ポケットモンスター -Hello My Dream- 作:PrimeBlue
場所は変わって、スタジアム会場。
今日最初となる準決勝試合。その開始時間が刻一刻と迫る中、席を埋め尽くした観客達が固唾を飲んでバトルフィールドを見据えている。
二対のバトルポジションの内、一方にはそこに立っているべき人物がいない。
『試合開始の時刻まで後ニ分を切りました。ソウマ選手は既にスタンバイが完了しておりますが、対戦相手となるナオト選手は未だ──あっ!』
実況の声に誘われて、観客達の視線が動く。
空いていたバトルポジションに、息を切らしたナオトが駆け込んできたのだ。
『来ました! ナオト選手です! 開始時刻ギリギリでやって来ました!』
ナオトは多少ふらつきながらもバトルポジションに足を運ぶ。その様子を、対面に立つソウマがひどく驚いた様子で見ていた。
「はあ……はあ……遅れて、ごめん」
「あ、ああ。何かトラブルがあったんだろうけど、とにかく間に合って良かったよ」
謝罪するナオトに、ソウマは気にしてないとばかりに笑みを返す。その笑みはどこかぎこちない形をしていたが、乱れた息を整えているナオトはそれに気づかない。
「ナオト選手。準備はいいですか?」
「っ……はい。大丈夫です」
「それでは、両者一体目のポケモンをお願いします」
審判に問いかけられたナオトは膝に突いてた手を退け、頷いて答える。
次いで促された通り、両者は先発のポケモンが入ったモンスターボールを手に取った。
「……頼むぞ!」
小さく呟き、ナオトがボールを投げる。
「──ルルッ!」
光と共に中から現れたのは、ポケモンセンターで治療中のはずのリオルであった。
「……リオルだって? まさか……ちっ、行け! シャンデラ!」
何事か呟いたソウマが繰り出したのは、いざないポケモンのシャンデラ。シャンデリアを模したような無機物的な身体をした、ゴースト・ほのおタイプのポケモンだ。
「……それでは、試合開始!」
両者が先発のポケモンを出したことを確認した審判が、両の手を上げて開始の宣言をした。
「先手必勝だ! スピードで撹乱しながら突っ込め!」
「ルッ!」
ナオトの指示でリオルが地を蹴り、その小柄な身体を生かして矢のような速さで駆ける。フィールドの岩肌を利用して、浮遊しているシャンデラの周りを飛び交った。
「舐めないで欲しいな。そのくらいのスピードなら余裕で対応できる! シャンデラ! サイコキネシスだ!」
「シャン……!」
シャンデラがそのつぶらな瞳を研ぎ澄ませ、エスパーエネルギーを自身の身体に集中させる。
そして、頃合いを見計らって飛び込んできたリオルを返り討ちにせんとそのエネルギーを解き放った。
「──ッ!」
真正面からサイコキネシスを受けたリオル。
エスパ―タイプの技はかくとうタイプのリオルにはこうかばつぐんだ。それに今のはソウマから見て会心の一撃。急所に当たっていてもおかしくないはず。
──だが。
「な、何っ!?」
当のリオルはサイコキネシスを受けても涼しい顔で微動だにしていなかった。そのままシャンデラの頭に張り付いて、寡黙な彼には似つかわしくないニマリとした笑みを浮かべている。
「今だ
「ミャアアッ!」
その張り付いた状態で、ゼロ距離からのナイトバーストが炸裂する!
「デ、デラ、ララーッ!!」
シャンデラは身体を振るって引き剥がそうとするがリオルはそれを許さない。
やがて、シャンデラの糸が切れたように降下していき、乾いた音を立てて地面に落ちた。
「ミャッ」
シャンデラから離れたリオルの姿が光に包まれる。青い被毛は灰色に染まり、二本足から四本足に変わる。瞬く間にその姿はゾロアのそれへ。
そう、先ほどまでのリオルはアイがイリュージョンで化けていたものだったのだ。
「シャンデラ、戦闘不能! リオル──いや、ゾロアの勝ち!」
「よし! いいぞアイ!」
「ミャウ!」
審判の勝利判定を受けてナオトがアイを労い、振り向いた彼女が笑みを返す。
「くそっ、すっかり忘れていた。ここに来てイリュージョンを使ってきたか」
シャンデラをボールに戻したソウマは小さく悪態を吐く。昨晩での態度が嘘のように眉を歪めていた。
あくタイプにエスパータイプの技は効かない。ナオトはここぞという時のため、これまでの試合でアイのイリュージョンをあえて使わずにいたのだ。
「……次はこいつだ。ガチゴラス!」
再び投げられるボールと、フィールドに放たれる光。
ナオトとアイはそれから目を逸らさず、鋭い眼差しで真っ直ぐに立ち向かう。
「……よし。このまま行くぞ! アイ!」
「ミャア!」
その背を、この場にいないブースター達が押してくれた気がした。
「ゲ……ロッ」
「ガマゲロゲ、戦闘不能! ゲンガーの勝ち!」
試合は進行し、ソウマの四匹目のポケモンに審判から敗北判定が言い渡される。
ソウマはこれ見よがしに大きく舌打ちをし、頭にコブができた青いカエルのようなポケモン──ガマゲロゲをボールに戻した。
「ゲンガー! 大丈夫か!?」「ミャウ!」
「ゲンゲラッ!」
ナオトの心配する声に、ゲンガーは手を振って笑みと共に答える。
しかし、その身体はボロボロ。無理をしているのは誰が見ても明らかであった。
『ナオト選手、またしても勝利! しかし、ゲンガーは既に限界が近いようです!』
アイはシャンデラの次に出されたガチゴラスを続けて倒すことができたが、三匹目のジバコイルで惜しくもダウンしてしまった。今はナオトの足元で身体を休めながらも一緒にゲンガーを応援している。
そして、そのジバコイルは交代したゲンガーが倒し、次いで繰り出されたガマゲロゲもこうして何とか退けることができたのである。
「……くそ、くそっ! おかしいだろっ! なんでたかが二匹のポケモンに四匹もやられちまうんだよ……!」
ソウマは地面を踏みつけ、憎々しげにそう小さく吐き捨てながらナオト達を睨みつけた。
(何だ……? 昨日は猫を被ってたのか?)
視線を感じたナオトは昨日とはまるで顔つきの違うソウマを見て首を傾げる。
「……だが、この勝負は俺の勝ちだ。そう決まってるんだからな」
そう呟いて口角を上げ、ソウマは次のポケモンを出すべくモンスターボールを取り出して投げた。
「やれ! クチート!」
「チィ!」
出てきたのはあざむきポケモン、クチート。
頭に生えた大きな顎は角が変形したもので、背を向ける形でゲンガーにその顎の牙を向けている。そして、その首に七色に光る石が嵌った首輪。
「クチートか……」
「ナオト選手。ポケモンの交代は?」
「しません。このままゲンガーで行きます」
クチートははがね・フェアリータイプ。ブースターがいればほのおタイプの技で弱点を突くことができるが、肝心の彼は今ここにいない。
連続三戦目だが、このままゲンガーに頑張ってもらうしかない。
『ナオト選手! このままゲンガーを続投させるようです! これまでの試合では交代を頻繁に行っていた彼ですが、今回はどういうわけか一度も交代をしていません! 何か作戦があるのでしょうか!?』
何も知らない実況の声を煩わしく思いながらも、ナオトはゲンガーに指示を出す。
「ゲンガー。長引いたらお前が持たない。速攻で決めるぞ」
「ゲンッ」
「よし。シャドーボールだ!」
「ゲラアァ!!」
ナオトの指示を受けて、ゲンガーが両手から生み出した黒い塊を回転を加えるようにして放った。疲弊している者が放ったとは思えないほどのスピードで、シャドーボールがクチート目掛けて飛んでいく。
「クチート、避け──」
ソウマが避けるよう指示を出そうとした瞬間、一直線に飛んできたゲンガーのシャドーボールが急に
「何ぃ!?」
「クチッ!?」
シャドーボールはクチートの目の前で地面に衝突し、視界を塞ぐほどの土埃を舞い上がらせる。土が目に入ってしまったのか、クチートはきつく瞼を閉じて手で擦り始めた。
「行け! きあいパンチ!」
「ゲン、ガアァーッ!」
怯んでいるクチートの隙を狙い、パワーを集中させた拳を携えたゲンガーが土埃を突き破って飛び出す。その光り輝く拳が、クチートに振るわれる。
──その瞬間、ソウマがニヤリと口端を歪めた。
「クチート! ふいうちだ!」
「ク、チィッ!」
「ゲッ!?」
クチートに攻撃を仕掛けていたゲンガーを横から黒い何かが襲いかかった。
それはクチートの頭から生えた顎。それが伸びて牙を向き、死角から攻撃してきたのだ。
吹き飛ばされ、地面を数度跳ねて突っ伏すゲンガー。
「ゲンガー! しっかりしろ!」「ミャア!」
「ゲ、ン……」
ナオトとアイの呼びかけに応え、ゲンガーは震える身体に鞭打ち、起き上がる。
「ゲンッ、ガ──」
──が、立ち上がれたのはごく僅かの間。
ナオトに笑みを返そうとして振り向いたゲンガーであったが、既に限界を迎えていた彼の膝はガクッと折れ、再びうつ伏せに倒れてしまった。
「ゲ、ゲンガー!」
「ゲンガー、戦闘不能! クチートの勝ち!」
大きく沸く観客達。
これまでの試合で一匹もポケモンをダウンさせなかったナオトが、二匹も落とされてしまったのだ。加えて、観客達はなぜか頑なに交代をしようとしない彼に首を傾げ、不審感を募らせる。
自然と、応援の声はソウマの方へと集中していった。
「……ありがとう、ゲンガー。ゆっくり休んでくれ」
ゲンガーをボールに戻し、労いの言葉をかけるナオト。
そして、次のポケモンを出すべくベルトに残された最後のモンスターボールを手に取る。
……しかし、ナオトは躊躇いの表情を浮かべてボールを握ったまま投げることができない。
中に入っているポケモン──バンギラスは、未だ毒が抜けきっていない状態なのだ。
「ナオト選手、思考時間は一分までです。早く次のポケモンを」
「は、はいっ」
審判に促され、ナオトは覚悟を決めるように目を閉じて深呼吸する。
不安そうなアイの視線を感じながら、再びボールを握り直す。
「……頼んだぞ! バンギラス!」
背中を押すようにして、ボールをフィールド目掛けて放り投げた。
ポンッという音と共にボールが開き、光が放出される。その光は瞬く間に膨れ上がり、見上げるほど大きな巨影へと変化していく。
その巨影はバトルフィールドへ地面を踏み抜かんばかりの勢いで降り立ち、会場全体を揺らした。
『出ました! これまでの試合でも猛威を奮ったナオト選手のエースポケモン、バンギラスです! その規格外の大きさも相まって、まさに怪物級のポテンシャルを誇るポケモンだ!』
実況の熱が籠もった声が観客達の耳を打つ。
この大会においてバンギラスの初の顔出しとなったのは二回戦目。その試合は彼だけでストレート勝ちしてみせたのだ。そのこともあって、注目度は要注意対象であるタクトのダークライにも並ぶ。
「ギ、ラ……ッ!」
だが、バンギラスは地面に降り立ってすぐその場に片膝を突いてしまった。
「バンギラス!」「ミャウミャ!」
ナオトとアイの悲痛な叫びがバトルフィールドに響く。
膝を突いているバンギラスの顔は青褪め、大きくて分かりにくいがその身体は今にも倒れそうなほどフラフラと揺らいでいる。
『おおっとっ! ど、どういうことでしょうか!? ナオト選手のバンギラス、何やら体調が悪そうだぞ!』
動揺の混じった実況の声。
そして、バンギラスの状態を見て騒然とし始める観客達。
「おいおい。あのバンギラス、何もしてないのにもうぶっ倒れそうじゃん」
「あんな状態でバトルに出すなんて……」
「何考えてんだあのトレーナーは?」
事情を知らない観客達は思い思いの言葉を呟き、侮蔑と憤りの込めた視線をナオトへ向ける。
ポケモンセンターの治療設備から抜け出して一時間、モンスターボールの中でバンギラスの体力は穴の空いた桶から水が抜け出るようにして徐々に減り続けていたのだ。
「ナオト選手、こんな状態ではバトルになりません! 他のポケモンを出してください!」
「いや、他のポケモンは……」
審判の命令にナオトは何とか弁解しようと口を開くが……
「──審判さん、無駄ですよ。どうせ他のポケモンも同じ状態でしょうから」
その時、横から嘲笑の混じった声がナオトの耳を貫いた
向かい側のバトルポジションに立つソウマが、これ以上ないくらいの薄ら笑いを浮かべてナオトの方を見ていたのだ。
「どういうことですか? ソウマ選手」
「言葉通りですよ。そうだろ? ナオト君」
同意を求められ、眉をひそめながらも答えるナオト。
「そう、だけど。どうしてそれを…………ッ!」
ナオトの中で一つの疑惑が思い浮かぶ。
毒に侵された原因。可能性があるとしたら、それは昨夜食べたポケモンフーズとゲンガーの作ったガトーショコラ。しかし、ポケモンフーズはナオトが自分なりに頑張ってブレンドした物。そして、ゲンガーが毒を入れるなんてことはありえない。
でも、あの時。
不審な非通知の電話があって背を向けたあの時、もしかしたら──
「簡単さ。ここまでのバトルで君には交代すれば有利になるはずの場面がいくつもあった」
ガチゴラスとジバコイルの時はリオルを、ガマゲロゲの時はゲンガーよりポリゴンZの方が。そして、クチートにはブースターを出せばバトルを有利に進めることができたはず。
「なのに、君は一切交代をしなかった……いや、できなかったんだ。もしブースター達もそのバンギラスと同じ状態なら、交代なんてできるわけないからね」
「……ッ!」
ソウマはそう断言する。
それは推測によるものか、それとも初めから知っていたのか、疑惑は確信には至らない。
「ナオト選手、そうなのですか?」
「…………はい」
ソウマの言うことが事実であるため、審判の問いかけにナオトは首を縦に振らざるを得ない。
「そうですか……ナオト選手、残念ですがこの試合は──」
「ギラァッ!」
ナオトに敗北を言い渡そうとした審判であったが、その言葉はバンギラスの鳴き声に遮られた。
首を振り向かせ、バンギラスがナオトに目を寄越す。その目から、自分はやれるという懸命な思いがひしひしと伝わってくる。
そんな目を向けられたら、このまま終わりになんてできない。
「……審判さん、僕のバンギラスは伊達じゃありません。お願いします! バトルを続けさせてください!」
「ミャウッ! ミャウミャ!」
「…………」
ナオトとアイ、バンギラスの強い意思を受けて、審判は迷うような素振りを見せる。
しばし迷い、やがて小さな溜息と共にこくりと頷いた。
「……分かりました。しかし、これ以上は駄目だと判断した場合はすぐに試合を終了させますからね」
「ッ! ありがとうございます!」
ナオトは破顔して審判に頭を下げ、再び頷いた審判は指定の立ち位置へと戻っていく。一方で、向かいに立つソウマはチッと小さく舌打ちをした。
毒状態のバンギラスは長く持たないだろう。先ほどのゲンガーと同じく、速攻で決めなくてはならない。相手のクチートのふいうちは厄介ではあるが、バンギラスならば耐えてくれはずだ。
そう考えたナオトはバンギラスに声かけしようと口を開きかけた。しかし、その前にソウマの気怠げな声が耳に届く。
「はぁ……ま、死に体のバンギラスを倒すなんて訳ないからいいけどさ。でも、一体どんな管理してたらそんな状態になるんだか。何か悪い物でも食べさせたんじゃないの? 例えば──」
「──ガトーショコラとか、さ」
その言葉が耳に届いた瞬間、ナオトの目が見開かれる。
口にしたソウマの顔はこれでもかと嫌味たらしく、そして愉快そうに歪んでいた。
やはり毒を仕込んだのは彼だったのだ。
恐らく、あの非通知の電話も。
ナオトの脳裏に苦しそうに床に這いつくばるブースター達の姿が映る。
視界が怒りで赤く染まり、身体中の産毛が逆立つ。胸の動悸がうるさいほどに耳を打ち、観客達の歓声を遠くへ追いやった。
沸騰するように湧き上がったその感情はその身に留まらず、強い繋がりを持った者達に伝達していく。
ソウマは溜息を吐きながらも、向かい側に立つバンギラスとその背から覗くナオトを見やった。
(どうせ負けは確定してるのにしつこい奴だな……)
ゲンガーのガトーショコラに遅効性の毒を仕込んだ後、ソウマは誰がショコラを食べたかを確認していなかった。
これまでの試合で出ていたゾロアの姿が見当たらなかったのは気掛かりではあったが、カルネとの会話を盗み聞きしていた彼はポケモン達全員が食べるだろうと踏んでいたのだ。
そうなれば、残るのはどくタイプ故に毒が効かないゲンガーだけ。ソウマはそれでナオトが試合を棄権すると予想していた。
だから、試合の場に彼が現れ、さらにはリオルを出してきた時は目を剥いた。
が、蓋を開けてみれば正体はあの時いなかったゾロア。
そのゾロアとゲンガーに手持ちが四匹もやられてしまったことは想定外であったが、ここに来てようやく巻き返すことができる。
「それでは……試合再開!」
「楽にさせてやるよ! クチート、メガシンカ!」
位置についた審判によって再開が宣言されると同時に、ソウマが左手首に着けた腕輪に手をかざす。すると、その腕輪の石とクチートの首輪の石が共鳴するように七色に光り始めた。
「クゥチィィーーッ!!」
光に包まれたクチートの身体が変化していく。頭から生えた顎は二股に分かれ、その装いは一気に華やかとなる。
『おおっと! ソウマ選手、ここでクチートをメガシンカさせましたぁ!』
メガシンカ。チャンピオンマスターのカルネも使う進化を超えた進化。
ソウマとて汚い手を使いはするがバッジを集めて準決勝まで勝ち進んだ男。曲がりなりにもメガシンカを会得するだけの実力は有していた。
「行け、クチート! きあいパンチだ!」
「クチィ!」
命令されたメガクチートが地面を蹴って飛び出す。メガシンカによるブーストが加わったそのスピードは圧倒的で、一気にバンギラスへと肉薄していった。
が、しかし──
「チッ!?」
懐に飛び込んできたメガクチートの身体を、バンギラスの大きな手が鷲掴みにしたのだ。
「なっ!?」
「ク、クチィ……ッ」
メガクチートは必死で脱出すべくもがこうとするが、握りつぶされんばかりの凄まじい握力によって全く身動きが取れない。
「……バンギラス、ストーンエッジ」
ナオトの指示を受けてバンギラスが無言のままエネルギーを地面に流し、自分の目の前に岩の槍を出現させる。
「──ッ!」
そして、握りしめたままのメガクチートをその突き出た岩目掛けて叩きつけた!
「グッ──!?」
規格外の腕力で背中から岩の槍に叩きつけれ、くの字に曲がるメガクチート。
命中率100%のストーンエッジ。メガシンカによるブーストを物ともしないその急所への衝撃に、一瞬にして意識を削ぎ取られる。
「メガトンパンチ……!」
続けて出される指示。
バンギラスはぐたりと力なく五体を垂らしているメガクチートを持ち上げて放り投げ、宙を舞う無防備な標的にメガトンパンチを一撃ッ!
吹き飛ばされたメガクチートは弾丸となってソウマの横を通り過ぎ、会場の壁に勢い良くめり込んだ。
「クチートッ!!」
ソウマの声などもはや聞こえはしない。
メガシンカが解けて完全に沈黙したクチート。もはやボロ切れにしか見えないそれは、壁から剥がれてうつ伏せに倒れた。
「ク、クチート、戦闘不能! バンギラスの勝ち!」
『こ、これは……なんという』
審判の動揺の混じった勝利宣言と、言葉を失う実況。
無理もない。メガシンカした相手を、今にも倒れそうなほど弱っている状態にも関わらずほぼ一瞬の内に沈めたのだ。観客達も歓声よりもどよめきの声の方が大きい。
「そ、そんな……くっ! ま、まだだ! 行け、ヒヒダルマ!」
「ダルゥ!」
クチートをボールに戻すことも忘れて、ソウマは最後のポケモンであるヒヒダルマを繰り出す。
えんじょうポケモン、ヒヒダルマはその名の通り達磨のような身体をしている。体内の炎袋を加熱させることでダンプカーを破壊するほどのパワーを生み出す事ができるポケモンだ。
「ヒヒダルマ! きあいだまだ!」
「ダ、ルッ!」
先ほどの反省を活かし、今度は近づかず遠距離からの攻撃を選んだソウマ。
ヒヒダルマは両手を構え、ボール大のエネルギー弾をバンギラス目掛けて放った。
「バンギラス!」
「──ッ!!」
しかし、バンギラスはその巨体に似合わぬ俊敏な動きで回転し、飛んできたきあいだまを尻尾で弾き返した。
「ヒ、イイッ!?」
トンボ返りしてきたきあいだまが顔面に直撃し、もんどり打つヒヒダルマ。
「ストーンエッジ!」
「ラアァッ!」
体勢を崩しているヒヒダルマを狙って、間髪入れずストーンエッジを指示するナオト。
バンギラスが抉るようにして片腕を振り上げると、ヒヒダルマの真下の地面から岩の槍が突き出た。
「ヒ、ガッ──!」
槍に打ち上げられるヒヒダルマ。それを追って見上げる審判と観客達。
そこには、信じられない光景があった。
宙を飛ぶヒヒダルマの上に、いつの間にかバンギラスがいたのだ。
太陽を覆い隠すその巨大な影に覆われながら、ヒヒダルマは目を見開く。
彼が放ったストーンエッジはヒヒダルマに向けたものだけではなかった。自分の足元にももう一つ生成し、突き出てきた槍の勢いを利用して飛び上がったのである。
「終わりだ! ギガインパクトォッ!!」
怒りを吐き出すようなナオトの叫びが、木霊する。
「ギラアアアァァーーッ!!」
バンギラスの身体から膨大なパワーが溢れ出し、それが光となってその身を包む。
巨大なエネルギーの塊となった彼は、そのまま重力に従って眼下のヒヒダルマを押し潰さんとする!
「ヒヒダルマ! ダルマモードだ!」
「ダ、ダルゥッ!」
咄嗟にヒヒダルマに命令するソウマ。
ヒヒダルマはピンチになると自分の身を守るためにフォルムチェンジすることができる。ダルマモードとなった彼は、通常時から一転して防御に特化した身体となるのだ。
「────ッ!!」
が、無意味。
ただでさえ強力な威力を誇るギガインパクト。ダルマモードとなったヒヒダルマの防御を持ってしても、重力による落下の勢いを加えたその攻撃の凄まじさを防ぐことは叶わなかった。
彗星となったバンギラスは、ヒヒダルマごとバトルフィールドへと墜落する。
バトルフィールド全体が崩れんばかりの衝撃が広がり、視界を埋め尽くさんばかりの土煙が舞い上がった。
「……………………」
しんっ……と静まり返る会場。
観客達は皆、目の前で繰り広げられた壮絶な光景に茫然自失となっているのだ。
彼らが固唾を飲んで見守る中、土煙がゆっくりと晴れていく。
そこには、静かに佇む巨大な影──バンギラスと、力なく横たわるヒヒダルマの姿があった。
「……ヒ、ヒヒダルマ、戦闘不能! バンギラスの勝ち! よって勝者、ナオト選手!」
審判によってナオトの勝利が告げられる。
『こ、これは驚きです! ナオト選手、絶不調のバンギラスでソウマ選手の残りポケモンを一掃してしまいました!』
実況の声に我に返った観客達は顔を見合わせ、疎らに歓声を上げ始めた。
当然ながら、その声には戸惑いと恐れが混じっている。バトルというより蹂躙といった方が良いような光景を見せつけられたのだから。
「そ、そんな……嘘だろ?」
圧倒的有利な状況で大敗北を喫したソウマは、胡乱げな目で呆然と目の前の惨状を見つめている。
一方で、深呼吸をして心を落ち着かせるナオト。未だ胸の内で燻っている怒りを、ソウマに勝利したことでひとまず抑えることができたのだ。
「ミャア……」
やりすぎたのではないかと不安げな顔で見上げるアイ。元々バトルがあまり好きでなかった彼女がそう感じるのも仕方ない。
しかし、今回に関しては相手の因果応報。ナオトは相手のポケモン達には悪いと思ったが、ソウマに対しては同じ気持ちは微塵も感じていなった。
とにもかくにも、これで終わったのだ。
決勝戦は明日の晩。それまでにはブースター達も回復するであろう。
「……よし。戻れ、バンギラ──」
ナオトは安堵の思いと共にモンスターボールを手に取り、バンギラスに向けようとする。
「ギラア゛ア゛アァァーーーッッ!!!」
その時、バンギラスが雄叫びを上げた。
「バ、バンギラス……?」
何事かと思っている内に、バンギラスはナオトの指示もなく行動を起こす。
目の前で意識を失って倒れているヒヒダルマを、その強靭な脚で踏みつけ始めたのだ。
何度も、何度も、何度も。
「なっ、お、おい! やめろッ!!」
ソウマの声が響くが、聞く耳を持たない。
踏みつける度に地面が激しく揺れる。ヒヒダルマの身体は、もはや土に埋もれて見えなくなてしまっていた。
「──ラァッ!!」
その土ごと、ヒヒダルマを蹴り上げるバンギラス。
ボロ雑巾のような姿に変わり果てたヒヒダルマの身体が掘り起こされ、地面を転がっていく。
「…………ッ!」
それをさらに追撃せんと、バンギラスの身体が光に包まれ始める。
ギガインパクト。あの攻撃を再びヒヒダルマにぶつけようとしているのだ。
しかし、虫の息状態のヒヒダルマにそんなことをしたら確実に死んでしまう。
「いけない! ナオト選手! バンギラスを止めてください!」
「ミャウッ!」
審判が叫ぶが、突然暴れ始めたバンギラスを見て茫然自失となっているナオトの耳には届かない。アイも必死に声をかけて服を引っ張るが、反応せず。
地鳴りと共に、光が強まっていく──
「──ナオトッ! 早くバンギラスをボールに戻しなさい!!」
トウコの声が、一際大きく響き渡る。
その声にハッと我に返ったナオトは、すぐさまモンスターボールをバンギラスに向け直す。
「も、戻れ! バンギラス!」
ボールから赤い光が放たれ、今まさにギガインパクトが発動しようとしていたバンギラスの身を包む。その巨躯はあっという間に小さくなり、ボールに収まった。
「……なっ、あ……」
口を開け、その場に尻もちを突くソウマ。その脚は子鹿のように震えている。
観客席からは恐れのあまり泣き出してしまう子供まで出始めている。会場はまさに阿鼻叫喚の絵面と化していた。
「早く救護班を!」
「は、はい!」
控えていたスタッフにそう要請する審判。
すぐに救護班がプクリンを連れて駆けつけ、クチートとヒヒダルマの救護を開始する。
「…………」
観客席から身を乗り出していたトウコは、周りの騒ぎ声を聞き流しながらその様子をしばし見つめる。次いで、ナオトの方にチラリと目を向けた。
彼はボールを持った手を力なく下げたまま、呆然と立ち尽くしている。
その姿は、いつもの頼りなくて不器用な姿よりも、もっとずっと──小さく見えた。
◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓
時は過ぎて、あの凄惨な事件からしばらくの時が流れた。
カロス地方の代表的都市、ミアレシティのカフェ・ソレイユ。
そこのテラス席に座るトウコ。彼女はミルクティーに口をつけながら、何やら落ち着きない様子でキョロキョロと辺りを見回していた。
「──トウコちゃん」
そんな彼女へ、声をかける者が一人。
「ッ、カルネさん! も~、遅いですよぉ」
「ごめんなさい。撮影が思ったより長引いちゃって」
その声の主──カルネはそう苦笑混じりに謝りながらサングラスを外し、トウコの向かいの席に座る。
「はぁ……アタシこんなオシャレなお店入ったことないから妙に緊張しちゃって。待ち合わせならハンバーガー屋とかにしてくれれば良かったのに」
「トウコちゃん。ジャンクフードばかり食べてたら健康に悪いわよ? それに、せっかくそんな綺麗なスタイルしてるのに」
「アタシは食べても太らないし頑丈だから問題ないのです! カルネさんこそ隠れて甘いモノ食べてるくせにぃ!」
「そ、それは……問題ないわ。たまに食べてるだけですもの」
そんな他愛ない会話を交わす二人。その二人のもとへ、店内から女性の給仕が歩み寄る。
「カルネ様、いらっしゃいませ」
「こんにちは。私にも彼女と同じモノを頂戴」
「新作のスイーツがございますが、そちらはいかがなさいますか?」
「…………そ、そうね。せっかくだし、頂こうかしら。彼女にもお願いね」
「かしこまりました」
カルネと顔馴染みなのか、給仕は笑みを浮かべながら店内へと戻っていく。
「……たまにしか食べないんじゃなかったんですかねぇ?」
「きょ、今日がそのたまの日なの! 貴方の分も頼んであげたんだからいいでしょう!」
「えへへ~、ゴチになりまーす」
意地悪げに笑うトウコ。
カルネは「コホンッ」と一つ咳払いして話題を変える。
「……それで、ナオト君は無事に旅立ったの?」
「うん。まあ、渋々ですけど。あ、クルーズ船のチケット、ありがとうございます」
「いいのよ。私には利用する時間がないし、無用の長物だもの」
話を続けながら、先に届いたミルクティーに口をつけるカルネ。
あの事件の後、ナオトはリーグ責任者側から問題を起こしたバンギラスを出場させない代わりに決勝戦進出を認められた。しかし、結局彼は決勝戦の舞台に姿を現さなかったのだ。
また、彼に大怪我を負わされたソウマのポケモンについてだが、クチートはなんとか回復することができたようである。一方でヒヒダルマの方はダメージが大きく、回復できても二度とバトルすることはできないだろうと診断されたらしい。
「けれど、貴方がどうにかすることはできなかったの? 一応弟子なんでしょう?」
「アタシじゃ無理ですよ。人に何か教えるのって得意じゃないですし、それにナオ君は別に弟子ってわけじゃないですから」
本人から事情を聞いているトウコは、試合当日にバンギラスが暴れたのはナオトの怒りが伝播したせいだと推測している。恐らく、ナオトもそのことには気づいているだろう。しかし、バンギラスはそれ以降も暴走を続けた。既にナオトの怒りは収まっているはずなのにだ。
カップからテーブルに置き、まるで自身の力不足を悔やむように乾いた笑いを零すトウコ。
「……なんとなくですけど、あのバンギラスをどうにかするにはナオ君の全力を受け止めてくれる相手が必要なんだと思うんです。アタシやカルネさん以外で」
ナオトはバトルでトウコに勝ったことがない。そして、トウコはあのバンギラス相手でも勝てる自信を持っているし、ナオトもそれを感じ取っている。
故に彼は最初から負けるという気持ちを無意識の内に持ってしまい、本当の意味で自身の全力をぶつけることができないのだ。
「なるほどね……あのバンギラスを受け止めてくれる相手、か」
カルネとてチャンピオンリーグマスター。あのバンギラスに負けるつもりはないし、ナオトもチャンピオンに勝てると思うほど自惚れていないだろう。
しかし、難しい話だ。その相手はナオトが少なくとも勝てると思えるような相手でないといけないのだから。あのバンギラスを相手するのは、ナオトよりも実力が上でないと厳しいというのに。それでもなお戦ってくれる、強くて固い意志の相手が果たしているのだろうか?
「うん。でも、それだけじゃ駄目。ただでさえバトルを避けるようになっちゃったから、バトルする理由もないと」
「バトルする理由?」
「そ。カルネさん、何かない?」
トウコの問いかけに、カルネは「う~ん……」とミルクティーをマドラーでかき混ぜながら考える。
「ガールフレンドとかできたら、バトルする理由が生まれるんじゃないかしら?」
「ええっ!? あのナオ君にガールフレンドができるかどうかは置いといて、それでバトルしようと思うのかなぁ」
「分からないわよ? ああいうシャイで奥手な子に限って、いざという時は大切な子のために人一倍頑張るんだから。ま、恋愛に興味がないトウコちゃんには難しいか」
「ムッ……いいんですゥ! アタシはバトルが恋人ですから!」
憤慨しながら残りのミルクティーを呷るトウコ。
そこへ、給仕が頼んだスイーツを持ってやってきた。
「お待たせいたしました。ごゆっくり」
「ありがとう。それじゃ、頂きましょうか」
「はーい」
小振りのスプーンを上品に扱い、美味しそうにスイーツを口に含むカルネ。こういう時だけ彼女は子供のような表情を見せる。
そんな彼女にこっそり笑みを浮かべながら、トウコは今まさに海を渡っているだろうナオトのことを思い浮かべながら空を見上げた。
(……ナオ君、頑張ってね)
次回からようやくルギア爆誕編に入ります。
■ソウマ
ナオトがカロスリーグ・デルニエ大会の準決勝でバトルした相手。
勝利こそ正義の信条を持ち、バトルに勝つためならどんな汚い手でも使う。
イッシュ地方出身で、スワマという弟がいる。
■スワマ(前編で言及)
BW編第77話「炎のメモリー! ポカブVSエンブオー!!」で登場したキャラ。
サトシのポカブの元々のトレーナーで、バトルの才能がないからという身勝手な理由で捨てた。無印のヒトカゲのオマージュと思われるが、非道さではスワマの方が勝る。
今作では兄がいる設定。
■ナオト
ソウマとのバトルがトラウマとなり、他人のポケモンを傷つける行為に対して恐れを抱くようになった。
アニメのポケモンバトルを見てると、これうっかりやりすぎることとかないのかな、とよく思うんですよね。サトシのリザードンだって改心回で氷漬けにされて瀕死になりましたし。あれサトシ達が必死に介抱しなかったら最悪死んでましたよね?
この世界のトレーナーはそういうとこをあまり気にするキャラがいないので、あえて今作の主人公にはそれを反映させた次第です。