一路が声を上げる数分前の出来事。
「いっちーが引きつけている間に扉まで逃げるでゴザる。」
「でもっ?!」
冷静に或いは冷酷にも聞こえる照輝の声にえマリーは非難の声を上げる。
「大丈夫。向こうだって馬鹿じゃない。船に風穴を開けるような攻撃や、ましてや人質になれる相手をむざむざ殺したりはしないさ。」
エマリーの反論を諭すようにして、尚プーが説明する。
「二人は・・・二人はそれで平気なの?」
こんな見捨てるような行為を・・・。
「平気じゃないさ。でも、これは誰かがやらなきゃいけない役目だ。いっちーは自分でそれを買って出た。だから、さっさと僕等が退避しないと、いっちーが逃げられない。僕の知っている彼はそんな"友達"だよ。」
「そうでゴザる。もっとも、このオトシマエは絶対につけさせるでゴザるよ。」
照輝が、いや照輝だけでなくプーも左京を睨む。
二人はそう認識しているのだ。
「いっちーは優しいからね。だから、僕等がその分厳しくしなきゃいけないんだって気づかされたよ。次はない。仮にいっちーが今回の事で怪我をしたとして、そうだな、1ヶ所ごとに君の骨でも折ってやろうか。」
左京に向けられたプーの冷たい視線は、それが脅しでもなんでもないと誰の目から見ても明らかだった。
「麗しき友情といったところだが、とんだ茶番劇だな。どうりで今夜は観客が少ないわっけだ。」
以前の左京ならば、困惑と恐怖で声を失っていたところだっただろう。
しかし、今回は違った。
しでかした事は、重大な背信行為だ。
これだけの事をするのは、周到な用意と覚悟が必要である。
「あまりに観客自体が低脳過ぎたかな。今夜はこれで閉幕という事だ。」
(その低脳にすら、敵わなかった事実が見えていないのかね、彼は。)
プーは詰めの甘さに呆れるが、それが彼のなけなしのプライドなのだろうと思う事にした。
未だにエマリーは不満で一杯だと顔に書いてあるが、落とし所としてはこんなものだろうと。
シラを切り通す事だって出来る左京が、ここまで折れているのだから、これ以上の危険はないように思える。
「君達もやめたまえ。今宵の茶番はこれで終わっ?!」
周囲にいる取り巻き達でなく、銃撃戦を繰り広げている海賊達の方にも聞こえるように歩み寄った瞬間、左京は目を見開く。
海賊達の持つ銃、その銃口が自分に向いている事に。
そして、その引き鉄が引かれようとしている事にだ。
「危ないっ!」
瞬間感じた横からの衝撃。
そして響く銃声と転がる物体。
その様をまるで他人事のように呆然と眺めていた。
「ってて・・・。」
「いっちー!」
「一路!」
「大丈夫でゴザるか?!」
自分を突き飛ばしたのも、転がっていったのも、一路だとそこで左京は理解する。
「大丈夫、かすっただけ。でも、今ので鼓膜破れたかも・・・。」
頬の辺りに火傷と、耳の穴から一筋の血が垂れている。
「何故だ・・・。」
一路の姿を見て小さく呟くのをワウであるプーの耳が聞き取る。
「それはどちらの意味でだい?」
それは今の疑問の正確な意味を把握していると他ならない一言だ。
「何故撃ってきたのかだったら、答えは簡単。あれが"本物の"海賊で、君の用意した"演者"じゃないって事さ。」
本物の海賊。
今回の事が本当は左京達の自作自演というのならば、それこそ茶番劇だ。
「で、もし、何故助けたのかっていう事だったら、それはもっと簡単。それがいっちーだからさ。」
言い放つプーの表情はとても自慢げだった。
幼い子供が宝物を手に入れたかのような。
「では、次は拙者が殿を務める番でゴザるな。もうこの際、脳筋枠で良いでゴザるよ。」
苦笑しながら照輝が前に出る。
ガギュウ人としての姿ならば、硬質の皮膚がビームだろうが銃弾だろうが貫通する事はないだろう。
但し、致命傷にならないだけでダメージはある。
当然、何発も喰らえば命の危険性もあるだろう。
「ダメだよ、僕が言い出して二人を連れて来たんだから、僕が行く。」
(こんな時まで頑固だなぁ。)
一路の言葉にプーと照輝は苦笑する。
「皆が同じ足場じゃなければ感電くらいさせられたのにな。」
ない物ねだりはよくない、子供のする事。
今を切り抜ける事だけに頭を回転させなければ。
そう思考を切り替えようとした時。
ブツンッ
そんな音がして辺り一面が暗闇に包まれた。
「何?!」
「電源が落ちたんだ!」
エマリーの悲鳴にプーが答える。
【坊!早ぅ逃げぇっ!】
聞き慣れたエセ関西弁。
「NB!」
すぐさまこれがNBの仕業だと気がついた。
彼が照明の電源をカットしたのだと。
【まさか覗き用カメラの配線がこんなトコで役立つとは、ワシにもビックリや。ワウ人の兄ちゃん夜目が利くやろ?】
「任せとけ。皆、こっちだ。」
プーを戦闘に何とか貨物室から出る皆を尻目に一路はすぐさま近場の端末にアクセスする。
「コマチさん!貨物室ごと切り離してください!」
「ダメだ。電源が落ちてるし、扉がそんな状態ではオマエ達も巻き込む。」
扉は破壊してしまって修復は無理だろう。
「坊主!こっちだ!コマチ様、自分達の逃走経路に合わせて隔壁を!」
気づくと丁度隔壁がある通路の繋ぎ目にコマチの副官が立っている。
「皆!」
一路が促す必要もなく全員が全力で駆け抜ける。
「坊主、オマエは褒められるのに慣れてないようだが、よくやった上出来だ。」
並走する副官が一路の頭に手を下ろしてぞんざいに撫でる。
(あ・・・。)
その無骨な手の大きさに一路は、唐突に父を思い出してしまった。
こうやって父に最後に褒められたのは、いつの事だっただろう?
あれは初めて自転車に乗れた時だっただろうか?
「ありがとうございます。」
父は遠く離れた地球で、今頃何をしているだろうか?
自分がいなくなった事に関しては、鷲羽が何とかしてくれたそうだが。
「ッ!」
そう安心したら、耳の激痛がぶり返してきた。
「一路?」
「大丈夫、大丈夫。」
心配そうに覗き込むエマリーに一路は微笑み返した。