「これ、どういう事?」
眼前に提出されている報告書を一瞥して、リーエルに問いかけているのは、アイリだった。
「確か、一路君の生体強化をするんでしたね?」
そう問いかけたのは、アイリの横に立つ美守。
「えぇ、本人の同意を得て、本日行う予定でしたけれど・・・。」
「それがどーして中止?拒絶反応でも出た?」
事も無げにサラリと言ってのけているが、本来その確率は小数点以下、しかもゼロの数字が何個も羅列する程ぐらいあり得ない事で、しかもGPアカデミーでやるソレは更に安全だ。
もし、それが起こったとしたらば、大問題も大問題、オオゴトなのである。
アイリが報告書の表紙を一瞥しただけで、中止になった事に興味を持っていない要因の一つ。
「そ、それが・・・ちょっとした問題は確かにあったのですっが、それがですね・・・。」
論より証拠とでも言いたいかのように一枚の紙をアイリの前に出す。
「あん?なにコレ?【対象者の身体能力の測定結果、生体強化レベル2に相当する事を認める。】?どゆコト?」
「入学した当初から、生体強化を施してあったという事ですか?」
そう考えると問題がないようにも思える。
だが、アイリと美守は、一路が地球育ち、しかも宇宙的遺伝因子を持っていないと知っている。
「いえ、彼は確かに生体強化を施されてはいませんでした。その証拠に天南先生の基礎体力訓練で、何度となく倒れています。」
グシャッ。
アイリが手にしていた報告書を思わず握り潰した音だ。
「生徒を潰してどーすんぢゃ、あのアホンダラァ!」
「この数日を根性だけで乗り切ろうとする一路クンの悲壮さは、とても演技だとは思えません。どう考えてもその時点では生体強化前だったはずです。」
つまり、授業が終わって帰宅するまでのごく短い期間に一路は生体強化を施された事になってしまう。
しかし、それこそ不可能。
生体強化後の身体感覚の変化は劇的で、実際立って歩く事すら困難なのだ。
その克服訓練も含めて、短時間でというのは無理だと断言出来る。
「現在、彼はどうしています?」
「恐らく今日も天南先生の授業で、私の家でピクリとも動かず倒れているかと思いますけれど?」
ピキリとアイリのコメカミに青筋が立っているのが解る。
「それよ、そ・れ。彼よりあの馬鹿をどうにかする方が先。どっかの僻地にでも飛ばしてやろうかしら。」
「それではコマチさんが困るでしょうに。」
「ぐぬぬ。」
コマチ・京という優秀な人材・人脈が手に入ったのが、天南 静竜を唯一評価出来る事だけに、それはそれで痛い話だった。
「あの、お言葉ですが、一路クンの方がでですね、何と言うか天南先生に懐いているというか・・・その、鍛えてもらって感謝しているというか・・・。」
まさかの発言。
アイリは盛大な溜め息をつく。
「かぁぁぁ~っ!なんなのかしら彼。西南クンと同じ属性?」
「勝手なカテゴリを作らないで下さいね。リーエルさん、生体強化の件は解りました。記録上は、本日彼の生体強化を行った事にしておきます。しかし、彼はきちんとモニタリングしておかないといけないかも知れませんね。リーエルさんの講習が終われば、寮生活になるのでしょう?」
銀河文明に関する日常的な知識の習得が、リーエルの所に一路がいる本来の目的だ。
それが終わってしまえば、一般生徒と同じように暮らしていく事になる。
生体強化の件については、リーエルには話していない心当たりも二人にはある。
そもそも最初から彼は特別なのだ、その氏名も。
「となるとだ。」
「何か名案でも?」
アイリの目がキラリと光る。
「西南クンで思い出したのよ。ほら、アレ。またまた"アレ"の出番じゃない?」
「アレ、ですか?」
嬉々として微笑むアイリを横目に、溜め息をつく美守。
"アレ"が何を意味するのかなど、長年の付き合いで手に取るように解る。
溜め息の理由は、どちらかというと一路を不憫に思っての事だ。
「そそ。またまたアレの季節が来たのよ。」
「季節ねえ。」
別に季節の風物詩では全くないと知っている美守は、やれやれと。
アイラは鼻息も荒く楽しそうに。
そして、リーエルはただ首を傾げるのだった。
宇宙のアカデミー編は、前半が学校生活、後半が実習編のGXP形式になると思います。