ポケットモンスター -Hello My Dream-   作:PrimeBlue

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4. ひのしまのファイヤー ▼

 火の島は小規模ではあるがその名に相応しい火山島だ。

 地下のマグマ溜まりから吹き出した蒸気が堆積して出来た岩山でできている。

 

「──なあ、あの船って……」

「ええ。お爺ちゃんの船だわ。ホントにここまで乗ってきたのね」

 

 島に到着したナオトとフルーラは、岩浜へ派手に乗り上げている無人の船を見つけた。船を降りて駆け寄ってみるが、アイの姿はどこにも見当たらない。

 

「もしかしたら、山を登っていったのかも。こっちよ」

 

 フルーラが岩山の方を指差す。そこには岩を人工的に削って作られた階段があった。階段を登った先にある頂上には、お祭りの日に選ばれたトレーナーが取ってくる宝の一つが納められた祭壇があるらしい。

 話を聞いたナオトはすぐさま階段を登っていき、フルーラもその後ろをついていく。

 

 階段を登って頂上に着いたナオト達。大きく開いた火口崖の下からは蒸気が漏れており、視界はあまりよろしくない。

 その崖の手前には岩で作られた祭壇が鎮座していた。祭壇の正面で、青い髪の少女が何かしている。どうやら、祭壇に収められている宝珠を眺めているようだ。

 

「アイ!」

「? ミャウ! ……ミャ」

 

 駆け寄ってナオトが声をかける。振り返ったアイはナオトを見るや否や満面の笑みを浮かべるが、すぐにそれを引っ込めて顔を横に背けてしまう。

 

「お前、まだ怒ってるのか?」

「ミャ」

 

 ムキになっているアイに、困ったとばかりにナオトは頭を掻く。やがて意を決すると彼女の前に歩み寄り、膝を折って彼女の目線の高さに合わせた。

 

「……本当にごめん。これからは無理矢理ボールに閉じ込めようなんてことは絶対しないよ」

「……ミャア?」

 

 ホントに? と言いたげな顔でチラリと目を向けるアイに、「約束する」と頷いて返すナオト。

 

「──ミャウ!」

 

 ようやく許してくれたのか、アイは光と共に元のゾロアの姿に戻り、ナオトの胸に飛びついた。ナオトはほっと安堵の溜息を吐きながらも、アイの頭を撫でてやる。

 一方で成り行きを微笑ましそうに見ていたフルーラはアイの姿が変わったのを見て驚きの表情を隠せないでいた。

 

「わぁ……ホントに化けてたんだ。私ポケモンのことは海で見かけるヤツぐらいしか知らないから、ビックリしちゃった」

「まだまだこんなの序の口だよ。もっと不思議な力を持ったポケモンが世の中には沢山いるんだ。そうだな……例えば、永遠の命を持っているって言われてるポケモンに時を渡る力を持ったポケモン。それから──」

「あ、うん。分かったから。それより、アイちゃんも見つかったんだから、とりあえず本島に戻りましょうよ」

「え? ああ、そうだな」

 

 思わず漏らした言葉に反応して唐突にポケモンのことを語り出したナオトに、長くなりそうだと察したフルーラは一旦その口を閉じさせて戻ることを催促する。

 あまり人と会話するのが好きそうじゃないくせに、ポケモンの話となると一人で盛り上がって止まらないタイプの人間らしい。腕に抱かれているアイも呆れた表情を漏らしている。

 

 頷いたナオトにやれやれと肩をすくめて、フルーラは来た道を戻ろうと足を動かす。

 

 

 ──その時、突如島を揺れが襲った。

 

 

「きゃっ!」

「な、何だ!?」「ミャ、ミャウ?」

 

 ナオトとフルーラは突然のことに少しふらつきながらも、何が起こったのかと辺りを見回す。

 火口の先、蒸気の向こう側に大きな影が浮かび上がっている。その影が蒸気を突き破り、身に纏いながらその姿を晒した。

 

 

 空さえも赤くしてしまいそうなほど激しく燃え上がる翼。

 その翼を翻し蒸気を割って現れたのは、伝説の鳥ポケモン──ファイヤー。

 

 

「あれは……ファイヤー!」

「え、嘘っ! あれがファイヤーなの?」

「お前、巫女のくせに見たことないのかよ!?」

「あるわけないでしょ! 言い伝えだってほとんど作り話だと思ってたんだから!」

 

 その荘厳たる姿に圧倒され、視線を外さないままその場を動けないでいるナオトとフルーラ。動いているのは口だけだ。

 

「ギヤーオ!」

 

 ファイヤーは祭壇の上に降り立つと、その鳴き声を島中に響かせた。

 そして、ナオト達を鋭い眼光で睨みつける。

 

「っ! 危ない!」

「え? ちょ──」

 

 目前のファイヤーが首を僅かに動かし、そのクチバシの隙間から炎が漏れ出たところを見たナオトは、咄嗟に傍らにいたフルーラを無事な右手で押し倒す。

 直後、頭上をファイヤーのかえんほうしゃ──燃え盛る炎が通り過ぎた。

 

「な、何で攻撃してきたの!?」

 

 ナオトの下敷きになっていた状態から上半身を起こしたフルーラが、信じられないとばかりに目を丸くして炎を吐いたファイヤーを見やる。

 痛む左腕を庇いながら、ナオトも地面に右手を突いて身を起こす。

 

「分からない……でも確かなのは、アイツが僕達のことを敵と見なしてるってことだ」

「そんな……」

「ミャウ! ミャ!」

「どうしたアイ……って、うわッ!」

 

 アイの鳴き声に振り向いたナオトは、自分の左腕を支えているギプスに火が燃え移っているのにようやく気づく。

 ナオトは慌ててギプスを叩いて火を消そうとするが、なかなか消えないし叩く度に怪我した左腕に鈍痛が走る。これじゃ埒が明かない! と、ギプスを解いて地面に放り捨てた。

 

「くそっ……お前、こんな危ないこと儀式でさせるつもりだったのか!?」

「あんたホントバカね! さっき初めて見たって言ったでしょう! あんたがあのファイヤーに喧嘩売るようなことしたんじゃないの!?」

「んなわけあるか! にらみつける暇もなかったぞ!」

 

 そんなやり取りをしている内に、ファイヤーは「ギヤーーッ!」と鳴き声を轟かせて飛び立つ。そのまま真っすぐ飛んで、再びナオト達目掛けて炎を放ってきた。

 

「っ! アイ! ナイトバーストだ!」

「ミャウッ!」

 

 迫る炎を迎え撃つべく、ナオトはアイに指示を出した。飛び出したアイのその身体から、光をも飲み込みそうな暗闇を纏った衝撃波──ナイトバーストが放たれる。

 アイのナイトバーストがファイヤーのかえんほうしゃとぶつかり合う。あくエネルギーとほのおエネルギーの激しい衝突によって、その残滓が辺りに散らばっていく。

 

「……ミャ、ウァッ!」

「アイ!」

 

 数秒の拮抗の末、アイのナイトバーストがファイヤーのかえんほうしゃの威力に押し負けてしまう。

 ナイトバーストを打ち消して迫るかえんほうしゃ。反動で転がっていくアイを拾って肩に乗せたナオトは、フルーラの手を取って炎から逃げる。凄まじい勢いの炎が島の外にまで広がっていった。

 

「ギヤーオ!!」

「容赦なしかよ! アイ、じんつうりき!」

「ミャアァ!」

 

 続けざまにかえんほうしゃをお見舞いしてくるファイヤー。対して、肩に乗せたままのアイに今度はじんつうりきを指示するナオト。

 アイのじんつうりきでファイヤーのかえんほうしゃの軌道をずらし、岩壁にぶつけさせる。それによって崩れ落ちた岩つぶてがファイヤーに降り注いだ。

 

「ギヤヤーーッ!?」

 

 擬似的ないわタイプの攻撃を受けたファイヤーは、ひこうタイプのポケモン故の弱点ダメージに甲高い悲鳴を上げて怯む。

 

「よしっ、今のうちに逃げるぞ!」

「ええ!」

 

 頷いたフルーラと共に、ナオトは階段の方へ駆け出そうとする。

 しかし、それを見たファイヤーが岩つぶてによるダメージを受けながらも翼を広げて猛然と突っ込んできた。この動作は、つばさでうつ攻撃だ!

 

「ミャ──ゥッ!」

 

 いち早く気づいたアイが何とかしようと飛び出すが、つばさでうつ攻撃の直撃を受けてあえなく弾き飛ばされてしまう。

 

「アイ!? くそっ!」

 

 勢いを止めず迫るファイヤーを避けるため、ナオトとフルーラはそれぞれ違う方向に飛び退く。

 それによってファイヤーの攻撃から逃れることはできたが、まずいことにフルーラが飛び退いた先は足場の悪い火口穴のすぐ傍であった。

 

「──わっ、ととっ……え、あれ? 嘘っ!」

 

 足を踏み外しそうになって慌ててバランスを取っていたフルーラ。その時、足を着けていた地面が突然崩落し、バランスを大きく崩した彼女は火口穴に背中から落ちそうになる。

 

「フルーラ!」

 

 地面を蹴って急いで駆けつけたナオトが右手を伸ばすも、空振る。フルーラの足元の地面がさらに崩れ、彼女の身体は宙に投げ出されてしまう。

 

「い、いやァッ!!」

 

 浮遊感に続いて急激に落下していく身体。迫る死の恐怖にフルーラは思わず目を閉じる。

 

 

 

 ────パシッ

 

 

 

「…………あ、れ?」

 

 しかし、その落下は速度が乗る前にすんでのところで止まった。

 火口に落ちてしまうかと思われたが、フルーラを追いかけて穴に身を投げたナオトが間一髪で彼女の手を掴むことに成功したのだ。

 

「……うっ、ぐっ」

「あ、あんた! 絶対離さないでよ! 離したら──」

 

 そこまで言って上を見上げたフルーラは、思わず言葉を失う。

 ナオトは右手で穴の縁を掴み、二人の体重を支えていた。つまり、フルーラの手を掴んでいるのは左手。その腕は打撲で痛々しい痣ができている。ナオトは左腕を襲う激痛に耐えながらフルーラの手を握りしめていたのだ。

 

 それに気づいたフルーラは、神妙な顔つきになって再び口を開く。

 

「……ねえ。このままじゃ、二人共落ちちゃうわ。私のことはいいから、あんただけでも──」

「バカか、お前っ! そんなこと、言ってる暇があったら、何とかして助かる方法、考えろ!」

 

 フルーラが諭そうとするも、ナオトは歯を食いしばって決して手を放そうとしない。それどころか、バカ呼ばわりされたお返しとばかりに強情な言葉を返してきた。

 

「あんた……」

 

 あれだけ頼りなさげだった少年の必死なその姿に、心が震えるフルーラ。

 

「ミャ、ミャウ……」

 

 アイがふらつきながらも少女の姿に化け、ナオトを引っ張り上げようとするが、力が足りない。ファイヤーのつばさでうつをまともに受けたことによるダメージで、じんつうりきも上手く使えないようだ。

 

 その様子を、ファイヤーは空で翼をはためかせながらじっと見つめている。

 

 

「ぐっ……チ、チクショ──」

 

 やがて、二人の体重を支えていたナオトの右手が限界を迎える。

 汗でズルリと穴の縁から手が滑り、そして──

 

 

 

「うわああぁぁッ!!」「きゃああぁーーッ!!」

 

 

 

 ナオトとフルーラは火口に向けて、真っ逆さまに落ちる。

 

「────ッ!!」

 

 アイの声にならない悲鳴が辺りに響き、遠のいていく。

 

 濃い蒸気で視界が真っ白に染められ、目も開けていられないような凄まじい熱気に二人はきつく目を閉じた。

 火口に落ちたらどうなるのか? マグマに溶かされて一瞬で死ぬのか? それとも淵に落ちて死ぬのか? 這い上がれないまま死んでしまうのか?

 

 迫る死に気が遠くなる中、それでもナオトはフルーラの手を放そうとはせず、フルーラも自分の手が強く握り続けられていることを感じていた。

 

 

「────え?」

 

 

 しかし、突如身を包む熱気が一瞬にして消え去った。

 身体を風が通り過ぎていき、火照った肌が急激に冷やされていく。

 

 ゆっくりと瞼を開けると、目の前には燃え盛る炎。

 慌てて離れようとしたところで、それがちっとも熱くないことを感じ取る。二人を支えているのは、黄色い羽毛に包まれた身体。

 

 ファイヤーだ。

 先程までナオト達を襲っていたファイヤーが、火口に落ちる二人を自らの身体で助け上げたのだ。

 

「た、助かったの? 私達」

「……みたい、だな」

 

 ひとまず命の危機から脱したことが分かり、一息吐いて緊張を解く二人。

 

「……というか、襲っておいて助けるってどういう風の吹き回しなわけ?」

「僕達を試してた……とか?」

「何よソレ。意味分かんない。そういうのはお祭りの日にして欲しいわ」

「いや、お祭りの日でも勘弁して欲しいんだけど……」

 

 文句を言うフルーラに言葉を返しながら、ファイヤーの背中を撫でるナオト。

 そこでフルーラは未だナオトに握られたままであった自分の右手に気づく。

 

「ねえ、手」

「え? あ、悪い」

 

 指摘すると、無意識に握ったままにしていたのであろうナオトは慌てて左手を放した。気恥ずかしく感じたのか、そっぽを向かせたその顔が少し赤くなっているのを見て、少し満更でもない気分になるフルーラ。

 そして、火の島を旋回していたファイヤーは翼をはためかせて安全な場所に二人を降ろした。

 

「ミャウ!」

 

 駆けつけたアイがナオトに飛びつく。

 ファイヤーは「ギヤーオ!」とひと鳴きすると、再び炎揺らめく翼を広げて飛び立ち、そのまま蒸気の中に姿を消してしまった。

 

 地面に足が着いたことで一気に疲れが襲ってきた二人は、また何か起こる前に早く本島に帰ろうと階段を下りて船を停めた場所へ戻る。

 

「ああーーっ!?」

 

 しかし、自分達が乗ってきた船を見てフルーラが悲鳴を上げた。

 なんと見事なまでに丸焦げになっていたのだ。まるで食べ残しの焼き魚である。

 恐らく先のファイヤーのかえんほうしゃがここまで届いてしまったのだろう。黒い煙を上げている船はもちろん動かせそうもない。

 

「お姉さんにどう言い訳しよう……」

 

 その場に崩れ落ち、そう嘆くフルーラ。ナオトはそんな彼女に対して申し訳なく思い、居心地の悪さを誤魔化すように頬をポリポリと掻く。

 

「その……ごめん。僕のせいで」

「ホントよ。責任取ってもらうからね」

「ああ。でも、とりあえずさ……どうやって帰る?」

 

 ナオトのその言葉に、フルーラは無言でアイが乗ってきた長老の船に顔を向けるのであった。

 

 

 

◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓

 

 

 

 無事、本島に戻ってきたナオトとアイとフルーラ。

 港には長老から話を聞いたのか、なかなか戻ってこない二人を心配して数人の村人が集まっている。その中には長老とフルーラの姉であるヨーデルもいた。

 長老はさすがにまだギックリ腰が治っていないのだろう。周りの人に支えてもらってかろうじて立っている。

 

「うわ……あんた、先に降りなさいよ」

「あ、ああ」

 

 気まずそうに船を降りる二人と一匹。言われた通りアイを肩に乗せたナオトが先に降り、続いて降りたフルーラはナオトの背中に隠れる。

 

「良かった! 二人共全然帰ってこないから、心配してたのよ!」

「す、すみません……」

「いや、無事で良かったわい」

 

 歩み寄ってきたヨーデルと長老は二人の無事を喜ぶが、長老の船で戻ってきた二人に首を傾げる。

 

「? フルーラ。私の船はどうしたの?」

 

 そう尋ねるヨーデル。フルーラはそんな姉と目を合わせようとせず、しどろもどろになりながらも言葉を紡ぐ。

 

「えっと……ちょっと色々あって……その」

「その?」

「……お、おしゃかになっちゃいました」

「はあ、なるほど。おしゃか……おしゃか……おしゃ……か…………はあっ!?」

 

 妹が何を言っているのかすぐに飲み込めなかったのか、ヨーデルは首を傾げて同じ言葉を反覆する。そして、ようやく理解したのか思わず仰天の声を上げた。

 ナオトの背中に隠れているフルーラがビクッと肩を震わせる。

 

「ちょっとフルーラ! 船がおしゃかってどういうことなの!?」

「ま、まあまあお姉さん。可愛い妹が無事だったんだから良しとしましょうよ」

「良くありません! 何があったのかキッチリ説明してもらいますからね!」

 

 鋭く指を突きつけて厳しい声を響かせるヨーデルに、フルーラは「え~、ちょっとくらい休ませてよ!」と文句を返す。

 もちろん、姉妹の言い争いの間に挟まれているナオトは終始げんなりとした顔を隠せないでいるのであった。

 

 

 

 

 怒るヨーデルを落ち着かせ、島の集会所でナオト達から事の顛末を聞いた長老を含む大人達。

 ナオトはヨーデルにギプスを巻き直してもらいながら、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「……今回のことは全部僕のせいです。本当にすみません」

「ミャウミャア! ミャウ……」

 

 傍にいるアイが自分が悪いと首をブンブンと横に振る。ナオトはそんな彼女の頭を撫でてなだめさせた。

 確かにアイが長老の船に乗り込まなければ事は起きなかっただろうが、彼女はナオトのポケモン。ならば、トレーナーであるナオトに責任があるのは疑うべくもない。

 

「いや、あんただけのせいじゃない。キーを挿したままにしとったワシにも責任はある」

 

 多少なりとも自分に非があると考えた長老がそう言ってナオトを庇う。

 

「でも……」

「なあに、船が必要なら村の連中から借りることだってできる。こういう孤島の村では村人達が助け合っていくものなんじゃよ。むしろ、命が助かっただけ儲けものじゃ。なあヨーデル」

「はい。だから、気にすることないのよ。ナオト君」

 

 ヨーデルに諭され、ナオトは未だ罪悪感に苛まれながらもぎこちなく頷いて返した。

 そこへ、横でジュースを飲みながら話を聞いていたフルーラがストローから唇を離して口を開く。

 

「それにしても、ファイヤーってホントに島に住んでたのね」

「当たり前じゃ! もちろんサンダーもフリーザーもそれぞれの島に住んでおる。全く、滅多に姿を現さないからといって作り話などと戯言を抜かす若者が増えてきて嘆かわしいわい」

 

 長老がはあ、と深い溜息を吐く。

 

「……しかし、まさかファイヤーに襲われたとは。どうしましょう、長老」

「う~ん、困ったことになったのう」

 

 大人達の内の一人が口にした言葉に、長老が顔を曇らせる。

 もしお祭り当日の儀式でまた同じようなことが起これば、いくら辺境の小さな島での出来事とはいえ間違いなく問題になるだろう。

 

「今年は操り人の儀式は取り止めるべきでしょうか……」

「ええ! そんなぁ」

「あら、珍しいわねフルーラ。あなただったら諸手を上げて喜びそうなのに」

「えっ、あ、いや……お、お小遣いもらえなくなったら困るし……」

 

 あれだけ巫女の仕事を面倒臭そうにしていたフルーラは、儀式取り止めの話を聞いてなぜか正反対の反応を示した。

 ナオトはそれに首を傾げながらも、大人達の話に口を挟む。

 

「あの、ファイヤーのことなんですけど……」

「うん?」

「多分ですけど、本気で襲ってきたわけじゃないと思うんです。島に来たトレーナーを試してただけで、本当にヤバくなったら助けてくれるかと。僕らもそうでしたし」

 

 ナオトの話を聞いた長老と大人達は少し不安を残しつつも安堵の声を上げる。

 

「そうか……なら大丈夫、ですかね?」

「うむ。むしろ試練らしくなって良いじゃないか。いつも肩透かしを食らったような顔で帰ってくる操り人を見なくて済みそうじゃしの」

「儀式を行わなかったら、それこそ神々の怒りを買うことになるかもしれませんしね」

 

 先ほどまでの懸念はどこへやら、態度を一変させて話を弾ませる大人達。まあ、大昔から続いているお祭りの儀式だ。できれば取り止めになどしたくはないのだろう。

 自分が言えた義理じゃないが、そんな楽観的でいいのか? と思うナオト。実際、ナオトの考えはあくまで推測でしかないのだから。

 

 どうしてあのファイヤーはナオト達を襲ってきたのか。その理由が分かる時は果たして来るのだろうか?

 

 

 

◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓

 

 

 

 それから、ナオトは左腕の怪我が治るまでの一週間をアーシア島のフルーラの家で過ごした。 

 怪我が完治した翌日の今日、アーシア島を出る。ヨーデルの厚意で昼食を食べてから発つ予定だ。

 

 何だかんだ言って少し名残惜しく感じるようになっていたナオトは、お昼までの時間をアイと島を周って費やすことにした。

 自然豊かな草花の生い茂る道を、風に道案内されるようにして足を進めていく。

 

「そういえば、アイ。お前なんで船に乗り込んだりなんかしたんだ? 普段ならそんなイタズラしないだろ」

「ミャウ……ミャウミャ、ミャウ」

 

 歩きながらナオトが思い出したかのようにそう尋ねてみると、少女の姿のアイは困ったような顔をしながらしどろもどろといった様子で答える。

 

「呼ばれたような気がした? 何だそれ。ファイヤーは別にエスパータイプじゃないからテレパシーなんて送ってこれないと思うけどな……」

 

 そんな答えの見えてこない話をしながら気の向くままに歩いていると、何時しか周りは見覚えのない風景に変わっていた。知らない間に一度も足を向けたことがない道に入ってしまっていたらしい。

 ふと視線を巡らせてみれば、すぐ近くの山肌に人工的に作られたであろう洞窟が目に入った。この洞窟はどこに繋がっているのか、なんとなく興味を唆られるナオト。

 

「……でも、勝手に入るのはまずいよな。問題起こしたばっかだし」

 

 懸念を言葉にすることで、ナオトは珍しく沸き上がったトレーナーとしての冒険心を抑えつける。そのまま、踵を返して村の方へと戻ろうとした。

 

「──────」

「え?」

 

 しかし、そんな彼の耳にどこからか歌うような声が届く。本当に微かだったが、確かに聞こえたのだ。

 

「……洞窟の向こうから、か?」

 

 振り返って再び洞窟の入り口を見やるナオト。

 

「──ミャウ!」

「あ、アイ! 待てったら!」

 

 何かを感じ取ったのか、アイが突然走り出して洞窟の奥へと入っていってしまった。

 心の中で頭を抱えつつもその後を追いかけるナオト。幸い洞窟はそこまで長くはなく、ものの数秒で出口の明かりが見えてくる。ナオトはその光に飛び込んだ。

 

「……う、わ」

 

 思わず、言葉を失うナオト。

 一本道のその洞窟を抜けた先に見えたのは、視界一杯に広がる海であった。

 高台にあるフルーラの家から見下ろせる海とはまた違う、水平線に浮かんだ神々の住まう三島を一望できる、まさに絶景と言わざるを得ない光景が目の前に広がっている。

 

 しばしその光景に見惚れていたナオトであったが、ふと我に返って辺りを見回そうとしたその時、再び例の歌声が耳を優しく掠める。

 思わず振り向いた先、洞窟の出口から見て右の方──山肌に沿った崖道の向こうに岬が伸びていた。その岬の先端には、古びた祭壇のような物が鎮座している。

 

 歌声はその祭壇の方から聞こえてくる。

 透き通るようなその声に惹かれて祭壇の元まで近寄ってみると、祭壇を囲う柱の傍にアイがいるのを見つける。どうやら、柱の陰の向こうにいる誰かのことを見ているようだ。

 ナオトはアイの隣に立ち、そっとその場所を覗いてみた。

 

(……フルーラ?)

 

 そこには、石段に座って歌を口ずさむフルーラがいた。

 目を閉じて、心地良い風に身を委ねながら。

 

「────ふぅ……」

 

 丁度歌い終えたのか、フルーラは一息吐くと軽く伸びをし始める。

 

「ミャ?」

「──え? きゃあっ!」

 

 いつの間にかフルーラの傍に寄っていたアイ。それに気づいた彼女はビックリして飛び上がるも、「な、何だアイちゃんか。ビックリした」と胸を撫で下ろす。

 しかし、アイを挟んだ向こう側にナオトもいることに気づき、その目を物言いたげに細めた。

 

「ちょっと、いるならいるって言いなさいよ」

「いや、さっき来たばかりだし。じゃ、邪魔しちゃ悪いかと思ったんだよ」

 

 何だか妙に気恥ずかしくなってぶっきらぼうに答えてしまうナオト。

 

「ふぅん。で?」

「で? って何だよ」

「聴いてたんでしょ? 感想は?」

「…………まあ、悪くはなかった、と思うけど」

「何よ。素直じゃないわね」

 

 それでも、フルーラはナオトの精一杯な褒め言葉に唇を尖らせる。

 

「さっきの歌、恥ずかしいから誰にも言わないでよ」

「別にいいけどさ……もしかして、自分で作った歌なのか?」

「……お、お祭りの時に笛で演奏する曲を私なりにアレンジしてみたっていうか……ああっ! もういいでしょ別に!」

 

 当てずっぽうで言ってみたら本当にそうだったらしい。ナオトに言い当てられて、恥ずかしいのを誤魔化すように両手を振り回すフルーラ。

 その手を避けながら、ナオトは気になったことを問いかける。

 

「笛って?」

「ああ、これのことよ」

 

 そう言って、フルーラは肩から下げたポシェットから話に出た笛であろう物を取り出す。

 貝殻を加工して作られたその笛の歌口にそっと唇を添え、先程の歌と同じメロディを奏で始める。

 

 まるで海の底から響いているかのように深い、それでいて優しく澄み切った音色。

 

 傍で聴いているアイはその音色の心地良さに目を閉じて身を委ねている。

 その隣で、ナオトは心ここにあらずといった表情のまま惚けていた。その視線の先は、笛を吹くフルーラ。瞳を閉じて優雅に演奏するフルーラの姿は、普段の彼女からは想像できないほど神秘的に見えたのだ。

 

「……なあに? ひょっとして、見惚れちゃった?」

 

 ぼうっとしているナオトを、いつの間にか演奏を終えたフルーラが意地の悪い目つきを向けてからかう。

 

「ばっ……そ、そんなわけないだろ!」

 

 ほんのり赤くなっていた顔を慌てて振って答えるナオト。

 

「ミャウ!」

「上手だった? ありがとうアイちゃん」

 

 演奏に感激したのか、飛びついてきたアイをフルーラは笑顔を浮かべて抱き留める。

 

「島の人達以外がこの笛の演奏聴けるのはお祭りの日ぐらいなんだから、儲け物と思いなさい」

 

 アイを降ろして笛を鞄に仕舞いながらそう言うフルーラに、「はいはい」と返しながらナオトは祭壇に目を向ける。

 

「……もしかして、これがそのお祭りの日に三つの宝を納める祭壇なのか?」

「そうよ。あんたには難しいかもね~」

「だから、僕は操り人にはならないって。今日でこの島を発つんだし」

 

 そう返しつつ、ナオトは祭壇の上にある石碑に刻まれた古代の物であろう文字を見上げて読む。

 これが以前聞いた『世界が破滅に向かう時、海の神現れ優れたる操り人と共に神々の怒り鎮めん』という言い伝えの文章なのだろう。

 

「ねえ、それよりそろそろお昼の時間じゃない? 私先に戻ってるわよ」

「──え? あ、ああ。行くぞ、アイ」

「ミャウ」

 

 フルーラに言われ、ナオトは少し後ろ髪引かれる気持ちになりながらも村へ戻る彼女の後を追うのであった。

 

 

 

 

 荷物を持ったナオトはフルーラの家を出て港を目指す。

 モンスターボールと財布以外の旅の荷物はさほど船が沈んだ際に紛失してしまっていた。幾らかの必需品はヨーデルの厚意で頂くことになったが、足りない物は途中どこかで買い揃える必要がある。

 予定としては、本土から定期船が出ているデコポン島に向かって、そこの町でついでに買い物していく予定だ。

 

「それじゃあ、気をつけてね」

「達者でな」

「はい。色々とお世話になって、ありがとうございました。それじゃあ」

「ミャアミャア」

 

 ヨーデルと長老に見送られ用意してもらった船に乗るナオトとアイ。

 しかし、操縦士を見たナオトはアイ共々驚きの声を上げる。

 

「……は? え、何でお前がここにいるんだよ」

「ミャア!」

 

 なんとその人物は、つい先ほどから見当たらなくなっていたフルーラであった。

 かけていたサングラスを外して、目を丸くしているナオトにジト目を向けるフルーラ。

 

「何よ。私だと文句あるわけ?」

「いやだってお前……お祭りの準備とかあるんだろ?」

「お祭りは一ヶ月も先の話よ。それで、あんたデコポン島に行くつもりなんだっけ?」

「あ、ああ」

「じゃ、予定変更してダイダイ島に行きましょ。あそこの造船所で手頃な中古の船がないか見てこいって、お姉さんにお使い頼まれてるの」

 

 急な予定変更にナオトは混乱しそうになりながらも口を挟む。

 

「い、いや。僕は定期船に乗らないと」

「ダイダイ島にだって本土行きの飛行船が出てるから大丈夫よ」

「そ、そうか……」

 

 そこまで言われたら、ナオトも文句は言えない。それに、彼女ともう少しだけ一緒にいれることをほんのちょっぴりだが嬉しく思う自分がいることを不本意ながら自覚していた。

 

「ミャウ!」

 

 元のゾロアの姿に戻ったアイが嬉しそうにフルーラの肩に飛び乗る。

 

「ふふっ、よろしくね。アイちゃん。さ、出発するわよナオト!」

 

 船のエンジンが唸りを上げ、大海原に引き波と軌跡を作り始める。

 

 とにもかくにも、ナオトはフルーラと共にアーシア島から船出することになったのであった。

 ひとまずダイダイ島までという話だが、果たしてその先はどうなるのだろうか?

 

 続くったら、続く──!

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ところでヨーデル。あの船、もしかしなくともワシの船じゃないか?」

「ええ、そうですよ」

「な、なんで勝手にワシの船を使わせとるんじゃ! あの船がないと日課の釣りに行けな──」

「助け合うって仰ったのは長老様ですよね?」

 

 にっこりと笑顔で答えるヨーデルを見て、長老はガクリと項垂れるのであった。

 

 




次回は つよくて かたい いしの おとこ が登場!

■ファイヤー
ご存知真・唯一神。鳴き声が他の二鳥と同じく「ギヤーオ!」なので、バリエーションが考えづらくて困る。
なんで襲ってきたのかはルギア爆誕編の最後辺りにならないと分からないが、かなりしょうもない理由。

■フルーラ
後半で歌っていた歌は彼女のイメージソングである「はてしない世界」。
元々この歌をルギア爆誕のエンディングで使う予定だったらしい。実際に映画で使われたのは違う歌だったので脚本の首藤氏が苦言を呈していた。
でも作者は「toi et moi」もわりと好き。



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