「えぇと、これは・・・。」
何の"ドッキリ"でしょうか?
一路の続く言葉はソレだった。
目の前には小料理屋のカウンター席。
そして割烹着姿の理事長、アイリの姿がある。
「ま、いいから座んなさい。」
拒否など微塵も許さない、というより考えていないアイリに促される。
「えと、呼び出された場所、間違ってませんよね?」
研修を間近に控えたある日、一路はNBを介してアイリに呼び出された。
勿論、思い当たる理由も全くないまま、呼び出された場所へ向かって、そしてこの現状である。
「さっさと座る。」
「はぁ。」
それでも呼び出された相手自体は間違っていないので、言われるがままに仕方なく一路は席に着く。
「ま、小難しいハナシは食事でもしながらしましょ。」
そういうとアイリは一路の目の前で料理と配膳をテキパキとこなしてゆく。
(砂沙美ちゃんやノイケさん以上だ・・・。)
砂沙美もあの年齢では考えつかないくらい、ノイケにしたって常人以上のちょっとしたシェフ並みなのに、目の前のアイリの動きはそれ以上で、その素早さにただ圧倒されてしまう。
瞬く間に一路の前のカウンターに次々と料理が並べられてゆく。
いずれも和食ばかりだ。
「私が学生の頃にね、て、今、私にも学生の頃があったんだとか思ったでしょ?え?思ってない?まぁいいけど。その時にね、こういうのをやってみないかって、ここの店主に言われたの。」
料理の皿を出し終えたのか、アイリはカウンター席の一路の横に座って笑う。
「ま、人生何が役に立つか、そしてどうなるかすら解んないって事だわね。どうぞ、召し上がれ。」
「い、いただきます。」
手際からいって、味に不安なものもなかったが(勿論、変な薬を入れられたようにも見えなかった)それでも恐る恐る口をつける。
自分とアイリは相性が良くないという思いが原因の一端ではあるが・・・。
「美味しい・・・。」
「でしょでしょ?」
えっへんと胸を張るアイリの横で、一路は料理に次々と手をつけていく。
そして、すぐに気がついた。
「あれ・・・・?でも、この味・・・。」
何処かで・・・しかも、つい最近味わったような、それでいて何処か懐かしい気がしてくる。
「あ、やっぱり解る?ソレ、柾木家の味。」
「あぁっ!!」
確かに最近まで味わった事のある味なはずである。
「正確にはこっちが本家。向こうが、まぁ、弟子みたいなもにょね。でもね、こう考えると何が起こるか解んないっていうのに実感が出てくるでしょ?人生、若いウチは"何でもチャレンジ"してみるもんだ。」
「何でも・・・。」
「ねぇ、一路クン?」
「はい。」
割烹着を脱ぎ、無造作にカウンターに置いたアイリは、急に真剣な表情で一路を見る。
「キミが何をしでかそうとしているのかは解らないけれど、やるからには責任は伴うのよ?」
ぴんっと人差し指を立て、一路を指す。
「確かに自分の言動で周りの人間が勝手に行動する事が、果たして本人の責任の及ぶところかどうかってのは別にして。流石に宇宙に出る段階になってまで、自分の行動に責任が持てないんじゃ、ちゃんちゃらおかしいってワケ。」
そして、一路を指していた指先をつつぅっと店の窓に向ける。
その動きにつられて、一路の視線も一緒に動く。
「ちゃぁ~んと考えないと、あぁなっちゃうんだから。」
小料理屋のテラス。
そこから円形の入江が見える。
夕暮れに差し掛かり、夕日を反射した美しい一望。
「アレ。あの入江、"鷲羽の毛穴"って言うのよ?」
「わ、わしゅうの毛穴?」
余り深く考えたくはなかったが、自分が鷲羽という名に該当する人物と、アイリの言うそれは同一人物だろうと考える。
でなければ、わざわざ自分をここに呼ぶ必要がない。
いや、本当に考えたくはないのだが。
「大体、直径50キロメートル、深さ700メートルってトコかしら。実験装置の暴走で、ドカンと穴が空いたのよ。ね、自分の行いの責任をキチンと考えないと、"養母さん"みたくなっちゃうわよ~?」
ニヤリと面白そうに鷲羽を養母と呼ぶアイリに対し、一路はゴクリと喉を鳴らす。
責任と一口に言われても、コレは自分のとスケールが違い過ぎる。
「お陰で、自分の失敗を揉み消すアノ人でも、他の学生達の一大キャンペーンを敢行されて、見事に記念に残されちゃうんだもんねー。」
だもんねーと、こんな事をさらりと言ってのけるアイリも、実は大概アレで、哲学士としての行いでは鷲羽とそう対して変わらぬのを棚に上げている時点でどうかと思うのだが、今はそれに突っ込む者は誰もいなかった。
ちなみに鷲羽の毛穴の名は、鷲羽自身が【毛穴】みたいなもんだと言い放ったところから来ているというのだから、こっちもこっちでアレである。
「少なくとも、一路クンは伝説の哲学士、白眉 鷲羽が後見人で、その相棒でもある朱螺を名乗るのだから、尚更よ?だから、一度行ってきてみなさい。」
「行く?行くって、あそこにですか?」
行ったところで、自分にピンと来るものは何一つないというのは行かなくても明白である。
「あの一角には"功績記念館"があるの。」
「功績記念館?」
「そ。白眉 鷲羽と朱螺 凪耶の功績を讃えた記念館。また表に残った唯一にして最大の失敗の隣にあるってのが、アノ人らしいっちゃぁらしいわよね。とりあえず、研修で宇宙に出る前に行ってらっしゃい。宇宙での自分のルーツとか"どうして朱螺だったのか"が解るかもよ?」
最後まで冗談めいた言い回しだったが、これはこれで丁寧なもてなしと案内を受けたので、『ごちそうさまでした。』の言葉と共に行儀良く頭を下げて礼を述べる。
そして、アイリの言う通りに、その記念館へと向かおうと決めたのだった。
これが研修開始の3日前の事である。
次回、いよいよもってあの人の登場!