「エマ?何をしてるの?」
「え?あ、いや、その・・・。」
何も悪い事をしているわけじゃないのだが、人間、唐突に声をかけられるとこうなるという例に漏れず、エマリーは酷く狼狽してしまった。
「ん~?どれどれ~?」
自分の背後からひょいと覗き込む小さな友人、黄両(コウリャン)を振り払おうとするも・・・。
「あー、男子の授業見てたんだぁ。で、どのコがお目当てなのー?」
陽に透けると銀に見えるグレイアッシュの髪の少女の明け透けな物言いに少し辟易とする。
「あのね・・・。」
彼女の種族的特徴とも言えるとんがった耳をピコピコと動かして興味津々なのも、言葉を返しづらい。
「もしかして、例の子コ?」
呆れるエマリーをよそに彼女の脇に立ったのは、彼女の身長をゆうに20cmは越えるだろう長身の女性だった。
スレンダーなモデル体型に褐色の肌、同じように長く腰まであるターコイズブルーの髪が揺れている。
「あ、一人、ヤラれた。」
「えっ?!どこどこ?」
何とか弁明をしようとしていたエマリーだったが長身の友人、アウラの言葉に思わず男子の集団を見てしまう。
「「一路!」」
弁明しようと思ったにも関わらず、地に両手・両膝をついている一路の姿に思わず声を上げてしまう。
が、その声は自分の声以外も含まれていた。
「「え?」」
次の声もハモらせながら、驚愕に声の方を向くと、同じように驚いた小さな少女と目が合う。
「あら、他にも一路クン目当てのコがいるのね。一路クンってばヤルゥ。」
その傍にワウ人の女性が一人。
こちらも黄両と同じように耳をピコピコと小刻みに動いていた。
勿論、そのワウ人というのはリーエルだ。
「別にアイツのコトなんか!」
「とかなんとか言って、心配にしてるクセに♪」
「くっ!」
そして、リーエルに喰ってかかってるのはシアだ。
エマリーは二人の女性が一路とどうういう関係なのかは知らない。
辛うじて、リーエルが着ている制服の色で、刑事でも教師でもなく事務系統の職務についている職員であると解る程度である。
「はいはい。私を見るより一路クンを見ましょうね?"二人共"。」
その言葉に自分も含まれている事は解った。
彼女の言う通り、今は倒された一路の方が重要だ。
「へぇ、あれがエマの・・・。」
面白そうに額手をかざして、わざとらしく眺める黄両が憎たらしい。
「う~ん、見た目はそんなイケメンって程じゃないけど・・・アウラはどう思う?」
「・・・・・・可愛い。」
「え゛?!」
余計なお世話だとエマリーが憤慨しようとした矢先、ぽつりと呟かれた言葉に、その場の誰もが目を見張る。
「いやいや、アウラ?どの辺が?」
(確かに一路は田舎者でカッコイイ方とは言い切れないけど・・・。)
「・・・抱きしめたくなる。」
どの辺りという説明を求めたにも関わらず、言葉が多分に抜けてしまうのが無口の友人の悪いところだ。
逆に黄両は言葉が多い。
「まァ、抱きごこちは悪くないですねェ。今度試してみますか?」
「そういう話じゃないでしょ・・・。」
唯一、一路を抱き枕にした事があるリーエルの素直な感想にシアは呆れる。
突っ込んだシア自身、一路は見ていて危なっかしいので母性本能をくすぐられてしまうという認識があるにはある。
アウラが言ったように、時々抱きしめたいとまではいかないが、頭を撫でたいくらいにはなるし。
「だって、彼、立ち上がるもの。」
グラウンドをアウラが指さす。
その先に誘われて視線を動かすと、確かにフラフラと立ち上がる一路の姿が見えた。
「きっと、彼、"これからも"何度だって立ち上がるわ。」
猪突猛進、無謀と言ったらそれまでだが、アウラはそういう事を言っているのではなく、困難な事に何度だって立ち向かう一路の愚直なまでの真っ直ぐさを指していた。
「全く、あのバカ。」
だからこそ周りは放っておけない。
「れれ?何か揉めてない?」
一路が相手に何かを言っている。
それに対して、相手は意に介さず、取り巻きと一緒にすたすたとグラウンドを後にするのを一路が追いかけ始めたのだ。
「シアちゃん、行きますよ。」
一路の姿が校舎の影に入って行くのを確認すると、リーエルがシアを促す。
グラウンドから出れば授業中で手を出す事が出来なかった現状が変わるからだ。
「あの頑固さが出てる時の一路クンは危ういわ。」
これでもリーエルは一路がここに来て、一、二を争う程一緒にいた相手だ。
まがりなりにも初期教育の担当官でもある。
その分、他の者達よりも一路の性情を把握しているつもりだ。
その経験がそう告げている。
「ホントにバカなんだから?!」