ポケットモンスター -Hello My Dream-   作:PrimeBlue

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28. ダークルギア爆誕 ① ▼

 時代は戻って、現代。

 フルーラの笛の音を耳にしたルギアはその癒やしの音色によって活力を取り戻し、海の奥底から水柱を立てて再びサトシ達の前に姿を現した。

 

『礼を言おう。私を慰める笛の音に』

 

 テレパシーで感謝の言葉を伝えるルギア。

 しかし、ルギアを復活させることはできたが、ファイヤー達は未だ海の真っ只中で不毛な争いを続けている。

 

 ルギアは続けた。

 三鳥の怒りを鎮めるには、火の島、雷の島、氷の島にある三つの宝珠を岬の祭壇に納めた状態で笛を奏でなければならない。笛の音色が宝珠に込められた神のエネルギーを通して、海上で争う三鳥達の耳に届くだろう、と。

 今祭壇に納められているのは、サトシが集めた火の島の宝珠と雷の島の宝珠の二つ。後一つ、氷の島の宝珠が必要だ。

 

『その宝珠を集め三鳥の怒りを鎮めるのは、優れたる操り人──人間でなければならない』

 

 そして、ルギアはその人物を目で示した。

 他の誰でもない。二つの宝珠を集めたサトシを。

 

 正義感が強く無鉄砲なサトシであったとしても、三鳥達の飛び交う戦場を通って氷の島に向かうのは躊躇せざるを得ない。

 しかし、彼のポケモン達がその背中を押した。

 

 結果的にサトシは頷いて答えた。

 世界のために。世界を救ってやろうじゃないかと。

 

 かくして、ロケット団の力も借りて、サトシは見事氷の島の宝珠をゲットした。

 これで世界は助かる。ルギアの大きな背に乗って、アーシア島に凱旋するサトシとピカチュウ。

 

 その時であった。

 雷の島に不時着したジラルダンの飛行船から、例のキャプチャーリングが飛び出してきたのだ。

 

 神秘を土足で踏み抜くような機械仕掛けのそれは、複数に分かれてルギアを全身を拘束する。

 放たれる電磁波がルギアの抵抗を妨害し、徐々に狭まる輪が肉体に食い込んだ。

 

「────ッ!!」

 

 しかし、ルギアの必死の抵抗によってキャプチャーリングは破損。青白い稲妻を放電しながら煙を上げて海へと堕ちていく。

 ルギアはお返しとばかりにこの騒動の発端に対しての怒りを込めたエアロブラストを飛行船へ向けて放った。空間が歪むほどの力がルギアを中心にして放たれ、神の力を宿した真空波がジラルダンの飛行船を貫く。ルギアを追っていたファイヤー達はその余波を食らい、墜落。

 

 それを見届けて、ルギアはサトシとピカチュウを乗せたまま再びアーシア島へ向けて翼をはためかせた。

 

 

 

 

 

 ルギアのエアロブラストによって崩壊した飛行船。

 城と見紛うほどであったそれはもはや見る影もなく、煙と共にその無残な姿を晒している。

 立ち込める塵煙の中、積み重なった瓦礫の隙間からジラルダンが塵で汚れた顔を出す。頭や肩に降り積もった瓦礫屑を、彼にしては珍しく少し乱暴な手付きで振り落とした。

 

「……これでは、計画の続行は不可能だな。やはりもっと信頼できる技術者を採用するべきだったか」

 

 遠くを見るような目でそう呟くジラルダンの耳に、瓦礫の崩れる音が届く。音がした方を振り向くと、煙の向こうからビシャスがゆっくりと姿を現した。

 

「おや、君か。どうやら、君のキャプチャーシステムは私の希望に適うものではなかっ──」

 

 ジラルダンが額に手を添えて物憂げに言葉を連ねようとしたが、それはビシャスの鍛えられた腕で放たれた左ストレートによって中断させられる。

 右頬を殴り飛ばされ、ジラルダンは一発で昏倒してしまった。

 

「お前はもう用済みだ」

 

 倒れ伏すジラルダンを見下ろしながら、ビシャスはニヤリと歯を剥き出して邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓

 

 

 

 サトシとピカチュウを乗せたルギアが悠然と羽ばたきながらアーシア島に戻ってくるのを見て、フルーラとカスミ達は彼らを迎えるために岬の崖縁へと足を運ばせた。

 

「おーい! カスミ! ケンジ! フルーラさーん!」

「ピーカァ!」

 

 ルギアの背中で手を振るサトシとピカチュウ。

 後は祭壇に最後の宝珠を収めて笛を奏でるだけだ。サトシというポケモントレーナーによって世界は破滅の危機から救われる。本当に伝承通りの光景がそこに再現されていた。

 

 カスミ達が手を振り返しているのを見て、これで簡単で命がけな儀式は終わったのだと心の中で胸を撫で下ろすサトシ。

 それは彼の相棒も同じなようであった。ピカチュウと目が合い、安堵の笑みが自然とこぼれる。

 

 ──刹那、どこからともなく飛来してきた黒いモンスターボールがルギアに当たった。

 

「ギャーアアスッ!!」

「ル、ルギア!?」

 

 ルギアの悲鳴が響く。

 彼は黒い光に包まれ、その黒いモンスターボールに捕らえられてしまう。

 

「うわあああっ!!」

 

 足場を失ったサトシとピカチュウは宙に放り出され、極寒の海へと落ちていった。

 

 紫電を帯電させたボールは、そのまま独りでに飛んできた方向へと舞い戻っていく。

 その先には、そこには見慣れない軍艦色の飛行艇が空に浮かんでいた。ジラルダンの城のような飛行船と比べればはるかに小さいが、それよりも近代的なフォルムをしている。

 

 その飛行艇のコクピット辺りから、一人の仮面を被った男が艇外にその姿を晒していた。

 ビシャスだ。

 

「アイツは……ビシャス!」

「どうしてアイツが……それに、ルギアをゲットしちゃうなんて!」

 

 目を見開いて声を上げるケンジとカスミ。

 

「あんた、なんてことするのよ! せっかく何もかも元通りになるはずだったのに……!」

 

 フルーラが怒りの込もった声をぶつけるが、ビシャスはどこ吹く風と見向きもしない。

 

 そして、飛行艇の射出口から先ほどルギアを捕らえた物と同じ黒いモンスタ―ボールが撃ち出された。合計で三つだ。

 それらはルギアのエアロブラストの余波を受けて散り散りに倒れていったファイヤー、サンダー、フリーザーの元へあっという間に飛んでいく。

 

「ギヤーオッ!」「ギョオオー!」「キョーーッッ!」

 

 傷ついた状態のままファイヤー達はボールに向かって攻撃を放つが、対象が小さい上に軌道が読めない動きをするせいで全く狙いが定まらない。

 そして、あれだけ激しい攻防を繰り広げた三鳥はいとも簡単にボールに捕らえられてしまった。

 

 神々の捕獲を終えたボールが飛行艇の元へ悠々と戻ってくる。

 

「ファイヤー達まで……」

「ちょっと! アンタ自分が何してるのか分かってるの!? 何が目的でこんな……!」

 

 カスミが信じられないとばかりに呟き、フルーラが叫ぶ。

 ビシャスは卑劣な笑みを浮かべて答えた。

 

「決まっている。この世界を征服するためだ……無論、ロケット団の野望を叶えるためではない。これは私自身の野望なのだ。そして、それは既に達成した。この神々を思い通りにできるということは、世界の存亡はもはや私の手にあるようなものなのだからな」

 

 ジラルダンとはまた違うが、他にもそんな馬鹿げたことを考えられる輩がいたことにフルーラは眉を顰める。

 

「あんたなんかにファイヤー達を思い通りにできるわけないわ! 早く解放しなさいよ!」

「……ああ、言われるまでもない。すぐに放してやるとも」

 

 そんな彼女の叫びに、ビシャスはニヤリと笑って返した。

 

「さあ、出てきなさい!」

 

 ビシャスの掛け声に反応して、宙に浮いたままだったファイヤー達を捕らえたモンスターボールが開く。捕獲した時と同様の黒い光が漏れ出し、神々の姿を形作っていった。

 

「「……えっ!?」」

 

 しかし、現れたその姿を見たフルーラ達は目を見開く。

 三鳥共が元の体色よりも黒ずんだ色に染まっていたのだ。そして、その瞳は赤く輝いている。とてもじゃないが元のポケモンと同じ存在だとは思えなかった。

 

「これはダークボール。このボールで捕獲されたポケモンは邪悪に染まり、その力を最大限に引き上げることができるのだ」

 

 その黒いモンスターボール──ダークボールを手にして、ビシャスが自身の成果物を昂然とした態度でそう説明する。

 

「ジラルダンが提供した資産を使って、密かに開発を進めていたのだよ。あのキャプチャーシステムとリングは、このボールのプロトタイプに過ぎない」

 

 ビシャスの話を聞いたフルーラがファイヤー達に向けて声を張り上げる。

 

「ファイヤー、サンダー、フリーザー! お願い! 正気に戻って!」

「「「…………」」」

 

 しかし、三鳥はまるで彼女の声が聞こえていないかのように何の反応も示さない。

 曇天の空は一層黒く染まり、波打つ海の牙はその鋭さを増していく。

 

「サンダー。あの耳障りなハエ共を黙らせなさい」

「ギヨオオーッ!」

 

 ビシャスの命令によって、サンダーのかみなりがフルーラ達に向けて放たれる。

 強力な稲妻は若干狙いが外れ、祭壇の一部を破壊しながらフルーラ達の間を抜けて岬の傍の切り立った岩場に直撃した。崩れ落ちた岩の破片が頭上からフルーラやカスミ達に襲いかかる。

 

「……力の制御に若干の乱れがある。少し調整が必要なようだな」

 

 サンダーが狙いを外したことに舌打ちをしたビシャス。

 できれば落ち着いた場所に移動して作業したいが、時間をかけてしまえば本当に世界が滅んでしまう。完全に制御さえできれば、その問題もなくなるはず。

 そう考えたビシャスはこの場で調整を開始するため、機材を操作してコクピットへと戻っていった。

 

 一方、岩の瓦礫から脱したフルーラ達。

 ビシャスが飛行艇の中に戻ったことを認めたカスミがフルーラに顔を向ける。

 

「フルーラ、わたし達サトシを助けに行くわ! あなたはここで待ってて! ケンジ、行くわよ!」

「うん!」

 

 そう言葉を投げかけて、カスミはケンジと共に海に落ちたサトシとピカチュウを助けに向かった。

 

「一体、どうしたら……」

 

 飛行艇の傍を飛び回っているファイヤー達を見据えて、フルーラが呟く。

 

 ──ドボンッ!

 

 そんな彼女の耳に、何かが岬の傍の海に落下した音が水飛沫と共に届いた。音と水柱の高さからして、落ちたのはおおよそ人間大の何かであろう。

 先程の崩落による岩片が遅れて海に落ちたのだろうか? 気になったフルーラは岬の端に顔を出し崖下を覗いてみる。

 

 崖下を覗いたフルーラの目に信じられないモノが映り、思わず目を擦った。

 そこには、ナオトがいたのだ。海に沈んだり浮かんだりを繰り返しながら、バシャバシャともがいて……いや、溺れている。

 傍にはアイもいるが、元のゾロアの姿ではとてもじゃないがナオトを岸へ運べそうにない。

 

「ナ、ナオト!」

 

 フルーラは慌てて手近な足場から岩岸へと下り、海に飛び込んだ。

 氷点下の海の水が身体を急激に冷やしていくのを歯牙にもかけず、沈みかけているナオトを抱えて岸へと泳ぎ運ぶ。

 

「ゲホッゲホッ……悪い、助かった」

 

 咽ながらも、礼を言うナオト。なぜ海の上に転移させたのか、姿を見せないセレビィに心の中で恨み言を寄越す。

 そんなナオトを余所に、フルーラは彼の肩を乱暴に掴んで無理やり顔を起こさせて怒鳴り声をぶつけた。

 

「……あんた! なんで来たのよっ!?」

 

 お互いの鼻がくっつきそうなほど近い距離でそんな怒鳴り声をぶつけられ、ナオトは目を丸くする。

 

「今さら来たって遅いわよ! あんたなんか来たって、もうどうにもならないんだから! いつもみたいに嫌だって言って、逃げてればいいじゃない! それなのにっ……」

 

 吐き出すようにして怒鳴るフルーラの目尻に溜まった涙が、一筋零れ落ちる。

 

「なんで、なんで来たのよ……」

 

 フルーラはナオトの肩から力無く撫でるようにして手を外すと、ナオトの胸に縋るようにして泣いている顔を隠した。

 傍らにいるアイが「ミャウ……」と心配そうな声を上げる。今まで見たこともないぐらい弱々しい彼女に動揺しながらも、ナオトはフルーラが落ち着くのを待ってから尋ねた。

 

「その、一体何があったんだ?」

「……あいつが、ピンカン島で会ったジラルダンが、ルギアを──」

 

 嗚咽を交えながら、フルーラはこれまでの経緯と現状をナオトに説明する。

 

「ルギアって……目元は赤かったか?」

「目元? 確か、青かったと思うけど……」

 

 フルーラはナオトが何でそんなことを聞くのか分からないと言った顔をしながらも、首を横に振ってそう答えた。

 どうやら、ナオトが会ったあのルギアではないようだ。かなりの年月が経っているようだし、代替わりしていてもおかしくないだろう。

 

「──あれ? フルーラ! どこ行ったの!?」

 

 その時、カスミの声が崖の上から聞こえてきた。

 ひとまず崖を登ることにするナオト達。ナオトよりフルーラの方が登るのが早いのは言うまでもない。

 

 先に登り終えたフルーラが崖縁から顔を出すと、カスミとケンジが辺りを見回して、姿を消したフルーラのことを探していた。

 すぐ傍にはサトシとピカチュウもいる。無事にカスミ達によって助けられたようだ。祭壇には二つの宝珠の他に、彼が手に入れてきた氷の島の宝珠が納められている。

 

「フルーラ! あなた、なんでそんなトコに──」

 

 崖縁から這い上がってきたフルーラを見たカスミがそう言葉を投げかけようとして止める。

 フルーラの後からアイがぴょんぴょんと崖を登ってきて、続けてここにいないはずのナオトがその少し疲弊した顔を覗かせたからだ。

 

「え、なんでナオト君がここに?」

「僕のことなんかより、早くファイヤー達を何とかしないと!」

 

 カスミが驚いて尋ねるも、ナオトはそう返してすぐさまアイに指示を出す。

 

「アイ! ナイトバーストだ!」

「ミャアアッ!!」

 

 ナオトの指示を受けて、アイがナイトバーストをビシャスの飛行艇に向けて放つ。だが、衝撃波が飛行艇に当たる直前でバリアに阻まれてしまった。

 攻撃を感知したビシャスが再びコクピット内から艇外に姿を現す。

 

「──うん? また新しい顔がいるな……まあいい。ガキが一人増えたところでどうにかなるわけでもあるまい」

 

 そう呟いて、クツクツと喉を鳴らすビシャス。

 

「お前達は無意味と分かっていてもしつこく邪魔をしかねんからな。ダークボールの調整テストをするには丁度いい。行け! ファイヤー、サンダー、フリーザー! あのガキ共を始末しろ!」

 

 ビシャスの命令を受けたファイヤー達は鳴き声を上げ、一斉にナオト達を強襲し始める。

 

「ピィカチュウゥゥーッ!!」

 

 サトシのピカチュウが10まんボルトを放つが、サンダーの10まんボルトがそれを易々と弾いてしまう。

 迫るファイヤー達に、サトシが、カスミが、ケンジが、声にならない悲鳴を上げる。

 フルーラはどうすればいいのか分からず、その場を動くことができない。

 

「……え?」

 

 そんなフルーラの髪が後ろからの風に押されてふわりと揺れる。咄嗟に横を振り向いたフルーラの視界をナオトが横切っていく。

 フルーラの横を通り過ぎたナオトは、何を考えているのか祭壇に納められた宝珠を取り出したのだ。右手に一つ。そして、左手に二つ。

 

「ナ、ナオト? 何してるのよ!?」

 

 フルーラが疑問と焦りの色を混ぜた声を上げる。

 しかし、それに答えている暇はない。そのまま祭壇を降りたナオトは駆け出し、サトシ達の傍に立つ。

 

 もしかすると、彼らは自分がゲットしたファイヤー達ではないかもしれない。

 ルギアと同じく、代替わりしていてもおかしくはないのだ。あの時代から何年経っているのか、寿命が何年なのかもはっきりしていないのだから。

 だが、ナオトにはなぜだか確信があった。彼らは自分がゲットしたあのファイヤー達だと。手に馴染む宝珠の感触と、そこから流れるエネルギーがそれを教えてくれる。

 

 ならば、あの三馬鹿を正気に戻らせる方法はこれしかない。

 ナオトは両手に持った三つのボールを迫るファイヤー達に向けて掲げた。

 

 

「──戻れ! ファイヤー、サンダー、フリーザー!」

 

 

 宝珠からそれぞれの色の光が放たれる。

 その光がファイヤー達を包み込み、光と一体化するようにして宝珠の中に収められた。

 

「「ええっ!?」」

 

 フルーラとサトシ達が口をあんぐりとさせて驚愕の声を上げる。

 ビシャスさえも大口を開けて驚き、仮面の上からでも分かるほど動揺しているのが分かった。

 

「ちょ、ちょっとナオト! どういうことなの!?」

「この宝珠は元々モンスターボールだったんだよ」

 

 慌てて駆け寄って問い詰めるフルーラに、ナオトは落ち着いた様子で答えた。

 宝珠に蓄積されているであろう神のエネルギーがビシャスのダークボールの支配を打ち破ってくれるかは賭けだったが、何とかなったようだ。

 

「え、それモンスターボールだったの!?」

「な、なんでアンタがそんなこと知ってるのよ?」

 

 驚くサトシの横でフルーラが続けて問うが、ナオトは曖昧な笑みを返すだけで答えない。

 

 そして、その三つの宝珠を放り投げた。

 宙を舞った宝珠が再び光を放ち、神々の姿を形作る。その姿は、先程邪悪なエネルギーに染められたものではなくなっていた。

 

「ギヤーオ!」「ギヨオオッ!」「キョーーオ!!」

 

 元の自分を取り戻したファイヤー達が鳴き声を上げ、ナオトの元に集まる。

 彼らは、随分待たせてくれたじゃないかと言いたげな顔でナオトを睨みつけた。

 

「悪かったよ。長い間ほったらかしにして」

 

 思えば、アイを追いかけて初めて火の島を訪れた際、ファイヤーが襲ってきたのは八つ当たりのようなものだったのかもしれない。

 

「馬鹿なっ……私のダークボールの支配を破っただと……!?」

 

 予想だにしない事態を前にビシャスがギリギリと歯を噛んでいる。

 

「……ならば、また捕獲すればいいだけのこと。そうだ……私にはまだ、コイツがいる」

 

 そう呟き、ビシャスは手元の端末を操作した。

 

 

「出でよ! 邪悪なる(ダーク)ルギア!!」

 

 

 飛行艇の射出口からダークボールが発射される。宙を飛んだそのボールが開いて黒い光が放たれた。

 それは周りの光を吸い込むかのようにして大きく膨れ上がっていく。

 

 やがて、光は海の神の肉体を形成された。

 しかしその姿は、元のそれとは正反対の姿であった。

 

 白銀の羽毛は見る影もなく、闇に堕ちたかのような黒紫色に。足の爪や頭部は凶悪さを体現するように鋭利。

 そして、その意思を感じさせない鋭い瞳は赤色に鈍く輝き、肉体は元の身体よりも二回り以上大きくなっていた。

 

「そんなっ……ルギア……!」

 

 サトシが変わり果てたルギアを見て、その顔を絶望に染める。

 

「ガキ共を始末するのだ。ダークブラスト!」

「────!!」

 

 ビシャスの命令を受けたルギアの口から紫電がほどばしり、闇の波動が放たれた。それはアーシア島の岬を直撃する。

 

「「うわあああっ!!?」」

 

 岬は破壊され、祭壇は木っ端微塵。

 ナオト達はファイヤー達に運ばれて岬から離れることで間一髪難を逃れることができた。ファイヤーにナオトとフルーラ。サンダーにサトシとピカチュウ。フリーザーにカスミとケンジが乗っている状態だ。

 しかし、このままではアーシア島の被害が大きくなってしまう。

 

「ファイヤー! サンダー達も! 一旦雷の島に向かってくれ!」

「ギヤオオ!」

 

 ファイヤー達はナオトの指示に従い、ルギアを誘い出すようにして雷の島へと移動し始める。

 

「────ア゛ア゛ア゛ッ!!」

 

 ルギアはそれを追おうとしていたが、その途中でその動きを止めて狂ったように暴れ始めた。

 どうやら、先のファイヤー達と同じく無理矢理引き上げられた力を上手く制御できていないようだ。

 

「ちっ……パワーは予想以上だが、ファイヤー達と同じパラメータでは制御し切れんな」

 

 ビシャスはルギアの圧倒的パワーに歓喜しつつも、調整のためにコクピットへ降りてコンピュータのキーを叩き始める。

 

「あれが、ルギア? ……まるで別物じゃないか」

 

 禍々しいエネルギーを発するルギア。

 雷の島に降りたナオトは見据えた先から放たれるそれを肌で感じ取り、その力の強大さを前にして思わず足が竦んでしまう。

 三鳥の力を合わせても、対抗できるかどうか……

 

「っう……ルギア!」

「サトシ!」「ピカピッ」

「無茶しちゃダメよ!」

 

 サトシは今すぐにルギアの元へ向かいたいという顔をしているが、疲弊した身体がそれを許してくれない。それでも無理に向かおうとするので、カスミとケンジが必死に止めている。

 

「……ナオト」

 

 フルーラがルギアを見据えながらナオトのことを呼んだ。

 ナオトがフルーラの方を見ると、彼女も振り向く。その目からは真剣な眼差しを感じ取れた。

 

「……私を、ルギアの所まで連れていって」

「えっ!?」

 

 その言葉に、ナオトは目を見開いた。

 

「あのルギアはファイヤー達みたいに宝珠に戻せない。なら、可能性があるとしたら私の笛しかない。そうでしょ?」

「あ、ああ」

 

 確かに対の宝珠がないルギアを正気に戻らせる可能性があるとしたら、それしかないだろう。

 ナオトはファイヤー達に目を向けた。彼らの怒りは未だ収まってはいないようだが、ナオトという本来の主が現れたことで一応言うことは聞いてくれている。

 

「……私、ナオトがどれだけ辛い気持ちでバトルしてたか知りもしないで、オレンジリーグに出ろとか操り人になってとか、勝手なことばっかり言ってた……謝って済むことじゃないってことは、分かってるわ」

 

 伏し目がちに紡がれるその言葉は、後悔と自責の念に駆られるているせいか驚くほど力がない。その目尻からは涙が少し滲み出ている。

 

「それなのにこんなお願いして、私ってホント無責任よね……」

 

 そこまで言って、フルーラはハッと顔を上げた。

 

「っ、そうよ。ナオトまで行く必要はないわ。ファイヤー達に私を運んでくれるようナオトが頼んでくれれば──」

「いや、僕も行く」

 

 ナオトはフルーラから目を離してファイヤー達の元へと歩み寄り、彼女の言葉を遮るようにしてただ一言そう告げた。フルーラは目を丸くして、「え……?」と漏らす。

 

「だから、僕も行くって言ってるんだ。お前一人だけ危険な場所に行かせるなんて、できるわけないだろ。それじゃあ何のためにここまで来たのか分からなくなるじゃないか」

 

 背中を向けたまま、そう続けるナオト。

 

「何のためにって、それって……」

 

 フルーラは彼の言葉を頭の中で反芻し、それが意味することを理解して目を瞬かせる。

 

「……わ、私のために来てくれたの? 世界が大変だから仕方なく、とかじゃなくて?」

 

 フルーラが尋ねると、ナオトは背中を向けているのにも関わらず視線をずらした。気恥ずかしいのを誤魔化すようにファイヤーの首元を撫で始める。

 そんな彼の態度が、肯定であることを言外に示していた。

 

 ──そっか。私のために、来てくれたんだ。

 

 こんな喧嘩別れしてしまった自分のために、彼は来てくれた。

 それを知ったフルーラの頬は桃色に染まっていく。自分でも信じられないほど舞い上がっているのか、その胸はうるさいほどに高鳴っている。

 嬉しくて、嬉しくて、どうにかなってしまいそうだった。

 

「ナオト! オレも連れていってくれ!」

 

 そこへ、会話を聞いていたサトシが割って入ってそう頼み込んできた。

 

「ファイヤー達に乗って、ルギアの所まで行くんだろ!?」

「無茶だサトシ!」

「そうよ! あんたもうボロボロなのよ!?」

 

 ケンジがそんなサトシを止め、カスミもそれに加わる。

 

「大丈夫さ! それに、あんな苦しそうなルギアを放って待ってるなんて、オレは絶対に嫌だ!」

 

 サトシは引き止めるケンジ達の手を振りほどき、頑として譲ろうとしない。

 

「……分かった。サトシ、君はサンダーに乗ってくれ」

 

 止めても無駄だと分かったナオトは、サトシに雷の島の宝珠を差し出した。

 ナオトの言葉にサトシは「分かった!」と宝珠を受け取って力強く頷き、ピカチュウと共にサンダーに駆け寄る。

 

「カスミと……ケンジだっけ? 二人はフリーザーに乗ってくれ。サトシのサポートを頼む」

 

 次いで、ナオトはそう言ってカスミに氷の島の宝珠を手渡す。

 彼女は自分も行くのか? と動揺している様子であったが、すぐに意を決したように頷いた。

 

「……そうね。あの無鉄砲には、この未来のみずポケモンマスターのわたしがついててあげなきゃ!」

「フリーザーはこおりタイプのポケモンだけど……」

「世界の美少女はそんな細かいこと気にしないの! ほら行くわよ!」

 

 カスミがツッコミを零すケンジを引っ張って、フリーザーの元へ走っていく。

 それを見届けたナオトはファイヤーの方を向き直ると、その背には既にアイを肩に乗せたフルーラが乗り込んでいた。そして、彼女はナオトに向かって手を差し出す。

 

「行くわよ! ナオト!」

「……ああ!」

 

 力強く頷き、フルーラの差し出した手を握り返すナオト。

 そのまま引っ張り上げられ、ナオトが前に出る形でファイヤーの背に乗り、フルーラは彼の背中にしがみつく。ファイヤーの燃え盛る翼の炎は以前乗った時と同じで全く熱さを感じなかった。

 

「頼んだぞ! ファイヤー、サンダー、フリーザー!」

「ギヤーオ!」「ギヨオー!」「キョーオ!」

 

 三鳥が鳴き声を上げ、ナオト達が乗ったファイヤーが地を蹴って飛翔する。

 それに続いてサンダー、フリーザーが後を追うように翼をはためかせて飛び立った。

 

 ファイヤー達の三色の翼が空を駆ける。

 真正面からの猛烈な風圧を浴びながらも、ナオトは視線の向こうでもがくように荒れ狂うルギアを見据えた。

 

 そんな中で彼の背中にしがみついているフルーラは、その背中に既視感を覚えていた。以前にもこうしてナオトの背に身を預けていたことがあるような、そんな不思議な感覚。

 それは朧げで不明瞭なもの。けれども、目の前のどことなく頼りない、後ろから押してあげたくなるような彼の背中が愛おしくてしょうがない。それだけは確かだった。

 

 ルギアの姿がだんだん近づいてくる。

 その時、宙でもがいていたルギアの身体に紫電が走り、身震いと共にその長い首を垂らして空中で静止した。どうやら、ビシャスによる制御の調整が完了してしまったらしい。

 

『さあ、ルギア! 返り討ちにしてやりなさい!』

 

 ビシャスの命令を受け、ルギアはゆっくりと首を起こして迫るファイヤー達を見据える。赤い瞳が鈍く輝く。まるで命をかけてかかってこいとばかりに。

 そして、その口から吐き出すようにしてダークブラストを放った。

 

 一直線に自分達目掛けて放たれた闇の波動を、ファイヤー達はそれぞれ散開する形で回避。

 しかし、ルギアは波動を放った状態のまま首を動かし、鞭で薙ぎ払うようにして軌道をずらしてきた。

 

「ファイヤー!」

「ギヤャッ!」

 

 その軌道上にいたナオト達が乗るファイヤーは翼を畳み、身を回転させることで何とか難を逃れる。

 

「ルギア! 正気に戻ってくれ!」「ピカ! ピカチュウ!」

「──ア゛ア゛ッッ!」

 

 軌道から外れていたサトシ達が乗るサンダーがそのままルギアに近づいて必死に声をかけようとするが、続けて放たれたダークブラストがそれを遮る。

 さらにバリアを展開させたまま飛行突進してきたために、サトシ達は大きく弾かれてしまった。

 

「うわああっ!!」

「フリーザー、れいとうビーム!」

 

 ルギアがサトシ達に追撃しようとするところへ、カスミがフリーザーのれいとうビームで妨害。

 

「ファイヤー! ぼうふうだ!」

「────ッ!!」

 

 さらにナオトがファイヤーのぼうふうで強風を巻き起こしルギアの動きを封じようとするが、苦もなく脱出されてしまう。さすがに一ヶ月以上続く嵐を生み出す力を持つというだけはある。

 

 だが、ぼうふうから逃れる過程でルギアとの間に距離ができた。

 ナオトはファイヤーに指示して体勢を整えているサトシ達に近づく。

 

「サトシ! あのルギアに説得は無理だ! 全員で同時に攻撃を仕掛けて何とか動きを封じよう!」

「ピカピ、ピカチュッ!」

「っ……分かった!」

 

 サトシは少し思い悩んでいたが、ピカチュウにも諭されて頷く。

 

「でも、ホントにどうにかなるのかな?」

「わたし達の声も届かないのに、フルーラの笛の音がルギアの耳に届くのかしら……」

 

 ケンジがカスミは攻撃に同意するが、それとは別に懸念の声を漏らした。

 確かにその通りだ。ナオトの心に一抹の不安が過ぎり、その眉をひそめる。

 

 そんな彼の背中を、フルーラが手の平でトンと押した。

 

「何不安そうな顔してんのよ。ここまで来たら、できるかどうかなんて悩んでる暇ないわ。私達はやれることをやるしかない。でしょ?」

「……ああ。そうだな」

 

 さっきまでのしおらしい感じは鳴りを潜め、いつもの勝ち気な彼女が戻ってきた。

 やっぱりフルーラはこうでなくちゃらしくないな、とナオトはほくそ笑んで頷き返す。

 

「──ギャアァーースッッ!!」

 

 そこにルギアのダークブラストが再び襲う。

 距離があったおかげで余裕を持ってそれを避けたナオト達は、サトシとピカチュウが乗るサンダーを先頭に狂えるルギアを救うべく大空を駆けた。

 

 

 

◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓

 

 

 

 飛行艇のコクピット内でナオト達とルギアの戦局を観戦していたビシャス。

 込み上げる笑いを抑え切れず、喉の奥をくつくつと鳴らしてその口端を歪ませていた。

 

 ダークボールによって内なるパワーを最大限に引き上げられた海の神。それが自分の意のままとなっているのだ。いかに伝説の三鳥といえど、敵うわけがない。

 少々邪魔は入ったが、自身の野望が手を伸ばせばすぐに掴めるほどに近づいている中で笑うなという方が無理というものである。

 

 

「────!」

 

 

 その時、ビシャスの隙だらけの背中に向けて黒いチューリップが物音もなく投擲された。

 鋭利に尖った茎の先端がその背中に刺さる──直前で弾かれてしまう。

 

「ニュラァ……」

 

 奇襲を妨害したのはかぎづめポケモンのニューラだった。

 その長い鉤爪と素早さを持って、すんでのところでチューリップを弾いてみせたのだ。

 近くには、真っ赤な甲殻に両手の目玉模様のついた鋏が目立つはさみポケモンのハッサムも控えている。

 

「何者だ!?」

 

 一瞬の攻防による物音で気づいたビシャスは振り返り、声を上げる。

 搭乗員はポケモンを除けばビシャスしかいないにも関わらず無駄に広いコクピット。その出入り口付近の物陰からゆっくりと何者かが姿を現した。

 暗がりになっていて人相が分からなかったその人物が靴音を鳴らして数歩前に出る。それによって、窓から差さる光がその正体を晒した。

 

「……なぜお前がここにいる? ドミノ」

 

 ビシャスの問いに姿を現したドミノは、片腕を腰に当てたまま小馬鹿にするような態度で返す。

 

「なぜって、潜入はロケット団の十八番でしょう? 貴方がこの飛行艇で崩壊するジラルダンの船からさっさと逃げようとしてるのを見たから、お邪魔させてもらったわ……あら、ゴメンナサイ。元特務工作部の貴方には潜入経験なんてないわよね」

 

 ドミノの煽りを無視して、ビシャスは続ける。

 

「お前……ロケット団を裏切るつもりか? あの三鳥を従えれば、世界は我らロケット団の思うがままになるんだぞ?」

「アンタ馬鹿なの? 私は最初からこの飛行艇に潜り込んでたのよ? アンタがボスを裏切って自分の野望のためにあの鳥ポケモン達を使おうとしているってことはとっくの昔に把握済みなんだけど。そのコンピュータであの暴れん坊を制御できるってこともね」

 

 ドミノはビシャスの言葉を鼻で笑うと、彼の眉間に皺が寄る。

 突いた瞬間に爆発してしまうそうな空気をコクピット内に立ち込めた。

 

「馬鹿はどっちだ。お前は今の自分の立場を理解していないのか? ポケモンを従えていないお前が、私のニューラとハッサムを相手にどう立ち向かうつもりだ?」

「ニュラッ!」「ハッサム!」

 

 ビシャスの前に立ちはだかるようにしてニューラとハッサムが並ぶ。

 ニューラは自慢の爪を舌で舐め、ハッサムは両手の鋏を振り上げ、威嚇するように鳴らしている。

 

「ポケモンならいるわよ。とっておきのが、ね!」

 

 ドミノは懐からモンスターボールを取り出して投げた。

 

「ピィ!」

 

 光と共にボールからにこやかな笑顔で現れたピィを見て、ビシャスは仮面越しでも分かるほど拍子抜けしたよう顔をした。そして、一拍遅れて笑いが込み上げる。

 

「ハッハッハ! そんな赤ん坊のようなポケモン一匹で何ができるというんだ? ハッサム! 一捻りで黙らせてやりなさい!」

「ッサム!」

 

 ビシャスの命令を受けてハッサムが飛び出し、ピィにシザークロスをお見舞いしようとする。

 

「──ッ!!」

 

 だが、ドミノがそこに割って入った。チューリップの茎を引き伸ばし、長い棒状にして振り下ろされたハッサムの鋏を真正面から受け止める。そのままハッサムを押し飛ばした。

 

「誰がピィだけで戦うって言ったのよ。身一つでポケモンを捕獲してきた、ロケット団009『黒いチューリップ』を舐めんなよォッ!!」

 




来週、後編とエピローグを投稿してルギア爆誕編終了。
そこで一旦完結となります。

■ファイヤー
ということで、序盤でナオト達を襲った理由は「何百年も放置しやがって! この野郎ッ!」という八つ当たりによるものでした。

■ビシャス
度々ダーク化させたポケモンの調整を行っているが、これはぶっちゃけナオト達に時間を与えるための作者の都合。

■ダークルギア
元ネタは『ポケモンXD 闇の旋風ダーク・ルギア』。
ビシャスにダークボールと来れば、もうルギアをこれにするしかないだろう。
第一話でサントアンヌ二世号の寄港地にオーレ地方が含まれていたのはコイツの存在を匂わせるため。


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