真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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ではでは、年内最後の更新です。
良いお年を。


第9縁:拾ったあのコはラッキースター?

「三者面談か・・・。」

 

 誰に告げるでもなかったが、下校途中の一路はぽつりと呟く。

進学なら、ある程度、中の上くらいのレベルの高校を目指して受験。

就職するにも高専くらいには行きたいところだ。

片親しかいない一路にとって三者面談は難しい。

父は転勤の引継ぎのせいで仕事も忙しく、未だ東京にいる。

そういえば週末を除いて最後に顔をつき合わせてマトモに会話したのは何時以来だろう。

それくらいの忙しさだ。

 

(そんな事よりも問題は今日の夕飯か・・・。)

 

 夕飯は基本的に自炊だ。

日頃、母親の手伝いを積極的にして単純な料理をしていたのが役に立った。

もっとも"おふくろの味"なんてものは、もう一生再現も体験も出来なかったが。

ともかく、一路は学校を出ると食材を求めて最寄の商店街に向かう。

1店舗で何でも揃うスーパーと違って、各専門店が軒を連ねる商店街を一路は意外と気に入っていた。

何より活気や人々の小さな営みが解り易くていい。

家族や生きている人というものを実感出来る気がして・・・。

そんな商店街の活気にあてられる事を期待して。

 

「おばあさん、大丈夫ですか?」

 

「はいはい、どうもありがとございました。」

 

「いえいえ~。」

 

 視界の隅で老婆の手を引く女性。

こういう光景を良く見かけるのも、この町を好きになれそうな理由でもある。

 

(いつか僕も、この町の人間になれるのかな・・・。)

 

 この町の一部に無理なく溶け込めるだろうか心配になる。

勿論、彼自身が目立っている、浮いているという事はないのだが、どうしてもそういう被害妄想じみた気分になってしまう。

被害妄想と自覚していたとしてもだ。

 

「どうしましょ、どうしましょう~。」

 

「?」

 

 思考の先が少々間の抜けた声へと自然と向けられる。

と、同時に。

 

「どうしました?」

 

 思わず声をかけていた。

自分がそうする事で、この町に一歩溶け込める気がしたから。

以前に住んでいた所だったら、一路は声をかけたりはしなかったかも知れない。

それと、もう一つ。

声を上げた女性の美しく褐色な肌と、目の覚めるような金の髪に惹かれて・・・。

彼女も自分と同じで、必死にこの町に溶け込もうとしているように感じられたから。

 

「ふぇっ?あ、あ、あぅ~、さ、財布を・・・お財布を~っ!」

 

「財布?」

 

「私ったら、何処かにお財布を~っ。お、お買い物を頼まれだのにぃぃ~!どうしましょ~!!」

 

 綺麗なマリンブルーの瞳いっぱいに涙を溜めたその女性は、今にも一路の足に縋りついてきそうな勢いだ。

この世の終わりでも来たかのような様子とも言える。

 

「どうしようと言われても・・・。」

 

 自分に振られても困惑な表情をするしかない一路だったが、何故か腹積もりは決まっていた。

そうする事が当然のように、自分には違和感は全く感じない。

 

「じゃあ、僕が立て替えましょうか?」

 

「そうなの、立て替えてもらわないと叱られ・・・ふぇ?」

 

 ひとたりと泣き止み、一路を見つめる海のような瞳。

 

「だから立て替えましょうか?」

 

「い・・・。」

 

「い?」

 

 東京だったら、こんなのは出来の悪い寸借詐欺以下だ。

 

「いいの?!」

 

「えぇ。」

 

「本当に?」

 

「本当に。」

 

「本当に本当に?」

 

「本当に本当。」

 

 いい加減疲れる人だなぁと思いつつ。

 

「あ、ありがとうごじゃいまずぅ~。」

 

 今度は鼻水をたらしながら、本当に一路の足に縋りついてきた。

 

「いや、あの、その、落ち着いて・・・。」

 

 この後、彼女が落ち着いて一路の差し出したハンカチで涙を拭き、あまつさえ鼻をちーんっとかむまでの数十分の時を要した。

お陰で無事に彼女の買い物を済ませる頃には、日が暮れかける頃合いになってしまった。

 

「本当にありがとうございます~。」

 

 気の抜けた声に苦笑しながら頷く。

 

(今日の夕飯はカップ麺かな。)

 

 両腕で大きな紙袋を抱え、ほくほく顔の女性。

 

「それにしても随分と量が多いですね?」

 

 彼女の荷物はそれに止まらず、一路の両腕にもビニール袋が提げられている。

これが一路の夕食を決定付けた原因である。

彼女の買い物量は、一路の財布の許容量ギリギリだったのだ。

 

「そうなの!今日は皆で食べるんですよ~。皆でご飯食べるのは楽しいのよ~。」

 

(可愛い人だな。)

 

 年上の女性に適用する言葉ではないかとは思うが、他の言葉が見つからない。

ただ、財布の許容量限界まで消費した甲斐はあったとも言える。

所詮、男なんてそんな生き物。

女性の笑顔には無条件降伏なのである。

その辺りは、この物語の主題歌が物語って・・・話を元に戻そう。

 

「いいですね、皆でご飯。羨ましいです。」

 

「一路さんは誰かとご飯食べないんですか?」

 

 流石にお金を立て替えたのだ、名前と連絡先は交換しておいた。

一路としては、それこそ寸借詐欺に自ら飛び込んだという気分で、お金が返ってこない可能性を覚悟しての言動だったが、目の前の女性は老婆の手を引くのに夢中で財布を落としてしまうような人間だ。

そしてそんな彼女の弁を嘘だとも思えなかった。

寧ろ、妙に確信を持って信じる事が出来た。

 

「ん~、最近はずっと一人かな。」

 

「あら、まぁまぁ~。それは寂しいわ~。あ、そーだ!一路さんも私達と一緒にご飯食べましょー。」

 

「は?」

 

 ぽっかーんと口を開ける一路。

まさか、こんな展開になるとは・・・。

 

「このお買い物も一路さんが助けてくれたから、出来たんだし♪」

 

「いや、うん、確かにそうだけれど・・・。」

 

 自分がお金を出した食材での食事会(?)に自分が招かれる・・・なんて珍現象。

珍現象以外のナニモノでもない。

だが、相手はそんな事はお構いないといった様子だ。

それどころか、なんて名案というしたり顔をしている。

 

「楽しいですよ~。」

 

 それは楽しいだろう。

こんな可愛い女性と、大人数で食事が出来るというのなら。

 

「でも・・・いいのかなぁ・・・。」

 

 釈然としない。

皆で食べるという事は、家族団欒という事で。

そんな団欒の時間に部外者である自分が、のこのこと入っていいものか。

母親が亡くなり、家族というものがどれ程大事なのか解っているから尚更に。

 

「いいのいいの。て、私が料理を作るんじゃないけど、ずっご~い美味しいの~。」

 

 じゅるりと今にも涎を垂らしそうに表情が緩む。

 

(確かに、一人の夕飯よりは楽しそうだけど・・・。)

 

 カップ麺の夕飯という運命から逃れられるのも魅力的だった。

しかし、しかしだ。

こんな珍現象、あるはずがないと思った彼の考えはある意味で正しい。

何故なら・・・。

 

「解りました。お呼ばれしちゃいます、"美星"さん。」

 

「はい♪お呼ばれしちゃってください、一路さん♪」

 

 意気揚々と一路を先導する美星。

行き先は勿論・・・。

果たして、彼女は一路のラッキースターになるのだろうか・・・。

 




次回も1日2回更新と行きますので・・・。

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