生体強化された身体で駆ける疾走感。
決して一路は力に溺れるようなタイプではなかったが、そこはようやく厨二病から脱出でたか否かの年齢だ。
ある程度の高揚感といったものを持ってしまうのは仕方のない事だろう。
足の親指のからその付け根までの範囲をつかって踏み込んだ時の加速感が事の外楽しく、グンッグンッと速度が上がるのを楽しんでいた。
(景色がどんどん変わる・・・凄い。)
どちらかというと、力そのものではなくそれに付随して起こる現象、それも些細な事の方が楽しく感動するようだった。
このまま何処までも駆けて行きたい。
そんな想いを胸に過ぎらせながら、森を駆ける。
「キサマ!こんな騒動を起こして許されると思っているのか!ましてこの先はじょぶぎゅッ!!」
(ん?今、一瞬何か声がしたような・・・。)
何かが膝に触れる感触が微かにあって、一瞬ピンク色の何かが一路の視界の端に見えたような、見えなかったような気がしたが、加速し続ける一路にはそれが何なのか解らなかった。
それに例え人の声だったとしても、今の速度ではドップラー効果ヨロシク、流れて消えていってしまう。
と、森の終わりが見えてきた。
徐々に速度を落とすと森を抜ける。
外灯はないが、建物の前に出た。
地面が舗装されているところを見ると、どうやら敷地内らしい。
だが、移動する前から現在位置が解らない一路には、当然今の現在位置も解るはずがない。
NBがいればあるいは、そこはある意味、自分の見通しの甘さを呪うしかない。
「ふぅ。」
一息ついて建物の外壁に背を預ける。
警備ロボットはどうやら巻けたようで、そのままずるずると背を預けたまま尻餅をついてペタリと座り込む。
強化されたとて、疲れるものは疲れるのだ。
問題はどうやって帰宅するかという事だが、それよりも今は呼吸を整える事に専念する。
「・・・少しは役に立てたかなぁ。」
思わず声に出た。
一路は自分が誰かの役に立つ、求められる自分の姿が想像出来ない。
だからこそ、力をつけたいという現在の願望は強い。
生体強化はその際たるモノだろう。
自分の努力・訓練で得た力ではない事だけが引っかかったが、これならば今度は灯華のナイフを刺されずに掴む事が出来るかも知れないと考えて、ちょっとセンチメンタル。
「で、ここで何してるワケ?」
「ほぇ?」
思わず出た間抜けな声とともに、一路が顔を上げると・・・。
「え、エマリー?」
艦の発着場で別れた以来の顔がそこにあった。
開いた窓辺の淵に頬杖をついて、ジト目で一路を見下ろしている。
「最初からエロいと思ってたけど・・・。」
「い゛っ?!いや、いやいや、違う違うって!て、何でエマリーがここにいるの?」
あらぬ疑いをかけられそうになって慌てて両手を振って弁明する一路だが、その様子がますます嫌疑を深めてしまうという事に気づいていない。
「はぁ・・・そんなコト言うヤツが、するわけないか・・・。」
(夜這いなんてね。)
続く言葉を胸の内に秘め、溜め息をつく。
「ここにいて当たり前でしょ?ここ、女子寮よ?」
「え?」
どうやらかなりの距離を走ってしまったらしいと気づく。
といっても、以前エマリーから聞いた男子寮と女子寮が離れているという話からそう思っただけで、依然として自分の現在位置が判明したワケではない。
(あれ?そういえば、さっき、じょ、なんとかって聞こえたような・・・?)
空耳かと思った声。
それって女子寮って意味?と首を傾げる一路だが、そう考えるとさっきのはやはり人だったという事になるわけで・・・と、そこで怖くなったので、一路はこれ以上考えるのを止めた。
「あぁ、うん、すぐ帰るよ、帰るけど・・・帰り道ってどっち?」
「はぁ?」
完全に呆れた声を上げるエマリー。
この年齢で迷子というのは、確かに情けない。
恥ずかしさで顔を赤らめる一路。
(もぅ、そんな顔されたら怒れなくなるじゃない。)
「大体なんでこんな所にまで来たの?」
エマリーのその口調は、母親が子にする説教のソレと変わらないものだった。
一路としても、その件に関しては男のアホさ加減としか言いようがないが、隠す必要も嘘をつくという事も考えなかった。
「それが・・・実は・・・。」
何より、これ以上彼女に、周囲に、自分の事で嘘を重ねる事は良心が痛む。
こういう場面に出くわすと、それすらも言ってラクになりたい葛藤に常にさい悩まされるのだが。
とくにかく不純な動機に始まり、現在に至るまでを洗いざらいエマリーに告げる。
「ほんっっとっ、どーしようもない!」
断言されてしまう。
こういう事態は、彼女の性格をして予想の範囲内だったが、必要以上に扱き下ろされなかっただけでもほっと胸を撫で下ろした。
「全く、どうしてそぅ後先考えないかなぁ、男子って。」
「面目ない。」
非があるのは、自分の方なので一路には謝る以外ない。
「ん?」
ひたすら謝り倒そうと決めた一路の耳に独特の音が飛び込んで来た。
その音はエマリーにも聞こえたようで、彼女の表情も険しいものに変わる。
「警備ロボの巡回だわ。」
「えっ?!どうしよう、急いで逃げなきゃ。」
再び路頭に迷った顔をする一路を見ると、エマリーは数秒熟考した後、一路に手を伸ばす。
自分も案外どうしようもないかも知れないと思いながら。
「中に入って!早く!」
深夜に男子の手を取って窓から中へ手引きする女子。
どう考えてもアレである。
この場面だけを切り取ったら、言い逃れも出来ないだろう。
しかし、そのまま放置しておく方が何故だか後味が悪い。
理由はエマリーにも解らないが、そうなのである。
「え、で、でもっ。」 「いいから!四の五の言わない!」
戸惑う一路にエマリーは恥ずかしさを憤慨に隠しながら、一路の手を取って問答無用に窓へと引き上げる。
エマリーも生体強化しているので、一路を引き上げる力は強い。
(えぇいっ!)
それはどちらの決意の声だったのか、一路の身体は宙に浮き窓の向こう側へと消える・・・。
因みに私は迷子になっても、迷いまくってるウチに目的地につくという能力があります。
あぁ、Mちゃんの弟さんは中学1年の夏休みの間に学校へと至る道を忘れて始業式の日に遅刻した事があります。
家系なんですネ、つづく(ぇっ?!