「檜山、予定に変更はない。順次作業を行う。但し、現状白兵戦は無理に近い。最大出力でランダムワープだ。」
「解りました。」
一路の視界のすぐ傍に展開されたウィンドウのコマチに対して、頷く。
現状、エマリー達のいるコンテナを排出しなければいいだけなのだが、相手は海賊だ。
根こそぎ奪うつもりだというのも踏まえなければならない。
「照輝。」
走る一路を追うプーが、彼に聞こえない声で口を開く。
「解っているでゴザるよ。」
プーの真剣な表情とは逆で、照輝は気楽そのものといった表情で微笑む。
『いっちーが無茶をするようなら、最悪"彼だけ"を安全圏まで連れ戻す。』
NBの前で、一人と一体に告げた言葉だ。
(不誠実極まりないんだろうな、自分は。)
心の中で一人愚痴る。
一路が誠実過ぎる分、余計にそう思えた。
だが、心の中ではきっちりと線を引いてしまった優先順位は変えられない。
一路の命が最重要だ。
アカデミーではほとんどないとはいえ、未だワウ人に対する偏見や、差別は根強い。
特に樹雷では顕著だ。
そんな中で差別も偏見もなく、自分の為に体まで張ってくれる友というのは、かけがえのないものなのだ。
とてつもなく。
それは一路だけでなく、照輝も同様だ。
苦楽を共にするクラスメイト、ルームメイト。
親戚だった同じワウ人であるナジャウがかつて語った馬鹿騒ぎの日々。
どれ程の憧れを抱いていた事か。
それが自分の目の前にぶら下がっているのである。
走らないわけにはいかない。
理想の世界がここにあるのだ。
(・・・うわっ、やっぱり自分の事ばかりだ。なんて俗物なのやら。)
「プー!照輝!どうしよう扉がロックされてる!」
一路のそんな声で、プーは意識を思考の海から切り離す。
「ロック?ちょっと見せて。」
たどり着いた貨物室の扉は、プーが見てもロックがかかっているのが近くの端末で解った。
「ダメだ。中からロックしてあるし、外部から操作出来ないように切り離されてる。誰かハッキングしたな?全くロクでもない。」
嘆息というより、呆れ。
呆れというより、嘲笑。
そしてプーは改めて左京達が良からぬ事を考えているというのを確信する。
「どうしよう・・・。」
一路の言葉にプーは肩を竦めるしかない。
「かなり入念に準備をしてきたらしい。中から開けるか、或いは・・・僕でも開けられない事はないけれど、多少の時間がかかるね。」
こればかりはどうしようもない。
何とか出来なくもない手段があると言えばあるのだが・・・。
それはプーが判断して決める事ではないからだ。
「やれやれ。やっぱりついて来て正解でゴザったな。」
肩をぐりぐりと回しつつ、すたすたと3人を阻む扉の前に照輝が歩み出る。
「照輝?」
「まぁ、拙者の出番が、そこはかとなく脳筋的な立ち位置というのが、何ともいやはやでゴザるが・・・役立たずで終わるよりはマシでゴザるかな?」
一路の問いかけに微笑みで答えると、照輝は扉の閉じたわずかな隙間に指をかける。
「どれどれ・・・そこで見ているでゴザるよ。」
照輝は時に考える。
何故、自分達の種族は、2つの姿を得るに至ったのか。
常人と変わらぬ人の姿は、人の世に溶け込む為だろうか?
進化適応。
はたしてそうだとしたら、もう1つの姿が本来の姿という事になる。
科学が進む、ガギュウ人も少数民族となった今、何故そちらの姿を捨て去るという適応をしなかったのだろう。
やはり本来の姿だからだろうか?
そもそも、どちらが本来の姿なのか?
人が宇宙の惑星に対応してガギュウ人となったのか、それともガギュウ人が増えすぎた人に対応して、今の姿となったのか。
考える事が苦手な彼でも、この命題というべき事柄を考えずにはいられない。
(それでも・・・。)
ちらりと一路とプーを見る。
今の姿は人と"仲良くなる"には悪くないと思う。
"人と友好関係"を持つ為の姿だったらいい。
騙す為の擬態だと言われると心苦しいが。
でも、友人の役に立つのだったら、ガギュウ人の能力と姿も悪くないと思う。
果たして、一路は自分のこの姿を見てどう思うだろうか。
そう考えながらも姿を変えてゆく。
抑圧されている力を解放。
抑圧されていると認識する時点で、どうかと思うが、それが自分の本来の力なのだろう。
長い髪の毛の先、1本1本にまで力が満ちるのを感じながら、照輝は全力で扉の合わせ目に力を込める。
ミシミシと嫌な音が聞こえるが、気にしない。
髪の毛も逆だっている気がするが、これも意識の外に追いやる。
長い髪は、いつも鬱陶しくて切りたかったが、姿を変えると一定の長さまで伸びてしまうと発見して以来、面倒になって切るのを止めた。
そういえば、最初に髪留めをくれたのもプーだったな、と。
「ヌオォォォーッ!」
ミシミシと音が鳴り続けて数十秒が経っただろうか。
バキャンッ!と音がして、扉が急に軽くなった感じがした。
左右にズッズッと動き出す扉。
どうやら過負荷に耐え切れず、扉の何かが破壊された音だったらしい。
「ふいぃ~。」
人が1.5人通れるくらいの隙間を開けると、照輝はその場にへたり込む。
「お疲れ。」
そんな自分に歩み寄って、プーが声をかける。
その表情は少し困ったような・・・。
「あ・・・。」
もうそんな表情を見るのを慣れていた。
この姿を拒絶されるという事実も。
それでも固まっている一路の姿を想像すると、少し萎える。
「す・・・。」
「す?」
「すっ、凄い!照輝何それ?!変身?変身出来るの?!」
「は?」
興奮しきった一路の声に照輝はのろのろと彼の顔を見る。
「カッコいいっ!!あ、変身に制限とかあったりするの?まさか、変身時間3分とか?!」
「か、格好いい・・・?」
恐らくこれが、ガギュウ人の戦闘能力や風貌を知る他の惑星の人間だったら、照輝の想像通りの反応が待っていたのかも知れない。
しかし、一路は地球人の、それも日本の子供なのだ。
母の死の直後は無気力に病んでいたとはいえ、それまでは健全な(?)ジャパニメーションと特撮に囲まれた環境で育っているのだ。
追い詰められ、ピンチの時に変身、パワーアップで逆転なんて、ヒーローの絶対条件の一つ。
正直、見慣れ、何度も興奮したTVの中の光景が目の前で再現されているくらいのレベル。
しかも、そんな存在が自分の友人なのだ。
テンションが上がらないわけがない。
「思っていた以上に、いっちーって大物かも・・・。」
そんな訳も知らないプーが、心底安心と呆れの混じった声で呟く。
勿論、自分の取り越し苦労に対してだ。
「ん?何?」
「いやはや、いっちーは本当、友達甲斐のある御仁でゴザるな。」
「全くだね。」
「え?何が?どういう事?」
二人の言っている意味が、一路には全く理解出来ない。
ただ褒められているような、そうでないような・・・。
「何でもないよ。じゃ、ご対面といくかな。」
「そうだ!エマリー!!」