と、当の一路はというと・・・。
「お?目が覚めたでゴザルか?」
(ゴザる?)
目が覚めると全く見知らぬ場所にいた。
少しでも自分の現状の情報を得ようと見回すと、ポニーテールをした少年がこちらを覗き込んでいる。
きっちりとおデコを出した乱れのない完璧なポニーテールと細い糸目。
どこかおっとりというか、間の抜けた顔をしている。
「プー、彼、目を覚ましたでゴザルよ?」
(やっぱりゴザるって言っているように聞こえる。)
「プー呼ぶな。照輝、僕にはプェルヴ・K・アーサーという名が・・・。」
「縮めてプーで合ってるでゴザル。」
「だぁ~かぁ~らぁ~。」
もう一人はクリーム色の毛並み。
「ワウ人?あれ?僕・・・。」
「ん?あぁ、そうだ、ワウ人だよ。君は一路君だったね。」
ワウ人という種族は最近知ったばかりだが、彼は鼻の上に丸眼鏡が乗っているのが特徴的だ。
しかし、何故彼が自分の名を知っているかは謎だった。
「あぁ、ごめんごめん。あのね、君は本当は僕達と相部屋の予定だったんだ。」
「まぁ、事情は聞いたでゴザルが、事前の学習が終われば拙者達と同じ部屋に引越しという流れでゴザルな。」
それで自分の名前を知っているのかと納得した後、じゃあ何故自分はここにいるのだろうと次の疑問へと切り替わる。
答えは簡単だったが・・・。
「そうか、僕、途中で・・・。」
「状況が飲み込めたかい?」
プーと呼ばれた少年の言葉に頷く。
『本日は軽めにグラウンド200周!』
授業の初日、一路を迎えたのはこの星に来た時に出会った天南 静竜だった。
彼を見た時、本当に教師だったんだと驚いたが、それより驚いたのはその言葉の内容だった。
グラウンド200周。
一路の感覚でだが、グラウンド1周が大体400mから500m程度だろうか。
つまり、それが200となるとざっと100km程になる。
しかし、更に驚いたのは、周りの皆がすぐ様実行に移した事だ。
「ごめん。今、何時?」
「ん?今は・・・17時かな。」
この星も地球と同じ自転周期で1日約24時間。
外は17時となると少しずつ暗くなりかけているくらいだ。
「ありがと、じゃ、僕行かないと・・・。」
鉛のように重たくなっていた身体をなんとか起こそうとする一路を見て、慌てて照輝が押さえてくる。
「行くって、何処にでゴザル?!」
「だって・・・まだ200周走ってないから・・・。」
100周台前半、確か103,4周辺りで自分の意識が途切れているという事は、そこで倒れて彼等に運ばれた事になる。
「無茶だよ。確かに寮生活の僕等と違って君は門限はないけれど、その身体じゃ。」
「そ、そうでゴザルよ。一路氏は自然主義の出、生体強化もしてないのでゴザろう?」
「生体強化?」
確かに初めて聞く単語だ。
それをすると、あんなに早く走れるのだろうか?
「僕達は入学前、下手したら生まれですぐに身体の遺伝子や構成を変えて、肉体を強化するんだ。まぁ、宇宙に出るわけだし、犯罪者を取り締まったりするわけだしね。」
二人の説明に一路は頷く。
それならば200周程度朝飯前になるのだろう。
しかし、今の自分はどうしようもない。
ならば根性で走り切るしかないのだ。
「一路君もいずれ生体強化を受けて走れるようになるから・・・。」
「いずれじゃダメなんだ。」
いずれって何時だろうと思う。
そのいずれを待つ間に、母のようになったら?友達が友達を殺すような事件が起きたら?
それはもう悔やんでも悔やみ切れないだろう。
いずれではなく、欲しいのは今だ。
「何やらワケアリのようでゴザルな?」
一路の鬼気迫る表情を見て、その深刻さを感じ取る。
「ごめん・・・皆はGPになる為に、その夢を持ってここに来たんだろうけれど、僕は違うんだ。」
謝ったのは、ここに来た時から感じていた罪悪感の欠片。
自分は夢を追って訪れた者達と比べたら、非常に不純な動機としか言えない動機だからだ。
「僕はどうしても強くなって・・・宇宙に出て会わなきゃいけない"人達"がいるんだ。どんな事をしても連れ出さなきゃいけない人も。」
会わなければいけないのは、灯華だけではない。
芽衣にも全にもだ。
それまではどんな事があっても、歯を喰いしばって・・・一路は上体を起こす。
「熱血だな。」
「熱血でゴザルな。」
一路の言葉にプーと照輝が頷き合う。
「また倒れられても困るでゴザルから、門限まで付き合うでゴザルよ。さ、肩を貸すでゴザル。」
「え・・・でも・・・。」
それは悪い。
彼等だって200周走っているのだ。
疲れていないはずはない。
「聞いちゃったというか、言わせちゃったからには、ね。ほら、これ食べて飲んで。まずは栄養と水分補給からだ。」
そう言って固形のレーションとドリンクボトルを一路に握らせる。
「あ、その前に背中出して貼り薬を貼ってしまおう。」
こうして一路は更に5時間以上をかけて、走り切ったのだった。
ちなみに走り切ったのと同時にまた意識を失い、どうやって自宅に戻ったのか一路は覚えていない。