真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第82縁:歩みは人、それぞれで。

「なるほど・・・。」

 

 自分の眼下で行われている作業に一路は感嘆の声を上げた。

目の前のコンソール(といっても、完全に光学式で空中に投影されたモノ)を指が走っていく。

 

「という事で、発進前のチェックをして、進路を設定したら基本は自動。計器類を見ていればいい。手動になるのは輸送主体のこの艦では基本ないかな。」

 

 そう言って説明するのは、いかにも人の良さそうな眼鏡をかけた短髪の男性。

一路はあれから"操艦"を主とするブッリジクルーの研修を志望する事にした。

初期研修という事で、配属されたのは宅配業務の輸送艦だ。

この配属は当たり前の事で、基本的に学生は護衛艦などの戦艦に配属される事はないらしい。

 

「計器類は航路と出力、それ以外は操舵のみですか?」

 

「あぁ、小さい船なら、火器管制だの索敵だの一人で何でもやらなければならないけれど、この艦はほとんど自動制御の中型艦だからね。他は・・・。」

 

「発着進の時。火器管制は私の担当。」

 

 そんな一路の横で担当教官の言葉を引き継いだのは、アウラだ。

当初の発言通り、艦内業務を希望していた彼女とは、偶然同じ配属先となった。

勿論、学習能力のある一路は、この偶然を少々疑ってはいたが・・・。

何故なら、アウラの他にプーや照輝、黄両とえマリー・・・そしてよりによって左京も同じ配属先だったからだ。

刑事課志望のプーと照輝が乗組員としてこちらに回されてくるのはまだしも、左京と女子二人というのは、些か出来過ぎな気もする。

 

(まぁ・・・あの理事長の事だし。)

 

 そこはもうありのままを受け入れるしかない。

 

「ま、そういう事だから、あとは他の乗組員に挨拶がてら艦橋を見てくるといい。」

 

 半円状のテーブルに5つの椅子。

複雑なコードが乱雑に伸びてるわけでもなく、ちょっとしたカウンター席のようなブリッジ。

そしてその中央に一段高くなった艦長席があり、その真横に副艦長席がある。

艦橋はこの7人だけで構成されているのだ。

メインの乗組員の数など、スペースシャトルと変わらないと思うかも知れないが、あちらは常に地上管制と連絡を取り合い、何百人というバックアップ態勢があるのだから、やはりこちらの方が遥かに高度だ。

 

「ところで、いっちー?」

 

 担当教官に言われた通り、今現在、艦橋にいる他のクルーに挨拶を終え、一旦ブリッジから出ようとする一路に、隣にいたアウラが声を上げる。

 

「ん?」

 

「まだ、抱きしめちゃ、ダメ?」

 

 心なしか、手が微かにワキワキと動いている気がしなくもないアウラが、少々困ったような表情で自分を見つめてくるのに困ってしまう。

彼女が初めて会った時の、自己紹介時からの希望だ。

 

「諦めてないんだね、ソレ。」

 

 条件としては親しくなってから、イコール交換日記という手段を取ってはいるが、未だ彼女の望みは叶えられてはいない。

 

「お預けばかりじゃ、寂しいわ。」

 

「・・・何処までも欲望に忠実なんだね・・・っていうか、どうしてそう思ったの?」

 

 可愛い女の子ならまだしも。

背があまり高い方ではない一路にとって、サイズ的に言えば自分より小さい可愛いという分類に入りそうなのは、黄両とシアくらいなもので、自分は男の子だし、可愛くもないだろう。

確かに長身のアウラの背に比べたら、遥かに自分の方が小さいが。

 

(モルモット的なアレと同じなのかなぁ?)

 

 解釈的にはそっちの方が納得がいく。

 

「だって、今だけだもの。」

 

「今だけ?」

 

 何か、マイブームとかそういうタイミング的なものだろうか?

目的を果たしたら、ここから去るという選択肢もある一路にとって、そういう面はあるかも知れない。

だが、そんな話はアウラにも、いや、他の誰にもまだ話してはいない。

 

「そう。今だけ。」

 

「何で今だけなの?」

 

 力強く肯定する根拠は一体何なのだろう?

それくらい彼女は、きっぱりと断言している。

 

「だって、貴方はすぐに私よりずっと強く、カッコ良くなってしまうから。」

 

「・・・は?」

 

 何の脈絡もないアウラの理由に、開いた口が塞がらなかった。

全く根拠もない次元の答え。

 

「いっちーはきっと強くなるわ。少なくても、"心に見合った強さ"を手に入れるから。」

 

「・・・そうだと・・・いいな。」

 

 アウラの言葉は半信半疑だが、こうやって口に出して言っている以上、ご多分に漏れず120%本気でそう思って信じているのだろう。

 

「だから、抱きしめられるのは今のうちだけ。その内に、貴方は誰の手も届かない速さで、進んで行ってしまうから。」

 

 そのうちに自分と一路は並び立てなくなってしまうから。

今の愛らしさと強さであるのは今だけだとアウラは言う。

 

「・・・あーちゃん、僕は、それでも僕は僕だよ。何も変わらない。」

 

 変わらない部分もきっとある。

あっていいはずだ。

そう返すのが一路には精一杯だった。

 

 


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