ポケットモンスター -Hello My Dream- 作:PrimeBlue
ここからちょっと雲行きが怪しくなってきます。
オレンジリーグへ挑戦するため、島を巡っていたナオト達一行はマンダリン島からの連絡船に乗ってユズ島に近づいていた。
ユズ島はオレンジ諸島最大のマンダリン島に隣接している小島で、三つ目のバッジが手に入るユズジムが運営されているらしい。
「見えたわ! あれがユズ島ね!」
「ミャウ!」
「ああ、でも……」
目線の先に見えてきた島を見て、ナオトが不安げな声を漏らす。
島の正面には、幾つもの高い岩山が突き出ていた。岩の間は流れが激しく、船の進行を阻まんと渦潮ができている。
フルーラの操縦にかかればそれらを避けるのは造作もなさそうであるが、生憎今船を動かしているのは彼女ではない。
「これ、通るの無理じゃないか?」
「いや、ナオト。船着き場は別の場所にあるみたいだぞ。ほら」
タケシに言われて見ると、岩山を迂回した先の峠の向こうに桟橋がチラリと顔を覗かせていた。連絡船はそこへ向かって進み、無事にユズ島に到着する。
「……あっ!」
それを桟橋から眺めていた赤みがかった茶髪の少女。あしかポケモンのパウワウを連れている。
船を降りようとしているナオト達のもとへ、その少女が駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん達、ジムに挑戦しに来たの?」
「ええそうよ。挑戦するのはこっちの頼りなさげなヤツだけどね」
「おい」
ナオトのことを顎で差すフルーラ。それに従ってナオトを見た少女は、フルーラの言う通り見た目強そうなトレーナーに見えなかったのかちょっと期待外れといったような顔になる。
「おーい! マリー!」
そこへ、港の入り口の方から声が聞こえてくる。少女と同じ髪色の青年が、数人の男を連れてやってきた。
「マリー! ダメじゃないか、一人で港に出たら。ほんの少し前に渦潮に飲まれて大変な目にあったのを忘れたのか?」
「お兄ちゃん、でもパウワウも一緒だよ?」
「パウワウが一緒にいて溺れたんだろ?」
どうやら、この二人は兄妹のようだ。
叱りつけられたマリーは、渋々「はーい」と答える。
「よっと……」
「お嬢さん、手を貸しますよ」
「あら、ありがとう」
青年は船を降りようとしているフルーラに手を差し伸べる。彼女は素直に青年の手を借りて桟橋に降り立った。
「初めまして、僕はジギー。サザンクロス南の星、ユズジムのジムリーダーです」
「へえ、あなたがジムリーダーなんだ。私フルーラ。よろしくね」
ジギーと名乗った青年はフルーラの手を握ったままそう自己紹介する。それを見たナオトは少し不機嫌そうに眉を上げた。レディファーストということだろうか。続いて船を降りたナオト達のことは眼中に入っていないようだ。
「私マリー! お兄さん達は?」
「ああ。俺はタケシ。で、こっちはナオトにアイちゃんだ」
「……」「ミャ!」
タケシが気を利かしてナオトとアイのことも紹介してくれる。
幸い、マリーは変な返事の仕方をしたアイに意識が向いていてナオトの態度には気づいてないようだ。
「えっと、ジムに挑戦するのはナオトさんなんだよね?」
「そうだけど」
「お兄ちゃんはとっても強いから多分勝つのは無理だと思うけど、頑張ってね」
そう無邪気に笑って背を向け、兄のもとへと走っていくマリー。
悪気がないのは分かるが、それを気にしないでいられるほど大人じゃないナオトは口を引きつらせている。
「ナオト。今までのジムだって何とかなったんだ。自信を持てよ」
「ミャウ!」
「……ああ」
そんなナオトを見かねたタケシとアイは彼を懸命に励ます。
そこへ、マリーに促されてジムリーダーのジギーがナオトのもとへやってきた。
「さて、今回は君が挑戦者ということだが……ユズジムに挑戦するのであれば、まず技テストを受けてもらおう」
「技テスト?」
「そのテストに合格すらできないのであれば、ジムに挑戦する権利は得られないと思いたまえ」
またネーブルジムのような山登りのようなことをするのだろうか? 不安げに首を傾げるナオト。
いや、技テストというからにはポケモンの技をテストするのであろう。どちらかと言うとナツカンジムの形に近いのかもしれない。
「それじゃあ、テストコースのある場所まで案内しよう。フルーラさん、こちらです」
「ええ」
紳士的な態度でフルーラに向けて言い、歩き始めるジギー。自分の時と全く真逆の態度のジギーに、ナオトは思わず片眉を上げるのであった。
島にうっそうと茂るジャングルの中へと案内されたナオト達。
人工的に整備された道を通って空けた場所に出た彼らを、緩やかに流れる川が出迎えた。川には木製の桟橋が設けられており、モーターボートが一台係留されている。
「このボートに乗って川を進み、途中飛び出してくるターゲットにポケモンの技を命中させ続けることができれば、技テストは合格だ」
「なるほど。分かった」
ネーブルジムでの登山に比べれば簡単なテストだ。ナオトは余裕の態度で答え、桟橋を渡ってボートに乗り込んだ。
「ナオト。あんた落ちないように気をつけなさいよ。泳げないんだから」
「うるさいな。言われなくても分かってるよ」
フルーラの言葉に余計なこと言うなとむくれるナオト。そんな彼を見てフルーラはなぜか愉快そうな顔でほくそ笑んでいる。
彼女があえてナオトを焚きつけようとしていることを察したタケシは、困ったように眉を下げて溜息を吐いた。
アイを含めたナオト達四人、それにジギーと妹のマリーがボートに乗り終えると、ジギーの連れていた弟子の一人が赤い旗を手に持つ。続けて、ジギーがボートのエンジンをかけた。
「技テスト、よーいスタート!」
赤い旗が振られると同時に、波飛沫を立てながら結構なスピードで川を進み始めるボート。
「うわっ、とと……!」
「ミャミャッ」
ターゲットを迎え討つために一人だけ立って身構えていたナオトであったが、初っ端からの急な加速でバランスを崩しそうになる。慌てて足元にいたアイが支えてあげた。
「そんなへっぴり腰じゃ、結果はお察しといったところかな?」
ジギーの煽りを受けてナオトがムッとする中、前方の水面からターゲットが飛び出してきた。ナオトはすぐさまベルトからモンスターボールを取って投げる。
「頼む、ゲンガー! シャドーボールだ!」
「ゲンガァ!」
ボールから出てきたゲンガーは空中に飛び出しながらシャドーボールを放ち、正確にターゲットを撃ち抜いてみせた。
「ゲンゲラゲーンッ!」
そのまま浮遊してナオト達のボートと並走するゲンガー。そうして矢継ぎ早に四方から飛び出してくる幾つものターゲットを危なげなく狙い撃っていく。
「すごーい!」
「やっぱりナオトのポケモンはよく育てられてるな」
「どっちかって言うと、ナオトがゲンガーに育てられたって感じだと思うけど……」
感嘆の声を上げるマリーとタケシ。
一方で、ゲンガーがナオトの育て親代わりだったということを聞いているフルーラは苦笑いを零している。
「なかなかやるようだが──」
ジギーのその言葉を皮切りに、川の底からこれまでにない数のターゲットが一斉に顔を出す。
それらは簡易的な骨組みによってアーチ状に並べられており、さらに奥の方には同じような物がトンネルの如く幾つも続いていた。
「この数のターゲットを漏れなく全て撃ち抜くことができるかな?」
「……問題ないさ。ブースター!」
ナオトはジギーの癪に障る態度に眉間を険しくしながらも、迫るターゲットの群れに対して今度はブースターを繰り出す。
「ブースター、ほのおのうずだ!」
「ブスタァッ!」
指示を受けてほのおのうずを放つブースター。
ブースターの放った炎は龍のようにとぐろを巻き、まるでナオトの苛立ちを乗せたかのような過剰な火力を持って並べられたターゲットの数々を軒並み蒸発させていく。
「熱ッ……」
炎の熱気に当てられて、思わず目を閉じるマリー。そんな彼女の手に風に乗って飛んできた火の粉が零れ落ちる。
「あっ!?」
その手でボートの縁を握っていたマリーは突然の痛みに思わず立ち上がり、それによってバランスを崩して川へと投げ出されてしまった。
川に落ちたマリーは突然のことでパニックに陥ったのか、バシャバシャと水を立てて溺れている様子だ。
「マリーッ!」
「私に任せて!」
ジギーが声を上げ、慌ててボートを止めようとする。
それを待たず、フルーラがボールを投げてシャワーズを出した。次いで服を脱いだフルーラはシャワーズに続く形で自分も川へと飛び込む。
「……お、お姉ちゃ──」
「大丈夫よ、落ち着いて! シャワーズ!」
「シャワッ」
先行したシャワーズが溺れているマリーを下から押し上げ、続いてフルーラがマリーを抱き寄せてその背中を擦ってあげる。
そのおかげでマリーのパニックは徐々に収まり、何とか事なきを得ることができた。
「大丈夫か!?」「ミャウ!」
「ええ。大丈夫よタケシくん、アイちゃん」
「ありがとう、フルーラさん。ひとまず、一旦岸にボートをつけましょう」
「…………」
ジギー達が話を進める中、ナオトは顔を青くして呆然とその様子を見ていた。
フルーラとマリーを乗せ終え、一行は近場の岸に移動してボートから降りる。
シャワーズをボールに戻すフルーラ。その横でジギーはその場に膝を突き、ずぶ濡れの妹の肩に手を置く。
「マリー。怪我はないか?」
「大丈夫だよお兄ちゃん。フルーラお姉ちゃんが助けてくれたから」
心配ないとばかりに笑う妹を見て、ジギーは安堵の溜息を漏らす。
そして立ち上がると、後ろで所在なさげにしているナオトの方を振り返って睨みつけた。
「ターゲットを壊すだけなら、何もあそこまで威力を出さなくても良かったはずだろう?」
「……いや、意識してそうしたわけじゃ」
「なら尚更だ。確かに君のポケモンの技は大したものだが、制御できないようであれば話は別さ。おかげで大事な妹が危ない目に──」
「お兄ちゃん!」
ジギーは言葉を続けようとしたが、マリーに窘められ口を閉じる。
「……まあ、技テストは合格ということにしておいてやろう。この前のトレーナーが連れていたリザードンと違って、一応言うことは聞くみたいだからね」
そう吐き捨てるように言うジギー。
今までで最も嬉しくない合格の言葉だ。ナオトは顔を反らし、苦虫を噛み潰したような顔で俯いている。傍らにいるブースターの機嫌が目に見えて悪くなるが、ゲンガーがそれを制した。
「それで、次は何をするんだ?」
ナオトに代わって、タケシがジギーにそう尋ねる。
「次はバッジをかけたタイプバトルを行う」
「タイプバトル?」
「お互い同じタイプを含むポケモン同士でバトルをするんだ。つまり、相性ではなくそのポケモンの技や作戦で勝敗を決するということさ」
バトルと聞いて、表情がさらに悪くなるナオト。
ナツカンジムでの技を競うスキルバトルと違って、こちらは間違いなく通常のポケモンバトルを行うのだ。
「バトルは明日、一対一の三回戦で執り行う。さあ、使うタイプを選びたまえ」
ジギーがそう聞くが、ナオトは黙ったまま答えない。
「ちょっと、ナオト大丈夫?」
「ミャウ……」
フルーラが問いかけ、隣にいるアイも心配げに彼を見上げている。
「……まあ、今夜までに決めておいてくれれば構わないさ」
見かねたジギーはそう告げ、ナオトから視線を外してフルーラの手を取った。
「フルーラさん。良ければ、これからご一緒にランチなどいかがですか?」
「は?」
「お姉ちゃん! 一緒に食べよう!」
急な誘いに思わず呆気に取られるフルーラ。腕に縋ってきたマリーにもお願いされて困った顔を浮かべている。フルーラはチラリとナオトの方に目線を送るが、彼は俯いたままて何も言わない。
「……まあ、ランチくらいなら」
「良かった! それじゃあ、こちらへどうぞ」
結局、フルーラはジギーとマリーについていってしまった。
本当はナオトの傍にいてあげたいと思っていたが、ビッグシティで放置された件もあって彼に対して素直に接することができなかったのだ。
そのまま、河原にボートと一緒に置いていかれるナオト達。ゲンガーはナオトを心配そうに眺め、ブースターは悔しそうな顔で立ち去っていったジギーを睨んでいる。
「……ナオト。俺達もランチにしようか」
「ミャウ!」
励ますようにそう誘うタケシ。
アイも微妙な空気を吹き飛ばそうと、ナオトの腕を取って笑顔を寄越している。
「ああ……ごめん、二人共」
「何で謝ってるんだ? さあ、行こう」
「ミャ!」
努めて明るく振る舞うタケシとアイ。
ナオトはそんな二人の気遣いに申し訳なく思いつつも、その表情は暗いままであった。
◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓
島の施設、そこの休憩室でタケシの作ったランチを食べるナオト。
いつもなら舌鼓を打っているところだが、今日は味もよく分かっていない様子で黙々と料理を口に運んでいた。
「ナオト、顔色がずっと悪いが……大丈夫か?」
「……え? ああ、大丈夫だよ」
心配げに尋ねるタケシ。
それに対して、ナオトはぎこちなく笑って答えた。
「それじゃあ聞くが、明日のタイプバトルに出すポケモンはもう決まったのか?」
「いや、まだ……」
今ナオトが連れているポケモンはあくタイプのゾロア、ゴースト・どくタイプのゲンガー、みずタイプのコイキング、こおり・じめんタイプのクリスタルのイワーク、そしてほのおタイプのブースター。
全部で五匹。この中からポケモンを三匹選ばなければならない。そして、その選んだポケモンと同じタイプの相手とバトルをすることになるのだ。
相性が良くもなく悪くもない。そういった場合、ジギーの言う通りいつも以上に覚えている技とその使い方が勝負のカギとなる。加えて、選ぶタイプも重要となるだろう。
「お邪魔しまーす!」
そこへ、ナオト達のいる休憩室にマリーが入ってくる。
「アイちゃん! 一緒に遊ぼう!」
「ミャ?」
どうやら彼女はアイのことを同年代の人間の子だと思っているらしい。この島にはマリー以外の女の子がいないし、同年代の子が来るのは本当に久しぶりなのだという。
「ね? アイちゃん!」
「ミャ、ミャウ」
アイの手を取って引っ張るマリー。アイは戸惑ったようにナオトの方を見ている。
「僕のことはいいから、行ってこい。えっと……君も、さっきはごめんな」
「ううん、事故だもん。しょうがないよ! ほら、ナオトさんもああ言ってるし、行こう!」
「……ミャウ!」
そのまま、アイはマリーに引っ張られていった。アイの正体がポケモンだということは一緒に遊んでいる内に分かるだろう。
「タケシ。悪いけど明日のバトルのことを考えたいから、一人にしてもらってもいいか?」
「分かった。それじゃあ俺はランチの後片付けをしてくるよ」
「ああ。ありがとう」
快諾して台所へ向かうタケシを見送る。
緊張を解くように深呼吸したナオトはソファにドサリと身を沈め、思考に集中するのであった。
外へと遊びに出たマリーとアイ。ちなみに、パウワウも一緒だ。
マリーはいくら話しかけても「ミャウ」としか言わないアイに首を傾げていた。
「ねえ、どうして普通に喋らないの? それじゃあポケモンみたいだよ?」
「ミャア……」
アイは困ったように笑うと、ゆっくりと瞼を閉じた。
すると、光と共にその姿が少女から元のゾロアの姿に変化する。
「えっ、えっ?」「パウ?」
「ミャウ!」
目をパチクリとさせるマリーとパウワウ。
一鳴きして今度はマリーの姿に変わってみせるアイ。それはまるで、イリュージョンで化けているというより、身体そのものを変身させているようであった。
目の前に自分が現れて仰天したマリーは「えぇーーっ!?」と驚きの声を上げる。
「すごーい! 色んな姿に変われるんだね!」
「ミャ!」
アイが他の姿に化けることができるポケモンだと知ったマリーは、ますます彼女のことを気に入ったようだ。
「ねえ! わたしの秘密の遊び場を教えてあげる!」
「ミャミャ?」「パウワウ」
再び青い髪の少女の姿に戻ったアイ。秘密の遊び場と聞いて首を傾げている彼女の手を引いて、マリーはパウワウと共に島岸の方へと駆けていった。
連れていかれた先は、岸壁に囲まれた小さな入り江。
その奥の段差のある岩の上には洞窟があった。この洞窟がマリーの秘密の遊び場なのだという。
早速中に入るアイ達。暑い日差しが遮られ汗ばんだ身体をひんやりとした冷気が包む。
「ミャア……」
「おーい! 遊びに来たよー!」「パウワ~」
アイが涼んでいる横で、マリーとパウワウが洞窟の奥の方に向かってそう呼びかける。
何をしてるのかと思っていると、奥からズバットが数匹飛んできた。
「ここに来た時はいつもこのズバット達と一緒に遊んでるんだ!」
「ミャウミャ」
どうやら、マリーの友達みたいだ。大勢のズバット達に迎えられて、マリーとパウワウは楽しそうにしている。
しかし、こんな海岸沿いの洞窟で遊んでいて大丈夫なのだろうか? 潮が満ちたら危ないのでは? ふいに浮かんだ懸念にアイは顔を曇らせる。
それに気づいたのか、マリーが「大丈夫だよ」と答える。
「今日満潮になるのは陽が落ちた頃だし、ここは段差があるおかげで満潮になっても海水が入ってこないの。あっ、こら! くすぐったいよ!」
人馴れしているズバットがマリーにじゃれつく。
ここにナオトがいたらお前そんな技覚えないだろとツッコミを入れているところだろう。
「ミャウ……」
アイは明日のバトルのことについて悩んでいるであろうナオトのことを心配し、洞窟の外に顔を向けるのであった。
◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓
そして、時刻は夕方。
ランチの後、ジギーに連れ回されていたフルーラは彼と別れて施設の廊下を歩いていた。
「あら、タケシくん」
「ん? ああ、フルーラか」
その道中、フルーラは両腕一杯に食材を抱えたタケシと出会った。
「どうしたの? その食材」
「このジムではジギーさんのお弟子さん達が料理を担当しているらしいんだが、今夜はここに世話になるわけだしな。夕飯は俺が担当することになったんだ」
「ふ~ん」
自分で聞いておきながら、何か別のことを気にしているのか話のさほどを聞き流すフルーラ。
そんな彼女の様子にタケシは小さく笑みを浮かべる。
「ナオトだったら、休憩室にいるはずだぞ」
「え? そ、そう。ありがと」
特に聞いたわけでもないのにそう教えてくれるタケシ。
少し面食らいつつも素直にお礼を言うと、タケシは頷いて台所の方へと向かっていった。
「……タケシ君って年上相手じゃなければモテそうなのにね」
そう呟きながらフルーラは廊下を歩き、目的地である休憩室に着く。
「ナオト?」
扉を開けて、ナオトを呼ぶフルーラ。しかし、返事はない。
部屋を見渡してみると、ナオトはソファの肘掛けを枕にして眠っていた。
しめしめとフルーラは寝ているナオトの傍に近寄って、寝顔を盗み見る。
ポケモン達以外にはさほど素っ気ない態度のナオト。そんな彼の無防備な姿を前に、フルーラは言い知れない心地良い気分になる。
「……んっ」
何かイタズラでも仕掛けてみようかと思っていると、物音に反応したのかナオトが小さく呻き声を上げた。身動ぎして、瞼を開ける。
「………………うぁっ!?」
ナオトは寝ぼけた意識のまま自分を見下ろしているフルーラをぼうっと見上げていたかと思えば、突然声を上げてソファから転げ落ちてしまった。
「くっふふ、だ、大丈夫?」
「っつ……それが人を心配する態度かよ」
その様を見て、お腹を抱えて笑うフルーラ。
打った腰をさすりながら、ナオトはソファに座り直す。
「ふふ。だって、あんな綺麗に転がって笑わない方がおかしいわよ」
ひとしきり笑い終えて一息吐いたフルーラはそのまま自然な流れでナオトの隣に座る。ビッグシティで覚えた嫉妬の燻りは笑いと共に綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
「……それで、何か用か?」
不貞腐れた顔で視線を逸らしたまま聞くナオト。
「用がないと来ちゃダメ? 私も疲れたから休憩に来ただけよ。ジギーさんに散々連れ回されちゃったから」
「それは、随分楽しんできたようで」
「……ううん。そうでもなかったわよ?」
皮肉を言うナオトに、フルーラは前を向いたままそう答える。
ナオトは「え?」と思わず彼女の方を振り向いた。
「なんか派手な音楽流してポケモン達と一緒にダンス踊ってたんだけど、私ああいう騒がしいの苦手なのよね」
「そ、そうなのか」
ナオトはフルーラの言葉が意外だったのか、目を丸くしている。てっきりそういうのが好きなのだろうと思っていたからだ。
フルーラはそんなナオトの方へ顔を向け、下から覗き込むようにしたり顔の笑みを寄越す。
「安心した?」
「は? な、何がだよ」
慌てて顔を逸らしてそう返すナオト。その態度を見て、フルーラはまたクスリと笑った。
どうにも最近フルーラと話していると彼女のペースに乗せられてしまいがちだ。それを改めて自覚して、ナオトはますます不貞腐れる。
さすがにイジメすぎたかと、フルーラは話題を変更することにした。
「ねえ、明日のバトルの方は大丈夫なの?」
聞かれたナオトは不機嫌顔から一転、真面目な顔に変わる。
「……一応、バトルに出す三匹のポケモンは選び終えた」
「そうなんだ。あ、そうそう。私、ジギーさんのダンスルームで彼のポケモンを見てきたのよ。なんかここにいるポケモンはみんなダンスを教わってるんだって。参考になると思うから、どんなポケモンがいたか教えたげるわ」
そう言って、フルーラはナオトから借りっぱなしの図鑑をポケットから取り出そうとする。
「いや、いいよ」
しかし、それはナオトに止められてしまった。
「え、どうして?」
「初見のジムに挑戦するにあたって、相手のポケモンを探るのは褒められたことじゃないからな。相手がどんなポケモンで迎え撃ってくるか、それを予想するのもジムバトルの醍醐味なんだよ」
ナオトの言葉に「ふ~ん」と呟きながら、フルーラは首を傾げる。バトルに忌避感を持っている節があったナオトが、話してみれば意外とそうでもない様子であったからだ。
そこへ、ガチャッと休憩室の扉が開く音が二人の耳に届く。
「ふん。一応、トレーナーとしての心構えは持ち合わせているようだね」
「ジギーさん!」
休憩室に入ってきたのはジギーであった。
ナオトの話し声が聞こえていたらしく、歩み寄りながら相変わらずのキザな調子で話す。
「それで、明日のバトルはどのタイプのポケモンで挑むのか決まったかい?」
その問いかけに、ナオトは頷いて答えた。
「ああ。どくタイプ、こおりタイプ、あくタイプで行くよ」
「なるほど。分かった。ところで、フルーラさん。マリーを見かけませんでしたか?」
返答に頷き返すジギー。が、ナオトの選出は大して気にしていなかったのか、すぐにフルーラの方を向いて話題を変えた。
「? いいえ、見てないけど」
「……妹さんなら、ウチのアイと一緒に外へ遊びに行ったよ」
フルーラに向けられた質問に、少々顔を顰めながらもそう教えるナオト。
「そうか。いや、今日は夕方頃から低気圧の影響で嵐が来ると予報されていてね。外へ遊びに行くなら、それまでに帰るよう言いつけておいたんだが……」
その言葉を聞いてナオトとフルーラは顔を見合わせる。
時刻は既に夕方過ぎ。窓を覗くと、確かに空は暗く曇りがかって今にも雨が降り出しそうであった。
一方のアイとマリー。
ズバット達やパウワウと遊んでいた二人は、洞窟の中ということもあってすっかり時間のことを忘れていた。だが、陽が落ちかけて視界が薄暗くなってくるとさすがにもう遅い時間だということに気がついてくる。
「そろそろ帰ろっか?」
「ミャウ」「パウ」
マリーがアイにそう促し、ズバット達にバイバイする。パウワウを連れて、洞窟の外へと出ようとした──その時。
「「────!」」
「「──!」」
「な、何!?」
急にズバット達が一斉にガヤガヤと騒ぎ始めた。
「キャッ!」「ミャッ!?」
一体どうしたんだろうと思っていると、足元が急に冷たくなって二人は短い悲鳴を上げる。
洞窟の中に海水が入ってきたのだ。
マリーが言っていたように、通常この洞窟は満潮になっても海水は入ってこない。しかし、低気圧の影響で高潮になっているとなると話は別であった。
「は、早く出なきゃ!」
「ミャウッ!」「パウ!」
慌てて洞窟を出ようとする二人。
しかし、入り口から襲いかかる波が彼女らの足をさらってしまう。水ポケモンであるパウワウでさえこの波には押し戻されてしまっていた。これでは、洞窟から出ることは叶わない。
「アイちゃん、こっち! パウワウも!」
「ミャ、ミャウ!」
洞窟の中の段差を登り、とにかく海水から逃れようとするアイ達。
一体どうすればいいのか。
南の島に似つかわしくない寒さに震える中、アイはこの場にいないナオト達のことを思い浮かべた。
「遅い……遅すぎる」
陽が落ちても帰ってこないマリーを心配するジギー。
ナオトとフルーラ、そしてタケシとジギーの弟子達も含めて、島にいる全員が施設のロビーに集まっていた。
「……僕、探してくるよ」
同じくアイを心配していたナオトが彼女を探しに出ようとロビーのドアを開ける。
しかし、開けた直後に大雨と強い風がナオトを襲った。予想以上に天気が悪くなっていたのだ。構わずナオトはその中を突っ切ろうとする。
「無茶だナオト!」
「彼の言う通りだ! 戻りたまえ!」
間髪入れずタケシとジギーがナオトを引き戻し、ドアを閉める。
ナオトは二人の腕を振り払い、ジギーを睨む。
「なんで止めるんだ! あんた、妹さんがどうなってもいいのかよ!?」
「そんなわけないだろう!!」
これまでにないくらいの大声で返してきたジギーに、ナオトは目を見開く。
見ると、彼は血が滲むほどにその拳を固く握りしめていた。
「……僕だって今すぐにでもマリーを探しに行きたいさ。だが、こんな大荒れの中を闇雲に探し回っていたら、ミイラ取りがミイラになってしまうだけだ!」
大切な者を助けたい。その気持ちはジギーも同じであった。
そんな彼からそう言われてしまうと、ナオトも言葉を詰まらせてしまう。
『────』
「え?」
そんな緊迫した空気の中、ふいにフルーラが声を漏らした。
「何、これ? 何か聞こえる……」
「フルーラ? どうしたんだ?」
様子のおかしいフルーラにタケシが声をかけるが、聞こえていない様子。
『──たすけ────ナオ──く──』
フルーラの頭の中で、かすかに声が響く。まるで直接頭に語りかけてくるように。
頭の中で反響するその声と同時に、小さな入り江と洞窟の風景が脳裏に映る。
「──ッ! ジギーさん! この島に洞窟ってある!?」
「ど、洞窟? フルーラさん、急にどうしてそんな……」
「いいから! 小さな入り江にある洞窟に心当たりはない!?」
血相を変えたように尋ねるフルーラに、戸惑いながらも手を口に添えて考え始めるジギー。
「……洞窟があったかどうかは分からないですが、確かここから西の海岸沿いに入り江があったと思います。島に移住した頃に散策して見つけた場所なんですが、マリーには危ないからあそこへは近づかないようにと──」
「そこよ! そこにアイちゃん達がいるわ! ナオト、一緒に来て!」
「え? お、おい!」
ジギーの答えを聞くや否や、フルーラは周りが制止する間もなくナオトの手を引っ張って嵐の中へと飛び出していった。
「ナオト! フルーラ!」
「フルーラさん!」
タケシやジギー達は、訳も分からず確信を持って走るフルーラの後を追う。
同じ頃、アイとマリーは打ちつける波と凍えるような寒さに身を震わせていた。
「うっ……ぐすっ……お兄ちゃん……!」
「ミャ、ミャウ……」
既にお腹の辺りまで海水に浸かっており、このままでは低体温症の危険がある。
そんな彼女達を無情にも再び流れ込んできた波が襲う。洞窟という狭い空間に流れ込んでくるために勢いが強く、その度に二人は息も絶え絶えな状態になってしまう。パウワウを挟んで、必死に離れまいとお互いの手を握り合った。
あっという間に肩まで潮位が上がる。水に浸かっていないのは頭だけとなった。
「あ……ああっ! お兄ちゃっ、お兄ちゃあぁーん!!」
マリーは大泣きして兄に助けを求めているが、聞こえるはずもない。水ポケモンといえどまだ幼いらしいパウワウも、恐怖に震えてマリーに抱かれるままになっている。
何とかしなければと、必死に考えるアイ。
「……ミャ!?」
しかし、無駄だと言わんばかりに洞窟を埋め尽くすほどの大きな波がアイ達に襲いかかった。
それはアクアジェットなど生易しい、もはやハイドロカノンと言ってもいい勢いの鉄砲水。
「ミャウッ!」
自分達を喰らわんと迫りくる水の塊に向けて、アイは空いている方の手を前に突き出してじんつうりきを放つ。あくタイプにも関わらずエスパー技を得意としているアイのじんつうりきは波の勢いを押し止める。
が、それも僅かな時間だけ。冷たい海水がアイの体力を根こそぎ奪っていたために、本来の力の半分も出せていないのだ。
「ミャ、アッ!?」
抵抗虚しくさらなる波の追撃を受け、アイのじんつうりきが破られた。そして、分厚い水の壁が彼女らに覆い被さる。
身体の自由を奪われ、勢いのまま流されるアイ達。視界もなく前後左右の区別もつかないほどもみくちゃにされる中、アイは自分がマリーの手をしっかりと握っていることを確かめた。
「────ッ!」
無我夢中で自分の中の力を解き放つアイ。
瞬間、彼女らを眩い光が包み込んだ────
ナオト達は豪雨でずぶ濡れになりながらも、島の西側──切り立った海岸に辿り着いた。
そこは、先ほどジギーが言った入り江を見下ろせる場所であった。だが、満潮に高潮が重なって入り江は既に影も形もなくなっている。
「アイちゃーん! マリーちゃーん!」
フルーラが大声でアイとマリーのことを呼ぶ。しかし、返事はない。
「フルーラさん、本当にここにマリー達がいるんですか?」
「いるわ! ……何でか分かんないけど、そんな気がするのよ」
「……僕も、ここに来て分かった。なんとなくだけど、確かにここにアイ達がいる」
半信半疑のジギーに対して、ナオトはフルーラの言葉を信じているようだ。
しかし、仮にいたとしても、この状況ではもはや手遅れである。それは目の前の光景を見て皆が察していることであり、ジギーの弟子達の間では沈痛な空気が漂っていた。
「……!? ナオト、フルーラ! あれを見ろ!」
周りを見渡していたタケシがふいに何かを見つけ、声を上げる。
彼の差した方向に目をやると、この嵐の中をズバットが数匹飛んでいるのが見えた。気になったナオト達は彼らが飛んでいる場所──岬の方へと走っていく。
「アイ!」「アイちゃん!」
「マリー!」
そこには、アイとマリーがパウワウを下敷きにうつ伏せになって倒れていた。
慌ててナオトがアイを、ジギーがマリーを助け起こす。
「んっ……お、お兄、ちゃん?」
「……パウ?」
「ああ、マリー! パウワウも! 無事で本当に良かった!」
先にマリーとパウワウが目を覚まし、感極まったジギーが彼女を抱きしめた。
マリーはなぜ洞窟にいた自分がこんな場所で倒れていたのか分からず、困惑した表情を見せている。
「アイ! 大丈夫か!?」
「アイちゃん! しっかり!」
「二人共、無闇に揺らしたら駄目だ!」
一方、目を覚まさないアイをナオトとフルーラが懸命に声をかけてその幼い体を揺する。そんな彼らをタケシが冷静に制した。
「…………ミャ、ウ?」
「アイ!」
そして、ようやくアイが目を覚ます。
ナオトが呼びかけると、アイは弱々しいながらも笑顔を見せるのであった。
次回、ジムバトルになります。
■ジギー
ユズジムのジムリーダー。少年の弟子を数人抱えている。
アニメ本編では溺れている妹を助けてくれたカスミに惚れ、積極的にアプローチを仕掛けていた。
気に入った女性には紳士的だが、男に対しては人を食ったような態度が目立つ。
なお、声は某サイヤ人の王子。西の高校生探偵でも可。
■マリー
ジギーの妹。
アニメ本編と今回の話で合計三回溺れている。正直ごめん。
■アイ
エスパー系の技が得意なことに加え、テレパシーのような能力も持っている。
映画でもゾロアがテレパシーを使っていたのでそれ自体は不思議ではないかもしれないが……?
■フルーラ
なぜかナオトよりも先にアイのテレパシーを受信した。
エスパー波を受信しやすい体質なのか、それとも……?