ポケットモンスター -Hello My Dream-   作:PrimeBlue

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今回、主人公に感情移入している読者(いるのかどうか分かりませんが)にとって胸糞なシーンがあるので、あらかじめご注意ください。



23. アーシアとうのおまつり ▼

 ナオトとサトシのバトルが終わって、一行は祭りの準備の手伝いもそこそこに今夜の宿となる場所で祭りが始まる夜まで休むこととなった。

 

 当然だが、このアーシア島には宿屋がない。祭りのことを聞きつけてアーシア島を訪れる人もいるにはいるが、それだけを当てに宿をやっていくには無理があるからだ。なので、外部から島にやってきた者は長老かそれ以外の誰かの家を民宿代わりにして泊まらせてもらうのが習わしとなっている。

 そういうわけで、サトシ達は長老の家に、ナオトとタケシはフルーラの家に泊まるという流れになったのであった。

 

「タケシ君はサトシ君達と一緒でなくて良かったの?」

 

 まだ祭りの準備が残っているヨーデル達を置いてそれぞれの宿へ向かう途中、フルーラがタケシに向かって尋ねる。せっかく再会したのだから積もる話もあるだろうし、長老の家(あっち)に泊まった方が良いのではということだろう。

 

「一応ダイダイ島からここまで二人と一緒に旅してきたわけだからな。ここで別れるのも間が悪いような気がしたんだ」

「そんなこと言って、どうせウチのお姉さんが目当てなんでしょ?」

 

 そう毒吐くフルーラに、タケシは「ハハ……」と困ったように頬を掻く

 そんなタケシの様子を見てナオトは小首を傾げた。いつもだったら顔を赤くして誤魔化そうとするか、あんな美人のお姉さんと一つ屋根の下になれる絶好の機会を見逃すなんて男が廃る! とでも言いそうなのに。

 

 そんな彼らをよそに、ナオトの隣を歩くアイは不安な気持ちで胸を一杯にしていた。

 ナオトはサトシに負けたことを悔しがるどころか、どこか晴れやかというか安心したような面持ちをしている。一方でフルーラはそれが気に食わないのか、バトルが終わって以降一言もナオトと口を聞いていなかった。

 

 家に着いてリビングに荷物を置く。

 約一ヶ月ぶりの家だがフルーラは初めての旅から帰ってきた感傷に浸るわけでもなく、無言でタケシに目配せした。

 察して、タケシは少し心配そうな顔をしつつも口を開く。

 

「……小腹が空いてきたし、何か作ろうか?」

「ありがと。そっちが台所だから、好きに使って」

「分かった。アイちゃんも手伝ってくれないか?」

「ミャ? ミャ、ミャウ」

 

 タケシに頼まれたアイは少し戸惑いつつも頷き、タケシと共に席を外す。

 ……そして、二人だけになったところでフルーラがナオトに向かって声をかけた。

 

「ねえナオト」

「何だよ」

「さっきのバトル……何でわざと手を抜いたりなんかしたの?」

 

 その言葉に面食らいながらも、ナオトは顔を背けて返す。

 

「別に、手を抜いたりなんかしてない」

「ちゃんとこっち見て答えなさいよ」

 

 フルーラが咎める。彼が人と目を合わせないようにするのは、気恥ずかしい時か何かを誤魔化している時だ。

 

「私にだって分かるわよ。あのリザードンっていうポケモン相手だったら、ブースターじゃなくてゲンガーを出した方がいいってことぐらい」

「えっ」

 

 驚いて思わずフルーラの方へと顔を向けるナオト。タケシならいざ知らず、ポケモン初心者である彼女がそのことに気づいていたことが意外だったからだ。

 ナオトが考えていることを察したフルーラは、「あんたから借りたポケモン図鑑で勉強したのよ」と呟いて答える。

 

「それに、あんたのブースターだってもっと強いはずでしょ。ピンカン島でトランセル達を助けた時とか、ネーブルジムでダンさんと勝負した時も、それにユズジムの技テストだって……あのリザードンよりもすごい炎出してたじゃない!」

 

 フルーラの叫ぶような訴えに、ナオトは黙ったまま再び視線を逸らして何も答えない。

 

「……そんなに、嫌なの? 操り人になるの」

 

 俯き、消え入りそうな小さな声でフルーラがそう尋ねる。

 

「そういうわけじゃ……というか、なんでそんなに僕を操り人にしたがるんだよ。お前もお祭りの巫女なんて面倒臭いって言ってたじゃないか」

「だってっ……!」

 

 顔を上げて声を上げるフルーラ。しかし、その先の言葉を紡ぐことはなかった。

 

 

 ──二人の間に、沈黙が挟まれる。

 

 

「……もういい」

 

 ふいにフルーラがナオトに背を向け、玄関に足を向けた。ドアノブに手をかけて開けると、曇り空から覗く黄昏色が彼女を照らす。

 

「……約束したのに」

 

 フルーラはそう言葉を残して家を出て行ってしまった。

 

 自分が約束を破ったことに今更気づいたナオトは罪悪感に苛まれ、ソファにドサッと座り込み俯き加減で額に手をやった。

 だが、その約束だって「考える」と言っただけ。別に操り人になるなんて一言も言っていない。そう思いはしつつも、ナオトの心から後ろめたさが消えることはなかった。

 

 ナオトは自分よりもサトシが操り人になるべきだと思ったのだ。タケシ曰くサトシはまだ未熟ということだが、それはナオトとて同じこと。むしろ元々言うことを聞かなかったらしいリザードンを御せるようになっただけ、ナオトよりもまともなトレーナーと言える。

 その感情はある種の強迫観念のような物で、ナオトはまるで世界がサトシにスポットライトを当てているようにも感じていた。

 

「ミャア……」

「……ナオト」

 

 そこへ、心配そうな顔をしたアイが台所からリビングに入ってきた。その後ろには眉を下げたタケシ。話し声が台所まで聞こえていたのだろう。恐らく、彼はこうなることを予想してフルーラの家に泊まることを選んだのだ。

 

 しかし、今のナオトにはそんな彼らの気遣いも煩わしく思えた。

 タケシ達に目を向ける気力もなく、ナオトはソファで横になる。本人にそのつもりはないのだろうが、それは不貞寝以外の何物でもなかった。

 

 

 

◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓

 

 

 

 しばらくして陽が落ち、薄暗くなったアーシア島を提灯の優しい明かりが照らし始めた。

 

「ミャウッ、ミャウミャア」

「うっ、ん……」

 

 アイに起こされたナオトの耳に、太鼓の音が届く。遠くから聞こえるそれに、ナオトは祭りの高揚感よりも虚しさを感じた。

 

「ナオト。祭りが始まったみたいだし、行ってみないか?」

 

 そんな彼に、タケシがそう言って誘う。せっかくお祭りのためにわざわざ戻ってきたのだから、このまま家に籠もっているわけにもいかないだろう、と。

 

「……でも」

「ミャッ!」

「痛っ、分かった。分かったよ」

 

 気乗りしないナオトであったが、しゃんとしなさいとアイに引っ張られ、渋々出かけることにした。元より、あんな喧嘩別れした手前フルーラの家にずっと籠もるというのにも抵抗があったのだ。

 

 

 

 お祭りは盛況のようで、島民達は出店を見たり民族衣装を着込んだ人達の踊りを鑑賞したりなどして思い思いに楽しんでいた。

 アイとナオトが並んで歩き、タケシもその後に続く形で祭りを回っていると、ふいに人混みの流れが急に止まる。何だと思って人々の頭越しに確認してみると、ギャラドスを象ったお神輿を大勢の人が支えて行進しているのが見えた。

 

「ミャ! ミャ! ミャウ……」

「ほら、肩車してやるから」

「ミャア♪」

 

 人集りでお神輿が見えなくてぴょんぴょんしているアイを肩に担ぐナオト。仲睦まじい兄妹にしか見えない二人を微笑ましく見るタケシ。

 

「あのギャラドスの龍体は最後に島の池に沈められるそうだ。雨乞いを兼ねていて、雷の神であるサンダーを祀るための催しらしい」

「へえ……」

 

 通り過ぎたお神輿の後を通り抜けて一行は広場に向かう。そこでは、中心に焚いた炎を囲んで大勢の人が踊りを楽しんでいた。

 この炎は炎の神であるファイヤーの炎を模している。踊りはそのファイヤーを祀るためのもので、悪疫払いも兼ねているらしい。

 

 また、広場から離れた場所では氷の彫像が並べられていた。一際大きく作られている鳥型の彫像だ。

 これらは例によって氷の神であるフリーザーを祀るためのもので、順調な気候と豊作を祈願してのものなのだとか。それとは別に、もっぱらファイヤーの火祭りを楽しんできた島民達の避暑地となっている。

 

 ちなみに、これらの解説は全てタケシの口から話されたものだ。

 

「なあタケシ、お前なんでそんなにここのお祭りに詳しいんだ? 来るのは初めてなんだろ?」

「ミャウ」

「それはな……」

 

 ナオトがそう尋ねると、タケシはポケットから一枚の紙を差し出した。首を傾げながらもナオトはそれを受け取る。その紙には、女の子特有の丸文字が並んでいた。

 

「……これって」

「ああ。多分、フルーラが書いたものだ。冷蔵庫に貼られたままになってたんだよ」

 

 目を通してみると、アーシア島のお祭りのことについて事細かく書かれていた。

 

「よっぽど、楽しみにしてたんだろうな」

「…………」

 

 恐らく、旅を始める前に書いたものだろう。

 彼女は他の若者の例に漏れず、お祭りにはあまり関心がなかったはず。それなのにこうして事前に色々と調べ物をしていたのだ。まるで、誰かに教えるために。

 

「……別に、僕には関係な──」

「あっ、いたいた。タケシ!」「ピカチュ!」

 

 顔を歪ませて思い悩んでいたナオトが口を開きかけた所へ、サトシ達が偶然通りがかって声をかけてきた。

 

「今から集会所で夕食だって。何か催しもあるみたいよ」

「ヨーデルさんからタケシ達も呼んでくるよう言われたんだ」

「そうか。分かった」

 

 多分、操り人に関わる催しだろう。

 それを察したナオトはすかさず無言で離脱しようとしたが、タケシにガシリと肩を掴まれてしまう。

 

「フルーラと喧嘩しっ放しってわけにもいかないだろう?」

「……あ、ああ」

 

 そう諭されるが、ナオトの表情からは不安の色が消えることは終ぞなかった。

 

 

 

「ねえ、その子……アイちゃんだっけ? ナオト君の妹さんなの?」

 

 集会所へ向かう途中、カスミがアイの方を見ながらナオトにそう尋ねてきた。

 今まで何度も聞かれてきた質問。見たところ、サトシとケンジも同様のことを考えているようだ。

 

「いや、違うよ」

「ミャウ!」

 

 ナオトが首を横に振って答えると、アイは笑って少女の姿から元のゾロアの姿に戻って彼の肩に登る。

 

「「「ええっ!?」」」「ピッカァ!?」

 

 目を剥いて驚くサトシ達一行。

 カントー地方にはゾロアが生息していないから、知らないのも無理はない。

 

「ど、どうなってるの?」

「アイちゃんはゾロアというポケモンで、色んなものに化けることができる特性を持ってるんだ」

「へえ! 観察させてもらいます!」

 

 ポケモンウォッチャーのケンジが興奮気味にスケッチブックに筆を走らせ始める。

 

「へえ、ゾロアか」

 

 そう呟いて、サトシはポケモン図鑑を取り出しアイを調べようとする。

 しかし──

 

『データなし。この世界には、まだ知られざるポケモンがいる』

「あれ、なんでだ?」「ピカ?」

「バージョンアップさせてないからじゃないか? サトシの図鑑にはゾロアの情報がインプットされてないんだよ」

 

 首を傾げるサトシに、ケンジが自分の考えを伝える。

 別にそういうわけではないのだが、大して問題になるわけでもないのでナオトはあえて説明しないでおいた。

 

 

 

◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓

 

 

 

 そうこうする内に、一行は集会所に辿り着く。

 そこではヨーデルに加えてサトシ達の船の船長、そして長老や一部の島民達が石造りの丸テーブルを囲んで各々夕食を楽しんでいた。

 

「あ、いらっしゃい。待ってたわ。とりあえず適当に座って夕食を楽しんで」

「はい!」

「……どうも」

 

 元気の良い返事を返すサトシに対して、ナオトは覇気のない声。アイとタケシは困ったように眉を下げる。

 とりあえず夕食を楽しもうということで、一行はサトシ達とナオト達に別れてそれぞれテーブルに座った。

 

 ────♪

 

「……あれ?」

 

 しばらくテーブルの上の食事に手をつけていると、ふいにどこからか笛の音が聞こえてくる。それと同時に壇上の明かりが灯され、島外の人間であるサトシ達とナオト達が何事かとその明かりに注目する。

 すると、花冠と巫女衣装を纏った女の子が笛の音と共に舞台脇から現れた。

 

「……フルーラ?」

 

 スパンコールを散りばめたベールをふわりと揺らし、いつかナオトが聞いた笛を奏でながら壇上を舞い踊るフルーラ。

 普段の彼女から想像もつかない、イメージと真逆と言ってもいいその神秘的な出で立ちにテーブルに座る観客達は思わず息を呑んだ。

 

 それはナオトも例外ではない。

 笛の歌口に当てられたフルーラの下唇にはリップが塗られており、より一層女性的な魅力を醸し出している。そんな彼女に一番目を奪われていたのがナオトであるということは、近しい者からしたら疑う余地もなかった。

 

 

 ──パチパチパチパチ……

 

 

 そして、演奏を終えたフルーラに拍手が贈られる。

 その拍手の中、フルーラはサトシの元へ向かうために壇上から降りた。それは位置的に、ナオトの目の前を通る形となる。

 

 しかし、フルーラはナオト達が座るテーブルを一瞥もせず走り抜けていった。

 ナオトの視界を、スパンコールの煌めくベールが風に乗ってふわりと通り過ぎていく。

 

「天地怒り、世界が破滅に向かう時! 海の神現れ、優れたる操り人と共に神々の怒り沈めん!」

 

 サトシの前で大きく身振り手振りを使って島に伝わる伝承を謳うフルーラ。そして跪き、上目遣いで乞うように彼に接する。

 

「……サトシ様。あなたが本当に優れた操り人なら、私達にその証拠を見せてください!」

 

 言葉を紡ぎ、フルーラはサトシの腕を取る。心なしか、サトシもそんな彼女に見惚れている様子であった。

 

「……サトシが女の子に見惚れるなんて、ポケモンゼミのセイヨさん以来だな」

 

 タケシがぼそりとそう呟く。ナオトは自分の胸がチクリと痛むのを感じた。

 

「でも、証拠たってどうしたら……」

「難しいこっちゃないわ。沖にある三つの島にある宝を取ってきて、本島の裏にある祭壇に納めるの」

 

 サトシは巫女の演技をスパッと止めたフルーラから操り人の試練となる儀式についての説明を受ける。すると、ポケモントレーナーとしての冒険心と好奇心に火が点いたのか、彼はおもむろに椅子から立ち上がった。

 

「オッケー! 今すぐ出発しよう!」

「ちょっと、そんな急ぐことないわ。お祭りは明日までなんだから、明日の朝だって構わないのよ?」

「今日出来ることは今日やっておく! 善は急げさ! それがオレの……いや、ボクの主義なんだ!」

 

 フルーラを意識してか、はたまた操り人という役目を意識しているのか、話し方を改めるサトシ。その言葉を聞いたカスミは「よく言うわ」と機嫌悪げに果物を口に放り込んだ。

 

「ようし気に入った! 私が船を出したげる! まずは火の島ね!」

 

 気合十分、意気揚々なサトシが気に入ったのか、彼をアーシア島まで運んだ船の船長がそう申し出る。

 

「ありがとう! 船長さん!」

「気が早いんだから。それじゃ、勇気ある操り人様に巫女から激励のプレゼントをあげるわ」

「え? プレゼントって──」

 

 サトシの言葉が途切れる。

 なんと、フルーラが彼の頬にキスをしたのだ。

 

「な、なっ……!」

「ミャアア……!」

 

 それを見たカスミが目を見開いて眉を釣り上げ、アイは顔を赤くして両手で自分の目を覆う。

 

「…………ッ」

 

 ナオトはもはやテーブルに視線を落として、サトシ達の方を見もしない。すぐにでもこの場から立ち去りたい衝動に駆られていた。

 

「……ええっと、あっ、そうだ! ナオトも一緒に行かないか?」

 

 キスされた気恥ずかしさを紛らわそうとしているのか、サトシが急にそんなことを言い出した。「えっ」とフルーラとナオトが同時に声を漏らす。

 

「だって、別に操り人が二人いたって構わないだろ。な? 行こうぜ!」

 

 そんな全く悪意のないサトシの言葉に、ナオトは思わずフルーラに目線を送る。彼女はそれに気づくが、スッと目を逸らしてしまった。

 

「……僕はいい」

「ええ、何でだよ?」

 

 フルーラの態度に一切のやる気も湧き上がらないナオトはサトシの提案を断った。

 それでもなおサトシは食い下がろうとするが──

 

「ピッカ!」

「あっ、おいピカチュウ!」

 

 相棒のピカチュウがテーブルに置いてあった彼の帽子を咥えて集会所を飛び出していった。どういうわけか急かすような様子を見せるピカチュウを、サトシは慌てて追いかけていく。

 船長も彼の後に続いていったところを見ると、恐らくあのまま火の島へと向かうのだろう。

 

「行こう、アイ」

 

 それを見届けたナオトは、そう言って席を立ち集会所を出て行こうとする。

 

「ナオト、どこに行くんだ?」

「やることもないし、もう寝るよ」

 

 タケシが投げた問いに、それだけ伝えて振り返りもせずに立ち去っていっていく。先ほど昼寝という名の不貞寝をして起きたばかりの奴が言う台詞ではない。単にこの場から早く離れたいだけだろう。

 

「……ミャ、ミャウ」

 

 アイはフルーラを気にして振り返りつつも、ナオトを追いかけて走り去っていった。

 

「……フルーラ。あんたちょっとナオト君に冷たすぎるんじゃない?」

 

 ナオトが去っていった後、成り行きを見守っていたヨーデルが口を開き、フルーラのナオトに対する態度を咎めた。

 

「家で世話してた時はあんなにグイグイ行ってたくせに。ジム巡りの旅だってあんたが無理に提案したんでしょう?」

「……お姉さんには関係ないでしょ」

 

 仏頂面でそう返すフルーラ。

 すると、二人の会話を聞いたカスミが「ふ〜ん、そういうこと」と口にした。それを聞きつけたフルーラが彼女をジロリと睨む。

 

「何よ?」

「あんたね、いくら彼の気を引きたいからって、サトシを()()()()()()にするのはやめてくれない?」

 

 フルーラは「あ、当てポ?」と頭の上に疑問符を浮かべた。

 どこか聞き覚えがある気がした彼女は、ナオトから借りたままのポケモン図鑑をポシェットから取り出して調べ始める。

 

『ポニータ。ひのうまポケモン。美しいたてがみは燃え盛る炎である』

 

 ポニータが馬のポケモンであることを知ると、フルーラは「ああ、なるほど」と呟いて頷く。

 

「気にしないで。ほっぺにキスなんて(あんなの)挨拶みたいなもんだし。私、お祭りの日に島を訪れたトレーナーにはいつもああしてるのよ」

「わ、わたしは別に気にしてなんかないわよ!」

 

 怒鳴り返すカスミだが、視線はフルーラの持つポケモン図鑑に向けられている。怒りよりも先に、その妙に次世代的なデザインのそれが気になっているようだ。

 

「な、何よそれ。ポケモン図鑑? サトシのとは随分違うみたいだけど」

「ええ。カロス地方にいるプラターヌ博士って人からもらったんだって……ナオトが」

 

 そう返したフルーラは手に持っているポケモン図鑑がナオトの物であることを思い出して、胸が苦しくなるような感傷に浸ってしまう。

 黙り込んでしまった彼女を見て、さすがに罰が悪そうな顔をするカスミ。

 

「カロス地方?」

 

 その時、フルーラの話を横で聞いていたケンジがカロス地方という単語に反応した。そして、額に指を当てて何やら思い出そうとしているような仕草を見せる。

 

「う~ん、やっぱりどこかで…………あーーッ!!」

「ひゃっ!? い、いきなり大声出さないでよ!」

 

 カスミが文句をぶつけるが、ケンジは彼女を含めた驚いている周りの者達を尻目にものすごい勢いで自分のリュックを漁り始める。

 

「あった! ほら、コレ見て!」

「何なのよ一体……」

 

 ケンジがリュックから取り出して広げた雑誌を、カスミは呆れた声を出しながらも目を通す。フルーラとタケシも横から覗き見た。

 

「……えっ」

 

 フルーラが無意識の内に声を漏らす。

 開かれたそのページには、なんとナオトの顔写真が載っていたのだ。

 

「どこかで見たことがあると思ってたんだけど、カロス地方って聞いて思い出したよ。彼、カロスリーグ・デルニエ大会で準優勝したトレーナーだったんだ!」

「準優勝!?」

 

 興奮気味にそう話すケンジと、その好成績に驚くカスミ。

 

「貸してっ!」

 

 フルーラはその雑誌を横から掻っ攫い、食い入るようにして開かれたページに目を通す。

 

「……この雑誌って、各地で開かれたポケモンリーグの情報をまとめた奴だよな?」

「うん。僕はポケモンウォッチャーだからね。もちろんポケモンリーグの情報も集めてるってわけさ」

「準優勝なんて、セキエイ大会ベスト16のサトシがなんで勝てたのよ」

 

 横でタケシ達の会話が交わされるが、雑誌の内容を読むフルーラの耳にはそれらがフィルターがかかったように小さく聞こえた。

 

 雑誌には、ナオトが準決勝を制したものの大会のクライマックスを飾る決勝戦に姿を現さず、辞退扱いとなったことが書かれていた。

 決勝戦の相手であったタクトというトレーナーも、不戦勝で優勝カップを受け取るわけにはいかないと言って会場を立ち去ってしまったので、デルニエ大会は過去開催されたリーグでも例を見ない優勝者なしの大会となってしまったのだという。

 

 ナオトが決勝戦に姿を現さなかった原因は、十中八九準決勝で起こった事件にあるだろうと推測する文章が書かれている。

 バンギラスが、相手ポケモンを瀕死の重傷に追いやってしまったのだ。

 

 関係者によると、準決勝戦を前にして彼が出場登録させていたポケモンのほとんどが突然体調不良を訴えたのだという。正常なのはゾロア……つまりアイとゲンガーだけであった。そこにバンギラスがそのタフさで体調不良を抱えたまま出場することを強行したのだが、それでも実質アイとゲンガーのニ匹のみでバトルするようなものであった。

 結局ナオトは何か理由があったのかそのような状態でも準決勝戦に臨み、相手ポケモン六匹の内の四匹を倒すことに成功する。

 

 だが、五匹目でその事件は起こった。

 アイとゲンガーが倒れ、ナオトがやむをえず満身創痍のバンギラスを繰り出したその時、不調のはずのバンギラスが鬼のような勢いで相手ポケモンを完膚無きまでにノックダウンさせたのだ。

 

 続く六匹目、最後のポケモンもあっという間に蹂躙してしまうバンギラス。審判によってナオトの勝利が告げられた。

 しかし、バンギラスは止まらなかった。倒れている相手のポケモンに対して攻撃を止めなかったのだ。

 審判の声で正気に戻ったナオトがボールに戻したことにより間一髪の所で相手のポケモンは命拾いしたが、ナオトはそれがトラウマとなって決勝戦を辞退したのだろう。

 

 当初あんな惨状を引き起こしたナオトへのバッシングはひどいものであった。

 しかし、リーグが終わって数日後、チャンピオンリーグマスターのカルネとその友人が進ませた調査によって、相手トレーナーのソウマがナオトのポケモンの食事に遅効性の毒物を仕込んでいたことが発覚したのだ。リーグでの一連の対戦相手にも似たような手を使っており、そこから尻尾を掴むことができたのである。

 ソウマはその後、全リーグの出場権を永久剥奪されたらしい。

 

 だが、一度不名誉な晒しを大々的に受ければ、後でそういった事情があったことが判明しても人はそれを感知し辛い。ポケモンを暴走させて相手を半殺しにしてしまった事実に変わりはないのだから。それ故に、今でもナオトをポケモントレーナー失格と罵る者が後を絶たないという。

 

「………………」

 

 一気にその内容を読んだフルーラ。

 ナオトがポケモンを家族のように思っていることはよく知っている。そんな彼が家族に毒なんて仕込まれたらその怒りはどれほどのものか、フルーラには想像に難くなかった。

 ケンジから同じ内容を聞いたカスミとタケシも、言葉を失っている。

 

 

「──あら、雨?」

 

 

 その時、片手を広げたヨーデルが空を見上げてそう呟いた。見ると、確かにポツポツと雨が降り注ぎ始めている。

 

 それはあっという間に豪雨となった。

 今朝とは比べ物にならないほどの嵐が吹き荒れ、集会所の松明を消していく。海は豹変したように牙を立て始め、渦潮を前にしても突き進むフルーラでさえ出港を躊躇してしまうほどの荒れ様だ。

 

「どうなってるの……こんな嵐、初めてだわ」

 

 吹き荒れる嵐を前にして、フルーラが呟く。

 今、火の島へ向かっているであろうサトシ達はこの嵐の海の真っ只中にいる。難しくないと言って説明したが、これでは難しいどころか命を落としかねない。

 しかも送り出したのは自分だ。加えて、フルーラはこの嵐がただの嵐でないことを何となく感じ取っていた。

 

「お姉さん、私行ってくる!」

 

 突き動かされるような衝動に駆られ、フルーラは集会所を飛び出す。サトシ達を助けに行くべく、港の方へ向けて駆け出し始める。

 

「馬鹿! あんた、こんな嵐の中に船を出したりなんかしたら死んじゃうわよ!」

「そうじゃ! しかもワシの船じゃぞ!」

「お爺ちゃんは黙ってて!」

「はい!」

 

 そんな漫才を挟みながら、ヨーデルがフルーラを引き止めた。

 

「大丈夫だってば! 私みっちゃんより船の操縦上手いし! それにこのまま誰も助けに行かないなんてわけにもいかないでしょ!?」

 

 自信満々に返すフルーラ。

 事実、船の操縦に関してアーシア島でフルーラの右に出る者はいない。それだけにヨーデルも言葉を詰まらせてしまった。

 

「……分かったわ。行ってきなさい、フルーラ」

「ヨーデル!」

「この子は言い出したら聞く子じゃないわ。お爺ちゃんだってよく知ってるでしょう?」

「た、確かにそうじゃが……そ、それならナオト君に一緒に来てくれるよう頼んでみたらどうじゃ? ポケモントレーナーの彼なら、いざという時に頼りになるだろうて!」

 

 少しでもフルーラの助けになればとそう提案する長老。しかし、当のフルーラが「……駄目よ」と首を横に振る。

 

「あいつ、運動神経ないくせに無茶ばっかりするから……それに、これ以上私の勝手で傷つけたくないの」

 

 そう言って、フルーラは再び港に向かって駆け出していった。

 

「フルーラ!」

「あ、あたしが一緒に行きます!」

 

 カスミがフルーラの後を追いかけて走り出す。何だかんだ言って、彼女もサトシのことが心配なのだろう。それに続こうとしたケンジが一度立ち止まってタケシの方を振り返った。

 

「タケシは?」

「……いや、俺はちょっとやることがあるから残る。サトシのこと、頼んだぞ」

「うん、分かった!」

 

 ケンジはタケシの返事に頷いて答え、急いでカスミとフルーラの後を追いかけていく。

 

「…………」

 

 それを見届けたタケシは、彼女らとは別の方向──ナオトが歩き去っていった先を見据えるのであった。

 

 




恋愛物って喧嘩やすれ違いがあってこそ盛り上がると思うんですよね。
次回は明日投稿します。

■お祭り
悪疫払いとか豊作祈願とか、色んな地方のお祭りを元にそれっぽくしてみた。

■フルーラ
サトシの頬にキス。彼女がヒロインのSSでそれをさせるのは悪手と批判されるかもしれないが、これも彼女というキャラクターを描く上で外せない要素。
フルーラといえばそのシーンと笛を吹いている姿を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。

■ナオト
完全に拗らせちゃった子。サトシという眩しすぎる存在に当てられてさらに塞ぎ込んでしまう。
サトシと同じようなタイプの主人公だと「じゃあ別にサトシでよくね?」となるので、あえて彼とは真逆の設定にしている。
人見知りでバトルを避ける、帽子は被らない、利き腕は左。共通点はポケモンが好きというところだけ。
フルーラの魅力を遺憾なく伝えるには、こういう頼りないタイプが丁度良い。


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