緊張感の満ちた空間に不協和音が鳴り響いた後、しばらくの間をあけて聞き慣れた声が聞こえた。
「エマリー!何処!」
これを聞き慣れたと思えるという事実が、エマリーの心に少しだけ余裕を取り戻させた。
声の主が誰なのかなんて確認しなくても解る。
「一路!こっち!」
すぐさま身を隠すのを止め、手を上げて応えた。
「エマリー!」
「あー、左京達も出て来てね、いるのは解ってるから。」
視界に現れたエマリーを確保する事のみに気を割いている一路の代わりに、彼の後から入ってきたプーが辺りに呼びかける。
「やれやれ。誰にも開けないようにしておけと言ってあったのに。」
3人、エマリーを含めれば4人に姿を認めた左京は、首を竦めながら渋々と姿を現した。
その表情には、成果の無さにありありと落胆が浮かんでいる。
「言ってろでゴザる。」
照輝も左京の真似をして肩を竦めた。
後味は確かに良くはないが、一路が危険なメに合うなら、左京などどうでもいいというスタンスは照輝も概ね同じだ。
「二人共、そんな事はどうでもいいから。」
もう離さないとばかりにぎゅっとエマリーの手を握って引っ張ってきた一路は、両者の間にある険悪なムードに呆れる。
「また君か。全く余計な事を。」
以前と違って左京は一路に対して物腰の柔らかな態度は皆無だった。
心底、邪魔者。
そう思っているのを隠しもせず言葉を吐く。
「ともかく、ここは海賊に狙われてるからっ?!」
ガランガランッ!と金属音が反響すると、室内の空気が急激に動いたのを感じる。
「外壁に穴が空いたんだ!皆、こっちへ!」
何が起こったのかという疑問に的確の応える男の姿が見えた。
一路の後を追ったコマチの副官だ。
「直に隙間は硬化ジェルで埋まるが、海賊共が侵入してくる!早く!」
レーザートーチで外壁に穴を開け、そこから突撃・白兵戦というのは海賊の常套手段である。
「急ごう!雨木君も早く!」
そう促した一路を左京は手で制した。
「その心配はいらない。彼等は元よりこちらで対処する予定だ。」
「え?」
それはどういう意味だろう?
一路には彼の言っている意味が解らなかった。
冷静に考えれば導き出せる答えなのだが、一路には足りない認識が一つあったからだ。
それは、彼は敵ではないかも知れないが、"味方ではない"という事。
「アンタねぇ!」
エマリーだけがただ一人、その場にいた誰とも違う反応を返す。
輸送品を狙って現れた海賊。
海賊の目的物に最も近い部屋。
ロックをかけてまで第三者を排除した空間。
そしてマーカー。
以上からエマリーが導き出した結論はこうだ。
「"自作自演"のクセして何言ってんのよ!」
「・・・自作自演?」
「成程ね。」
エマリーの発言の意味を解らず、きょとんとする一路とは違い、したり顔でプーが呟く。
呟いた言葉の中には、呆れと侮蔑が多分に含まれていた。
「アホらし。皆、戻るよ。破壊した船も含めて、この樹雷のお坊ちゃんが弁償するってさ。」
付き合っていられないとばかりにプーは全員を促す。
最早、完全に興味が失せたらしい。
「何故、こちらがそんな真似をしなければ?根拠も証拠もない事を。」
白々しく左京はプーの言葉をあしらう。
「ヲイヲイ、お坊ちゃん。世間知らずもそこまでくると、一回り回って賢しいよ?弁償?するさ、しないのならさせるまでだ。」
プーがニヤリと笑って牙を剥く。
今のプーには相手が誰であろうと関係ない。
親友を傷つける可能性のある者は、全て"敵"の一括りだ。
「ちょ、ちょっと二人共!今は喧嘩してる場合じゃ。ほら、海賊が。」
二人のやり取りの発端すらもよく解っていない一路だが、このままでは埒があかない。
間に仲裁に入る。
既に空気の流れいてる気配はない。
海賊達がなだれ込んで来るのも時間の問題だ。
「大丈夫。樹雷のお坊ちゃまは顔が広くて、海賊にすら"お友達"がいるそうだよ。」
「心配は無用。我等、樹雷の者にかかれば海賊など雑作もない。」
二人が同時に口を開いた瞬間、左京の顔の横をレーザーの光が掠め、赤の華が咲く。
「退くでゴザる!」
照輝が叫んだ瞬間、全員がコンテナの影に滑り込む。
ただ一人、一路だけを除いて。
一路は握っていた手を解くと、エマリーを物陰に突き飛ばし、その反動で宙を舞う。
その場の重力制御が1Gを割り込んでいるのは身体の軽さで気づいた。
あとは強化された肉体で飛ぶだけだ。
「いっちー!」
「逃げて!退路を確保するから!」
退却する時に一番重要なのは殿だ。
ある1点、これ以上は行かせてはならないラインで死守する役目。
悲しいかな、そういう判断を直感し、反射的に最速で動けたのが一路だけだったのである。
だから、一路は喜んでこの役目を引き受ける。
それが自分の命を秤に乗せるような行為だとしても・・・。