ポケットモンスター -Hello My Dream- 作:PrimeBlue
翌日の朝。
嵐も過ぎた晴天の下、ナオトはジギーとのバトルに向かうため宿泊室で身支度を整えていた。
アイはそれをベッドに座ってぶらぶらと足を振りながら待っている。
「アイ。本当に大丈夫なのか?」
「ミャ!」
昨日大変な目に合ってまだ疲れが残っているであろう彼女を気遣うナオト。
アイはそんな彼を心配させまいと笑顔で頷いた。
これから行うタイプバトルでナオトが選んだタイプはどく、こおり、あく。
その内のあくタイプはゾロア──すなわちアイをバトルに出すつもりであった。しかし、昨日あんなことがあったのでナオトはバトルに出すタイプを変えようとしていたのだ。
だが、アイが自分は大丈夫だと言って聞かないので、結局変えず仕舞いとなったのである。
「……分かった。でも、無理はするなよ?」
「ミャウ!」
ナオトはアイを心配しながらも、これで無理に休ませようとすればアーシア島の時のように機嫌を悪くさせてしまうと危惧し、大人しく彼女の言うことを鵜呑みにして試合に臨むことにした。
それに続くアイの足取りが少しフラついているのにも気づかず。
「あ、ナオト。準備できたの?」
「ああ」
「よし。それじゃあ行くか」
既にロビーで待っていたフルーラとタケシと落ち合い、バトル場へと向かう。
ユズジムのバトル場は例の海上から高く突き出た岩山、その中で一番大きい山を整備する形で作られている。
そこへ向かうために架けられた橋の前で、マリーとジギーが弟子達を伴って待ち構えていた。
施設の方からやってくるナオト達を認めたジギーは、挑戦者であるナオトに顔を向ける。
「昨晩は色々あって君にも迷惑をかけたが、だからと言って勝負は勝負。手加減するようなことはないと思いたまえ」
無論、ナオトもそれは承知している。「もちろん」と頷いて答えた。次いで、ジギーはフルーラの方を振り向く。
「フルーラさん達はマリー達と一緒に、気球から観戦していてください」
「分かったわ……ナオト、あんた大丈夫なの?」
「……え? な、何が? アイなら大丈夫だって言ってるぞ」
フルーラが顔色の悪いナオトの顔を覗き込んでそう尋ねるが、彼は分かっているのかいないのか、見当外れな返事をした。もちろん、アイのことも心配なのは確かだが。
「……ううん、大丈夫ならいいわ。頑張ってね」
ここまで来て今更だと思ったのか、フルーラは若干しこりを残したような顔で近くにある気球発着場へと向かっていった。
「ナオト、あまり無理はするなよ」
「あ、ああ」
タケシも心配するような眼差しを向けてナオトにそう言葉を送り、フルーラの後に続いていく。
「……な、何だよ二人して」
「ミャウ」
「何ぼうっと突っ立っているんだ。早く来たまえ」
ジギーに促され、慌ててナオトとアイは橋を渡ってバトル場へと臨んだ。
海を背にバトル場のトレーナーポジションに立ったジギー。
対面に立つナオトを見据え、口を開いた。
「さあ、名乗りを上げたまえ!」
「……ミアレシティのナオト! ユズジムのジムリーダーに試合を申し込む!」
「ふっ、覇気のない声だ……ユズジム・ジムリーダー、サザンクラス南の星、ジギー! 受けて立とう!」
お互い名乗りを上げ終え、ジギーはモンスターボールを手に取る。
「まずはどく系ポケモンで勝負だ! モルフォン、頼むぞ!」
「モルフォーッ!」
投げられたボールから光と共に現れたのは、どくがポケモンのモルフォン。
羽についた鱗粉を散らしながら、嵐の後の雲一つない空をバックにその姿をナオトの前に晒す。
「僕はコイツだ。行け! ゲンガー!」
「ゲンガァ!」
対するナオトは、ゲンガーを戦線に立たせた。
ゲンガーはどくタイプだけでなくゴーストタイプも持ち合わせた複合タイプのポケモン。ジギーのモルフォンも同じく、どく・むしといった複合タイプだ。
「ゴーストタイプではなく、あえてどくタイプを選択したところからして、君が考えなしなトレーナーでないことは分かっていたよ。ゴーストタイプを選んだトレーナーに対して、ウチのジムでは君と同じゲンガーを出すことになっているからね」
ナオトのタイプ選択について言及するジギー。
ここ、カントー地方に生息しているゴーストタイプのポケモンの種類は非常に少ない。ゴース、そしてその進化系であるゴーストとゲンガー、その三匹だけだ。ナオトがあえてゴーストタイプではなくどくタイプを宣言した理由はこれにある。
ジギーが別の地方に生息しているゴーストタイプのポケモンを育てているとは考えにくい以上、高確率で同じポケモンと相対することになってしまう。事実、ゴーストタイプを選んでいればそうなっていた。
ゴーストタイプは同じゴーストタイプの技を弱点としている。同タイプの技は威力が増すという特性上、一瞬の判断ミスが致命的になりかねないのだ。
だが、ゲンガーとその進化前のポケモン以外でどく・ゴーストタイプのポケモンは未だ発見されていない。つまり、それら以外のどくタイプのポケモンであれば、例えゴーストタイプのわざを覚えていたとしてもその威力は脅威ではないということだ。
「しかし、そういった選択を取るトレーナーへの対策がこのモルフォンだ。モルフォン、サイケこうせん!」
先手を打つジギー。
モルフォンは鳴き声を上げ、不思議な色合いの光線を放った。
「避けろ、ゲンガー!」
「ゲンッ!」
空中から放たれた光線を、ゲンガーはナオトの指示に従ってジャンプして避ける。
しかし、ジャンプして避けたのがまずかった。
「しねんのずつき!」
「フオォン!」「ゲッ!?」
滞空しているゲンガーへ向けて、モルフォンのしねんのずつきが襲う。正面からまともに受けたゲンガーは、地面に勢い良く叩きつけられてしまった。
「ゲンガー! くそっ……!」
ゲンガーを心配しつつも、ナオトは思わず心の中で舌打ちをする。
サイケこうせん、しねんのづつき。どちらもどくタイプの弱点であるエスパータイプの技である。やはりあのモルフォン、タイプバトル用に鍛えられているだけあって同じどくタイプに対して優位に立てる技構成をしているようだ。
それでも、エスパータイプのポケモンが放つ物よりも威力は低いはず。
「しっかりしろ! ゲンガー! ……ゲンガー?」
ナオトは倒れているゲンガーに起き上がるよう発破をかけた。
ところが、しねんのずつきを喰らったゲンガーは倒れたままビクビクと手足を震わせている。
まさか、とナオトは顔を歪ませる。
しねんのずつきをぶつけられた相手は、当たりどころによっては身体が怯んで動けなくなってしまうことがあるのだ。
「勝利の女神は僕に微笑んでいるようだな。モルフォン! ねんりき!」
「フォオオ……!」
好機と見たジギーは、モルフォンにねんりきを指示する。
動けないゲンガーは何の抵抗もできずに宙へと浮かび上げられ、不可視の力で拘束されてしまう。
「ゲッ……ゲン……!」
「行け! サイケこうせん!」
「モルフオォー!」
身体の怯みに加え、ねんりきによる相乗ダメージを受けて苦悶の表情を浮かべるゲンガー。
そこへ、再びモルフォンがサイケこうせんを、今度はありったけのエスパーエネルギーをチャージして放つ。
「ゲンガー!」
万事休すといった状況に、ナオトの焦る声が響く。
モルフォンのサイケこうせんがゲンガーに直撃する、その瞬間──
「ゲンゲラッ」
間一髪で身体の怯みが解けたゲンガーはねんりきによる拘束を振り解き、迫る光線を避けることに成功した。
「危なかった……いいぞ! ゲンガー!」
「ふん、少々チャージに時間をかけすぎたか……」
回転しながら地面に着地したゲンガー。
ダメージは受けているが、まだイケそうだ。ナオトは口端を上げ、モルフォンを見上げる。
「今度はこっちの番だ。ゲンガー! ヘドロばくだん!」
「ゲン、ガァー!」
ナオトはゲンガーに指示し、上空にいるモルフォン目掛けてヘドロばくだんを撃ち上げさせる。
「そんな攻撃が当たるか! モルフォン!」
「フォンッ!」
しかし、モルフォンは器用に羽を動かし、軽やかに余裕を持ってそれを避けてみせた。例え当たったとしても、どくタイプ技のヘドロばくだんはモルフォンに対して脅威とはならない。
「今だ! 10まんボルト!」
「ゲラッ!」
だが、ゲンガーの攻撃はここからだ。
ナオトは間髪入れず続いて10まんボルトをゲンガーに放たせる。
「ただの連続攻撃で当たると思ったら大間違いだぞ!」
無駄だとばかりにゲンガーから放たれた電撃を回避するモルフォン。
(……よしっ)
だが、ナオトの狙いはモルフォンではなかった。
ゲンガーの放った10まんボルトはモルフォンの横を通り過ぎ、上空に打ち上げられたヘドロばくだんに命中する。
すると、ヘドロは電撃を浴びたことによって空中で爆発四散した。
「フォッ!?」
「何だと!?」
予想外の攻撃。モルフォンは頭上から降り注ぐヘドロを大量に浴びてしまう。
大したダメージにはなっていないが、顔や羽にかかったヘドロによってモルフォンはまともに飛ぶことができなくなってしまっている。
「くっ、モルフォン! ヘドロを振り払え!」
「させるか! ゲンガー、もう一度10まんボルトだ!」
「ゲンゲラ、ゲーンッ!」
急いでヘドロを振り払おうとしているモルフォンに、ゲンガーの追い打ちの10まんボルトが炸裂する。
「フォフォーーッ!!」
「モ、モルフォン!」
ヘドロを被っていることによって、モルフォンの身体は通常より電気を通しやすくなっていた。そこへまともに10まんボルトを浴びたため、モルフォンは大ダメージを受けてノックダウンしてしまう。
「ああっ! お兄ちゃんのモルフォン、負けちゃった……」
「ふふ、ナオトったらあんなにバトル嫌がってたくせに、結構やれるじゃない。ね、タケシ君! ……タケシ君?」
残念がるマリーの横でフルーラがナオトの勝利を喜ぶ。そして、同じように喜んでるであろうタケシの方を振り返ったが、彼は難しい表情でナオトのことを見つめていた。
「ちょっと、タケシ君ったら!」
「……ん? あ、ああ、そうだな。このまま何事もなく試合が進んでくれればいいんだが」
「? 何言ってんのよ。ナオトならきっと勝つわ。負けたりなんかしたら私が承知しないんだから」
そう言って、再びバトル場を見下ろすフルーラ。
試合に熱中している彼女とは裏腹に、タケシはどうしてだか胸に浮かぶ不安を気にせずにはいられなかった。
「くっ……戻れ、モルフォン!」
地面に落ちたモルフォンをボールに戻すジギー。
「なかなかやるじゃないか。だが、次はこうはいかないぞ。こおり系ポケモン……行け! ルージュラ!」
余裕の態度を崩さないジギーが次に出したのは、ひとがたポケモンのルージュラ。その分類通り、金色の長髪にガングロな肌をした人型のポケモンだ。
いわゆるギャルを思わせるようなその風貌を見て、ナオトは無意識の内に気球から自分達のことを見下ろしているフルーラにチラリと目線を送って考える。
(あいつもどこかしらで選択を違えていたら、あんな感じになってたんだろうか……)
ナオトがそんなことを考えているとは露知らず、当の本人は何よ? とばかりに首を傾げている。
何はともあれ、二本目はこおりタイプ同士のバトルだ。ナオトはゲンガーをボールに戻し、ベルトのホルダーから別のボールを掴み取る。
「頼むぞ、イワーク!」
「イワークだと……?」
ナオトの発言を聞いて、眉をひそめるジギー。
しかし、ボールから出てきたイワークの透き通った輝きを見れば、その表情も驚きに変わった。
「このイワークは……噂に聞くクリスタルの?」
さすがのジギーもその神秘的な姿に見入り、感嘆の声を上げている。だが、すぐに気を取り直してナオトの方を見据え直した。
「なるほど。随分と珍しいポケモンをゲットしたようだが……僕のルージュラも負けてはいない。何しろ、この子はとっておきだからね」
対抗するように言うジギーのその言葉に、ナオトは訝しげに首を傾げる。
ルージュラも確かに珍しい類に入るポケモンだが、とっておきというのはそういう意味でなのだろうか?
「今度は君に先行を譲ろう。さあ、かかってきたまえ」
「……それじゃあ、遠慮なく」
眉を潜めつつも、ナオトはジギーの言葉に甘えることにする。
この勝負に勝てば三試合目をせずにバッジを獲得できるのだ。バトルを開始してから落ち着く様子のない胸の鼓動を早く抑えたいがため、ナオトはそう心の中で意気込む。
「イワーク! ロックブラスト!」
「グオオッ!」
ロックブラスト。いわタイプのこのわざであれば、こおり・エスパータイプのルージュラの弱点を突くことができる。
クリスタルのイワークが何か不思議な力を利用して岩石を宙に生成し、それに頭を叩きつけて弾丸の如く弾き飛ばす。
目にも留まらぬ速さで飛ぶ岩石。棒立ちのルージュラに直撃するのは、火を見るより明らかに思えた。
「ジュラッ♪」
しかし、ルージュラは迫る岩石をさらりと避けてしまった。それを見たナオトは思わず口を開く。
「ふっ……ミュージックスタート!」
ジギーが前髪を手で払ってそう声を上げ、右手の指を鳴らす。
すると、気球に乗って観戦していたジギーの弟子が機材を操作し、バトル場に音楽を流し始めた。
「ジュラ~♪ ジュラ~♪」
「え、ええ……?」
その音楽に合わせて、身体をくねらせ始めるルージュラ。
「くっ……イワーク! 連続でロックブラストだ!」
一体何の真似だ? と思いつつも、ナオトはロックブラストの連射を指示する。
「グオオーッ!」
イワークは一気に岩石を複数生成すると、続け様にルージュラ目掛けて発射させた。
機関銃さながらの勢いで風を切る岩石の嵐が踊るルージュラを襲う。
「ジュッララ~♪」
が、ルージュラはそれらをまるでステップを踏むかのようにしてテンポ良く軽やかに避けてみせた。
彼女の艷やかな長い金髪が華麗に靡く様を見て、ナオトはコンテストバトルでもしているかのような気分になる。
「このジムのポケモンは音楽とダンスを嗜むことで、ポケモン本来の能力をグレードアップさせているんだ。特にこのルージュラはジム一番の踊り手でね。その程度の攻撃を避けることは造作もない」
「は、はあ?」
ナオトはどういう理屈だと困惑に眉をしかめる。
確かにミルタンクに音楽鑑賞を嗜ませるとミルクの出が良くなるという話を聞いたことはあるが、実際にそういったことをバトルに活かしてくるトレーナーを相手にするのはナオトにとって初めてのことであった。
「……なら、当たるようにするまでだ。イワーク! アイアンテールで薙ぎ払え!」
やっかいな動きをするルージュラに対して、今度はアイアンテールを指示するナオト。
指示を受けたイワークは体勢を低くし、バトル場全体を薙ぎ払うようにしてそのクリスタルの尻尾を振るった。こうすれば先ほどのロックブラストの時のようなステップを踏む形での避け方はできない。
「ジュラッ♪」
ナオトの想定通り、ルージュラはイワークのアイアンテールを空中へジャンプすることによって避けた。
一戦目のゲンガーと同じ。跳躍中に攻撃を避けることは困難。
「そこだ! れいとうビーム!」
「グオオーーッ!」
その隙を突いて、れいとうビームをイワークの口から放たせる。
本当はロックブラストをぶつけたいところだが、それでは間に合わない。れいとうビームが当たっても効果はいまひとつだが、ある程度動きを封じることができれば十分だ。
「ジュ、ラ♪」
「なっ!?」
だが、ルージュラは空中で身を翻して両手を突き出し、眼前にひかりのかべを作ることでれいとうビームを防いだ。
ひかりのかべは、れいとうビームのような特殊攻撃の威力を削ぐ技だ。
しかも、ルージュラの行動はれいとうビームを防いで終わりではなかった。
そのひかりのかべを展開したまま、ルージュラはれいとうビームを押し潰す形でクリスタルのイワーク目掛けて急降下する。
「ッ! イワーク、れいとうビームを止めろ!」
ナオトが慌ててそう叫ぶが、遅い。
「ジュラ~♪ ……ンチュッ」
そのままルージュラはイワークの頭に貼り付くと、その額にねっとりとあくまのキッスをお見舞いした。
「グ、オ!? ッ──」
イワークはその透き通った青い巨体を震わせ、気を失うようにして地面に倒れ込んでしまう。あくまのキッスの効果でねむり状態になってしまったのだ。
「イワーク!」
必死に声をかけるナオト。しかし、その声は深い眠りに入ったイワークには届かない。
倒れているイワークの元へ、ゆっくりと近づいていくルージュラ。そして、ジギーが静かにトドメの指示を出す。
「ルージュラ。めざましビンタ」
「ジュラ♪」
指示を受けたルージュラはイワークの顔に連続で思いっきりビンタをかます。その一発一発は強力で、ビンタを喰らう度にイワークの巨大な身体が大きく揺さぶられる。
「ジュラ♪ ジュラジュラジュラジュラ……ジュラーー!!」
アップテンポになっていく音楽に合わせてビンタは激しさを増し、フィニッシュと共に顎からの掌底で打ち上げられたイワークは見事にノックダウンされてしまった。
「やった! さっすがお兄ちゃん!」
気球からルージュラがクリスタルのイワークを倒す瞬間を見て、飛び上がって喜ぶマリー。
「あんな大きいイワークをビンタで倒しちゃうなんて……」
「めざましビンタは眠っている相手に対して使うと倍の威力を発揮するんだ。それに、かくとうタイプの技はこおりタイプにこうかばつぐんだからな……」
驚くフルーラに解説を加えるタケシ。
これで一対一。次の勝負でどちらかの勝利が確定する。
「頑張って、ナオト……」
そう呟くようにナオトを応援するフルーラ。その横で、タケシは真剣な顔でじっと眼下のナオトを見つめ続けた。
「……ありがとう。戻って休んでくれ、イワーク」
倒れたクリスタルのイワークに向けてモンスターボールを向け、赤い光を当てて戻すナオト。
ジギーのルージュラが予想以上に強かったのはもちろんだが、ナオトがもっと上手い作戦を考えればどうにかなったはずなのも確かだ。
どんなバトルでも負けた時の原因はトレーナーにある。
一方的に負ける結果とさせてしまったイワークに対して、ナオトは申し訳ない気持ちで一杯だった。
「……くっ」
唇を噛むナオト。そんな彼に向けて、ジギーが口を開いた。
「次で勝負が決まる……君には言ってなかったが、僕はこの勝負に勝ったらフルーラさんにこの島に残ってもらおうと思っている」
「……は?」
寝耳に水な話に、ナオトは一拍遅れて声を漏らす。
全く理解が追いついていない様子の彼に構わず、ジギーは続ける。
「聞くところによると、君は元々オレンジ諸島を回るのを嫌がっていたんだろう? なら、代わりに僕がその役を引き受けようじゃないか。ちょうどマリーも連れて旅行したいと思っていたところだからね」
「な、何を急に勝手な──」
「もちろん、この話は既にフルーラさんにしている。考えておく、と返事をくれたよ」
「えっ……」
ナオトは目を見開き、頭上の気球を見上げる。
が、タイミング悪く気球は彼の視点からフルーラの姿が見えない位置に浮かんでいた。
「さあ、試合を始めよう。最後はあく系ポケモンの勝負……行け、ブラッキー!」
ジギーが新たに取り出したモンスターボールが放り投げられ、光と共にブラッキーが姿を現す。げっこうポケモンのブラッキー。イーブイの進化系の一つだ。
先ほどの話が頭を過ぎるが、とにかくこちらもポケモンを出さなければ。
ナオトは頭を振り、後ろに控えているアイの方を振り返る。
「アイ! たの──」
しかし、振り返った先にいたアイの様子がおかしいことに気づく。
「ミャ、ウ……」
返事はするもその声は弱々しく、足取りはフラフラと覚束ない。
そして、ナオトの元まで歩み寄ろうとしたところで、フラリと倒れ込んでしまった。
「アイッ!?」
ナオトは咄嗟に膝を突いて倒れた彼女を抱き止める。
アイの息は荒く、その顔は火照ったように赤みが差している。額に手を当ててみると、火傷しそうなほど熱かった。
(……昨日の嵐で、風邪を引いてしまったのか!?)
こんな状態でバトルに出すわけにはいかない。
どうして気づかなかったんだ! と、ナオトは自分を責める。無意識にバトルのことを気にしすぎて、アイのことをおざなりにしてしまっていた。
「どうした? 早く君のポケモンを出したまえ」
いつまで経ってもポケモンを出さないナオトに、ジギーが催促する。
彼の位置からはナオトが邪魔でアイの様子が見えないようだ。
「……ミャ、ミャウッ」
「駄目だアイ! その身体じゃ無理だ!」
その声を聞いてか、アイはバトルに出ようと無理に身体を起こそうとする。
ナオトはそれを止め、ショルダーバックからタオルと水筒を出した。水で濡らしたタオルをアイの額に当て、バックを枕に横たわせる。
「……ごめん、すぐに終わらせるから」
「ミャ、ア……」
立ち上がり、トレーナーポジションに戻るナオト。
あくタイプのポケモンはもう一匹いる。
今まで、ある理由でボールから一切出さなかったポケモンだ。
本当ならバトルなんて中断して、早くアイをベッドに寝かせて看病してやらなければならない。
だが、先ほどジギーの話を聞かされたナオトは、どうしてもバトルに勝たなければならないという思いに駆られていた。
気球から様子のおかしいナオトを不安そうに見つめているフルーラをチラリと見上げる。
最初はジギーの言う通り嫌々だったが、いつの間にか彼女との旅が楽しくなっていたのだ。こんなところで彼女との旅が終わりになるなんて、今のナオトには受け入れられない。
だから────
(──だから、勝ちたい!)
バトルを避けるようになってから勝ち負けなど気にしなくなっていたナオトは、ほぼ一年ぶりとなるその感情に突き動かされるまま、その開かずのモンスターボールを投げた。
一年もの間閉じられ続けていたボールが開き、中から光が漏れ出す。
光は瞬く間に膨れ上がり、異様に巨大な塊となっていく。
「なっ……!?」
「「──えっ!?」」
現れたその姿を見て、ジギー、そして気球に乗っているフルーラ達も驚きの声を上げる。
「────……」
ナオトが投げたボールから出てきたのは、よろいポケモン──バンギラスであった。
背中に幾本もの棘が生えたその風貌に強靭な肉体、そして山を崩してしまうほどの凄まじい力を持つと言われるそのポケモンは、まさに怪獣という呼び名が相応しい。
無論、それだけなら何も驚くことはない。バンギラスの進化前であるヨーギラスは特に珍しいポケモンではなく、扱いは難しいがある程度の実力を持ったトレーナーなら従えることは十分可能である。
だが、ナオトのバンギラスは、通常のバンギラスよりも一回り、いやそれ以上──少なく見積もってニ倍以上の巨大な体躯をしていたのだ。
「…………」
砂煙と共に静かに佇んでいたバンギラスは、自身の巨大な影に覆われて後ずさるブラッキーをその鋭い目で見下ろす。
「…………ギラアアァーーッ!!」
そして、突如エンジンが掛かったように動き出した。
その巨躯からは想像できないほどの俊敏さで、ナオトの指示も待たずに豪脚を振るってブラッキーを蹴り飛ばしたのだ。
「ブ、ラッ」
「ブラッキー!」
勢い良く吹き飛び、地面を跳ねるブラッキー。
「──アァッ!!」
間髪入れずバンギラスは腕を振り上げ、地面からストーンエッジを繰り出す。
突き出た岩石の槍が、倒れたブラッキーの身体を下から抉り上げた。
「ラッ……!」
急所に当たってしまったのか、ブラッキーは受け身も取れず再び地面に叩きつけられ、そのままピクリとも動かずぐったりとしている。
バンギラスの勝利だ。
時間にして三十秒にも満たない勝負であった。
「なっ……こんな……」
その一方的な展開に、ジギーも思わず呆然としている。
「────ッ!!」
だが、勝負が決したにも関わらずバンギラスは止まらなかった。
横たわっているブラッキーを空き缶を潰すかの如く足で踏みつけ始めたのだ。
地面が陥没する勢いで、何度も、何度も。
「……っ……っ」
もはや戦う力が残っていないブラッキーは声にも鳴らない悲鳴を上げる。
「止めろ! 止めてくれ!」
ジギーが叫ぶが、バンギラスはブラッキーを踏みつけるのを止めない。
「──ギラアァァ……」
次いで足を退けたかと思うと、今度はその体に光を纏わせ始める。
ギガインパクトだ。絶大な威力を発揮するその技をこのバンギラスが放てば、ブラッキーどころかこのバトル場自体が崩壊しかねない。
「ナオト! 早くバンギラスをモンスターボールに戻すんだ!」
気球からタケシがナオトに向けて叫ぶ。
それを受けて、今の今まで呆然と凄惨な光景を眺めていたナオトはハッと我に返った。
「も、戻れ! バンギラス!」
ボールをバンギラスに向けて構える。ギガインパクトが今まさに発動しようとする直前、モンスターボールから放たれた赤い光がバンギラスを捉えた。
その巨躯の動きがピタリと止まり、赤く染まったそのシルエットがボールの中へと引き戻されていく。
「──ッ、ブラッキー!」
バンギラスがボールに収まり終わると同時に、ジギーが一目散にブラッキーに駆け寄る。
上空を飛んでいた気球も速やかに着陸し、マリーと弟子達が一目散に彼の元へ駆けつけた。
その様子を生気のない目で眺めるナオト。
目の前の惨状を作り出した存在が入ったボール。それを握った腕は力無く地面に向けて垂らされている。後ろでナオトのことを必死に呼ぶアイの声も耳に入らない。
結局、ナオトは駆け寄ってきたフルーラとタケシに声を掛けられるまで、呆然とその場に立ち尽くしていた。
次回過去編になります。
バトル内容については色々ツッコミどころあるかもしれませんが、初代アニポケクオリティということでご勘弁を。
ところで、アニポケ新シリーズはW主人公になるみたいですね。
それはいいですけど、ヒロインポジションとタケシポジションはどうなるんでしょう?
■ナオトのバンギラス
今までボールの蓋が閉じたままだった六体目のポケモン。
通常の個体よりも二倍以上の大きさを誇る。たまにアニメに出る巨大ポケモンをゲットしたらどうなるかを体現させた存在。
イメージモデルは「ポケットモンスター金・銀 ゴールデン・ボーイズ」の黒いバンギラス。しかし、あれはチート過ぎるのであくまでイメージのみ。