「母のような人です。」
ブレずにそう断言した一路。
「母ァ?!あの人が母?!どんな答えが返ってくるかと思えばよりによって母!だーっはっはっはーっ、こりゃヘソで茶が沸かせるわ!今世紀最大のつまらないジョークよっっ!」
「笑うな!」
自分で思っていた以上に大きな声が室内に響いた事に一路は驚いた。
それだけ怒りが込み上げたのだろう。
一路がそれを自覚出来なかったのは、今までそれ程の怒りを感じた事がなかったのかも知れない。
そして、一路は思った。
この人のユルい、ある意味で空気を読めない部分は、絶対に自分とは合わない。
「アナタがどう思うかは勝手だけれども、僕にとってはそうなんです!」
こんな時まで相手を全否定する事はしない。
一路にしても、そんな大声を出す必要はないと解っていたが、なんだか自分の本当の母まで笑われているような、そんな錯覚をしてしまって過剰に反応してしまった。
「そりゃ・・・"亡くなった"母には全然似てないですけど、色々と・・・本当にお世話になった人なんです。」
急に尻すぼみになってしまったのは、泣いてしまいそうになったから。
鷲羽は本当に色々と気にかけてくれた。
三者面談の時は、文字通り親代わりになってくれたし、重傷を負った時にも助けてもらった。
そして何より、今の自分がここにいるのも。
「アイリ理事長、今のは貴女がどう考えても悪いですよ?」
突然かけられた声の方に頭ごと向けると、先程まで絶対に誰もいなかったと言い切れる、一路を挟んでアイリの反対側に一人の女性が立っていた。
「誰だって、自分の母親を笑われたら息子として怒りますよ。ねぇ?」
老女と言うと少し過言な女性は、目尻に皺を寄せて穏やかに微笑む。
「ウチはそんな軟弱な教育方針じゃないもーん。」
もーんって、コドモか!と突っ込みたくなるが、唇を尖らせてアイリはそっぽを向く。
「あら、どちらかというと貴女の方が言われて赤面される母でしたね。」
などと辛辣な言葉を吐く恰幅の良い女性。
金髪に褐色の肌、そして蒼い瞳。
若い頃はさぞかし美人だっただろうと思えた。
それにそこはかとなく気品が溢れていて・・・。
「あれ?・・・・・・もしかして、美星さんの親戚か何か・・・で?」
恰幅の良さは別として、外見的特徴と、何処となくだが、感じる包容力的なモノが似ていると感じた。
似たような空気を感じて、先程までの緊張が少し緩んでしまう。
「あら、ウチの孫をご存知なのね。」
「はい、お婆様でしたか。美星さんには色々とお世話になったり・・・。」
お世話をしたりという言葉は何とか飲み込めた。
「あらあら、それはとんだご迷惑を・・・でも、おかしいですね、あのコはGPの任務で宇宙を跳びまわっていて、最近はずぅっと地球に駐留しているのだけれど?何処で出会ったのかしら?」
「あ゛・・・。」
あーッ!!と一路は心の中で絶叫する。
と、同時に自分はもっと悪賢くなった方がいいのだろうかと真剣に思案した。
そもそもが嘘をつくという事に向いていないのだが、今は混乱しているのだろうか、そこまで考えが回らない。
「脈拍、瞳孔、その他諸々の計測からも、彼の今までの発言に嘘はないでしょう。実に誠実な子です。」
まるで孫を褒めるように述べられても、一路には全然嬉しくはない。
当面の拠点に着いて早々にこんな事になっては。
「じゃあ、一路クン?キミはわざわざ"地球"から何しに来たのかしら?じっくり理事長室で聞かせてもらうとしましょ。」
赤いルージュから発せられる問いに一路は軽く意識が遠のきそうになるのだった。