1章よりちょっぴり長くなってしまいましたね。
「全く、何を考えてるんだか・・・。」
"不満"の二文字を隠そうともせず、声を上げるシア。
自宅のリビングで頬杖をついたまま、コップに注がれた水に人差し指をつけては出すを繰り返していた。
「こぉら、子供じゃないのよ?」
リーエルが苦笑しながら窘めるも、彼女の表情は怒っているわけでもない。
「一路クン自身が決めた事なんでしょう?何なら私達は見届けるくらいしか出来ないわ。」
困った子ねぇと微笑む。
「でも・・・。」
「それにいなくなったと言っても、授業にはきちんと出ているし、外出届も出しているだけで寮には帰っているそうよ?」
事務職員の情報網を駆使した結果をシアに言うのもこれで四度目だ。
それでも、リーエルは辛抱強くシアが不満気ね表情をする度に、含めて言って聞かせていた。
「だからって、"あんな事"言うなんて頭おかしいんじゃないの?」
「ん~、まぁ、一路クンもオトコのコって事よ、それは言わないお約束ってヤツなの。そういう男の我が儘や矜持を笑顔一つで処理するのも女の甲斐性よ?」
それはそれで極端なのだが、一応(?)大人のリーエルがそういうのだから、シアとしては反論しづらい。
なんだかんだで、リーエルを信用していて、彼女の話は大人しく聞くのだ。
「・・・何処で何してんだろ。」
「それも本当は黙っててあげたいんだけれど、今回は"新たなライバル"も出現しちゃったし・・・知りたい?」
ニヤ~っと牙を見せて笑うリーエルは、実に大人気ない。
今までの大人の女性の甲斐性とやらが台無しである。
「べっ、別に私はアイツのコトなんて・・・なんて・・・。」
「なんて?」
更に突っ込む様は完全に下衆キャラだ。
しかし、リーエルの言う通り、級友とやらも同じ様に思っているとしら、これはこれでアドバンテージというヤツではないのだろうかとシアの頭を過ぎる。
一体、何に対してのアドバンテージなのかという点は置いておくとして。
「どうでもいいけど・・・聞いてあげる。」
「じゃ、い~わないっ♪」
「ぐっ、もーッ!」
「あはは♪冗談、冗談よ。」
と、まぁ、こんなやりとりを二人がしている頃・・・。
「ふぁぁ~っ。」
ドサリ、或いはドチャリでもいい。
水分を含んだ物体が、倒れる音がする。
倒れたのは一路で・・・。
「何だ、坊主、もうヘバったのか?」
「しゃあーねぇなぁ、5分休憩だ。」
「ったはー、ヤレヤレ。」
口々にそう一路に声をかけるのは、皆いずれも屈強な男達である。
「は~い・・・。」
対する一路はやっとの思いで返事を返すのみで、身動き一つしない。
その腕と顔には包帯が巻かれたままだった。
「全く、坊やは子供だな。」
「・・・自分でもそう思います。」
倒れた一路を見下ろす、一際大きな影はコマチだった。
「男は皆バカで身勝手な生き物だが、坊やは輪をかけてそれだ。」
一路の横に腰を下ろすと、彼の顔にタオルを投げる。
「ありがとうございます。」
「しかし、いきなり私の所に来て、稽古をつけてくれ頼んだ時は驚いたぞ?」
一路があの日、決意した特訓。
その相手に選んだのがコマチだった。
「なんでですかね?僕にも解りません。ただ、静竜先生の奥さんのコマチさんなら相談に乗ってくれるんじゃないかって、なんとなく思ったんです。」
もっと強く。
そうあらなければならない。
その一心でコマチに泣きついたと言ってもいい。
「それだ。私に頼みに来たのもそうだが、剣の修行なら静竜でもいいだろう?ああ見えても剣の腕はピカイチだぞ?」
流石に樹雷の皇族のようなバケモノ級を除けば、静竜も相当の腕だ。
一路はなんとか上半身を起こしてコマチを見つめる。
「静竜先生は確かに強いです。でも、今の僕に必要なのは、"正統な剣術"じゃなくて、戦って戦って生き残る為の"力"なんです。」
例えば一対一ではなく多対一。
しかも、これまでの様に一回一回全力でいって、自分が倒れてしまってはダメなのだ。
自分の誰かに対する想いは守れても、誰かの自分に対する想いは守れない。
同じ過ちを繰り返し続けてどうするのか。
「理由の"半分"くらいは解った。で、それとその包帯姿は、どう関係があるんだ?」
最初はお礼参りの類いか何かなのかと、一路の動機を考えたコマチだったが、それはすぐに違うと解った。
そんな下らない事を考えていないのは、目を見れば明らかだったからだ。
「これは教訓です。考えなしに想いだけで走っても何もならないっていう。幸い、利き腕は怪我をしていない左腕ですし。」
反対の右腕も脱臼しただけで、折れたわけではない。
動かそうと思えば動かせる。
痛みはあるが。
「やっぱりか・・・そこがバカだというんだ。」
「だから、自分でもそう思いますって。」
「戦士なら、何時戦いになってもいいように身体を万全にしておけ。そんな見栄、豚でも喰わん。捨ててしまえ。」
(犬じゃなくて、豚なんだ・・・。)
心の中でそう突っ込みつつ・・・。
「・・・最初はそれでも良かったんです。」
「ん?」
「一つの目的さえ叶えば、あとはどうでも・・・でも、なんていうか、ここに来て、色んな人と出会って・・・やっぱり、色んなモノを大事にするには、全力で努力しないとって・・・。」
そう想う人も、想ってくれる人も増えたから・・・。
「そうか。では、死ぬギリギリまでやってみろ。ほら、5分経ったぞ。」
「はいっ!」
死ぬギリギリというのが、どこまで本気なのか、或いはコマチなりの叱咤激励なのか。
すくっと立ち上がった一路は木刀を片手に再び屈強な男の集団に飛び込んで行った。
「なかなか見上げた根性ですな。」
何時の間にかコマチの横に男が立っている。
自分が海賊だった頃の副官だった男・・・いや、今も副官ではある男だ。
「どうだ?モノになりそうか?」
「そうですね・・・"今のペース"を保てるなら、3カ月あれば・・・というところですかね。」
今のペースは明らかにオーバーワークだ。
3カ月もつわけがないと誰の目から見ても解る。
ただ一路の高いモチベーションがそうさせているだけで。
コマチもそれが解っているし、止める事も出来るが、だが、ギリギリまでは、と考えている。
確かに一路の拘りは、子供の甘い考えかも知れないが、子供だからこそ許せない事もあるだろう。
自分だって幼い頃は、いや、自分だけでない全ての大人が思い当たる事がそれぞれあり、それを通過して大人になっていったのだから。
「意外と早いな。」
「確かに彼は器用な方ではないです。そして才能があるわけでもない。ですが・・・。」
「何だ?」
「恐るべく程の反復量でそれを補っています。」
オーバーワークの一端にもなっているが、そのしつこいまでの反復練習が身につける速度を上げていた。
「何より、自分達にも臆さずにかかってくる気概がある。」
最近、艦隊戦や白兵戦の回数も減ってきてはいるが、コマチを含め皆、少しは名の知れた海賊なのだ。
その自負や力量だってある。
下手をすれば、大の大人でも逃げ出す程のだ。
一路にしたって、その実力は肌身に感じているはず。
「本人が潰れるのが先か、身になるのが先か、か?」
「はい。」
「しかし、私の気のせいか?本人はド素人と言っていたし、静竜のような正統以外の剣欲しいという割には、剣筋に時折洗練されたモノが見える。」
「それは自分も感じます。彼は以前、何処かで基礎を学んでいたのやも知れません。」
二人は知らない。
一路の剣の実質的な師が、樹雷で当代随一、剣神などとも呼ばれていた柾木・遙照・樹雷である事も。
彼が時折見せる剣筋が、皇家に伝わる構えに端を発している事も。
そして、何よりも一路がコマチを特訓相手に選んだ本当の理由。
コマチが理解出来なかった、そのうちの半分が、彼の目覚めつつある能力の一端である事を。
目覚めの刻は、もうすぐ・・・。
「ただい・・・ま・・・。」
ばふんっと自らのベッドに倒れこむ一路。
カランと木刀が転がる音が室内に響く。
コマチの特訓の後、恒例になっている特訓の復習と剣舞の練習をして帰宅、即倒れ込み眠るというのがここ最近の一路のルーチンワークだ。
「おかえり。あんな、坊?」
「んー?」
布団に倒れ込み夢現の一路を出迎えたのはNBだ。
彼は基本無充電で、一日中フル稼働できるので眠らずとも良い。
「前にな、ほら、言いたい事があるてワシ、言ったよな?」
「うん・・・。」
一路に掛け布団をかけながら、あの日、ベッドの上で目覚めた時に言いかけた言葉だ。
いや、それ以前から何度か言おうとしていた。
「坊は・・・友達ってもんを勘違いしとるで?」
「僕が?」
「あぁ、そうや。そんな何もかも一人で背負わんでも、友達はいなくならんで?一人やないんやから、友達ってのがおるんやろ?」
まるで人生の先輩かのようにNBは淡々と言葉を続ける。
「あれや、辛い時は辛い、助けて欲しい時は助けてって言うだけでえぇんや。ただつるむだけやなくて、そういう時にこそ一緒におるんが友達や。それとも何か?坊は、自分の周りのモンをそういう人間やと思っとるんか?」
「・・・ううん、そんな事・・・ない。」
「どうにも出来ん事でもな、一緒に泣く事くらいは出来るもんや。だからな、坊だけがそないにならんで、えぇんやで?」
毎日ボロボロになって帰宅する一路を見かねて、今日、ついにその言葉を言う事にした。
NBが出会った時から、一路はこうだった。
常に自分を追い込んで、追い詰めて。
何をそんなにこの少年をさい悩ませているのかと。
「うん・・・でもね、自分で決めた事・・・だから・・・今度こそって・・・。」
「坊・・・。」
コマチにも言われたばかりだったが、それでも一人の男として、人間として譲れない最低限の境界、矜持が一路にはある。
たとえ、頑固者と言われても。
「あぁ・・・でも、NBに頼みたい事が・・・あったんだっけ・・・。」
「何や?何を頼みたいんや?言ってみ?・・・・・・て、坊?なんや、寝てもうたのか。しゃあないな。て、コトで、二人共、こんな坊やけど、友達でおったってや?」
NBはロボットとは思えない程器用に嘆息しながら、後ろを振り向く。
そこには覗き込むようにしている照輝とプーの姿。
「当然だよ。ね、照輝?」
「無論でゴザル。」
何の事はない。
一路が気づいてないだけで、二人は毎日一路が帰って来るまで、寝る事なく待っていたのだ。
声をかけるでもなく、何処で何をしているのかも聞く事なく。
つまり、男友達はそういうものであり、男はどいつもこいつも馬鹿なのであるという話。
それはもう、永遠に。
中の人がナベシンでないNBは、こうだと私は思っているッ!
あぁ、でもド変態なのは変わらない路線だけど・・・。
というワケで、次章も宜しくお願い致します。