4日間。
4日間よく耐えた方だ。
根性あるヤツ。
それが一路に対する男子生徒の認識である。
だが、当の一路は満身創痍というヤツだった。
全身のアチコチには地球で言うところの湿布のようなものが貼られ、帰宅後に食事、リーエルの講習、入浴、そして排泄。
それ以外は何もしない。
最初の2日間は、食事しても吐いてしまう日々。
ようやく3日目になって、それが治まってきたかと思いきや、天然の回復力を以ってしても間に合わない程の筋肉の悲鳴。
そして4日目にして、ようやく普通並みの生活が出来るようになってきた。
と、いっても上記のように最低限の事しか出来ていないのが現状だったが。
そしてそんな中でも、柾木神社に伝わる剣舞だけはやめなかった。
地球を出発する時に天地から貰った木刀を振るい続けた。
そして4日間。
これならば、週に1日の休みまで身体がもつかも知れない。
一路の中ではそんな思考が出来るようになった頃。
「ねぇ?」
食事を終え、一路が自室で倒れているだろう時間帯。
折を見ていたシアが雑誌を読んでいたリーエルに話しかける。
「ん~?」
雑誌から目を逸らす事なく返事をしたリーエルに対して、眉根を吊り上げながら、シアは彼女の雑誌を上からひょいと掴み上げた。
「あぁん、何するの?」
「いいから聞いて。」
眼光鋭くシアが睨みつける。
が、如何せんサイズがサイズなので、あまり迫力はない。
「はぁい。なぁに?」
サイズ的にはアレでも、本人がなにやら怒っているという事だけは解るので、その意志を汲んで渋々リーエルはソファーの上に正座する。
ある意味、馬鹿にしているようにも見えるが。
「何で・・・何でアイツはああなのっ?!」
「はぃ?」
怒り任せて声を荒げるシアの開口一番、その言っている意味がリーエルには解らない。
「毎日毎日、毎日毎日毎日!食べて、吐いて、勉強して、食べて!・・・壊れた人形みたく眠って・・・。」
「シアちゃん、よく見てるのね。」
ようやく意味を理解したリーエルは嬉しそうに満面の笑みで応えたのだが、それを見て一層表情を険しくしたのはシアだ。
といっても、サイズがサイ・・・以下、略。
「そういう問題じゃないの!聞けばアイツ生体強化してないって言うじゃない!」
「彼の帰属していた社会は、必要以上の文明を進んで持つのは忌避するみたいだし、必要なければ生体強化すらしないんでしょうね。」
「なんとかならないの?生体強化なんて難しい事でもないじゃない。あれじゃ・・・
それはシアの優しさ。
シアが何故、ここにいるのかを知っているリーエルは少し考える素振りをしながら・・・。
「確かにそうだけれど、そうするとリハビリが必要になるじゃない?」
生体強化を行う。
生体強化は肉体的・精神的限界を無視すれば、レベル1から10まで存在する。
つまり、現在の力が数倍から数十倍、果ては数百倍になるという事だ。
そこには問題が1つだけある。
倍々に力が増加するとしたら、今まで10の力で行っていた事を5、或いは1で行うという事になり、今まで以上に力の加減を習得しなければならない。
それがリハビリという事だ。
もっと簡単に言い直せば、オムツの頃からやり直すという事になる。
「そうなると~、一路クンがここにいる期間が長くなっちゃうのよ・・・ねぇ~?」
語尾にイヤに変な力が籠もってる。
ニヤニヤとした下品なリーエルの笑みに視線。
そこではたと自分がハメられたのだとシアは悟る。
が、後の祭り。
「う・・・あ゛ー、もーっ!・・・どうでもいいわよ。ゾンビみたくうろつかれても困るし!」
「うふふ。じゃ、本人に承諾を得ないとね。"シアちゃんが心配してるから"生体強化受けてみないってね~。」
そういうと素早く正座を解除。
まさに獣じみた速度で、疾風の如く一路の部屋へ駆け抜ける。
「コラぁっ。アタシそんなコト言ってないでしょっ!」
リーエルにある事ない事言われては堪らないと、慌ててシアは彼女の後を追う。
最悪の場合、彼女の後頭部をブン殴ってでも止めなければ。
なぁに、全力で殴ってもきっと気絶するくらいだし、事情も自分から告げればいいのだと、壮絶な腹黒さで・・・。
「?」
物騒な思考を持って、一路の部屋に向かったシアだったが、一路の部屋の前で中に入る事もせずに立ち止まっているリーエルを見つけて首を傾げる。
「何してるの?」
「しぃ~。」
口に指を立てて、ちょいちょいと部屋の中を指す。
人の部屋を勝手に覗くというのはどうかと思うが、思わずその仕草通りにシアは部屋を覗き込む。
シアの視線の先の部屋の中では、一路が静かな寝息を立てていた。
年相応以下にしか見えないあどけない寝顔。
但し。
「何で木刀抱いて寝てるかなぁ、コイツ。」
「疲れてるんデショ?いいじゃない、木刀抱いてても、可愛いんだから♪」
いいもん見ちゃった~と上機嫌なリーエルを横目で見ながら、そういう問題なのだろうかとシアは思う。
そして、もう一度一路の寝顔を確認して・・・。
(そりゃ・・・まぁ・・・いや、いやいやいやいや。)
乗せられそうになる自分にはっとなって思わず首を振る。
何故、自分が。
しかも、よりによって苦手な男を可愛いと思わなければならないのだろう。
おかしい。
うん、おかしいと。
「でも・・・。」
確かに無防備過ぎる程の寝姿を晒して、しかも静かな寝息を立てている美少年。
何故だか悪くないような・・・。
「ん・・・トウ・・・カちゃ・・・。」
(トウカ?)
突如として一路の口から漏れる言葉にシアは疑問の視線をリーエルに向けるが、彼女もその解は持ってはいないようで首を振る。
(トウカって、人の名前?・・・誰?)
寝言に出るくらいの人物の名。
胸の辺りがモヤモヤして釈然としない。
理由も、説明もつかないモヤモヤ。
それがずっとシアの中で一晩中燻り続けてゆくのだった。