ポケットモンスター -Hello My Dream-   作:PrimeBlue

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30. Hello My Dream ▼

 小さな島で催された小さなお祭り。

 それが世界全体を巻き込む事態にまで発展するなんて誰が想像できただろうか。

 一生に一度拝めるかも分からない神々の戦いの真っ只中にいた島民達。彼らの心には未だ少しばかりの不安が燻っていた。

 

 そんな中、二人の人物が島の広場で再び顔を合わせている。

 島の皆々の不安な心を打ち消すべく──そして、お祭りを締めくくるべく。

 

「使用ポケモンは一体! 二人共、準備はいいかい?」

「ああ」

「バッチリさ!」

 

 大勢の島民達が彼らを囲うように集まっている。

 頃合いを見計らって投げかけられたケンジの言葉に、相対する二人──ナオトとサトシが頷いて答えた。

 

「ナオト! 思いっきり頼むぜ!」

「もちろん、そのつもりだ」

 

 言葉を交わし、向かいに立つサトシから目線を外すナオト。その先にはタケシとカスミに並んで立っているフルーラの姿。

 ナオトと目が合うとフルーラは少しばかり気恥ずかしそうにして視線を逸らし、すぐにまた元に戻して今度は眉をちょいと上げたまま口パクしてみせた。

 それだけでナオトは彼女が言わんとしていることを理解し、口パクして返してみせて再びサトシの方を見据え直す。

 

「よし、ピカチュウ! キミに決めた!」

「ピカッ!」

 

 サトシのピカチュウがよし来たとばかりに鳴き声を返して前に出る。前足を地につけ、稲妻型の尻尾を立てて臨戦態勢に入った。

 

「アイ、頼む!」

「ミャウ!」

 

 傍らにいたアイが飛び出す。少女の姿から色違いのゾロアの姿へと戻り、そのもふりとした尻尾を立ててピカチュウと相対する。お互いの相棒同士でのバトルだ。

 再びこの二人がこうしてバトルすることになった理由は、ナオトがサトシにもう一度バトルしてくれと頼み込んだからである。

 

 

「それじゃあ……バトル、開始!」

 

 

 ケンジが両腕を挙げ、開始の宣言を広場に響かせた。

 それと同時にサトシが前方に指を突き出し、ピカチュウに指示を出す。

 

「ピカチュウ! でんこうせっかだ!」

「ピッカ!」

 

 リザードンの時と同じくピカチュウが先手必勝の攻撃を与えるべく地を蹴って飛び出し、勇猛果敢に風を切りながらアイ目がけて突っ込んでいく。

 

「こうそくいどう!」

「ミャア!」

 

 一直線に迫ってくるピカチュウに対して、ナオトはアイにこうそくいどうを指示。

 アイはピカチュウとぶつかる寸前に音を残す勢いで身体一つ分飛び上がり、でんこうせっかを避ける。さらに自分の下を通り過ぎるピカチュウの背中に前足を乗せ、そのまま踏みつけて反動で宙へと飛び上がった。

 

「ピ、ィッ!」

「踏ん張れピカチュウ! かみなりだ!」

「ピ、カァ……チュウウーッ!」

 

 サトシの声に地面を擦り滑っていたピカチュウは足に力を入れて体勢を立て直し、空中を飛ぶアイに向けてかみなりを放つ。

 

「アイ! じんつうりき!」

「ミャアアッ!」

 

 無防備なアイに向けてナオトが指示を飛ばす。

 宙返りして頭を下に向けた状態のアイがピカチュウを見据え、エスパー波を周囲へと放出。それは先のタケシとのバトルで剥がれ飛んで散らばったままのレンガ群を浮かび上がらせ、自分と迫りほどばしる電撃との間に割って入らせる。

 それによってレンガが壁となり、ピカチュウの電撃を受け止めた。

 

「あぁ!?」

「ピカッ!?」

「──ミャ!」

 

 さらにアイはそのレンガ群をピカチュウに向けて飛ばす。

 レンガの雨がピカチュウの身体に幾つもぶつかり、ダメージを与える。

 

「ピ、カァッ……!」

「ピカチュウ!」

 

 予想外の攻撃を受けたピカチュウはふらふらと足元が覚束ない様子であったが、すぐに頭を振ってまだやれるとばかりに地面に降り立ったアイへ鋭い目線を飛ばした。

 

「大丈夫か!? ピカチュウ!」

「ピッカチュウ!」

「よし、もう一度かみなりだ!」

「チュウウウーッッ!!」

 

 サトシの指示を受け、ピカチュウが再度かみなりを放つ。

 ナオトは再びじんつうりきをアイに指示してレンガを壁にしようとするが──

 

「何っ!?」

「ミャア!?」

 

 ピカチュウがかみなりを放った先はアイではなく自分達が立つ地面であった。

 強力な電撃が地響きを起こし、放射状に地面を這って辺りに散らばったレンガを粉微塵にしていく。

 

「これでもう同じ手は使えないぜ! ピカチュウ、でんこうせっか!」

「ピッ!」

 

 続けて、呆然としているアイ目がけてピカチュウがでんこうせっかをお見舞いする。

 

「ミャッ!」

「アイ!」

 

 でんこうせっかのタックルを顔面で受け、コロコロと後方へと転がっていくアイ。

 が、すぐに踏ん張ってぴょんと飛び上がり体勢を立て直した。

 

「……なるほど。タケシの言う通りよく育てられてるんだな、そのピカチュウ」

「ああ! なんてたって、オレの一番の友だちだからな!」

「ピカッチュウ!」

 

 ナオトの言葉に、サトシとピカチュウが得意満面な様子で返す。

 先ほどのかみなりは並みのピカチュウにはできない芸当だ。それに、具体的な指示を受けずにピカチュウはそれをやってみせた。

 

 よく育てられているに加え、信頼関係もこの上なく高い。ポケモンバトルはポケモンとのコミュニケーション……そう、彼らはまさに一心同体なのだ。

 

「でも……それは僕らも同じだ。そうだろ? アイ」

「ミャウ!」

 

 アイがナオトの問いかけに笑顔で答えた。

 それに頷き返し、ナオトはピカチュウに目線を戻す。

 

「行くぞ、アイ! こうそくいどう!」

「ミャアッ!」

 

 ナオトの指示と共にアイが凄まじい速度で飛び出し、後ろ足で蹴り上げた砂埃を残してその場から掻き消える。

 

「ピカァ!?」

 

 驚きの声を上げるピカチュウ。

 彼の周りを、アイが分身を残す勢いで円を描くように走り回っているのである。

 こうそくいどうはエスパータイプの技。あくタイプにも関わらずエスパー技を得意としているアイがそのパワーを活かせば、擬似的なかげぶんしんを再現することも可能ということだ。

 

「みだれひっかき!」

「ミャ!」

 

 さらに指示を受けたアイはそのかげぶんしんを維持しながら数秒刻みにピカチュウへ向けて飛び出し、通り過ぎざまにその爪で引っ掻いていく。

 横から! 背後から! 正面から! こうそくいどうによる勢いを乗せたアイのみだれひっかきがピカチュウに炸裂する。

 

「ピ、カァ……ッ!」

「ピカチュウ、10まんボルトだ! 吹き飛ばせ!」

「ピカ、チュウウゥーー!!」

 

 ピカチュウがその身体から10まんボルトをほどばしらせ、自身を囲むアイの分身を一体一体電撃で打ち消していく。

 しかし──

 

「い、いない!?」

 

 全ての分身を打ち消しても、本物のアイの姿はどこにもなかった。

 

「ミャアアーッ!」

 

 そこへ、ピカチュウの頭上からアイの鳴き声が響く。

 彼女はピカチュウが反撃してくる頃合いを見て、前もって宙へと退避していたのだ。

 落下の勢いを乗せて、ピカチュウにみだれひっかきの最後の一発を与える。

 

「チャアアッッ!」

「ああっ、ピカチュウ!」

 

 吹き飛び、ニ、三度地面を跳ねてうつ伏せに倒れるピカチュウ。

 何とか起き上がろうとするが、度重なるダメージが重なって上手くいかないでいる。

 

「頑張れピカチュウ! 負けるな!」

「ピ、カァア……ッ!」

 

 サトシの呼びかけに答え、ピカチュウが力を振り絞って立ち上がった。

 それを見て、ナオトは小さく笑みを浮かべる。

 

「そうこなくちゃな。来い、サトシ!」

「ああ、行くぜナオト! ピカチュウ、残ったパワーを全部出し切れ!」

「ピィカアアァァーー!」

 

 ピカチュウが雄叫びを上げると同時に、その小さな体にかみなりが落ちる。

 ほどばしる電撃は身体全体に流れ渡り、彼自身のパワーが形になったかの如く帯電した。

 

「あれは……ボルテッカーか?」

 

 ナオトは電撃を帯びたピカチュウの姿を見て、そう推測した。

 ボルテッカーはピチューとその進化系であるピカチュウとライチュウしか覚えない技だ。自分にもダメージが返ってくる捨て身の攻撃だが、その分威力はでんじほうに勝るとも劣らない。

 

 今までの様子からして、サトシのピカチュウはボルテッカーを覚えていなかったのは明白だ。

 それなのに、この土壇場でそんな強力な技を覚えるとは。やはり彼が優れたる操り人であるということは間違いないのだろう。

 

「ピィカピカピカピカピカ……!」

 

 帯電状態を維持したまま地を蹴ったピカチュウは、一直線にアイに向かって肉薄する!

 

「こっちも全力で行くぞ、アイ! 最大パワーで、ナイトッバースト!!」

「ミャアアアッッ!!」

 

 アイのその小さな身体からは想像もつかないほどの膨大なエネルギーが溢れ出す。

 それを纏いながらこうそくいどうの勢いで駆け出し、猛然と迫るピカチュウに真正面から突っ込んでいく!

 

 

「ピカピカピカピカ──ピカピッカァ!!」

「ミャミャミャミャ──ミャミャアッ!!」

 

 

 黄色と黒色の小さな身体。

 それぞれが纏う光と闇のエネルギーが衝突し、爆発。

 

 先のかみなりで粉々となったレンガの欠片と砂埃が衝撃波に乗って吹き飛ぶ。

 爆風に煽られ、広場を囲っていた観客達は顔を背けて腕で庇った。

 

 ──そして、巻き起こった砂煙が晴れていく。

 晴れた先に見えたのは目を渦巻かせて地面に倒れているピカチュウの姿。

 そのすぐ傍にはアイが立っていた。ダメージはあるもののしっかりと地に足をつけている。

 

「チャア~……」

「ピカチュウ!」

 

 その姿を見たケンジが片腕を挙げ、ナオトの方を指し示した。

 

「ピカチュウ、戦闘不能! ゾロア──いや、アイちゃんの勝ち!」

「よし! よくやったぞ、アイ!」

「ミャウ!」

 

 勝利宣言がなされ、観客達が「ワーッ!」と一斉に沸き立つ。

 目の前で繰り広げられた凄まじいバトル。それに熱狂し興奮冷めやらずといった様子の彼らの心からは、先の騒動による不安はいつの間にか消え去っていた。

 

「……す、すごいな。あのナオトって奴のゾロア」

「あ、ああ」

「あら、あなた達期待外れだとか何とか言ってなかったっけ?」

「えっ!? いや、だってさ……」

 

 ナオトに対して陰口を叩いていた者達が思わず呟いた言葉を拾われ、唇を尖らせた。

 彼らはアーシア島からトレーナーとして旅に出たもののバッジを集め切ることができず、志半ばで戻ってきた者達なのである。

 少し離れた場所でその会話を聞いていたフルーラは人知れずほくそ笑んだ。

 

「サトシ。ピカチュウ、大丈夫か?」

「大丈夫さ。だろ? ピカチュウ」

「ピカチュ」

 

 ピカチュウを抱き上げたサトシに駆け寄って声をかけたナオト。彼の腕に抱かれたピカチュウは弱々しくはあるもののしっかりと笑って答えた。

 

「でもナオト、やっぱこの前のは手加減してたんだな」

「それは、その……ごめん」

 

 サトシの言葉にナオトは思わず詫びを口にする。サトシはあの時のリザードンの反応を見て、何となく察していたようだ。

 

「いいって。カスミから聞いたけど、事情があったんだろ?」

「それでも、ごめん……けどさ、サトシのピカチュウもすごいよ。あそこでボルテッカーを覚えるなんてさ」

「え? ボルテ、何?」

 

 サトシは何のことか分かってない様子で首を傾げる。

 

「最後の電撃を纏った攻撃だよ。もしかして、知らずに使ってたのか?」

「いや、無我夢中でさ。なあ、ピカチュウ」

「ピカァ?」

 

 ピカチュウもよく分からない内に放った技のようだ。

 恐らく、もう一度同じことをやれと言われてもできないだろう。少なくとも今のところは。

 

「そうか……それじゃあ、これをやるよ」

 

 そう言って、ナオトはバッグから一つの黄色に輝く小さな玉を取り出してサトシに手渡した。

 

「これは?」

「でんきだま。ピカチュウが身につけると潜在能力を引き出す助けをしてくれるんだ」

 

 元々カロス地方を旅していた時に偶然手に入れたものだが、ピカチュウを連れていないナオトには無用の長物である。

 

「でも、いいのか?」

「ああ、僕には必要ないから。その代わり、この先どこかでまた会うことがあったら、その時はもう一度バトルしよう」

「……分かった。約束だぜ、ナオト! 今度はオレが絶対勝つからな!」

「ピッカ!」「ミャウ!」

 

 サトシがズボンで汗を拭いた手を差し出し、ナオトがその手を握って握手を交わす。

 二人の優れたる操り人が、ライバルとなった瞬間であった。

 

 

 

◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓

 

 

 

 太陽がさんさんと輝く晴天。

 春のような優しく暖かい気候の下、果実の甘い香りを乗せた風がまだ傷跡の残るアーシア島を癒やすように緑をそよがせている。

 

 サトシとのバトルを終えてニ日後、ナオトは慣れた足取りで草花の生い茂る村外れをふらついていた。

 柑橘類の甘い香りが風に運ばれる中、少し先で少女の姿に化けたアイが野生のバタフリーと戯れている。

 

「ミャ?」

 

 ふいに何かを見つけたのか、背中を向けて手を振り始めるアイ。

 視線を向けると、向こうから誰かが歩いてくるのが見える。タケシだ。

 

「ナオト、アイちゃん」

「タケシ、こんなところにいたのか。何してるんだ?」

「この辺りに傷によく効く薬草が生えてるってヨーデルさんから聞いてな。せっかくだから採りに来たんだよ」

 

 そう言って背中に背負った籠を見せるタケシ。

 ナオトは「へえ」と相槌を打ち、次いで思い浮かんだ疑問を口に出した。

 

「そういえば、良かったのか? サトシ達と一緒に行かなくて」

「ああ。これも何かの縁だし、オレンジ諸島はサトシとじゃなくてナオトと旅して回ろうと思ってな。ひょっとして、迷惑だったか?」

「いや、そんなことないよ」

 

 そう言うタケシに、とんでもないと首を振るナオト。

 タケシがいてくれると頼もしいし、色々と助かるので断る理由はもない。

 

 サトシ達はナオトとのバトルを終えたその日にアーシア島を出立している。オレンジリーグ出場を目指し四つ目のジムがあるリュウチン島へ向けて出発したのだ。

 正直なところ、ナオトはサトシとの再バトルの間もまだ疲労が残っていた。今日になってようやく全快できたのである。それに比べて、サトシの方は一晩休むだけで元通り回復。

 そんな彼にナオトは呆れと共に羨望の念を覚えた。マサラタウン出身の人間は皆総じてタフなのだろうか。

 

 でも、彼ならきっといつかリーグ優勝を目指せるぐらいのトレーナーになれるかもしれない。

 なぜだか分からないが、ナオトにはそう思えてならなかった。

 

「まあ心配するな。お邪魔虫にならないよう気は使うつもりだから」

「な、何のだよ?」

 

 顔を赤くして狼狽するナオトに、タケシは笑って返す。

 

「それで、そういうナオトこそどうしてここに?」

「そろそろ出発するつもりだから、タケシとフルーラを探してたんだよ。それで、フルーラを見なかったか?」

「いや。そういえば、今朝から見てないな」

「そうか……」

 

 タケシの返答に、眉を下げて呟くナオト。

 

「何か不安そうだが、気になることでもあるのか?」

「え? いや、その……」

 

 尋ねられたナオトは戸惑ったように頭を掻いて答え淀む。

 やがて、タケシの視線に耐えかねてぼそぼそと話し始めた。

 

「……もしかしたらさ、あいつ、旅は止めてこの島に──アーシア島に残るんじゃないかと思って」

「どうしてそう思うんだ?」

「だって、あんなことがあったわけだし……あいつアレで責任感は強い方だから、巫女の自分が島を離れるわけにはいかないとか言いそうじゃないか」

 

 ナオトの言い分を聞いて、タケシはなるほどと頷いた。

 確かにフルーラならそう決断しても不思議ではない。島の行事とはいえ、自分が頼んだのだから自分がサトシを助けに行くと言って荒海の中へ突っ込んでいくほどなのだ。

 

「そうかもしれないが……大丈夫だナオト。お前の気持ちを正直に伝えれば、フルーラだってきっと答えてくれるさ」

「き、気持ちって……いや、でもさ、もしそれでも断られたら──て、えっ……タ、タケシ?」

 

 ナオトがそこまで言うと、タケシの雰囲気が唐突に変わる。

 そんな彼にナオトが少し及び腰になっていると、タケシがそのがっしりとした手でナオトの両肩をわし掴んだ。

 

 

「ナオト! 男は当たって砕けろだ! しかも当たって砕けて、砕けて砕けて砕けて砕けて砕けて砕け散ってもなお! 当たって砕けろだ! それが本当の恋と言うものなんだ!!」

 

 

 そう一気にものすごい勢いでまくし立てたタケシ。

 彼は呆気に取られているナオトの肩から放した手を腰に当て、「ふんッ」と満足げに鼻を鳴らした。

 いつの間にか傍らに来ていたアイは「ミャ~……」と口に片手を当てて目を丸くしている。

 

「……な、何かよく分からないけど、分かったよ」

「ああ、しっかりやるんだぞ。オレは先に戻って準備しておくからな」

「あ、ああ」

 

 タケシは背中を押すようにして今度は優しくナオトの肩に手をやり、籠を背負い直して村の方へと戻っていった。

 

「……アイ、行くぞ。フルーラは多分あそこだ」

「ミャウ!」

 

 バタフリーにバイバイして、アイと共にアーシア島の裏側へと続く洞窟を潜る。その洞窟を抜けた先の道は未だ崖崩れによる土砂で半分埋もれた状態のままだ。

 土砂の少ない場所を通って、ナオトは祭壇のある岬を目指す。

 

 

 ────♪

 

 

 その途中で彼の耳に透き通るような歌声が届く。

 見ると、祭壇の先の崖縁で普段着のフルーラが草むらに腰を下ろして歌を口ずさんでいた。口ずさみながら、どこか物憂げな目ではてしなく広がる海を見つめている。

 

「フルーラ」

 

 ナオトが声をかけると、彼女は歌うのを止める。

 そして、驚いた様子もなくゆっくりと振り向いた。

 

「あら、ナオト。アンタよく私がここにいるって分かったわね」

「まあ、なんとなく……というか、前にアーシア島を出る時にもここにいたじゃないか」

「そういえばそうね」

 

 言葉を交わして、また海の方を見つめ始めるフルーラ。

 ナオトは様子のおかしい彼女に首を傾げつつも、その隣に腰を下ろした。

 アイは空気を読んだのか、少し離れたところに咲いている花を摘んで遊び始める。

 

 吹き過ぎる風が二人の髪を優しく撫で上げる。

 その心地良さに身を委ねそうになりながらも、ナオトは話の切っ掛けを作ろうと一人頭を捻った。しかし何も出ないまま、しばらくの沈黙を挟む。

 すると、フルーラの方が先に口を開いた。

 

「ねえ、ナオトはこれからどうするつもりなの?」

「え? そりゃ……一応ジム巡りの途中だし、サトシ達と同じようにリュウチン島を目指そうと思ってるけど」

 

 ナオトの返事に、フルーラは「そっか」と何だか他人事のような相槌を返す。

 オレンジリーグに出ろと言ったのは彼女だろうに。訝しむナオトを無視して、彼女は腰を上げてお尻についた草を叩いて払った。

 

「じゃあ、アンタとはここでお別れね」

「っ!」

 

 予想通りの言葉に口元を歪めるナオト。

 

「だって、あんなことがあったんだもの。ポケモンレンジャー……だったかしら? その人達が警備として派遣されるみたいだけど、それでも巫女の私がこの島に残ってなきゃダメだと思うのよね」

 

 フルーラはさも当然というようにそう続けた。

 その妙に冷たい態度に困惑しながらも、ナオトはフルーラを説得しようと言葉を絞り出す。

 

「お、お前が言い出したことなのに……」

「そうね。だから別にジム巡り止めてもいいのよ? ウチの船のことももう責任取れなんて言わないから」

 

 フルーラは取り付く暇もなく返す。

 

「ああ、船の方なら安心して。丁度今日の昼過ぎに定期船が来るから。でも、一ヶ月に一度しか来ないから乗り遅れたりしないよう気をつけなさいよ? ……それじゃ、私は先に戻るから」

 

 そっけない態度のまま話を切り、踵を返して元来た道を戻ろうとする。

 そんな彼女の手をナオトは思わず握って引き止めた。

 

「……何? 早く離してよ」

 

 睨むように細めた目を向けて言うフルーラ。

 たじろぐナオトであったが、それでも彼女の手をしっかりと握って放さない。

 

「……その、本当に島に残らないとダメなのか? ヨーデルさんだっているし、笛だって新しいのを用意すれば──」

「ダメよ。お姉さん音痴だし。笛の演奏もあまり上手じゃないのよ」

 

 実の姉に対してひどい言い様である。頑なに旅を続けるのを拒むフルーラ。

 ナオトは赤らめた顔のまま逡巡しつつも言葉を紡ごうと口を開く。

 

「……い」

「い?」

 

 聞き返され、思わず口を噤んでしまうナオト。フルーラはそんな彼から離れようとせず、じっと言葉を待っている。

 ナオトは地団駄を踏みたいような思いに駆られながらも、泳いでいた視線を無理矢理フルーラへと真っ直ぐに向け、意を決して再び口を開く。

 

「い、一緒にいて欲しいんだよ! ジム巡りだけじゃなくて、その後もずっと!」

 

 やけになったような声で、縋るように精一杯の気持ちを投げかけた。

 

「…………」

 

 フルーラはただナオトの顔をじっと見て何も返さない。

 再び風が草花と二人の髪をそよがせる中、離れた場所で花を集めていたアイが心配そうに見守っている。

 

「……そう」

 

 そう呟いて、フルーラはナオトの手を振り払った。

 払われたという事実を前に、眉尻を下げて顔を俯かせるナオト。

 

 そんな彼をよそに、立ち去ると思っていたフルーラはなぜか祭壇の柱の陰からリュックを拾い上げて戻ってきた。

 よく見ると、その口元は少しばかり緩んでいる。

 

「ほら、何してんの。早く行きましょうよ」

「は? え?」

 

 急に態度を変えてそう言うフルーラに、ナオトは目を白黒させる。

 

「一緒にいて欲しいんでしょ? しょうがないから付き合ったげるわ」

 

 フルーラはリュックを手に持ったまま、そのしたり顔の笑みをナオトに向けた。

 

「お前、最初から……!」

 

 まんまとしてやられたことに気づき、ナオトは物言いたげな目で睨む。

 フルーラはそんな彼に気を良くしたのか、「ほんの冗談だってば」と愉快そうに笑った。

 その様子に怒りのやり場を失うナオト。不貞腐れた顔を見せればまたからかわれるだろう。そう思って、顔を背けてフルーラに背中を向ける。

 

「ねえ。そういえば、ナオトにはまだ歓迎の挨拶してなかったわよね?」

 

 ひとしきり笑い終えたフルーラが、ふいにそう問いかけた。

 

「歓迎の挨拶?」

 

 首を傾げたナオトは思わずフルーラの方を振り向こうとする。

 そこへ、ナオトの不意を突くようにして彼の肩越しにフルーラが自身の顔を寄せた。

 

 

 ──二人の唇が、重なる。

 

 

 様子を見ていたアイが「ミャアッ!?」と赤面した顔を両手で覆う。

 

 フルーラはゆっくりと唇を離した。

 何が起こったのか分かっていなさそうに呆然としているナオトに、フルーラは頬を桃色に染めてほくそ笑む。

 

「……え、え?」

 

 数秒遅れてナオトの脳が先の出来事を認識し始めた。

 心臓が思い出したかのように激しく脈打ち始め、こんらん状態にかかったかのように思考が乱れる。

 

「それじゃ、私船の準備してくるから。荷物お願いね!」

 

 そんな絶賛こんらん中のナオトに笑顔でリュックを押しつけて駆け出すフルーラ。

 わざとかと言いたいぐらい中身の詰まったそれを突然押しつけられたナオトは、よろけてバランスを崩してしまう。

 

「おいこら、待て!」

 

 怒るナオトの静止の声を無視して、フルーラは舌をぺろりと出して返す。

 

「ほら、アイちゃん。行きましょ!」

「ミャウ!」

 

 アイの手を取って、洞窟へ向けて草むらの上を走り抜ける。

 

 彼らの旅は再び始まり、そして続いていく。

 不思議な不思議な生き物──ポケットモンスターのいる、このはてしない世界で。

 

 

 

◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓

 

 

 

 さざ波の音が耳を擽る。

 舟を漕ぎたくなるような海水の温もりと濡れた砂の感触が肌に染み込む。

 

 もうこのままこの心地よい気分に身を委ねて、ずっと眠っていたい。

 そんな怠惰な感情をまどろむ意識の中で覚える。

 

 ──ツンツンッ 

 

 しかし、それを邪魔するかのように誰かが頭をつついた。

 うっとおしそうに手で払うが、それでもしつこく頭をつつかれる。

 

「……あ゛ーー!! もうっ! 何よさっきから!?」

 

 つつく手を退ける勢いで上半身を起こすドミノ。

 暗闇の世界から一転、白い砂浜と透き通るような青い海が視界に映る。

 ビシャスの飛行艇が爆発して吹き飛ばされた彼女は、アーシア島周辺の小島に流れ着いていた。

 

「ピィ♪」

 

 頭を突いていたのはピィであった。

 ドミノが起きたことで、彼女はぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいる。

 

「アンタ、つつくなんて技覚えてないでしょうに……」

 

 溜息を吐きながらもその見慣れた笑顔を見て、苛立っていた気持ちを鎮ませるドミノ。

 

「はあ……これからどうしようかしら」

 

 結局、ジラルダンを利用してルギアを捕獲するという任務自体は失敗したのだ。

 とりあえずビシャスがロケット団を裏切ったことはボスに伝えるつもりだが……恐らく、エリートに返り咲くことはできないだろう。まあ、それは想定内だし覚悟はしていた。

 

「こうなったら意地でもあのジャリボウヤのゾロアを手に入れないとね……」

 

 そう意気込み、頭を切り替えて腰を上げようとする。

 しかし、その途中で妙な物が視界に入った。

 

 ──水死体だ。

 どこか見覚えのある服を着た壮年女性のドザえもん。

 うつ伏せで、パサパサになった紫色の長髪が砂浜の土に塗れて酷いことになっている。

 

 ゲッ、と顔をしかめるドミノ。

 無理もない。死体の傍で寝ていたということなのだから。

 一気に気分を悪くしたドミノは、さっさと船を見繕って島を出ようと立ち上がる。

 

 そんな彼女の足を、何かがガシッとわし掴んだ。

 

「ちょっと、ピィ。歩き辛いでしょうが」

 

 そう文句を言いながら、ドミノは足元を見やる。

 しかし、そこにいたのは星型のピンクボールではなかった。

 

 ──ドザえもんが、ドミノの足を掴んでいたのだ。

 

 

「ミュウ……どこなの……ミュウウゥゥ……」

 

 

 ドミノの悲鳴が、平穏な青空に木霊した────

 




ということで、「ポケットモンスター -Hello My Dream-」はここで一旦完結です。
続きのプロットはありますが下書きが出来ていないので、ちゃんと書き終えてからまた投稿再開できたらな、と思っています。モチベーションが保たれていれば。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

■アイ(ゾロア)
結局伏線回収されなかった子。
オレンジリーグ制覇までの話を書き終えたら、この子がメインの話(「ミュウツー! 我ハココニ在リ」がベースになるかも)を書けたらなと考えています。
ただそこまで放置というのもアレなので、ナオトとの出会いの話だけでも来週先行して投稿する予定。

■でんきだま
唐突に出てきたアイテム。元々サトシと再バトルさせる予定がなかったのでしょうがない。
ナオトがいることでサトシとピカチュウに何かしら変化を与えたかったので用意した。
効果はゲームと違ってあくまで潜在能力を引き出す補助をしてくれるだけで、ピカチュウがボルテッカーを完全に覚えたら用済みとなる。
これを持っていることによりサトシはジョウトリーグ・シロガネ大会において原作で負けたハヅキに勝利することができるが、謎の運命力(大人の都合)のせいでベスト4止まりとなる。

■タケシ「男は当たって砕けろだ!」
DP編第180話『サトシVSケンゴ!それぞれの船出』でタケシがケンゴに語った恋愛の極意。
彼が言うと言葉の重みがすごい。



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