決まっている。
最初に会った時から、今になっても変わらない。
「母のような人です。」
やっぱり一路はブレない。