違うと認識するに至った根拠。
そんなものはない。
シアが嘘をついているとも思わない。
ただ、彼女の言葉は他の、もっと何かを含んでいる、そう感じた。
これは思った以上に深刻で需要な事だぞ!と脳裏が警鐘を鳴らしている。
一字一句も聞き漏らしてもいけない。
そんな気がしていた。
「大人の人達に囲まれるか・・・。」
「そう、ほら、小さいから圧迫感があってね。」
違う。
感じた違和感はここじゃない。
もっと別のだ。
「そんな状態で毎日テストってのも厳しいね。」
「うん・・・。」
(そうか・・・。)
多分、テストなどというレベルの甘いモノではなかったのだろうと、一路は思った。
そこには口に出すのも、思い出すのも嫌な何かがある。
きっと自分が聞いたら引いてしまうくらいの事なのかも知れない。
それでも、シアは言葉を続けようとする。
「誰も私を見ていない。テストの、数値の結果だけが大事で、私って存在は・・・。」 「シアさん。」
一路はあえて言葉を遮った。
これ以上は言う必要はないし、言わせてはいけないんだと察したからだ。
そして、自分は今、そんな彼女に"何かを"言わなければならない。
それも今すぐに。
「・・・昔の、辛い事ばかりを考えても意味なんて、きっとほとんどないんだよ。」
どの口がそれを言うのか!
自分の口をついて出た言葉に、呆れてしまう。
今、自分はシアに向かってどんな顔をしているのだろうか?
だが、背に腹は変えられない。
今は、目の前の彼女をどうにかするのが最優先。
「・・・僕は今、シアさんの目の前にいるよ?ちゃんとシアさんが見えてる。」
目を逸らさずに彼女を見る。
逸らしてしまったら、儚く消えてしまうのではないかというくらい所在なさげな少女。
一路より小さい身長が更に小さく見える。
「う~ん・・・なんて言ったらいいのかな・・・。」
適切な言葉が見当たらない。
何を言っても、根拠なく、嘘くさく、更に偽善的になってしまいそうだ。
(こういう時は初心に返ろう。)
一路は、自分の立場になって考えてみる事にする。
母が亡くなって、父と二人きりになり、その父も仕事で家を空けがちになった時、自分は周りに何を言ってもらえば、何をしてもらえれば、あんな風にはならなかったのだろうか?
その後の事でもいい。
岡山に行って、柾木家の人々と出会って、どう思っただろう。
こんな風に自分の事を顧みる事を一路はするとは思ってなかった。
それらを踏まえて、一路は自分の現状と照らし合わせて、答えを導き出す。
「とりあえず、シアさん?僕と友達になろう?」
「は?」
深刻な雰囲気の中で出てきた言葉にシアは拍子抜けというより、きょとんとした後、声を上げて笑い出す。
(こんな風に笑うんだ。)
とうとう目に溜まった涙を拭うまで笑ってから。
「うん、いいよ。友達になって"アゲル"。」
"あげる"というところがシアらしくて逆に好感が持てたのだが、そこはかとなく何かを感じて、一路はふと後ろを振り向いた。
じっと自分を見て逸らす事のなかった一路の視線がふいに移ったのを見て、シアもその方向に視線を移す。
「坊、そこはもちっと、せやなぁ、もっとガバっとちゅぅ~っといってもええんやで?」
テラスに向かって覗き込む影。
NBが窓にひっついていた。
ご丁寧に、片手に黒い小型のハンディカムを持ってだ。
「坊も蒼い春やな。もっと乱れてくれるとワシも、グッと・・・。」
「来なくていい!コンノォッ!ド変態ッ!!」
ガラリと窓が開き、全身全霊と殺気を籠めたシアの蹴りが、NBの顔ド真ん中を捉える。
「ほんげぇぇ-ッ!」
NBの目が一瞬飛び出たかと思うと、作用・反作用ヨロシクとばかりに壁と飛んで行き、そしてそのまま壁にめり込んで止まる。
勿論、持っていたハンディカムは再起不能の粉々だ。
(そか、シアさんも生体強化してるのか。)
一路とはいうと、重量がそこそこあるNBを足を痛めずに蹴り飛ばせるシアの脚力を、ただただ感心するばかりだった。
ハンディカムで撮られていたとしても、それは恥ずかしくはあるが、別にやましい事をしているわけじゃないので問題ではないんじゃないかと考えるのが一路である。
寧ろ、こんな破砕音がしても、ベロベロに酔って起きないアイリとリーエルの方にこそ問題あるような気がした。
「でも、引っ越す前にシアさんと仲良くなれて良かった。」
「は?引っ越したって話は出来るじゃない。後で連絡先教えるわよ。」
興奮のあまり肩で息を整えながら、シアは一路に振り返る。
別に今生の別れでもあるまいし、何を言ってるの?と言いたげなシアに、一路は苦笑する。
「ありがとう。」
一路の言葉に、シアは小さく『"どういたしまして。"』と呟いた。
次回!蒼い春の暴走編!(本当か?)