「成る程。随分と原始的生活に重点を置く一族なのですね。」
移動の最中に一路は、地球という星の文明レベルについて当たり障りのないだろう範囲でリーエルに話した。
勿論、地球という星の名をかなみつに置き換えて。
人柄(?)の良い彼女に嘘をつくのは心が痛んだが、一路が少しだけ話すと、後はリーエルが勝手に脳内で補完してくれたお陰で、罪悪感は幾らか軽減された。
「宗教的倫理観は、自然に素を見出すアミニズム信仰から始まった文化圏という感じと。それはそれで素敵な生き方です。」
「そうなんですか?」
地球で言うところの動く歩道に乗ってから、完全自動操縦の車で移動。
その最中でも会話は続けられた。
「今はなんでも、かつて禁忌とされていた魂の解析さえも可能な時代ですから。そういう生き方は記録したり、残してゆくことは非常に重要だと思います。私達は結局、宇宙という過酷な環境に出てしまったから、それに対応する為には致し方のない事だったのでしょうけれど。」
では、自分達地球人も、宇宙に出て長い間旅でもすれば、宗教だの民族だのと言っている暇がなくなるのだろうか?
宗教に基づく何十年もの争いがある今の地球ではな全く想像出来ない事だ。
しかし、それはそれとして、壮大なスケールでわくわくしなくもないのだが、他に一路には気になる事があった。
「勉強になります。ところで、何で僕に対してそんな口調なんです?もしかして、トシ、変わらなかったり?いや、年齢を聞くのは失礼かな・・・女性・・・?・・・だし。」
判断の基準、胸が出ているという身体的特徴があるにはあるのだが、先程もリーエルが言っていたように宇宙に適応した人種はどうなのか一路には解らない。
下手したら、種の保存の為に男も子育てに完全対応しているかも知れないし、雌雄同体だったりするかも知れないとまで考えを膨らます。
「?一路さんこそ、失礼ですけどお幾つで?」
「僕?僕は16歳になります。」
答えてから、地球の年齢換算でいいのだろうかと思い直す。
1年=365日というのは地球という星の公転周期で、太陽系の話だ。
以前に阿重霞が16歳で元服だとかなんとか言っていたので大丈夫だとは思うのだが・・・。
「なら、私の方がお姉さんですね。」
(あ、やっぱり。)
"お姉さん"という事で、幾つかの疑問が氷解していく。
「なら、そんな言葉遣いじゃなくていいですよ。」
自分は気を遣わせる程の人間でもない。
そんな一路の言葉にリーエルは微笑む。
「じゃ、そうするね。一路クンもリーエルお姉ちゃんでいいから。」
「い?い、いや、それはちょっと。」
一足跳びに跳び越え過ぎである。
なにやら非常に気恥ずかしい。
第一、お姉ちゃんづけで呼ぶなど柾木家の女性達相手ですらしたことないのだ。
「うふふ♪照れ屋さん。あぁ、そうそう。」
ぽむ。と何かを思い出したかのように手を打つ。
「?」
「私は一路クンと交配も可能だし、妊娠も可能だからね。」
「こっ・・・。」
あ然。
絶句。
要するにワウ人は自分達のような他種族と子を成せる。
ひいては、自分は女性体であるという事が言いたいのだろうが、言い方が直接的というか、艶かし過ぎて言葉に窮してしまう。
それと顔も真っ赤になる。
「可愛いですね。さっきのといい、一路クンは私の身体に興味があったりするのかしら?」
至ってにこやかに述べるリーエルだが、一路にとっては、だ。
この辺は単純に年齢の差だろうか?
勿論、大人と子供の。
「あ、着きましたよ。ここがこれから私達が暮らすおウチです。」
(ワウ人って種族的にそういう人達なのかなぁ。)
意外と悪くない感じだった肉球の感触を思い出しつつ一路が案内されたのは、地球でいうところのリゾートマンション、或いは高級マンションという所だ。
入口の自動ドアから中へ入ると、観葉植物だの彫像だのが並べられた広いエントランスが彼を迎える。
(TVの世界というか、なんというか、世の中って本当にお金持ちっているんだ、ホントに。)
上を向いたらそのまま埃が入りそうなくらいぽっかーんと口を開いて見回す。
実際は、空気清浄されていて口に埃が入るなどはしないのだが。
ちなみに上(天井)には、デカデカとシャンデリアが吊り下がっていた。
「エレベータ横のスリットにこのカードキーを入れると住んでいるフロアに自動的に向かうから・・・て、一路クン?聞いてる?」
「ふわっ?!は、はい。」
ここに来ると決まってから、目に入るものの大半が初めてなものがかりになるというのは、ある程度解っていた一路だが、こういった日常生活レベルにまでそれが及ぶとは思ってもみなかった。
「あぁ、こういう建築様式も初めてのレベルなのかしら?」
「あ、いえ、知識としてはありますし、もっと庶民的な集合住宅なら住んだ事もあります。」
実のところ、この一路の属していたと設定される民族の文明水準は特にこうだと決めてはいない。
一路としては、当然地球レベルでいいかなぁと漠然と思うくらいなので、本当に何時ボロが口をついて出るかは気が気でない。
出来るなら、この自分の教養・教育担当になるリーエルには、本当の事を言ってしまいたい。
正直、理事長の直轄ならば言っても問題ないんじゃないだろうかと思わなくもないのだが、もう設定は述べてしまった後なので、今更言いづらい。
「なら、どんどん行きますよ~。」
(それにしてもデカい・・・。)
「えと、部屋は何階何号室に?」
「何号室?ううん、4階のフロア全部がお部屋よ?このエレベータのドアトゥドア。」
「へ?」
チンッ♪
一路の間抜けな声とエレベータの到着音とのアンサンブルが奏でられたところで、扉が開く。
「じゃ、どうぞ。」
エレベータのドア兼玄関。
きちんと靴置きと段差があるところを見ると、靴は脱ぐらしいと解った。
「お邪魔します。」
「エル、おかえり。早かったじゃ・・・。」
「?」
一路が靴を脱いでいると、奥から小柄な少女が出て来た。
小柄も小柄。
平均身長を下回る一路のそれよりも更に低い。
140台後半・・・150には届いていないだろうか。
リーエルと違ってすぐに少女と一路が判断を下したのは、彼女が真っ白なスポーツブラとピンクのシマパン姿で現れたわけだらで・・・。
「えと・・・。」
どう声をかけたものやらと思案する一路に、固まったままの少女。
「お・・・。」
「お?」
微かに震える唇から声が漏れた。
「ヲトコーッ!!」
「そっちぃっ?!」
フロア中に響き渡る少女の声に、一路は咄嗟に自分の頭部を庇う。
2度ある事は何度でもある。
学習能力を発揮した結果だ。
絶叫しながらドタバタと走り去って行く少女の背と・・・丸いお尻を眺めながら。
「よし、気絶しなかったぞ。」
人の事は言えない的外れな言葉を吐く一路だった。