All I need is your love 作:なぁのいも
家族の証とは何だろうか?法的な決まり?それとも目に見えない繋がり、或いは――UMP9が照明に向かって翳して光冠を発している指輪の事だろうか?
確かに、それは家族の証と言えるだろう。指揮官から贈られる特別な物資。戦術人形では正規の方法で手に入れることが不可能な特殊な装備。指揮官から贈られる最大の贈り物。
そして、同時にこれは指揮官からの証明だ。自分はグリフィンのものでも、所属している組織のものでも無く、指揮官だけのものになったと言う証明。特別な存在になったとことを裏付ける物的証拠。そう、この誓約の証である指輪であれば、家族の証と言えるだろう。
少なくとも戦術人形や人間達ならそうやって広言することだろう。これ以上に家族の証となるものなど存在しないという事だろう。
だが――9は違った。指輪なんて言うちっぽけな金属の塊を家族の証であると、指揮官と自分の特別な関係であるという証明代わりにするのは、亀裂の入った硝子細工のように頼りなく信頼に欠けるものだと考えていた。
それは9の態度を見れば明らかだ。彼女は左手薬指に嵌まった指輪を外すと、親指で弾いて遊び始めたのだから。まるでコイントトスに使われるコインの様に空中をかき回す誓約の指輪。大切に扱っていると言うのなら、特殊な思考と嗜好はあるかもしれないが404の中でも比較的社交的で温厚な性格の彼女が、果たしてこんな雑な扱いをするだろうか?
そんな9の様子を傍らで見守っていた、指揮官も思わず苦笑を浮かべる。特殊な光景ではあるが指揮官にとっては見慣れたもので、無くさないでくれよ?と今では一言言うだけに止まるようになった。
そんな指揮官の心情は今の9にとっては残念ながら興味がないこと。9は手に収まった指輪をまた親指に乗せて、勢いよく宙へと放り出す出す。天へと向かうエネルギーが無くなり、重力に引かれた指輪を両手で合掌するように受け止めて、片方の手の中に指輪を押し込めて瞬時に離す。
そして、首をかしげて指揮官に問いかける。
どっちの手に指輪があるでしょうか?と可愛らしい仕草と視線で。
指揮官が顎に手を置いて暫し考えた後、彼女の左手を指さす。
9は一度口元を緩めると、両手を返して中身を見せる。彼女の指輪が収まっていたのは左手、指揮官の予想通り。9は指輪を親指で押さえながら拍手をする。当てた事を賞賛するのでは無く、当てた事に感謝するように。
そんな彼女に照れくさそうにはにかむ指揮官。
拍手をしながら彼の表情に目を奪われてた9。彼女の視線がはにかむ指揮官から逸れていくと、彼の首に付けられた傷を隠すガーゼへと移る。
9は指輪を家族の証だとは信じていない。それは繋がりを信じているから?違う。それとも法を、ルールを、人形らしく定められたことが事が全てであると、回路の奥底に感じているから?それも違う。
もっと単純な話。彼女はそれ以上に信じられるものを知っているから。
それは――傷。9が指揮官へとつけた傷達。それが9にとっての深く信頼できる『家族の証』であった。
服を着ている今はわからないが指揮官の身体には無数の傷がついてる。深く肉を抉られたような傷から、ちょっとした切り傷まで大小様々な傷が。
その傷をつけたのは何を隠そう9だ。だから、彼の身体について知っている。
が、それらはわざと付けられたものでは無い。いや、最初はわざとでは無かったが、段々とわざとになってしまったと言った方が正しいか。
9と指揮官が初めて交わったとき、9は衝撃のあまり指揮官に抱きつき、耐えるように彼の背中に爪を立ててしまった。
それが肉を抉る深い傷となり、治癒しても肉が盛り上がる結果となって残っている。彼の血がこびりついた自分の爪、震える手の感覚を今さっき体験したように9は思い出すことが出来る位に、彼女にとって衝撃的なことだった。
それを見た9は指揮官に何度も何度も謝ったが、指揮官はそのたびに許した。それが、9の中で喜びへと変換されてしまったのだ。
傷一つ無かった指揮官の肌に目立つ傷が残った。それを許してくれた。
傷をつけたら誰だって怒ったり多少なりとも不満を抱くものだろう。しかし、指揮官はそういった感情を全く抱かなかった。許したのだ。自分と9は『家族』なんだからと。
9は目覚めた。目覚めてしまった。どんなに傷つき合っても許し合うのが家族なのだと。
目立つ傷が無かった彼の肌に傷をつけても許されるのが家族の証なのだと。
それ以来、9は交わりに乗じて彼の身体に傷を残すようになった。
服の下に隠れて居る無数の傷、それが家族の証であるのだと、9は信奉してしまったのだ。自分のつけた傷、どこにどんな傷があるのか9は完全に記録しているくらいに。
今回の傷跡は失敗してしまった。余裕が無くて指揮官の首に付けてしまった。申し訳なさは多少はあるが、それ以上に喜びが勝っていた。
だって、あのガーゼが剥がれたら、きっと『家族の証』が露わになるだろうから。剥がれた瞬間に、皆にこういえるのだから。『自分と指揮官は家族だ』と胸を張って。
9は指揮官の胸に寄りかかる。甘える子犬の様に。
「ねぇ、指揮官。私達は家族だよね?」
指揮官は甘える子犬の顔を、彼女の右目についた傷跡も撫でながらよく通る声で答える。
「そうだよ。俺達は家族だ」
9は満足そうに鼻を鳴らすと彼の肩に手を置いて目線を合わせる。自分の爪痕だらけの彼の肩を愛おしそうに撫でる9。彼女は甘える子犬の様な蕩けた紅玉を、獲物を見つけたオオカミのように鋭く光らせると、彼の肩に置いた両手に強く力を込めながら、彼へと口づけを捧げた