だから、秋は祝日多いっての!
(顔が笑ってない。)
『君が鳴り物入りで来た檜山君か。かなみつ出身の人間なのに素晴らしいね。』
レベル4の列に入った一路に親しげに話しかけてきた人間に、一路が抱いた感想は"警戒すべき人間"だった。
初対面の人間が自分の名や、設定上の出身を知っている時点で充分に怪しい。
"鳴り物入り"と言うからには、入星する時の審査か、自分の推薦者の事を知っているかも知れない。
『あぁ、すまないね、僕はアマギ・サキョウという。』
アマギ・・・その名に一瞬考えを巡らす。
『この者達は樹雷から僕と共に来た人間だ。』
樹雷のアマギ。
そんなわけはないと考えを振り払う。
藍色のおかっぱ頭に細い目、そして張り付いたような笑み。
正直、"樹雷の人間"という点を踏まえてもお近づきにはなりたくないと思った。
『田舎のかなみつとはいえ、君も樹雷の息がかかった者である事には変わりない。どうかな、親交を深める意味でもいずれささやかな宴でも?』
どういう意図があるのだろう?
一路は慎重に相手の顔色を探る。
(つまり、自分のグループに入れって事?)
プーの言っていた言葉を思い出す。
レベル4にいる人間は、自分と照輝以外は樹雷の人間だと。
つまりは青田刈りみたいなものではないだろうか?
しかし、それだったら自分ともう一人、照輝にも声をかけてくるはずで・・・。
(樹雷・・・樹雷・・・。)
自分のみが誘われるような自分と樹雷のつながり、かなみつ以外で・・・。
(柾木・阿重霞・樹雷・・・か・・・。)
ほら、やっぱり仲良くなれそうにない・・・かも知れない。
『すみません。自分は田舎者なので、他の方と違うカリキュラムが追加されていまして・・・その、無作法者ですし・・・。』
だからといって、はなから敵対するような事もない。
一路の性格と日本人的観念がそう結論づける。
『ふむ。』
しかし、この考えを改めざるを得なくなったのは、このすぐ後だった。
組み分けの顔合わせを兼ねて組手が行われるまでの。
先程、日本人的観念という単語が出たが、一路と同じ年代の少年はおよそ武道というものに縁がない。
自ら習い事等でやらない限りは、義務教育の段階で齧る程度である。
当然、一路も同じで、以前、全にダメ出しされた剣道のみで、今回の様に徒手空拳などもやった事もない。
つまり、フルボッコである。
(生体強化したからって調子に乗ってたなぁ・・・。)
やはり、自分の努力で得たものではないのは良くないなと素直に自省した・・・までは良かった。
翌日からもっと訓練メニューを考えなければと思うくらいで。
「かなみつの田舎者とすれば、こんなものか。」
そう地に這った自分を見下ろすサキョウの声も確かにその通りだと反論もない。
実際には、一路の相手は彼の隣にいた付き人のような人物がしたのだが。
「"獣臭いワウ人"と"流浪の猪武者"と一緒にいては程度も知れよう。」
「待て!」
捨て台詞を吐いて去ろうとするサキョウに叫ぶ。
一路自身、何故だか解らないが自然と足に力が入った。
あのまま倒れていれば楽だったはずなのに。
それでも立ち上がる。
何かが自分を立ち上がらせる。
「今、何て、言った・・・。」
足はブルブルと震えていたが、意志力で捻じ伏せる。
その衝動が何というのか持て余し気味に、去って行く集団を追いかける。
「今、言った事を取り消してください!」
目くじらを立てる程の事かといえば解らないが、それが怒りであるという事は一路には解らない。
いや、一路にもそういう類いの感情はある。
だが、こういう攻撃的な怒りの種類は、今の今まで持ち合わせてはいなかった。
「何の事だ?」
返す眼前の相手は、不思議そうな顔をしていた。
だが、一路は知っている。
こういう人間が、何時も平気で人を傷つけるのだと。
「僕がどうしようもなく弱いのは、その通りだと思うけれど・・・僕の"友達"までどうこう言う資格はあなたにはない!」
そこで自分の事を棚に上げてしまう一路は、ある意味で冷静に分析出来ているのかも知れない。
ただ、一路は少々頭に血が昇り過ぎていた・・・サキョウに手を伸ばそうとした自分の背後に立つ影に気づかない程。
「仮に、だ。それを撤回しようと、何をどう思おうと勝手だと思うのだが?」
グキッと音がして、一路は地面に叩き伏せられていた。
「ぐぁっ。」
腕をギリギリと締め上げられ、背に何者かの膝が乗せられる。
「そ、それでもだ!」
自分でもなんて頑固だとうとは思う。
聞いたのは自分だけで、別段友人の二人が直接傷ついたわけでもない。
でも、こんな弱っちぃ自分と友達付き合いしてくれる、その二人を、しかも良く知らないであろう輩に貶された事が我慢ならなかった。
一路だって目の前のサキョウと良い交流を成そう、その努力はしようと、人付き合いというのはそういうものだと思っていた。
だが、この人間はそういう姿勢すら持とうとはせず、そして切り捨てたのだ。
「そんなに熱くなることか?腕が折れてしまうよ?」
その一言が最後だった。
最近の若者はキレやすいという話を、事あるごとに地球では耳にするが、まさかそれが自分自身の中にもあるとは一路は思わなかった。
一路にとってはあくまでも、きっと多分これがそうなんだろうなぁと感じたくらい。
だがしかし、紛れもなく一路はキレていた。
ゴキリ。
鈍い音が肩から鳴って、腕に力が入らない事なんかどうでもいい。
音に驚いて、自分を押さえている力が一瞬弱まった事の方が重要だった。
拘束を振り払い、立ち上がり、地を蹴り、そして相手の胸ぐらを掴もうとする。
「知った事か!取りけっ・・・。」
一路の手が空を切る。
手は届かず、自分の顔面から先程とは違った鈍い音が聞こえると、意識を失う寸前、もう一人の付き人のような生徒が、自分の顔面を掌底で殴打したのだと理解して、そして一路は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。