「えと、どちらにしろ荷物の移動が急務だと思います。」
どうにも自分が話を進めないと事が始まらないらしいと気づいた一路は、甚だ不本意ながら言葉を続ける。
正直、あまり気乗りがしなかったのだが、自分が言い出した事だろうと突っ込まれてしまったら返す言葉もない。
口は災いの元とはよく言ったものだと、一人反省。
「出来れば高価な荷物と、それ以外のコンテナに分別を・・・あ、あと"空のコンテナ"も。」
ピクリと一路の言葉にコマチの眉が上下する。
「成程。伏兵か。しかし、そんな簡単に引っかかるか?生態反応を確認されたら、それでお終いだぞ?」
「確かにコンテナ内を走査されたら、最低限しか誤魔化せないと思います。だから、放出するコンテナの最初の1、2こは本物の、それも一番高価な物から順に。あ、空のコンテナには、輸送している生物類も入れましょう。」
「撒き餌か・・・。」
高価であればある程、警戒すればする程、それが緩むのも早くなる。
そうやって、かつて山田 西南に苦汁を飲ませられた者も多い。
(まぁ、あれは意識・無意識の問題もあるが・・・。)
「でも・・・こんな事を言っておいてアレなんですけれど・・・無理に戦う必要はないと思います。」
「ん?」
俯く一路をコマチは見下ろす。
「こういうのは、最初から戦おうって思う人間が考える事で、僕達の優先順位は、人命。それから荷物で、その、勝つ事が目的じゃないし・・・そりゃ、勝てば荷物も"ある程度"の人命も守れると思いますけど・・・。」
「それは正しい。だが、その順位を理解しての判断なら、特に問題ないと思いますがね。」
ふと、今までの会話に参加していなかった声が聞こえる。
俯いた一路がその声に顔を上げると、コマチの傍に控えていた男、彼女の副官と目が合う。
「あ、これは差し出がましい事を。」
「構わん。檜山、優柔不断な態度は、時に致命的な失敗に繋がる。」
「はい。」
艦長というものには、そういう強固な意志と判断力が何より大事だという事は、一路にも理解出来る。
こんな風にうだうだ言っているうちに、相手が行動してしまってからでは遅いのだ。
「だが、きちんとした優先順位を合理的に立てられるなら、間違いは少なくなる。問題なのは、揺れる艦長を支える"優秀な副官"がいない事だな。」
コマチがそう述べると隣にいた副官が、恐縮そうに頭を掻いていた。
確かに艦長は最終的には決断を下さねばならないだろう。
しかし、他に判断材料となる意見を求めてはいけないわけではない。
「荷物に爆弾を仕込むというテもあるが、この場合はオマエが考えた"正しい優先順位"に反する事になる。爆発物なんてものは大抵バレるがな。となると他の意見を汲んだ結果を私は出さなければならないわけだ。」
今言われた事を、実戦形式で実演するとそういう事となる。
つまり、述べた事は思いつきだが、判断と責任は艦長が負うという事に他ならない。
(い、胃に穴が空きそうだ。)
「荷物の移動と放出の準備をしろ!」
周囲に号令をかけると皆が一斉に動き出す。
静観の時は終わったのだ。
「ところで、檜山?」
決断をして、号令をかけると頭脳である艦長は、時間を得て会話を続けるようだった。
横でギャーギャー騒がれても、邪魔でしかないとコマチは弁えている。
「単純に荷物を放出するだけで今回はいいはずだ。勿論、撒き餌の役目を果たさなければならないというのは解る。だが、そこまで徹底して分ける必要はあるまい?」
「あぁ、それは、本当、僕個人の問題というか・・・。」
「というか何だ?」
「保険金っていう代替えがきく価値のある物より、代替えがきかない想いの籠った手紙や贈り物の方が大事な気がして・・・。」
高価な品の中にも勿論大切な贈り物もあるだろう。
貴重な芸術品や、歴史的価値のある物。
はたまた生命もあるかも知れない。
これはもう、本当に一路の個人的な価値観の問題であって、他意はないのだ。
いや、持ち主である当人にとっては、他意はないで済む話とかではないのだが。
「成程。納得がいった。そうだな、金持ちというのは、金があるから金持ちというのだしな。おいっ!優先順位は保険金の掛け金が高い物からにしておけ。」
そう指示を追加するとコマチは黙り込んで、思案げに天を見つめる。
更にひと呼吸の後・・・。
「なぁ、檜山?成程、オマエの理屈は理解した。それが個人的な感情を含めてだ。さて、ここで私も自分の個人的な感情を入れてもいいものだと思うか?」
「え?えと、艦長といっても正式な軍じゃないし・・・その、内容によると思います・・・けど?」
「内容か・・・そうだな、その、例えば、ある特定の、企業というか・・・。」
どうにも歯切れが悪いコマチの態度に一路は首を傾げる。
「・・・具体的に言うとだな、"天南財閥傘下の保険会社の品は除く"とか・・・。」
何となく想像はついたが、言うのが非常に躊躇われるような照れる事だというのは、コマチの赤面っぷりから解る。
(意外と可愛い人なんだな。)
それが自分の夫の実家に配慮してというところが特に。
きっと、こういう事をするのは本当は彼女のプライドが許さないのだろう。
しかし、なんというか、くすぐったい事に愛情が勝ったというか・・・。
ふと、彼女の横の副官に視線を向けると露骨に逸らされたという事は、なるほど優秀な副官なのだろうなと一路は思う。
この発言がどれだけ微妙な事で、"聞かなかった事"として済ますべきなのだという事なのが。
「えと、はい、ご自由になされたらいいかと存じます、です。」
使い慣れない軍隊口調を真似しても、やっぱり自分には合わないなと思いながら。
「そうか、では・・・・・・やめておこう。」
意外な反応に一路は目を2、3度瞬かせたが、まぁこれもこれでこの人らしいやと思えたので、それで善しとした。
寧ろ、最初から聞かなかった事にしようと思った。
「艦長!放出予定のコンテナ内に生態反応。誰かが侵入している模様です!」
「何ィッ?!全く何処の馬鹿だ。映像をこっちに回せるか?」
「はい!」
返事が聞こえると、コマチと一路の間、向かい合わせに立つ二人の前に1枚のスクリーンが展開して映像が映される。
「エマ?!」
一路の背後で、アウラの声がしたかと思うと、一路の身体は反射的にブリッジの出入り口へと向いていた。
スクリーンに映っていたのはエマリーだけではない。
彼女と一緒に左京の姿が映っていて、当然の事ながらどう見ても穏やかな雰囲気には見えない。
だが、どちらにしろこのままあの場所にいては、両者とも危険だ。
「待て檜山!」
「待てません!彼女達を連れ出します!放出作業と誘導お願いします!」
そう述べるともう駆け出していた。
「クソッ!強化レベル3以上の者は、起床待機!放出作業は続行だ!急げ!」
苛立ちを隠す事なく叫ぶ。
責任者としては迂闊に一路の後を追うわけにはいかない。
こういうところが海賊と違って窮屈で我慢ならないと憤然とする。
海賊にとって、一緒に船に乗る仲間は、家族の血より濃いと思っているのがコマチだ。
「自分が追います。」
「任せる。」
提案する副官に、苦虫を噛み潰したようにコマチはそう答えて、彼を見送るしかなかった。