忘れない事。
それが成長への第一歩だとなにかの本で読んだ事があるのを一路は思い出していた。
もっともそれが一体何の本で、何処で見て、誰の言葉だったかなんて全く覚えていないのだが、この際それはどうでもいい。
とにかく習得した事を、その結果として得られる失敗も、成功も忘れず、次に繋げる。
そうしなければ成長はない。
一路はこの言葉をそう理解している。
(大体、自分で決めているように見えて、その間は流されてるんだよな、僕。)
幸運続きと取るか、甘やかされていると取るかも人それぞれなのだが、それでもこれに関しては自分の意思だと断言出来る事をする事にした。
3人でのティータイムを終え、自分用に割り振られた部屋で一路は一振りの木刀を握り立ち上がる。
柾木神社に伝わる(と、一路は思っている)舞いの構え。
これだけは自分でやってみようと思い、様になるまで延々と繰り返していた。
早くもなく遅くもない舞い。
実戦的かどうかは解らないが、この大地を踏みしめるような動作と感覚が気に入っている。
これをやると世界に根を張れるというか、落ち着くというか・・・。
(元々、奉納したり、見せたりするものだから、無心でするもんだもんね。)
呼吸を整え、自分の中で優雅に見えるように。
あくまでも自分の中でなので、実際のところどうなのかは置いておいて・・・。
「何してるの?」
かけられた声にビクリと反応する。
だが、反応したのは一路ではなく、声も彼にかけられたものではない。
一路のいる部屋の外、ほんの少しだけ開かれた戸の隙間から彼の部屋の中を覗いていた存在、シアにリーエルが声をかけたのだった。
「エル・・・その・・・。」
目を合わせない彼女の様子にリーエルは無言で行動する。
どんな行動か?
それはシアと全く同じ態勢になる事だった。
彼女の頭の上にもう1つの頭がダルマ落としのように並ぶ。
「はっはぁ~っ、そんなに気になるかしら?」
ニヤリとワウ人特有の牙を見せる笑みと共に一路に感づかれない程の小声で下にいるシアの頭に話しかける。
「べ、別に・・・夕食をどうするか聞いておこうと思ったら、その・・・。」
「ノックも、呼びもせずに?」
「う・・・。」
他人の部屋を訪れるなら、至極当然の流れである。
当然、シアもそうしようと思ったのだが、たまたまそこに隙間があって、なんとなく見入ってしまったのだ。
二人のそんなやりとりにも気づく事なく、一路は舞いの練習を黙々と続けている。
そのひたむきさにシアは声をかけられず、呆けるように見てしまったのだ。
「・・・・・・ねぇ、エル?」
「なぁに?」
「アイツはどうしてGPに来たの?」
気になるのかとリーエルは尋ねてきたが、シアにはその一点だけが気になった。
何故なら・・・。
「あんなに・・・必死に・・・。」
一言も声を発することなく、一振りの木刀を携えて舞い続ける一路。
その姿には確固たる意志が宿っているような気さえしてくる。
「さぁ?」
「さぁって・・・。」
なんと無責任なとシアは思ったが、リーエルにしてみれば正直、そんな事はどうでも良い事だった。
「ただ、新しい何かを得ようと来たのは確かね。それでいいんじゃない?」
本人に成したい事があるから努力している。
そこさえ解っていれば、学び舎は常に誰をも受け入れる。
そういうものだとリーエルは信じている。
これはワウ人特有のものだ。
「それは、そうだけど・・・。」
何だが釈然としないのは、どうにもリーエルに自分がうまく丸め込まれているような気がしたからだ。
この銀河系でワウ人というのは、一般的に人間と呼ばれる種族のそれより精神的な成熟度が早く高いとされており、この事もあって成人年齢が低く設定されている。
つまり大人なリーエルが自分を子供扱いしているような・・・。
「はぁ・・・やっぱり天地さん達の足元にも及ばないな。」
二人がやりとりしている間、ずっと剣舞の鍛錬をしていた一路は溜め息をつく。
一朝一夕で身につかないのは解っている。
解っているからこそ、こうしてほぼ毎日同じ舞いを繰り返し練習しているのだ。
それでもどうしてなかなか上手くなっている気がしない。
自分は剣道といい、こういう事に関しては、向いていないんじゃないかと思えてくるのだから、情けない事この上ない。
(全はどうしてるかな・・・。)
剣道といえば、体育の授業で一緒だった全を思い出す。
挨拶ひとつなく目の前からいなくなった級友。
彼にもこうして宇宙にいれば、会える事もあるだろうか?
宇宙は広い。
しかし、地球にずっといたら、その可能性はぼぼゼロだ。
そう考えると現金なもので、少し元気が出てくる。
そういえば、剣道の時、自分の上達振りを褒めてくれたな、と。
やらなければ、動かなければならないのだ、自分は。
と、その前にかなりの汗をかいている自分の身体に気づいた一路は、その汗を拭う為に服を脱いで・・・。
「って、何してんのよーッ!」
「え?何って着替え・・・。」
大絶叫で部屋の戸を開くシアに驚く事もなくマトモに答えを述べられたのは、ある意味での努力というか、反復による学習と褒められなくもないが・・・。
「このバカ!ヘンタイ!」
「へっ、へんたっ・・・。」
覗いていたのはシア達のはずなのに、何故にこんな馬事雑言を浴びせられるのか解らない。
しまいには物までが飛んで来たのには参った。
「一路クン、意外とイイカラダしてるのねェ。」
一人、リーエルだけが一路の身体を見て、妙に楽しそうに呟くのだった。