「痛たぁ~。」
互いに部屋の中へという事しか考えていなかったせいもあり、二人はもんどりうつようにして室内に転がっていくのだが・・・もう説明はいらないだろう。
所謂、"二度ある事は三度ある"だ。
「もぅ、スケベ!」
あぁ、また殴られるんだな、そういう学習だけは一路にも出来た。
以前の時と違って、生体強化した一路も今回は拳の軌道が見える。
だが、ここで避けてしまっては火に油を注ぐだろう事は目に見えている。
一度ならず二度までも。
仏の顔は三度までだが、乙女にはそんな余裕などあるはずがない。
甘んじてそれを受け入れようと覚悟を決める。
なぁに、今度は自分も生体強化をしたのだ、気絶する事なく耐えられるだろう。
(あれ?そういえば・・・。)
そこで一路の顔面に拳がヒットする。
幸い顔の横からだったので、鼻血を噴き出す事はなかったが、それでも悶絶しながら部屋の壁に激突するまで転がっていった。
しかし、予想の通り意識まで持っていかれる事はない。
・・・少し、奥歯がグラついている気もしたが。
「・・・な、何よ、気持ち悪い。」
殴られた一路が笑顔を浮かべて起き上がったのだ。
殴られても嬉々として起き上がる様はエマリーの指摘した通り気持ち悪い。
それは
「いや、生体強化しても気絶しただけだったなって。」
そして、今回はダメージを受けただけ。
同じ力で殴ったとしても、生体強化前と強化後とでのダメージの差が少な過ぎる。
という事は、元から加えられた力が違うという事だ。
「ちゃんと力加減してくれてるんだね。」
前の時も、今回も怒って思わず殴ったにも関わらず、手加減されている。
そこにエマリーの優しさと分別を感じたのでった。
(でも、殴られてはするんだけど。)
そこは自分が原因なので、否は言えない。
「本当は殴り殺された文句は言えないんだからねっ。」
「うん、仰る通りです。」
乙女の肌は真珠の肌、宝石と思え。
少し言い過ぎな感はあるが、流石に二回目となるとぐぅの音も出ない。
しかし、一路の素直な反省の態度も、エマリーにしてみれば拍子抜けというか、あっさり過ぎるようにも感じられる。
だが同級生の胸をあんな風にするというのは、エマリーにとっても、いや、事、アカデミーという場所においては、重要な意味を持つのである。
科学が魂の領域に触れても尚、オカルトめいたモノは存在するのだ。
「もしかして・・・ワザとやってる・・・の?」
特にエマリーは自分の生まれ育った環境のせいで、幼い時に聞かされていて身近にある分、ソレを信じ易い傾向にあった。
「はひ?ワザと?」
何でそんな自殺行為を自らやらねばならないのだろう?というより犯罪だと思うのは一路の側だ。
地球の法律とそこは相違ないという点も既に学習済みである。
「だって・・・あなたアタシをおヨメっ。」 「誰か来る!」
闇夜の中を逃げ惑う事で神経が過敏になっているのだろう、一路は部屋に来る人間の気配を的確に察知していた。
「あーっ!もうっ、次から次へと!」
何で自分がこんなメに。
その憤りを以って、エマリーは一路の首根っこを引っ掴むと、近くにあったベッドの布団を開き、力任せにそこに放り込む。
「ぶべっ。もう、乱暴だぐげぇっ。」
「つべこべ言わず詰める!」
抗議の声を一路が上げようとしたのも束の間、今度はエマリーがショルダーアタックで飛び込んで来たのだ。
これでも気絶しないのだから、自分は本当に生体強化されたんだなぁと痛みを堪えながら、端に詰める。
なんとか二人が一緒の布団におさまると同時に、一路が感じていた気配が室内に入って来た。
「あれ?エマ、布団に入るの早いね。」
「疲れた?大丈夫?」
入って来た人数は二人。
そういえば男子も基本三人一部屋、或いは四人一部屋だという事を一路は思い出す。
(女子も同じなのかな?)
ではルームメイトだろうか?
そんな事を考えながら、一路は身じろぎもせず、ただ聞き耳だけを立てた。