薄暗い空間。
上下左右360度、無機質な金属の板で組み合わされた何もない部屋に彼女はうずくまっていた。
何もしたくはなかったし、何も考えたくはなかった。
ただ何もしなくても、最後には眠りに落ちているし、腹も空く。
何故だか、そんな事すらも自分が浅ましく感じられて嫌だった。
与えられた仕事に失敗した事は過去にもあったが、こんなに取り返しのつかない事態になったのは初めてだ。
余りの惨めさに自害を試みようとした事もあったが、その度に一人の少年の顔が過ぎる。
自分が、漁火 灯華が手に掛けた少年。
本来ならば、標的でもなんでもない彼があんな目に遭わなくても良かった。
しかし、自分は彼を刺してしまった。
恐らく死は免れないだろう。
それを考えると、感じた事のないような何かが背筋を走る。
人を殺した。
その行為でこんな気分になった事は一度もなかったのだ。
彼女自身、気づかないソレの名は、罪悪感。
それにさい悩まされながらの自害という行為。
それなのに彼の、一路の顔が浮かぶ。
少しばかりはにかんだような困ったような表情。
それはまるで、灯華がこれからする行為を望んでいないかように思えた・・・。
「だったら・・・どうすればいいの・・・。」
誰もいない空間に呟いた声に応える者はいない。
この繰り返しで今もおめおめと生き残っている。
そして持て余していた。
『いいツラ汚しだな。』
自分の失敗をなじる仲間達の声よりも、一路の事が気にかかる。
地球で過ごしていた時間というのは、それ程までに灯華の価値観を変えていたのだろう。
この独房の中で、唯一隠して持ち込めた物を握り締める。
一路に買って貰った小さなキーホルダー。
何の変哲もない陳腐な・・・。
それを握り締めたまま、灯華は膝を抱える。
「・・・あなたに・・・会いたい・・・・。」
「坊!起きんかい坊!」
自分に与えられた痛みで一路は目が覚めた。
「あ・・・。」
「あ。やない!大分魘されとったで?大丈夫かいな?」
魘されていた?
そういえば額に脂汗が浮いていて、身体がやけに重くて苦し・・・?
「NB、降りてくれる?苦しい。」
「お?すまんすまん、坊が魘されとったから、早く起こそうと思ってな。」
どっこいせと、一路の胸の上に乗っていたNBが降りる。
「ワシかて、どうせならバインバインの姉ちゃんの胸にやな・・・て、それはええとして。何や嫌な夢でも視たんか?」
「嫌な夢?」
夢の内容は全く覚えてなかった。
首を傾げながら思い出そうとしても。
「ま、嫌な夢なんぞ、覚えとらん方がえぇわな。」
「う~ん・・・いい夢でも悪い夢でも折角視たんだから、覚えてないと損したような・・・。」
そう呟く一路にNBが肩を(球体なので、何処が肩なのかは謎だが)竦めて首を振る。
「坊、意外とセコいな。」
「そぉ?」
自分のサポートロボットだという球体のNB。
口調は親父クサいせいもあるが、一路は自分と比べて精神年齢が大分上のように感じられた。
だから・・・。
「ねぇ、NB?」
「ん?」
「目的の為に嘘をついたり、黙っていたりするのは、やっぱりいけない事かなぁ?」
正直、ここに来てまだ十数日程度で既に苦しい。
そのうち、誰とも言葉を交わすのも億劫になってしまうのではないかと頭を過ぎった事もある。
「どやろなぁ・・・目的次第やないか?」
「目的・・・。」
「坊は何も誰かを傷つけたくて嘘をついてるわけやないやろ?嘘は確かに良くないし、でも悪くないとも言い切れへん。でも、誰かを傷つける為の嘘はダメや。ついた方もつかれた方もアカンようになる。」
何がどうアカンのかは解らないが、NBの言っている事は一路にも解る。
あくまでもサポートが目的のNBが、主人と設定されている相手に説教をタレるというのも珍しい現象なのだが、一路はそれには全く気づかなかった。
「それでも坊はそうしなきゃアカンのやろ?それに対して坊かて苦しんどる。そういう心が大切なんやないか?」
「NB・・・。」
一路の中に何もかもブチまけたいという気持ちが溢れそうになる。
嘘をついている事だけでなく、灯華や地球での出来事。
ひょっとしたら、地球から来た事が問題なだけで、灯華に会いたいという願いは叶うかも知れない。
そんな根拠のない期待。
「あ、あのさ、NB?」
「一路クン?」
NBに向かって溢れ出そうになった言葉が、部屋の外から遮られた。
正しくは部屋の出入り口からだが。
そこからひょこっと獣人の顔が生えている。
「リーエルさん?」
「何かうめき声と話し声が聞こえたから・・・。」
リーエルの言葉にきょとんとしながら、一路がNB見るとNBが頷いた。
「残念ながら。」
本来ならば、一見普通の部屋となんら変わらない素材に見えるが、この建物の素材は最先端技術で作られていて完全防音である。
ただ一路の部屋の場合、監視対象にもなっている為、その機能はなく地球の家屋となんら変わらないのだ。
「どうしたのかしら?」
「いえ、別に・・・。」
「それがな、リーエルはん。坊のヤツ、怖い夢視てな、ちょっとナーバスちゅーか、ホームシックちゅーか、アンニュイちゅーか。」
「おいおい。」
思わず一路の口からそんな言葉がこぼれる。
反面、NBの語彙の多さに驚いていた。
もしかしたら、NBの中にはこの銀河中の言語が入力されているのかも知れないと一路は思う。
「ま、早いハナシ、リーエルはんに添い寝してもらいっちゅーワケやな。」
「いっ?!」
何故そうなるの?!と非難の目をNBに向けると、NBは視線を合わそうともしなかった。
「あらあら。おやすい御用ですよ。」
「いやいや、易くないでしょう。じゃなくて!もー、NBぃ!」
にっこりと微笑むリーエルとNBを交互に見比べる。
どう考えても二人は自分をからかうのを楽しんでいるに違いない。
その証拠にNBは葉巻を片手に、一路に向かってサムズアップをしていた。
心なしか眉と目元がダンディにキリっとしている。
(何処から出したんだ、葉巻・・・。)
と、そういう問題でもなく。
「うふふ、大丈夫。毛皮の抱き枕だと思えば。」
「そういう問題でもなく・・・。」
「まぁまぁ、リーエルはんも大人や。坊がうっかり蒼い春を迸らせても、おおめに見てくれるやろ。」
「迸るってナニさっ?!」
もう声が叫び声に近い。
そんな様子を見ても、リーエルはクスクスと笑ったままだ。
「でも、私みたいなワウ人相手じゃ、イマイチかしら。」
「ワウ人とか関係なくリーエルさんは魅力的です!あーじゃなくて!NBが悪いんだよ!」
「あらあら嬉しい♪」
思った以上に取り乱していたらしく、言ってから自分が失言したと気づく有様。
恥ずかしくてNBに責任を(実際NBのせいなのだが)押し付ける事にして何とかこの羞恥心から逃れようとする。
顔を真っ赤にして唸る一路に対して、リーエルの方は満更でもなさそうで、うふふと笑顔が崩れる事はなかった。
「とりあえず、枕だけ持ってきちゃいますね♪」
笑顔のまま枕を取りに行くリーエルの姿を見つめながら。
「坊、漢やな。いや、これから漢になるんやな。」
などとよく解らないNBの言葉を聞き流したのだった。
私、思うの、ノット某監督のNBだったら、これもアリかなって(ぇ