All I need is your love 作:なぁのいも
誓約したのに他の子へ優しくするのは変わらない指揮官。そんな彼の優しさを魅力に感じていたUMP45はヤキモキしながらも、良くも悪くも変わらぬ指揮官を見守っていた。その優しさを受けるのは自分だけで十分なのに、百歩譲っても404の隊員と自分の姉妹たちだけで十分だと、心の奥底に抱えて。
そんな思いを秘めた45。抑えきれなかった不満で目尻を鋭利にしながら司令室へと戻ると、仕事中に机に突っ伏して寝てしまった指揮官を発見する。
どうせ、また自分の力に見合ってない量の仕事を処理しようとして充電が切れたのだろう。この指揮官に限っていえば、そんなことはよくあることなのが、悲しい点だ。そんな彼に呆れを込めた溜息を吐きつつも、布団くらい持ってきてあげようかと思った45であったがーー一つ違和感を覚える。
ほんの微かな。いや、気づいても誰も気にしないような些細な変化。彼女だからこそ気づいた違い。
それは指揮官が手袋をしてないこと。いつもは見えない、かすかに小麦色になった指揮官の手の甲が露わになっていることだ。
45は彼の左手に瞳を向ける。浅黒い彼の薬指には何もつけられていない。何もつけられた痕すらない。彼と45は誓約を交わしたと言うのに。
それもそのはず、誓約とは指揮官から人形に一方的に贈る専属契約。戦術人形が一人の主人に仕える事を約束させる証。
書面上、法的には指揮官のものとなった45だが、指揮官は自分のものでは完全に無い。彼には、まだ相手を選ぶ自由が残されている。幾らでも何度でも、それこそ、同じ人間の伴侶を選ぶまでかもしれない。
ーーあぁ、だから
45は思い至った。そうだ、それこそが、彼が他のみんなにも、まだ優しくする理由なのだと。他の戦術人形が、まだ彼に擦り寄ろうとする理由であるのだと。
自分と指揮官の誓約を祝ったあの人形も、45のことを恨めしそうに見ていたあの人形も。変わらず指揮官に擦り寄るのは、本当はわかっているから。彼は、誰のものにもなってはいないのだと。
ならーー付けてしまえばいいのだ、指揮官が自分のものであると言う証を。彼に、自分は45のものであると自覚させる印を。他の戦術人形に渡すつもりなど毛頭ないと言う、証明するものを。
45は指揮官の左手薬指、その付け根に唇を落とす。桜色の唇から舌を覗かせて、表面をなぞる。滑つき滑りが良い舌に舐められているせいか、眠りの中にいる彼が、くすぐったそうに声を上げる。
が、それは45が気にするべきことでは無い。寝てないのなら、起きてないのなら好都合。だから、行動は続行。ここで止まる訳にはいかない。止まる理由は存在しない。止まって良いはずがない。
彼の指に透明なコーティングを施した45滑りの良くなった彼の肌に真珠色の歯を押し付けてーー強く強く吸い上げた。
瞬間、肌が引っ張られるような強い違和感を覚えた指揮官の、その瞼開かれる。
目覚めにはもう遅い。指揮官のバイタルと同期し、急激な変化で彼の目覚めに気づいた45は、吸い付いた彼の手を両手で掴む。獲物を捕らえた蜘蛛の様に、獲物に巻きつく蛇の様に。逃すものかと、彼女の細い指先が彼の肌に食い込んでいく。
指揮官が何度も45と呼び掛ける。どうして、やめて欲しいと訴えるかのように。
それが45に倒錯的な喜びを覚えさせる。彼のよく通った声には焦りというノイズが混じっている。そんな声を何もフィルターをかけることなく音量調節をすることもなく聞けるなんて、なんて幸せなのだろうか。
でも、それだけでは足りないのだ。彼の声を聞くだけでは。彼のものだと言う証をつけられるだけでは。彼と言う光を一身に受ける権利を得てしまった彼女には!
指揮官の口から小さく声が漏れる。舌を口内で弾いた時の様な音が。紙の側面で肌に切れ目を入れてしまったような驚きの声が。
吸うのやめた45は先程まで吸い付いていた肌に舌を沿らせて、彼の状態をチェックする。結果はすぐに算出された。
彼の肌が内出血を起こしている。患部に適切な処理を施せと、人間を保護するためのプロトコルが訴えている。
だがーー45にとってはそんなの、知ったことでは無い。そんな戯言は容易く解除する。かつて、彼女に生きろと言ってくれた姉妹が教えてくれた技術を使って、人形と言う身に施された制限を黙らせる。
45はうっとりとした目で、内出血を起こした彼の肌の表面をなぞる。
自分の犯した罪を、その証を確かめる様に。
45は彼の肌から唇を離す。透明な、繋がっていたという痕跡を残して。
彼女の唇と手が離れて自由になった彼の左手は即座に右手に庇われる。
そんな指揮官のことを、口元に手を当ててクスクスと声を上げて見守る45。
45を見つめる指揮官の瞳が揺れている。何でこんな事をするんだと、不安をいっぱいにした目で訴えている。
ーーああ、他に誰か知っているのだろうか。
こんなにも怯える小動物のように自分を見つめる指揮官のことを。
いや、居ないだろう。居たとしたらその時はーー
いや、その時はその時が来たら考えればいい。今はこの、自分だけが知る彼の姿に陶酔してしまいたいのだから。
「あまり嫉妬させたらやーよ、しきかーん?」
彼女らしい本心が見えない口元を持ち上げるだけの笑みを浮かべると、机に置かれてた指揮官の手袋を自然な動作で手に持ちそのまま去っていった。
ヒラヒラと揺れる手袋と弾むようにサイドテールを揺らす45の背中を見送った指揮官は、覆い隠していた自分の右手を退けて、針で刺されたような鋭い痛みを発する左手の有様を目にする。
「あっ……」
そこには、サイズの合わない指輪を嵌め続けたように真っ赤になってく、痛々しい左手薬指の姿があった。