この流れが終了すると、アカデミー編前半の章は終了となります。
「で、これは何?」
一路は今、暗闇の中にいた。
正確には寮がある建物の横の茂みの中だ。
そこに制服の上下を脱ぎ、黒の全身型のアンダーウェア姿。
普段の白と水色を基調とした制服は、腰の辺りに括りつけている。
このアンダーウェアは生体強化された一路達の動きにも耐えられる構造となっていて、更には宇宙服のアンダーウェアと兼用も可能なのだが、問題の論点はそこではない。
「なぁに、ちょっとした行事さ。」
近くの茂み、一路の声の届く範囲からプーの声が返ってくる。
「行事?」
余計に意味が解らない。
一路が首を傾げても、周囲にいる友人達には見えないだろう。
「早い話、障害物競走でゴザルな。」
今度は照輝の声。
二人共、姿は一路と同じ黒のアンダーウェア姿だ。
「学校の外ではね、毎日がお祭り状態なんだ。そりゃあそうだよね、銀河中から人が集まってるんだ、各種族・民族の行事が目白押しってワケさ。」
「それに参加するってコト?」
なんとなく一路にも話が呑み込めてきた。
だが、その割に自分達の格好はどうだろう、全身真っ黒で地味過ぎる。
「しかし、寮生は基本的に夜間の外出は不可が規則でゴザル。」
「でも、ある日、抜け出した生徒が現れて、それまた大事件を起こしてくれちゃったもんだから、アカデミーとしては、生徒が無茶をしない事とセイキュリティーの穴の確認と引き換えにこういうレースを黙認してるのさ。」
「アカデミー脱走レースねぇ・・・。」
それはそれでまた問題なような気がしてくるが、あの理事長ならなんでもお祭り的な行事にしかねない。
そういう事で一路はなんとか納得・・・飲み込む事にする。
「参加は各々自由。成功すれば成績も上乗せでゴザル。」
成功すれば。と、きたら・・・。
「失敗したら?」
「規則通り、破った罰を頂戴するって寸法。」
なんというハイリスク・ハイリターン。
だが過去に成功した者もいるという事実に、一路は小さな希望の灯りを見ていた。
但し、その人物が不本意かつ、多大な犠牲の上に抜け出せたという事を一路は知らない。
知れば、こんなレースには参加する事はなかっただろう。
「さて、どうする?」
「参加は自由でゴザル。」
暗闇の中でも二人が笑っているのが解る。
「いいよ、参加するよ。」
「意外だな・・・いや、誘っといて何だけど、君は参加しないと思ったよ。」
プーも照輝も、一路のアカデミーに来た理由が並々ならない事を知っている。
だからこそ、誘ってはみたが、強制するつもりは一切なかった。
「・・・たまにはいいかなって。それに二人には借りがあるし。」
「借り、でゴザルか?はて?」
「授業中に助けてもらったし。」
彼等は一路が倒れる度に介抱し、毎回寮の門限ギリギリまで付き合ってくれた。
感謝してもしきれない。
こうやって、恩ばかりが溜まっていくのも、一路にとっては何だか嫌だった。
そのスタンスは地球にいた時から変わらない。
「あぁ、そんなのは借りに入らんでゴザルよ。」
「うん。考えてみてよ?同期で一緒の船に乗ったら、互いが互いの命綱みたいなもんだ。誰一人欠ける事なく目的を達成して、帰還するのに助け合うのは当然の事だよ。」
宇宙では自分以外の頼るべきものが圧倒的に少ない。
だからこそ、一層の協力が、団結が必要になるのだ。
「そっか・・・でも、やるって言ったからにはやるよ。」
「良かったでゴザル。拙者達の部屋は元来四人部屋。一路氏を入れてもようやくスリーマンセルでゴザルからなァ。」
「え、それだけの理由で?」
ただの人数稼ぎなの?と肩を落としたが、すぐさまプーがそれを否定する。
「いや、総合的な判断だよ。生体強化のリハビリの早さ、努力の量、集中力。どれを取っても、君より上はそうはいないだろう。だから、僕達は一路、君と同じチームがいい。」
そう言われて、一路が嬉しく思わないはずがない。
だが、彼等に言わせれば、それは正当なる評価なのだ。
もっと言えば、静竜の訓練、一路に対するそれは途中から度を越していたと言っても過言ではない。
自分を律し、常に努力と精進を怠らないのは、宇宙での基本生活の指針に通ずるモノがある。
一路は、正しくその評価を勝ち取ったに過ぎない。
「ありがとう。それで結局どうすればいいの?」
ここでどういう目的で、何が行われるのかは理解出来た。
次はどういう手段・方法を使ってか、という事である。
「まずは倉庫に向かう。そこに訓練用の乗り物があるから、それを使って街へ出る。あ、免許は僕が持っているから心配いらない。」
ワウ人は成人年齢が他の種族より低いからこその戦略だ。
「ただ乗り物の数は限られているし、邪魔も当然入る。」
「規則違反は規則違反だしね。じゃあ、プーが捕まってもリタイヤって事か。」
すぐさま勝利条件と敗北条件を把握した一路に対して、二人も肯定する。
「それにしてもプーは詳しいんだね?」
「ん?あぁ、チャレンジして成功した人が親戚にいるんでね。」
「成程。」
その親戚も例の大事件を起こした側の中にいたのだが・・・。
ここでもっと一路が深く、いや、プーが深く事の顛末を聞いていれば、もしかしたら引き返していたやも知れない。
いや、ここで引かぬ、顧みぬが、正しい蒼い春のスタンスなのかも。
やがて、ごそごそと音がした後、一路の前にプーの手が出てくる。
「何?」
「敗北条件の追加だ。」
「邪魔をしてくる敵から攻撃を受けると、刻印、それも口に出せないような恥ずかしいモノが押されるでゴザル。これがまた何日経っても落ちないんでゴザルなァ。」
つまり、最悪の事態になったら、これで隠せという事らしい。
渡されたのは、すっぽり顔を覆うマスク。
規則違反のリスクは、本当に高そうだと手に取ったマスクを見て一路が覚悟したのは言うまでもなかった。
解っている方には解ってますね、例のアレです。
一つのイベントとして成立している設定にしました・・・アリだよね?