ポケットモンスター -Hello My Dream- 作:PrimeBlue
「お疲れ、みんな! 待ちくたびれたぞ!」
「ゲンゲン~!」
「タケシ、それにゲンガーも!」
雪も止み、やっとの思いで頂上に辿り着くと、ナオト達の到着を待っていたタケシが出迎えてくれた。傍にはエプロンを着たナオトのゲンガーもいる。
「寒かったろう? シチューを作っておいたから、みんなで食べてあったまろう。ダ、ダンさんもご一緒にどうですか?」
「ありがとう、タケシ君! お言葉に甘えてご馳走になるよ」
タケシは寒い中登山してきたナオト達を気遣ってか、山小屋でシチューを作って待っていてくれたのだ。接し辛いであろうダンにも勧める辺り、タケシ自身もトラウマを克服しようと頑張っているようである。
「それじゃあ、ジム戦は食事を終えてからにしようか」
「分かりました」
山小屋に入り、暖を取りながらシチューを頂くナオト達。
タケシのシチューは絶品で、冷えた身体を心地よく温めてくれた。
「いやあ、本当に美味しいよ! これだけ料理が上手いと、タケシ君は女性にモテモテだろうね!」
「は、はは。いや、ははは……」
手放しで褒めるダンに、対するタケシは苦笑い。
「ダンさんに褒められても素直に喜べないわよね~。あむっ」
小声でツッコミながら、フルーラはゲンガーの作ったデザートのアップルパイを口に含む。
「~ッ! 美味しい! ゲンガーってホントにスイーツ作るのが上手よね!」
「ゲンゲン♪」
その美味しさにほっぺに手を当てて舌鼓を打つフルーラ。ピンカン島でもそうだったが、ゲンガーの料理の腕も相当なものだ。スイーツしか作れないらしいが、それでも大したものである。
ナオトも小さい頃からゲンガーが作ってくれるスイーツをアイと一緒に味わってきた。だからこそ、フルーラが美味しそうに食べているのを見てナオトは自分のことのように嬉しい気持ちになるのであった。
いい感じに身体が温まってきたところで、ネーブルジムでの試合が開始される。
ネーブルジムでは、ナツカンジム同様三回の勝負を行うらしい。その内、二回勝利することでバッジを獲得できるのだ。
「一戦目は、そこから吹き出る間欠泉をどちらが先に凍らせることができるかを競うんだ」
「つまり、こおりタイプの技で勝負するってことですね」
「その通り。僕はこの子で勝負するよ。出番だ、ニドクイン!」
「ニドォ!」
投げられたモンスターボールから水色の鱗をした1メートル弱のポケモンが現れ、雪原に降り立った。
額の角が特徴的なドリルポケモンのニドクイン。ダイダイ島で窮地を救ってくれたポケモンだ。
「僕はコイツで行きます。出てこい、イワーク!」
「グオオッ」
対する挑戦者のナオトが選んだのは、イワーク。いや、ただのイワークではない。
ボールから現れたその輝く巨躯を見て、ダンは驚きの声を上げた。
「これはもしかして、噂に聞くクリスタルのイワークかい!? 驚いたな……まさか君がゲットしていたとは」
「まあ、ゲットしたくてしたわけじゃないんですけどね……」
苦笑いしながらナオトは目の前のクリスタルのイワークを見上げる。今のナオトの手持ちでこおりタイプ技を使えるのはこのポケモンだけ。こおり・じめんタイプであるクリスタルのイワークはれいとうビームが使えるのである。
「それじゃあ、自分が審判をしましょう」
「うん。頼むよ、タケシ君」
ポケモンが決まったところで、お互いが配置につく。審判はタケシが務める。元ジムリーダーなので公正な判断を下してくれるだろう。
それぞれの間欠泉から熱湯が同時に吹き出た瞬間が、スタートだ。
ナオトのイワーク、ダンのニドクインがいつでもれいとうビームを放てる体勢を取る。
凍えるような寒風が肌を刺す中、誰も言葉を発さずに間欠泉から沸き立つ湯気を見つめ続ける。そのまま、十秒、また十秒と時が過ぎていった。
「ミャ」
その時、アイの耳がピクリと動いた。
瞬間、二つの間欠泉から熱湯が勢い良く吹き出る!
「「れいとうビームだ!」」
ほぼ同時にれいとうビームの指示を出すナオトとダン。
イワークとニドクインの口から凄まじい冷気を纏った光線が放出され、熱湯にぶち当たった!
放たれた冷気は吹き出た熱湯を着々と冷やしていく。しかし、ニドクインのれいとうビームの方が冷却力が強いのか、ダンの方の熱湯が徐々に凍りつき始める。
対して、ナオトの方の熱湯は全く凍り始める様子を見せない。
「ちょっとナオト! このままじゃ負けちゃうわよ!」
「…………」
それを見たフルーラが慌てて急かすように叫ぶ。それでも、ナオトは焦りの顔を見せない。
「ニドオォォ」
「いいぞ、ニドクイン! その調子だ!」
ダンのニドクインは熱湯をどんどん凍結させていく。既に熱湯の半分以上が凍りつき、もはやこの勝負はダンの勝ちかと思われた。
「──イワーク! そのままアイアンテール!」
刹那、ナオトがイワークにれいとうビームを維持したままアイアンテールをするよう指示した。
何のつもりかとナオト以外の誰もが思う中、イワークがビームを放ちながら熱湯に近づき、その尻尾を湯に叩きつけた。
すると、驚くことに熱湯が一瞬にして完全に凍結したのだ!
「そ、そこまで! 勝者、ナオト!」
「ええ!?」
訳も分からない内に勝負が決まって困惑を隠せないフルーラ。無理もない。負けるかと思われたところを一瞬で巻き返したのだから。
「まいったよ。わざとイワークのれいとうビームの出力を抑えていたんだね?」
「はい。正直上手く行くか不安でしたけど、イワークが器用で良かったです。よくやったな、イワーク」
「グオオ」
何やら訳知り顔で意思疎通できているダンとナオト。フルーラは慌てて隣にいるタケシの方を振り返った。
「え、何がどういうことなの? タケシ君分かる?」
「ああ。液体が固体になるには切っ掛けとなるエネルギーが必要になるんだ。でも、ゆっくり冷却されていくとそのエネルギーが得られずに温度がマイナスになっても凍結しないままになることがある。これを過冷却といって、その状態の液体に刺激を加えると今みたいに急速に結晶化するんだよ」
「??? と、とりあえず勝ったってことは分かったわ」
思わぬ方法で見事に逆転されたダン。
この勝利は、クリスタルのイワークが長く生きた中で培ってきた匠の技のおかげだろう。
さて、次の勝負はこの出来上がった氷塊を削ってソリの形に加工すること。先に加工し終えた方が勝ちとなる。
「加工にはポケモンを三匹選んで作業に取り組んでもらう。僕はニドクインに加えて、この二匹だ。出ておいで、ゴーリキー! ストライク!」
「リキィ!」「ストライッ!」
投げられた二つのモンスターボールから筋肉隆々のポケモンと両腕に鎌を携えた緑色のポケモンが姿を現す。
前者はクルーズ船でアズミが連れていたかいりきポケモンのゴーリキー。後者はかまきりポケモンのストライクだ。ゴーリキーの怪力とストライクのあの鎌はソリの加工に打ってつけである。
「僕はこの三匹だ。アイ! それに……出てこい! コイキング、ブースター!」
「ミャア!」「ココッ」「ブスタァ!」
対するナオトはクリスタルのイワークを戻してアイを呼び、さらに手持ちのモンスターボールからブースターとコイキングを繰り出した。
「ブ、ブースターは分かるけど、コイキングは大丈夫なの?」
「……正直、分からない。でも他にいないんだよ」
フルーラの心配する声に、ナオトも不安の混じった表情で返す。
イワークは巨体過ぎるし覚えている技は加工に向いていない。ゲンガーもシャドーボールやきあいパンチが使えるが、どちらも氷塊を派手に破壊しかねない。特にきあいパンチはスピード勝負には不向きだ。
「ナオト。そういえばもう一匹は? 私まだ見たことないわよね?」
「え? あ、いや、アイツは……」
ナオトのベルトのホルダーに取りつけられたモンスターボール。その内の一つは、彼がオレンジ諸島に来てから一度もその蓋を開けていない。気になったフルーラが聞いてみたが、彼は答え辛そうに口を濁した。
「ナオト君。そろそろ始めようか」
「あ、はい!」
そこへダンが声をかけ、ナオトはこれ幸いとばかりに話を中断してしまう。フルーラはそんな彼の態度に首を傾げながらも、審判のタケシの隣に戻っていった。
「それじゃあ、よーい……スタート!」
タケシの合図と共に勝負がスタートする。
「ブースター、かえんほうしゃ! アイはみだれひっかき! コイキングはたいあたりだ!」
「ブァ!」「ミャ!」「コココッ!」
ナオトは三匹のポケモンにそれぞれ指示を出した。
粗彫りする部分はブースターのかえんほうしゃで溶かしていき、細かい部分はアイがみだれひっかきで削っていく。そして、コイキングがたいあたりで形を整えるといった手順だ。
「コッ!?」
だが、加工し始めてすぐにアクシデントが起きてしまった。たいあたりをぶつけようとしたコイキングが氷に貼り付いてしまったのだ。さすがのコイキングもいつものボケ面から焦った顔に変わり、ビチビチと身体を動かして必死に氷から剥がれようとしている。
「ミャ、ミャア!」
アイが慌ててコイキングを引き剥がそうとするが、鱗ごと剥がれそうで上手くいかない。ブースターの炎で張り付いた所の氷を溶かそうにもコイキングごと焼きかねない。かと言って、周りから溶かしていくとなると時間がかかってしまう。
「ブースター! 時間は気にするな。コイキングを焼かないように気をつけて氷を溶かすんだ!」
「ブッ!」
しかし、ナオトはコイキングが無理やり引き剥がそうとせず、ブースターの炎で時間をかけて氷を溶かすことにした。
「ナオト……」
この状況ではフルーラも文句は言えない。勝負を捨てたことになるが、コイキングのことを考えないような手段を得らればトレーナー失格だ。
「そこまで! この勝負、ダンさんの勝ちだ!」
「ストライクッ!」「ゴーリキィ!」「ニドォ!」
「よおし! よくやったぞ、みんな!」
そうこうしている内に、ダンのポケモン達はソリを作り終えてしまった。
「これに勝てばバッジゲットだったけど……しょうがないわよね。みんなお疲れ様」
「ミャウ」「ブゥ」
「コ……」
「そんな顔するなよコイキング。お前のせいじゃないさ」
ようやく氷から剥がれることができたコイキングはいつもボケッとさせた顔を申し訳無さそうに歪めていたが、ナオトは首を横に振って励ました。
別のポケモンを選べば良かったとは言わない。ブースターの炎で表面を溶かしてからたいあたりさせれば、張りつくようなことはなかったはずだ。敗因はトレーナーの指示ミスにある。
遅れてナオト達もソリを作り終え、次で最後の勝負となった。
最後の勝負は出来上がったソリに乗って、苦労して登ってきたこの山を滑り降りるというものだ。なお、その間相手を妨害するような行為は禁止。降りる方向は登る時は反対となる山の裏側で、そちらの麓は海岸となっている。
「この山を滑り降りるのか……」
ナオトはゴクリと生唾を飲み込む。ソリということである程度予想はできたが、実際やれと言われると尻込みしてしまう。
この急斜面、相当なスピードが出るのは確実。それに加えて、ナツカンジムでの水上レースは障害物などなかったがこちらはそうではない。あちらこちらに岩などが転がっている。一瞬の判断を誤ればドカンとぶつかって終わりだ。
「最後の勝負は、二回戦目と同じく三匹のポケモンと一緒にソリに乗るんだ。僕が選んだのはストライク、それにマルマインとイシツブテだ」
「ストラッ!」「マルッ!」「ラッシャイ!」
「よし。アイ、ゲンガー、ブースター。頼んだぞ!」
「ミャア!」「ゲンガァ!」「ブゥス!」
山を登り始める時と同じように青い顔をしているナオトを見て、フルーラがからかい半分の気持ちで駆け寄る。
「ねぇ、私も一緒に乗ったげよっか?」
「……いや、大丈夫。絶対勝つから、麓で待っててくれ。フルーラ」
そう返して、ナオトはアイ達と一緒にソリへ乗り込む。思わぬ返事に不覚にもドキッとしたフルーラは少しばかり赤面してしまう。
「な、何よ。ナオトのくせに……」
「ナオトも男だからな。女の子の世話になってばかりは嫌なんだろう。さあ、俺達はロープウェイで先に麓に降りていよう」
唇を尖らせるフルーラ。そんな彼女の肩に手を置いて、タケシがロープウェイ乗り場へと促した。
フルーラは渋々頷いて返す。次いで、肩に置かれたタケシの手を払った。
「タケシ君。それセクハラ」
「ええ……」
──3、2、1、GO!!
スタートの合図となるシグナルランプが点灯し、二つのソリが同時に雪の降り積もった傾斜を下り始めた。
その様子を、ロープウェイに乗ったフルーラとタケシが上から眺めている。
「ホントに勝てるのかしら。ナオト……」
不安げに呟くフルーラ。それを聞いたタケシは冷静にこの勝負を分析する。
「下り坂を滑走する場合、総重量の大きい方がスピードが出やすい。急なターンが必要ならまだしも、コースの前半は障害物を避けるための進路変更を除けばほぼ一直線。その点から考えると、ナオトは圧倒的に不利だろうな」
そう。ダンの選んだポケモンとナオトの選んだポケモンとでは、明らかに重量に差があるのだ。
ストライク、マルマイン、イシツブテの平均体重から換算すると、ダン側のポケモンの総重量は約142キロほど。対してナオト側、アイ、ゲンガー、ブースターの総重量は約78キロだ。ほぼ半分に近い差である。
もっと重いポケモンを選べば良かったかと言えばそうだが、イワークのような巨大なポケモンをソリに乗せることはできない。体重がアイ以下のコイキングは論外だし、ナオトには他に選択肢がなかったのだ。
「そんなっ……」
「だが、ナオトもそれは分かっているはずだ。何か打開策を考えていると信じよう」
そう言って、タケシはフルーラと同じようにロープウェイの窓から山を滑り下りる二つのソリを見守るのであった。
タケシの予測通り、スタートしてからナオトのソリは上手い具合にスピードが乗らず、どんどんダンに距離を離されていっていた。
少し振り返ってそれを確認したダンは、有利な状況を申し訳なく思いつつも自分の勝利を推定する。
(だが、勝負は最後まで分からない)
そう、前回の挑戦者であるサトシは同じ状況であっても勝利してみせた。
今回の挑戦者もそうならば、果たしてどんな方法で逆転してみせるのか? ダンは無意識の内にそれに期待していた。
「……そろそろ始めるか。ブースター!」
「ブスタァ!」
胸にアイを抱いたナオトは遠ざかっていくダン達のソリを見て、後ろに控えているブースターに合図した。
合図を受けて、ブースターがナオトの背を飛び越えてソリの先端に立つ。そして、前方の積雪へ向けて火力を控えたかえんほうしゃを放った。すると、徐々にナオト達の乗るソリの滑走速度が増していったのである。
「あれは……雪の表面をシャーベット状に溶かしてソリと雪の摩擦を減らしているのか!」
その様子を見たダンは、すぐにナオトのしたことを理解した。やはり策を考えていたなと感心の笑みを浮かべる。ダンとてジムリーダー。ナオトをひと目見た時から頼りなさげであるがただのトレーナーではないと思っていた。
だが、確かに速度は上がったがダンのソリには未だ追いつけていない。このままではダンの勝利は変わらぬままであろう。
(さあ、次はどんな手で来るんだ? ナオト君!)
「ストライク! 右だ!」
「ストライッ!」
期待した目線を送りながら、ダンは前方に迫った障害物──雪に覆われた岩を避けるためにストライクへ指示を出し、その鎌を使って右へと進路変更させる。
「このまま突っ込むぞ!」
「ミャウ!「ゲン!」「ブスタァ!」
だが、それを追うナオトはあろうことか進路変更の指示を出さず、そのまま障害物目掛けて突っ込もうとしているはないか!
自分の肩越しにそれを見て「危ない!」と思ったダンであったが、ナオトの顔に焦りの色はない。
「ゲンガー! シャドーボール!」
「ガァ!」
ナオトは目前に迫る障害物へ向けてシャドーボールを放つようゲンガーに指示した。
予め準備していたのか、ゲンガーは予備動作もなしにその両手から黒い影の塊を飛ばす。障害物を木っ端微塵に粉砕した。
ナオト達のソリは巻き上がった雪煙を突き抜け、障害物を壊して出来た段差を利用して宙に飛び出し滑空する。そして、着地。ここで見事にダン達の乗るソリに並ぶことに成功した。
「まさか、強行突破して来るとはね!」
「この重量差で追いつくには、 これくらいの多少の無茶は必要ですから!」
ダンの言葉にナオトは額に汗を垂らしながら返す。
今のは自分のポケモンの実力を信じてこそできる技だ。やはり彼は素人のトレーナーではない。それを再確認して、ダンは嬉しそうに笑みを浮かべた。
ダンはこれまでになく勝負を楽しんでいた。なぜなら、このソリ勝負でここまでポケモンの技を巧みに扱って不利な状況を覆すトレーナーは今までにいなかったからだ。使ったとしても、精々が進路変更のためだけ。ナオトの作戦はまさにこの勝負において最も奇天烈かつ理想的なスタイルであった。
ならばと、ダンも目つきを真剣な物へと変える。
丁度コースは雪が途絶え、むき出しの岩が進路の邪魔をする荒れた傾斜へと移った。ここからは急なカーブを要するくねり道が続く。加えて荒れ地のため、先ほどとは打って変わってソリの振動が大きくなる。上手く制御できないせいか、横を走るナオトは顎を引いて必死にソリから放り出されないようにしている。
片や、ダンはこの荒れ地による揺れも慣れた様子。そして、今まで進路変更しか指示していなかったストライクに初めて技を指示した。
「ストライク! しんくうはだ!」
「ストラァアイッ!」
指示を受けたストライクは背後を振り返った。そして、両手の鎌を大きく振り上げ、クロスさせる形で勢いよく振り下ろす。それによって生じた真空の波の反動がダン達の乗るソリを後押しし、速度を上昇させた。
「マルマイン、シグナルビーム! イシツブテは方向転換だ!」
「マァル!」「ラッシャッ!」
さらに進路を妨害する岩の障害物をマルマインのシグナルビームで破壊し、カーブではストライクに変わってイシツブテが拳を使ってソリの方向を曲げる。
再びダンに距離を空けられてしまうナオト。ここまで、ダンはあえてポケモンの技を使わずにいたのだ。
「ッ! ゲンガーはそのままシャドーボールで障害物を対処! アイはじんつうりきでカーブに対応! ブースターは後ろにかえんほうしゃだ!」
「ゲンゲラッ!」「ミャウ!」「ブスァ!」
ダンが本気を出してきたことに対して焦らず、舌を噛みそうになりながらもポケモン達に指示を出すナオト。アイのじんつうりきでソリの方向を変えてカーブを曲がり、そして今度はブースターに後方へ向けてかえんほうしゃを放たせる。
ブースターのかえんほうしゃは、彼自身の火炎袋から喉を通って吐き出される。それがノズルの役割を果たし、ナオト達のソリはロケットエンジンのような推力を得た。それによって、空けられた距離が徐々に縮んでいく。
(さすがだ! ナオト君!)
ダンは負けじと喰らいついてくるナオトにジムリーダーとして──いや、トレーナーとしての心の高ぶりを感じていた。そして、無意識の内に背後に目線を送る頻度が多くなる。
故に、前方の確認が疎かになってしまっていた。
目線を前に戻した時には、既に目の前にまで障害物が迫っていたのだ。マルマインのシグナルビームは間に合わない。咄嗟にイシツブテに指示を出して曲がろうとするが、曲がり切れず衝突。宙に投げ出されてしまう。
「うわあぁッ!」
ジムリーダーとなってから初めてここまで勝負に熱くなれたことに舞い上がって、あるまじき失敗をしてしまった。
一緒に乗っていたポケモン達と挑戦者であるナオトに申し訳ないと心の中で謝り、これから身体を襲うであろう衝撃に身構える。
「アイ! じんつうりきだ!」
「ミャウ!」
──しかし、それは来なかった。
ナオトがアイにじんつうりきを指示して、ダンとポケモン達を助けたのだ。
黄色い光に包まれたダン達は、ゆっくりと地面に下ろされる。そこへ、ソリを止めたナオトが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫。ありがとう」
尻もちを突いた状態のまま、ナオトに礼を言うダン。しかし、その表情は暗い。爽やかさに陰りが差していた。
こうなってしまってはもう勝負は決まったものだ。外部からの妨害ならまだしも、自らのミスでソリから放り出されてしまったのだから。
「すまない、ナオト君。こんな形で終わらせてしまって……この勝負は君の──」
「……いや、ダンさん。最後までやりましょう」
「え?」
ところが、ナオトはそんなダンに試合の続行を申し出た。驚くダンにナオトは右手を差し出しながら続ける。
「最初の登山で、僕もフルーラに助けてもらいましたから。これでお相子です」
その言葉にダンは一瞬呆けてしまうが、フッといつもの爽やかな笑みを返し、差し出されたナオトの手を握り返したのだった。
そして、再度ソリに乗ってスタンバイするナオトとダン。
雲に隠れた太陽が顔を出したその時を合図に、一斉にスタートする。
「「──GO!」」
ダンも今度はよそ見をするなんて真似はしない。もはやレースは佳境。視線の下り坂の先にゴールゲートが見えてきている。
「ストライク! フルパワーでしんくうはだ!」
「ストラアァイッ!!」
指示を受け、ストライクが全力を込めたしんくうはを繰り出す。大きな風切り音と共に振り下ろされる鎌。突風もかくやという凄まじい風の衝撃波が岩つぶてを巻き込みながら放たれた。
ゴール目指してこれまでにない加速を見せるダンのソリ。ラストスパートを仕掛けたのだ。
「ブースター! こっちもかえんほうしゃの出力を上げるぞ! フルパワーだ!」
「ブゥス、タアアァァーー!!」
ナオトもブースターのかえんほうしゃのを最大出力まで上げて猛然とダンの後を追いかける。
それによってこれ以上距離を離されることはなくなったが、このままでは追い抜くことはできない。
一方、ゴールのある麓の海岸でナオト達が来るのを今か今かと待つフルーラとタケシ。
「あっ! 来た!」
丘の向こうからソリの姿が見えてきたところで、フルーラがパッと顔を明るくさせてゴールの傍まで駆け寄る。
しかし、見えてきたそのソリに乗っているのがダンであることが分かると、途端にその顔を歪ませた。
「ちょっと! ナオトは何してるのよ!?」
ダンの後から来るであろうナオトの乗るソリが見えないか、ぴょこぴょこ動き回りながら精一杯背伸びして丘の向こうを凝視している。
「ッ! ナオトだ!」
「え!?」
タケシの声に反応するフルーラ。振り返ってみると、彼はちゃっかり持っていた双眼鏡で丘の向こうを見ていた。
「タケシ君、あんたそんな糸目で見えるわけないでしょ! 貸しなさい!」
「糸目でも見えるぞ! 見えるに決まってるだろ!? いだっ!」
フルーラはタケシから双眼鏡を強引に奪い取り、レンズを覗く。確かにナオトの乗るソリを確認することできた。
双方かなりのスピードが出ているが、ナオトのソリとダンのソリとの間には結構な距離が空いている。この距離を縮めるのは今のままでは難しいだろう。それに、ゴールは目前だ。
「この勝負、もらった!」
ダンが自身の勝利を確信した、その時であった。
「ブースター! フレア、ドライブッ!!」
「ブゥアアァーーッ!!」
ナオトが大声でブースターにフレアドライブの指示を出した。何をトチ狂ったのか、技の発動によって自分達の乗るソリごとブースターの炎に包まれる。
しかし、フレアドライブによる急激な加速が加わり、焼き切れん勢いでナオト達のソリは溶けながらも凄まじい速度で猛突し始めた!
「なんだって!?」
空いた口が塞がらないダン。
すぐ真横を肌を焼きかねん高熱の塊が通り過ぎていく。そのまま、あっという間にナオトのソリはダンのソリを追い抜いていった。
「ゴ、ゴールッ!」
そして、ついにナオト達はゴールした。彼らを迎え入れたゴールゲートはフレアドライブの余波を受けて倒れ、文字通り黒焦げになって煙を上げているナオト達の上に覆い被さる。当然、氷で出来たソリは蒸発して跡形もなくなっていた。
「ナ、ナオト!」
「大丈夫か!?」
「……ケホッ。あ、ああ、なんとか」
「ミャ、ミャア……」「ゲン……」
フルーラとタケシが慌てて駆け寄り、口から黒煙を吐き出して目を回しているナオトとアイ、ゲンガーを助け起こす。ピンピンしているのはブースターただ一匹である。
「ははは……みんな、よく頑張ったな。ありがとう」
「ミャウ!」「ゲンガァ!」「ブゥスッ」
勝利を喜び合うナオトとアイ達。
遅れて、ダンがゲートの倒れたゴールに辿り着いた。
「全く、無茶するなぁ。でも、まさかあんな方法で加速させるなんて思わなかったよ」
少し苦笑いをしつつも、ナオトを称賛するダン。
普通なら叱るべきところなのだろうが、勝負に勝ったことで喜んでいるナオトとポケモン達を見てお互いに信頼し合っての結果なのだと理解すると、水を差すようなことはできなかった。
「お疲れ様、みんな。ほら、じっとしてろ」
「ミャア」「ゲンゲラ」
タケシがアイとゲンガーについた煤を払う横で、ナオトはフルーラの肩を借りてフラフラと起き上がる。ナツカンジムでもそうであったが、試合の度にボロボロになってはいないだろうか?
ダンはそんなナオトに歩み寄り、バッジを差し出す。
「これほど楽しい試合は初めてだったよ。ありがとう、ナオト君。これがネーブルジムで勝利した証、白波貝で出来たシラナミバッジだ。受け取って欲しい」
「は、はい」
震える手でバッジを受け取る。白い扇貝に埋め込まれた緑色の石が勝利を祝うかのようにキラリと光った。
「や、やっ、た……」
「あ! ちょ、ちょっと、ナオト!?」
それを受け取って安心したのか、ふっと目を閉じたナオトの身体から力が抜けていく。急なことで重さに耐え切れなくなったフルーラはナオトを抱えたまま女の子座りの形で尻もちを突いてしまった。自然と膝枕するような形になってしまう二人。
「もうっ! でも……ホントに、お疲れ様」
静かな寝息を立て始めたナオトの青い髪を、フルーラは優しい手つきで撫でるのであった。
ソリでのレース。アニポケではただ「右だ!」「左だ!」的なことしかしてなかったので、もっとポケモンの技を巧みに使ってレースして欲しかった。
今回の内容はその願望を反映させた形になります。
■タケシのシチュー
タケシを見てるとシチューが食べたくなる。
というか、タケシのシチューが食べたい。食べたくない?
■ナオトのゲンガー
親代わりとしてナオトの世話をしている内に、スイーツ作りが上手になった。
いつかパティシエになってみたいという密かな願望を抱いている。
■ナオトのクリスタルのイワーク
覚えている技はれいとうビーム、ロックブラスト、アイアンテール、あなをほる。
なお、この作品でポケモンに覚えさせている技は見栄え重視で戦略など一切考えていない。
■過冷却
作者は文系なのでツッコミはなしの方向で!