NBを伴った一路が帰宅したリーエルに事の次第を話すと、少し残念そうな顔しながらも、一路の社会復帰(?)を歓迎してくれた。
シアは何か言いたそうだったが、一路が彼女に視線を向けると、口ごもる。
彼女自身も自分の中のモヤモヤしたモノと折り合いがつかずにいたからだ。
『それじゃ、オメデトウパーティーでもしないとね。』
そう言って今朝は、アカデミーに送り出された。
「どうしてなかなか、坊は上手く生活出来とるやないか。」
そう様子を見て、一緒について来たNBがエセ関西弁で感想を述べてきたが、一路にはとてもそうは思えなかった。
「そうかな?少なくてもシアさんは男性不信?があるから。」
リーエルも悪い人ではないが、何というか、時折、完全興味本位で行動しているだけじゃないのだろうかと思う事が多々あった。
「解っとらんなぁ。男が女二人と暮らすってのはなかなか難しい事なんやで?」
「そういうもの?て、NB?学校までついてくるつもりなの?」
果たして持って行っていいものなのだろうか?
彼の扱いはどうなのか、道具?ペット?
「何を言ってるんや。ワシは坊のサポートが仕事やで?坊につかず、離れず、一心同体というヤツや。」
「・・・一心同体は気持ち悪いカモ。」
実際、日常生活の不慣れな点をサポートするのが役目なので、間違った事は言っていないのだが、何か引っかかる。
何か拒否反応が・・・。
「ま、前例もあるさかい、ノープロブレム、無問題や。」
ワンフレーズに関西弁と同列に英語と中国語が同居するロボットの時点で、受け入れ難い。
かといって、こんな事を言い争って遅刻しても困る。
連れて行くしないのだが。
「む。キサマは・・・。」
何故か、校門の前で仁王立ちしている静竜がいた。
「おはようございます。」
そう一路は普通の挨拶をしたつもりだったのだが、何故だか静竜に睨まれ・・・ているのはNBだった。
「何や、あんさん。」
「その妙ちきりんな発音・・・キサマ!」
学習能力の乏しい部類に入る静竜でも、昔NBに出会った事を覚えているようだ。
ぴんと伸びた指をNBに突きつける。
「確か山田 西南と一緒にいた!!」
「あのなァ、あんさん?それは同系機なだけでワシとは違う個体や。ワシはつい最近、一路坊のサポートロボットとして起動したばかりやで?」
NBを指差したまま、疑り深く睨んでいた視線が一路に移ってきたので、慌てて頷く。
「ふむ。そうか。」
「・・・バカで助かったわ。」
「何か言ったか?!」
「いや、なぁ~んも。」
しれぇ~っと目線を逸らすNB。
実際のところ、NBの中身の半分近くは同じなので、ニアピン賞といったところなのだが。
「そう言えば、オマエ、生体強化をしたのだったな?もう歩けるのか。」
普通ならば生体強化後に、通常の生活に戻るのに約2週間程が目安といったところ。
一路の場合は事情が違うのだが、結果的に異常な早さでの復帰、と静竜には見えたのである。
「えぇ、お蔭様で。」
「ならば、もう手加減はせぬぞ。ビッシバッシッ、鍛えてやるからそのつもりでいるように!」
「はい!」
倒れたり、吐いたりした事は何処吹く風か、一路は元気よく返事を返す。
「まぁーったく、このバカ男は・・・。」
その様子に呆れを伴った怒りを露わにしたのはNB・・・の、中身。
正確にはNBを通して二人の様子を見ていたアイリだった。
NBはアイリが設計し、様々なソフトを(無理矢理に)インストールされ、あまつさえ
先に作られた山田 西南用のソレとはその人工知能が入っているかいないかの違いくらいしかない。
一路をサポートし、かつ監視も出来る構造なのである。
勿論、そういう状態に関してNBの元からある人工知能は疑問を持たないようになっていた。
「しかし、この場合、それについて行ってしまう檜山 一路君にも多少の問題があるかと思いますよ?」
悪態をつくアイリに言葉をかけたのは美守だ。
一路の事情を知らない二人には、静竜のアホな言動についていってしまうのも、一言で言うとどっこいどっこいにしか思えない。
「そうなのよね。アノ子、一体なんなのかしらー。一級刑事どころか、樹雷の一級闘士にでもなるつもり?」
頭の中があぁでも、静竜の実力、特に剣技はピカイチなのだ。
恐らく、彼に勝てる闘士は、樹雷の中では防衛総監代行の柾木闥亜・・・いや、神木家第七聖衛艦隊司令官の平田兼光くらいだろう。
あくまでも、闘士の中ではの話だけれども。
純粋な剣技のみの実力では天地よりも現時点では上だろう。
「でも、それだったら宇宙に上がってくる必要なんてないしね。」
「何故そう思うのです?」
「だぁーって、ただ強くなるだけだったら、遙照君のが強いもんっ♪」
キャハッ!と年甲斐もなく両手を頬にあてて照れるアイリ。
「夫婦、仲良き事は宜しいですが、いいトシしてノロケても可愛げないですよ?」
このアイリ。
遙照こと、勝仁の妻で天地の祖母にあたるのだ。
「好き好んでそんな格好をしているアナタに言われたかないわ。」
ジト目でアイリを見つめる美守に頬をぷくっと膨らませながら、反論する。
「私はこの方が都合がいいので。」
アイリは地球の感覚でいうと、とても勝仁の妻(しかも年上女房)に見えない程若々しい。
地球人の何十倍も寿命が長いアイリ達は、外見年齢は若いままなのだ。
勝仁は地球人に不自然に見えないように外見を刻々と変化させているのである。
というわけで、先代の柾木神社の宮司も、外見年齢を調整した勝仁だったりする。
美守もそれと同じように、自分の役職や一族の地位に見合うように初老の姿でいるのだ。
「生体強化だって、鷲羽ちゃんの細工だろーしぃー。」
時限式に発生する生体強化。
それが二人の推測である。
しかし、そんなの聞いた事も、見た事もない。
第一、そんな事をするメリットが何もない。
こんな手間のかかる仕掛けを嬉々としてやるとしたら、100%鷲羽の仕業だろうと二人は結論づけたのだ。
「まさか、クローンとかデザインベイビーとかいうオチじゃないでしょうね?!」
そういえば、一路が鷲羽の事を母のような人と言っていたのを思い出して、アイリは冷や汗をかく。
「だとしても、一体、誰のですか?モデルは。」
デザインベイビーだろうが、クローンだろうが、基礎となる誰かの遺伝子を必要とする。
母のは鷲羽としても、父側のが必要だ。
だが、万素という万能細胞と万能遺伝子を持つ生命、魎呼の例もあるし・・・と。
「素直に考えると
「・・・・・・遙照君かも。」
「はい?」
どうしてそんな?
「だって、鷲羽ちゃんの周りにいる男の遺伝子なんて、元を正せば遙照君なのよ?!」
天地=遙照の孫。
天地の父、信幸=遙照の(後妻との)子孫。
元を正せば、確かに遙照こと勝仁に繋がる。
「それは考え過ぎかと・・・。」
「あ゛ぁ゛ぁ゛~!とうとう遙照君にまでマッドサイエンティストの餌食に~っ。こうしちゃいられないわ!遙照君、今すぐ行くから待っててねーッ!」
狂乱(錯乱)の叫びと共に、その場から走り出そうとしたアイリの首根っこをすんでのところで美守が掴む。
それはそれは目にも止まらない早業だった。
そして、溜め息。
「それを含めて、鷲羽ちゃんの手の上なんでしょうねぇ。」
こうなる事が楽しくて、それを見越して鷲羽は一路の情報を隠しただけなのではないだろうかと美守は推測する。
それと一路を比較的ノーリスクで守る為に。
鷲羽ならば、それくらいやってもおかしくはない。
こうして意図しない方向に現場は混乱してゆくのを、当の一路は知らないだった。