冷静さを欠いているか、そう問われたら半分はYESで、半分はNOだ。
ブリッジにいて、コマチに指針を問われた時までは完全に冷静だった。
艦内を猛然と駆けながら、一路は自分を冷静に分析する。
スクリーンにエマリーの姿を見た時も、連れ出せばいいと思えたので、その段階でもまだ冷静だったのだと思う。
しかし、左京の姿を見た時はどうだっただろう?
そう考えると自信がない。
ただ、初めて会った時に自分の出身について言葉を濁すくらいの彼女だから、きっと左京との面識はなかったはずで。
となると、彼女を、エマリーを巻き込んでしまった原因は、恐らく自分にある。
自分のせいで巻き込んでしまっただろう【推測】と、彼女"達"を連れ出す【手間】。
それだけで時間が惜しくて、一路は駆け出していた。
とにかく危険なのである。
「いっちー!:
コンテナのある貨物室を目指す一路の視界に見慣れたモフモフと長身の姿が見える。
「照輝!プー!」
二人の姿を認めて、そこでようやく一路の歩みが緩まる。
速度を落とし、止まるが、心は急いたままだった。
「良かったスレ違いにならずに会えて。」
心から安堵した様子で二人は一路に微笑みかける。
「こっちこそ良かった。二人共、今は危険なんだから・・・。」
「だから来たでゴザるよ。状況はNBから聞いているでゴザる。」
「だったら!」
「尚更手伝う事はないかなぁって、さ。」
危険は承知の上。
そんなものは知っている。
知っているから来たのだと彼等は言うのだ。
「それなら、多分、この後に指示が出ると思うから。」
先程、艦内放送でそういう旨が流れていたのを一路は耳にしていた。
少なくとも、強化レベル4の照輝は出番があるだろう。
「僕は行かなくちゃならないトコがあるから・・・。」
「行かなくちゃって、どうする気だい?」
「貨物室の中にエマリーと左京がいるんだ。もうじきコンテナの切り離しと排出が始まる。それまでに二人共連れ出さないと危険なんだ!」
それだけ言うと、時間を惜しむ一路は再び全速力で走り出そうとして、プーに両肩を掴まれて押さえつけられた。
その腕力に驚く一路だったが、それはプーも同じだった。
強化レベルの差はあれども、効率的な筋力の運用を計れば一路と互角に、少なくとも力押しされるような事なく止められるはずだった。
(いっちー、まさか今も成長している?!)
経験という成熟はあっても、強化レベルを変化させるような劇的な成長はありえない。
純粋な力比べで、しかもこの短期間でこんな成長するはずがない。
だが、今はそんな推測をする暇も時間も確かにない。
「ちょっ、ちょっと待った。二人共って、まさか左京も助けるっていうのかい?彼等は集団だし、どう考えても自発的にあの場所にいて、自業自得だってのに?」
恐らく、左京は何かしらの企てを持ってあの場所にいるに違いないとプーは考えていた。
エマリーは単純に一路の為に、自分に頼まれた用事をこなしていただけに過ぎないとも。
プーは信じられないという目で一路を見る。
勿論、一路だってその件については道中ずっと考えていた事でもあった。
考えた結果の結論。
というより、考える程でもない結果だ。
「助けるよ。」
一路はプーを真っ直ぐに見据えたまま、目を逸らさずに答える。
「・・・・・・君は、自分が何をされたのか忘れたのかい?」
その言葉に、やっぱり以前の事はプー達にバレていたんだなと気恥ずかしくなった。
でも、言わなければならない事だけはきちんと言おうと、同時に思う。
「あんな痛い思い、生まれて初めてだよ・・・。」
肉体的な痛みという意味ではだが・・・。
「だったら・・・。」
「でも!僕は生きている・・・死んじゃったら何もできないし、してあげられないんだ!」
「一路氏・・・。」
「もっと激突するかも知れない。解り合えないかも知れない。でも、その逆もまだあるかも知れない。・・・死んじゃったらさ、その先も何もないんだよ・・・何も無くなっちゃうんだ・・・残るのは、残された人間の想いだけ。そんなの嫌だよ。」
それは一路にとって最大の我が儘だ。
常に残しておける余地のある選択肢の存在というのは。
「それにね、プー、照輝、ここで何かを切り捨てたら、僕は一生会いたい人に面と向かって会えない気がするんだ。」
それは、そんな事をする自分は、もう地球にいた頃の自分と完全に違うモノになってしまう気がする。
肉体や遺伝子を操作しても、外見や能力が変わってしまっても、心まで別人になりたくはない。
だから、こちらも承知の上でこの選択肢を選んだのだ。
「そういう事なら仕方がないでゴザるな。拙者も一緒に行くでゴザる。」
「え?」
思いがけない内容に一路は、ぽかんと口を開けて止まる。
照輝の口調は、ちょっとそこらを散歩でも程度で、緊張感も危機感の欠片もない。
「ま、決めちゃったんなら、しょうがないか。正直、左京は気に喰わないけど、僕も一緒に行くよ。」
プーの口調も同様に、それでいて一路にしかりと釘を刺して。
一路はそんな二人の反応に呆気に取られたまま、顔を見比べて・・・。
「だ、ダメだよ、そんなの!」
「何がダメなんだい?」
「だって、危険だし・・・。」
「だったら尚更。一人より三人の方がいいでゴザるな。」
「・・・僕の我が儘だし。」
「そんな我が儘を言えるくらいの"親友"ってコトだね、僕等は。」
「お、腐れ縁に昇格でゴザるか?」
「昇格っていう表現で合ってるの、ソレ?」
「さぁ?」
正直、嬉しい。
気を抜けば感極まって泣いてしまいそうなくらい。
でも、それと二人を自分の都合で振り回していいのかと言われれば、いいものなのか?
「・・・でも。」
「デモもストライキもないの。さっさと行って、帰ってこよう?」
「そうそう。時間がないのでゴザろう?」
「・・・ありがとう二人共。」
「礼はいらぬでゴザるよ。」
「いちいち言ってたら面倒で仕方ない。友達だろう?いい響きだね、友達。」
うんうんと頷くプー。
「いやぁ、アカデミーに入ってから、脱走だの乱闘だの、本当に刺激的でいいでゴザるな。」
「あ、うん、それ。これだけで入学して良かった感じするよね?僕等、ツイてる。」
「恵まれてるでゴザる。」
それは僕の方だよと言おうとして、危うく涙腺が緩みそうになったので、グッと言葉ごと飲み込んで堪える。
「二人共、急ぐよ。随分時間を使っちゃったから。」
意を決して二人に同意を求める。
「了解。」 「で、ゴザる。」