ポケットモンスター -Hello My Dream- 作:PrimeBlue
タケシに促されて、研究所の談話室でウチキド博士達が戻ってくるのを待つことになったナオト達。タケシに淹れてもらったお茶を飲んで一息吐く。
「ところで、フルーラはどこからオレンジ諸島にやってきたんだ?」
「違うわ。私はオレンジ諸島のアーシア島出身。よそから来たのはナオトだけ」
「えっと、出身はイッシュって言ったけど住んでるのはカロス地方で、そこから出航した船で来たんだ」
「なんだ、そうだったのか。しかし、カロス地方か……随分遠くから来たんだな」
頭の中で地図を広げているのか、ナオト達とは向かいのソファに座ったタケシは寝ているのか起きているのか分からない顔のまま感慨深そうに腕を組んで頷いている。
まさか乗っていたクルーズ船が沈没して流れ着いた先がアーシア島だったなんて言えるわけもない。いくら経験豊富そうなタケシでもそんな経験はないだろうし、変に気を使われても困る。
「カロス地方! すごいわ。ねえナオト君、良かったら貴方の連れているポケモンを見せてくれない?」
話を聞いていたドミノがナゾノクサを抱いたままニッコリとした笑顔でそうお願いしてきた。
「え……でも僕、カロス地方にしか生息してないようなポケモンは連れて来てなくて」
「構わないわ。遠い別の地方で育ったというだけでも十分有益なデータが取れるもの。ね? お願い」
「ナオト、俺からも頼めないか? 俺個人としても、ナオトがどんなポケモンを連れているのか知りたいしな」
前屈みになり、小首を傾げて強請るドミノ。そんな彼女に加わって、タケシも協力を頼んでくる。ナオトは悩んだが、ここまで頼まれるとさすがに断り辛い。
「……ちょっとナオト。別に断ったっていいのよ?」
隣に座っているフルーラがそう耳打ちする。
断っても断っても操り人の儀式に誘おうとしたお前が言うか! と心の中でツッコミを入れるナオト。そんな彼女の言うことに逆らってやりたいという考えが沸き上がってくる。
「……見せるだけなら構わないけど」
皮肉にも止めようとしたフルーラの言葉が踏ん切りとなり、ナオトはベルトのホルダーから手持ちのモンスターボール──五つある内の四つを取り出す。残った一つはアイの分だ。
「じゃあ、まず──」
「あ、待って!」
まずゲンガーをボールから出そうとしたところで、それには及ばないとドミノがテーブルに置かれたモンスターボールをごっそり引ったくり、いつの間にか用意していたカゴに入れる。
「データを取得するだけならボールから出す必要はないわ」
「いや、でも」
「そんなに心配なら、一緒についてきて。国立ポケモン研究所からデータを取得する装置を持ち込んでるの」
ポケモンセンターでポケモンの傷を癒やしてくれるジョーイさん相手ならともかく、知り合って間もない相手に自分のモンスターボールを預けるのだ。不安を覚えてもしょうがない。
ドミノの提案に従って、ナオト達はソファから腰を上げて彼女の後についていくことにした。ナゾノクサはカゴを持った彼女の小脇に抱えられたままだ。
そんな彼女を、フルーラは終始じっと睨みつけている。見かねたナオトが横から小さく声をかけた。
「おい、さっきからどうしたんだよ」
「……だって、あのドミノって女。怪しくない?」
「怪しいって……何が?」
「なんかキャラ作ってる感じで気に食わないっていうか……とにかく、女の勘が怪しいって言ってるの。タケシ君、あなたも気をつけ──」
フルーラが少し前を歩くタケシにも注意を促そうとする。
が──
「ああ……ドミノさん。うなじがセクシーで素敵だぁ」
先導するドミノの後ろで盛大に鼻の下を伸ばしていた。年上の女性に弱いのか、普段の頼りがいのありそうな雰囲気が嘘のようである。
フルーラは呆れたような目で口を閉じた。気をつけるのが馬鹿らしくなってしまったようだ。
そうしてドミノに案内され、研究所の奥にある一室に辿り着くナオト達。
「あれ? ドミノさん。この部屋は確か使ってない倉庫のはずですけど……」
「ええ。ちょっとここのスペースを使わせてもらってるの。申し訳ないけど、両手が塞がってるからドアを開けてもらえるかしら?」
「分かりました」
ドミノに頼まれ、タケシが扉を開ける。ナオト達が開いた扉を潜って先に中へと入るが、パッと見回してもドミノが言っていたような装置はどこにもない。
「ド、ドミノさん。仰っていた装置らしき物が見当たりませんが──」
──ガチャッ
ナオト達の背中越しにそんな音が鳴り響いた。
振り向くと、開けたはずの扉が閉まっている。急いでフルーラが扉に駆け寄って開けようするが、叶わない。向こう側から鍵がかけられてしまったようだ。
最悪なことに、この扉は内側からは鍵を開けられない構造になっている。加えて、窓もない。
「ちょっと! あなた何よ! 一体どういうつもり!?」
ドンドンと乱暴に叩きながら、扉の向こうにいるドミノに向けて怒鳴るフルーラ。
「──フフ。あなた何よと聞かれたら、普通は絶対答えない。でも、せっかくだから冥土の土産に教えてあげるわ」
扉越しにドミノの声が聞こえてくる。バサリと、着ていた白衣を脱ぎ捨てたであろう音が鳴り響いた。
「私はドミノ。ロケット団のAクラスナンバーズ009。人は私を『黒いチューリップ』と呼ぶ!」
声高に宣言するドミノ。何かポーズでも取ってそうな雰囲気だが、生憎扉越しなので届くのは声だけ。扉の前にいるフルーラも後ろにいるナオト達の方を振り返って「何言ってんのあいつ」とでも言いたげな顔をしている。
しかし、タケシだけはドミノの言葉に反応していた。
「ロケット団だって!?」
「ボスの命令でウチキド研究所の珍しいポケモン達を根こそぎ奪いに来たの。本当はバカンスでオレンジ諸島に来てたんだけど、本来任されてたヤマトとコサ……何だっけ? とにかく末端の団員が逮捕されちゃったから、よりによってナンバーズのこの私に仕事が回されちゃったのよね。全くいい迷惑だわ」
タケシも扉に駆け寄り、扉を力任せに叩く。
「ウチキド博士とミナミさん達はどうしたんだ!?」
「貴方達と同じように地下室に閉じ込めてるわ。まあ、運が良ければ誰かが助けてくれるかもしれないけど、こんな町外れの研究所に誰かが来るなんてそうそうないでしょうねぇ」
「あんた……こんなことしてただじゃ済まさないんだから!」
ドミノの嘲るような高笑いが響き渡る中、その笑い声に負けじとフルーラが声を張り上げる。
「あらそう。楽しみにしてるわ。無事にそこから出られたらの話だけど。それじゃ、私は先にお暇させてもらうから。ボウヤ、ポケモンありがとね。バッハハーイ」
「ナ、ナゾー」
遠ざかっていくドミノの靴音と助けを求めるナゾノクサの声。
「こらっ! 待ちなさいったら!」
「駄目だ。この扉はそれなりに頑丈だから力任せにやっても破れそうにない。俺のイシツブテがいれば……」
扉を叩き続けるフルーラだが、やはりビクともしない。
その横で悔しそうに歯軋りするタケシ。どうやら、彼は手持ちのポケモンが入ったモンスターボールを先ほどの談話室に置いていってしまったようだ。
「二人共、危ないから扉から離れてくれ」
そんな二人の後ろからナオトが声をかける。
振り向いたフルーラは、ナオトの前に立って身構えているアイの姿を見て合点が行ったように頷いた。
「そっか! まだアイちゃんがいたわね!」
「? ど、どういうことだ?」
アイがポケモンであることを知らないタケシは言われた通りにしつつも、どういうことなのか分からず戸惑いの顔を見せている。
「こういうことさ。アイ! ナイトバーストだ!」
「ミャウ!」
ナオトのかけ声を合図にアイの身体が光を発し、その姿がゾロアのそれへと変わる。その光景を見て驚くタケシをよそに、アイはナイトバーストを扉目掛けて放つ。
衝撃波を受けた扉はくの字に凹み、枠から外れて勢い良く廊下の彼方へと吹き飛んでいった。それを見届ける間もなく、ナオトとアイはドミノを追うべく開いた出口から飛び出していく。
「ア、アイちゃんはポケモンだったのか……!?」
「そういうこと。ほら、ぼさっとしてないでタケシ君は地下室の方へ行って! 私はナオトを追うから!」
「あ、ああ! 分かった!」
アイについての説明は後回し。タケシはウチキド博士達を助けに行くべく地下室へ。フルーラは先に向かったナオト達を追うべく駆け出した。
もぬけの殻となっている研究所から急いで出たナオトとアイ。
そこには大量のモンスターボールが入った箱が置かれていた。傍らには小型ロケットエンジンを背負ったドミノがいる。ナゾノクサの姿が見えないが、恐らくボールに入れられてしまったのだろう。
「!? ジャリボウヤ……貴方、どうやって抜け出したの!?」
驚くドミノの視界に、ゾロアの姿のアイが映る。察したドミノは、「なるほど、まだそんな珍しそうなポケモンを隠し持っていたのね」と呟いてニヤリと口端を歪めた。
「モンスターボールは返してもらうぞ。僕のだけじゃない。ここの研究所の奴もだ!」
「生意気なボウヤだこと。返して欲しかったら、力尽くで奪いに来なさいな」
「言われなくともそうさせてもらうさ。アイ!」
「ミャッ!」
ナオトの指示でアイが前に出て臨戦体勢に入る。
しかし、対するドミノはポケモンを出そうとしない。どういうつもりだと首を傾げるナオト。その様が滑稽に見えたのか、ドミノは堪えきれないとばかりに噴き出した。
「プッ、アッハハハハ!」
「な、何がおかしいんだ!?」
「ククッ……この私が律儀にポケモンバトルなんてお遊びで相手してあげると思って? 教えてあげるわ。力尽くっていうのはね……こういうことよ!」
言葉を切ると同時に、ドミノは右手に持った黒いチューリップを振るう。すると、そのチューリップから青白いエネルギー弾が放たれた。
「ミャアゥッ!」
「アイ!」
エネルギー弾が直撃して吹き飛ばされてしまうアイ。
ナオトは倒れたアイの元へ慌てて駆け寄った。一発当たっただけなのに、アイの身体は既に傷だらけ。凄まじい威力だ。
「このチューリップはね、ただの綺麗なお花じゃないの。ロケット団の科学力を結集して作られた、ポケモンのエネルギーを蓄えて放つことができる兵器なのよ。一発分だけでも、何十匹ものポケモンのエネルギーが込められてるんだから」
アイを抱え上げてゆっくりと立ち上がり、怒りを露わにするナオト。
「……ポケモン達から無理矢理奪ったエネルギーを利用してるってことか?」
「そういうこと。さ、大人しくそのポケモンも渡しなさい。そうすれば、痛い思いをしなくて済むわよ。ポケモンでそのダメージ……人間が受けたらどうなっちゃうかしらね?」
ドミノの言葉にナオトは首を縦に降らず、アイを庇うようにして彼女を睨みつける。そんな彼を見て、ドミノは心底気に食わなさそうに鼻で笑う。
「バカなボウヤ。お望み通りにしてあげるわ」
ドミノが黒いチューリップを振り上げる。
そして、青い光を放ち始めるその花を一気に振り下ろそうとした。
「──ロコン! かえんほうしゃだ!」
その時、ナオトの後方から炎が放射された。その炎がドミノの持っているチューリップを焼き払う。ウチキド博士達を助け出したタケシが駆けつけて、彼のロコンがかえんほうしゃを放ったのだ。
手に持っていたチューリップが燃え尽き、「チッ」と舌打ちをするドミノ。
「タケシ!」
「ナオト! 遅くなってすまない!」
ナオトの隣に並んだタケシ。その後ろには彼に助け出されたウチキド博士らしき紫色の髪の女性がいる。彼女は相対するドミノに言葉を投げかけた。
「貴方、こんなことは止めて今すぐポケモン達を返しなさい!」
「そうだ! ドミノさん! 貴方にそんな危険な花は似合わない。だから──」
瞬間、タケシの視界が青白い光で染まる。衝撃波がすぐ横を通り過ぎたかと思えば、ロコンの「コォンッ!」という悲鳴が彼の耳に響く。
再び放たれたエネルギー弾がタケシのロコンを襲ったのだ。
「ロコン!?」
吹き飛んでいくロコン。慌てて駆け寄るタケシをドミノが嘲笑った。その右手には、破壊したはずの黒いチューリップが傷一つない新品同様の状態で再び握られている。
「残念でした。チューリップはもう一本持ってるの。それに悪いけど、糸目の男って趣味じゃないのよね」
「そ、そんな……こんなに男前なのに、糸目の何がいけないっていうんだ!」
ロコンを抱えながらショックを受けてその場に膝を突くタケシ。が、しっかり言い返している辺りそこまで傷ついてるわけでもないようだが。
「少し邪魔が入ったけど、ちょうどいいわ。その炎を吐いたポケモンも頂いて──」
「ニドクイン、れいとうビームだ!」
「ッ!?」
仕切り直そうとしたドミノを横から冷気を纏った光線が襲う。ふいを付かれたものの、間一髪ドミノは軽い身のこなしでそれを躱した。着地と同時に、光線が飛んできた方向を見やる。
そこにいたのはハンサムな出で立ちをした男性。先程のれいとうビームは傍らにいるドリルポケモンのニドクインが放ったもののだっだようだ。全身を覆う針のような鱗を逆立たせてドミノを睨みつけている。
「悪いけど、これ以上悪事を働くようならこのサザンクロス東の星、ネーブルジムのジムリーダーがお相手しよう!」
ジムリーダーを名乗ったその男性の姿を見て、ウチキド博士が驚喜の表情を浮かべて「ダン君!」と歓声を上げる。その瞳はまるで恋する乙女のように輝いていた。
「……ダ、ダンって?」
「ウチキド博士の恋人さんです」「会うのは久しぶりですねぇ」「一緒にいる時はいつもべったりなんですよ~」
助手を務めるようになってから初めて会う男性と今まで見たこともないウチキド博士の表情に首を傾げていたタケシの疑問に、遅れてやってきた眼鏡の三つ子が答える。
「こ、恋人だってえぇぇーーーー!!?」
こうかはばつぐん。
ウチキド博士のことを狙っていたというか、むしろ彼女が狙いで助手になったのであろう。ガーンッという音と共に、ロコンを抱えたままタケシは衝撃のあまり石となって砕けてしまった。
「タ、タケシ……」
そんな彼になんと言っていいのか分からず、ただただ可哀想なものを見る目を向けるナオト。
「出てこい! ストライク! マルマイン!」
ウチキド博士の恋人らしいダンと呼ばれた男性は、続けて二匹のポケモンを繰り出す。それを見たドミノは思わぬ助っ人の登場に小さく舌打ちを漏らした。
ロケット団のエリートである彼女は兵器の扱いもさることながら、その身体能力はずば抜けている。しかし、そんな彼女でもジムリーダーのポケモンを同時に複数相手するのは難しい。
「形勢不利ね……仕方ない。引き際を見極めてこそホントのエリート。ひとまず研究所のポケモンは奪ったのだし、ここは撤退を──」
そう口にしながら、ドミノはダンを見据えながら傍に置いたモンスターボールを詰めた箱に手を伸ばそうとする。
しかし、その手は空を切った。「は?」と思わず箱を置いた場所を振り向くと、そこにあるはずの箱は影も形もない。
「残念だったわね! ポケモン達は返してもらったわよ! ざまあみなさい!」
先程から身を隠していたフルーラが姿を晒してドミノを罵る。その両手にはモンスターボールの詰まった箱が抱えられていた。彼女の注意がダンに向いている間に、隙を見て奪い返していたのだ。
「くっ! このジャリガール……! 覚えてなさいよ!」
この状況で取り返すのは難しいと判断したのかドミノは捨てセリフを吐き、背負ったロケットエンジンを作動させて宙に飛び立つ。
飛行機雲の軌跡を残しながら、あっという間にダイダイ島から離脱していく。
危機が去ったことで張り詰めていた緊張が解けたナオトは、溜息と共に胸を撫で下ろすのであった。
無事、研究所のポケモンを取り戻すことができたナオト達。
研究所近くのポケモンセンターでアイやロコンの傷を癒やしてもらい終えた一行は、先ほどの談話室に集まっていた。
「ありがとう。ナオト君、フルーラちゃん。おかげでポケモン達を無事に取り戻すことができたわ」
「ナゾ~」
ウチキド博士は湯呑を手にしながらナオト達にお礼を言う。町で見つけたナゾノクサも、頭の草を揺らして笑顔で感謝の気持ちを伝えている。
「いや、僕は何もできなかったし……」
「ミャウ……」
「何言ってんの。あんたやアイちゃんが時間を稼いでくれたからダンさんが間に合ったんでしょ? もっと自信持ちなさいよ」
隣に座るフルーラがそう言ってナオトの背中を叩くが、彼は眉を下げて頭を掻くばかり。少女の姿のアイも気まずそうな顔をしている。
「それにしても、別の者に化ける能力を持ったポケモンだなんてすごいです!」
「資料で知ってはいても、実際に見るとホントに不思議ですねぇ」
「でも、どうして女の子の姿なんですか?」
興味深そうにアイを見ていた三つ子の一人が、ふいにそんな疑問をナオトに投げかけた。
「それは、なぜだか知らないけどアイ自身がその姿を気に入ってて……多分、どこかの街で見かけた子供にでも化けてるんだと思うんだけど」
「というか前から思ってたんだけど、どうしてニックネームがアイなの? なんか、あんたがつけたにしては可愛らしすぎるっていうか……」
「ああ、それもアイが自分でそう呼ぶように言ったんだよ。文字を指さしてさ」
続けて疑問を口にしたフルーラはナオトの答えに「ふ~ん」と少し納得いってない様子でお茶に口をつけ、ソファに身体を沈めた。
もちろん、それはナオトも同じだ。ポケモンのアイに人間の文字が理解できるかと言われれば首を横に振るしかない。偶然その文字を指さして、たまたまその言葉が気に入ったと判断すべきだろう。
「それで、ダンさんってウチキド博士の恋人って聞いたんですけど……」
傍らで色を失っているタケシを見たフルーラがウチキド博士にダンのことを聞く。聞かれて思い出したのか、博士は自分の隣に座っているダンの方を振り向いた。
「そうよダン君! 来るなら来るって連絡してくれればいいのに!」
「ごめんごめん。ウーちゃんを驚かせようと思ってさ。まさかあんなことになっているとは思わなかったけど、無事で良かったよ」
「もう、ダン君ったら」
何だかいい感じの空気を醸し出している。ピンク色の空間が目の前に広がっているような錯覚を覚えるほどだ。それを見たタケシはさらに掠れて消えていく。
「ウチキド博士とダンさん。美男美女でお似合いって感じね。私もダンさんみたいにハンサムな人と出会いたいなぁ」
と、聞こえるように呟くフルーラに、どうせ僕はハンサムじゃないよと心の中で文句を返すナオト。話題を変えるため、ナオトはダンに向けて質問を口にする。
「あの、確かさっきジムリーダーって名乗ってたと思うんですけど……」
「ああ、そうだよ。僕はサザンクロス東の星、オレンジ諸島に四人いるジムリーダーの内の一人さ」
ここ、オレンジ諸島ではオレンジリーグと呼ばれるポケモンリーグが存在するらしい。
四つのジムでサザンクロスの称号を持つジムリーダーとの戦いを制覇すると、ヘッドリーダーというサザンクロスのリーダーに挑戦する資格を得ることができるという。
本土のリーグと比べたら小規模ではあるが、このリーグに挑戦するために結構な数のトレーナーが各地から集まってくるようだ。
「そうだわ。ナオトくんもオレンジリーグに挑戦するなら、ぜひ頼みたいことがあるのよ。ついてきて」
「え? いや、僕は──」
オレンジリーグに挑戦するつもりはないナオトが訂正しようとするが、ウチキド博士は聞こえていないのか扉を開けて談話室を出ていってしまう。
仕方なくフルーラ達と共に彼女の後をついていくと、着いた先の部屋でナオトは普通のモンスターボールとは違った意匠のボールを手渡された。
「そのボール、GSボールっていうんだけどね。どうやっても開けることはできないのよ。中に何が入っているか分からない謎のボールってわけ」
「はあ……でも、ウチキド博士に開けられないなら僕にもどうしようもないと思うんですけど」
「ああ、違うの。このボールはね、本当なら本土のマサラタウンにいるオーキド博士に届けなきゃならないのよ。でもね……」
ウチキド博士は困ったように頬に手を添えて事情を説明する。
本来なら数日前に研究所を訪れたオーキド博士の使いであるサトシというポケモントレーナーに渡すはずだったこのGSボールだが、手違いて本物そっくりの偽物を渡してしまったのだという。
以前、どこで情報を手に入れたのかGSボールを自分のコレクションに加えたいから譲って欲しいという輩が出てきたため、念の為そっくりな偽物を作った経緯があるらしく、それがいつの間にか本物と入れ変わってしまっていたのだ。
「サトシ君もオレンジリーグに挑戦するために島を渡っているはずよ。だからナオト君もジム巡りがてら、彼を追いかけてこのボールを渡して欲しいの」
そう頼むウチキド博士だが、ナオトはオレンジリーグに挑戦するつもりなんてはなからない。申し訳ないが断わろうと、ナオトは口を開く。
「すみません。僕は──」
「分かりました! そのサトシって子にちゃんと届けますね!」
しかし、横から出てきたフルーラが強引に依頼を承諾してしまう。「ありがとう! 助かるわ!」と喜ぶウチキド博士を尻目にナオトはフルーラの腕を掴んで乱暴に引っ張り、小声で耳打ちする。
「おい、一体どういうつもりだよ!」
「私、オレンジ諸島に住んでるのに今までこの島とマンダリン島ぐらいしか行ったことなかったのよね。一度他の島も周ってみたいなぁって思ってたの」
「お前の島巡りの口実のために僕にリーグへ挑戦しろって言うのか!?」
文句を言うナオトにフルーラはジト目を向ける。そして、ゆっくりと唇を動かして「ふ・ね」と言葉短かに訴えた。「ぐッ」と、顔を歪めるナオト。それを出されると断り辛い。助けを求めるようにアイの方を見るが、彼女はしょうがないよとばかりに曖昧な笑顔を返した。
こうなったら仕方がない。別に急いで本土に行く必要はないし、やれるだけやってフルーラを満足させるしかないだろう。
「そうか。ナオト君はオレンジリーグに挑戦するつもりなんだね。なら、いずれネーブル島にある僕のジムに挑戦することになる。こうしちゃいられない。早く戻って準備しておかないと」
話を聞いていたダンが、そう言ってテキパキと帰り支度を始める。
「ええ! ダン君、来たばかりなのにもう帰っちゃうの?」
「ナオト君の他にも、そのサトシって子が挑戦しに来るみたいだしね。また会いに来るから、ポケモン達の研究、頑張ってね。ウーちゃん」
「もう、ダン君のいけずぅ」
またしてもピンクの空気を作り始める二人。タケシの姿は見えない。既に塵となって消えてしまっていた。
そんな彼らに呆れた顔を向けていたナオトは、ふとフルーラの方を振り向く。
「ジム巡りはともかくとしてさ、お前アーシア島に戻らなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。お祭りの日までに戻ればいいわけだし。まあ、一応電話で連絡はするつもりだけどね」
フルーラのことだからヨーデルが文句を言っても強引に承諾させるのであろう。ナオトは心の中でヨーデルに謝る。
……謝るべき人物はもう一人いるのだが、その人物のことが思い浮かぶことはついぞなかった。
◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓
『RINGRINGRING♪ オヨビダヨ! オヨビダヨ! デテオクレ!』
「はいはい。今出るってば」
電話の呼び出し音を聞きつけ、足早に歩み寄ったヨーデルが受話器を手に取る。それと同時に、モニターに電話の相手であるフルーラの姿が映った。
『あ、もしもしお姉さん?』
「フルーラじゃない。良さそうな船、見つかった?」
電話越しに、ヨーデルはお使いの成果を尋ねる。
『え? ああ、うん。まあね。それよりお姉さん、私ナオトと一緒に島巡りに出ることにしたから』
「はあ、なるほど。島巡り……島巡り……島……巡り…………はあっ!?」
お使いに行かせたはずの彼女からの唐突な旅立ち宣言にヨーデルは思わず頓狂な声が上げる。鼓膜を刺激されたフルーラが思わず受話器から耳を離す。
『ちょっ! 急に大声上げないでよ! ……えっと、ナオトがオレンジリーグに挑戦することになって、私もそれについていくことにしたの。というか、私がいないと船を運転する人がいないしね』
「何言ってるの貴方! お祭りはどうするのよ!?」
『それまでには戻ってくるから。それじゃ、お爺ちゃんにもよろしくね』
妙に嬉しそうな顔で用件だけを伝えたフルーラは、用は済んだとばかりにさっさと通話を切ってしまった。
「あっ、ちょっとフルーラ!? もうっ、ホントに自分勝手な子なんだから!」
受話器を叩きつけるようにして置くヨーデル。まるで姉というより母親である。
音を聞きつけたのか、ちょうど家に来ていた長老がそんな彼女に声をかけた。
「おお、ヨーデル。フルーラから電話かの? じゃあこれから帰るところか。また明日から自分の船で海釣りに行けるのが楽しみじゃわい」
「……当分無理みたいですよ」
「えっ」
◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓
ウチキド博士の研究所に泊まったナオト達は、翌日準備を終えてオレンジリーグに挑戦するためのバッジを集めるためにジム巡りへと発つことになった。
「気をつけてね。また昨日のロケット団が良からぬことを企んでいるかもしれないから」
「「「また遊びに来てくださいね~」」」
「お世話になりましたー。ほら、あんたもちゃんと挨拶しなさいよ」
「ミャウミャ~」
ウチキド博士達から見送られ、研究所を後にするナオト達。
これからジム巡りをしなければならないからか、ナオト一人だけ憂鬱そうな顔をしている。そんな彼を叱咤するようにしてフルーラが背中を叩いた。
「おーーいッ!」
道中のポケモンセンターの横を通り過ぎて港へ向かおうとしたところで、ナオト達の背中に声がかかった。
振り向けば、研究所に続く道から大きなリュックを背負った浅黒い肌の青年が走ってくるのが見える。言うまでもない。タケシだ。
「タケシ?」「ミャウ!」
「どうしたのよ? そんなに慌てて」
追いついたタケシは膝に手を当て、息を整えつつ口を開く。
「はあ、はあ……お、俺もジム巡りの旅に、付き合わせて欲しいんだ」
話を聞くと、彼は元々ウチキド博士が言っていたサトシという少年と旅をしていたらしく、ナオト達のジム巡りの旅についていって彼を追いかけるつもりなのだという。
「ウチキド博士の助手の仕事はどうするのよ?」
フルーラがそう聞くと、タケシは急にガクリと膝を落として地面に両手を突いた。
「聞かないでくれ……」
全身からネガティブな負のオーラが滲み出ている。どうやら、完全に失恋による傷心と悲しみに打ちひしがれてしまっているようだ。
「ちょっと、そんな簡単に諦めちゃうの?」
「あの仲睦まじさを見せつけられたら……」
回復する様子のないタケシに、フルーラは駄目だこりゃと肩をすくめる。
「ナオト、ほっといて行きましょ」
「え、ええ?」
ナオトの手を引っ張って先を行くフルーラ。アイも心配そうにタケシを見ていたが、置いていかれるわけにもいかないのですぐにナオト達の後を追い始める。
「……あ、ま、待ってくれえぇ~!」
置いていかれていることに気づいたタケシは、慌ててリュックサックを背負い直してナオト達を追いかけ始めるのだった。
不本意ではあるが、オレンジリーグ出場のためにジム巡りをすることとなったナオト。
まず目指すは最初のジムがあるナツカン島。頼れる兄貴分? であるタケシが旅の仲間に加わり、果たしてどうなることやら。
続くったら、続く──!
サブタイトルに「バトル!~」とあるが、別にバトルらしいバトルをするわけじゃない。
■ドミノ
「ミュウツーの逆襲」の後日談に当たる年末特番「ミュウツー! 我ハココニ在リ」に登場したロケット団のエリート団員。
Aクラスナンバーズ009と自称してるが、彼女以外のナンバーズが出たことはないはず。多分。いたら教えてください。
当初はヤマトとコサンジを出す予定だったが、彼らは第86話の「きえたポケモンのなぞ!」でサトシ達の活躍によって逮捕されてるし、彼女の方が知らない人が多そうと思ったので採用。
■ウチキド博士
ダイダイ島でオレンジ諸島に生息するポケモンの研究をしているナイスバディの女性。しかし、生活能力が全くない。
タケシが惚れ込んで助手になるが、サトシがオレンジ諸島での旅を終えてマサラタウンに帰宅するとなぜか助手を辞めていた。理由を聞くと「聞かないでくれ……」と言って塞ぎ込む。
その理由付けとして、この作品ではネーブルジムのダンが彼女の恋人であるという設定にしている。
■ミナミ・ツナミ・コナミ
ウチキド博士の助手として働く眼鏡をかけた三つ子。
博士と同様に生活能力がなく、家事はタケシに頼り切りであった。
■ダン
サザンクロス東の星、ネーブルジムのジムリーダーであるハンサムな男性。
手持ちポケモンはニドクイン、ストライク、マルマイン、ゴーリキー、イシツブテ。
この作品ではウチキド博士の恋人という設定。ジムリーダーなので後々また登場する予定。
■GSボール
アニメ本編で伏線回収されず、モンスターボール職人のガンテツに手渡されて以降一切登場していない。今になってもなお正体不明である。
スタッフも正体まで考えていなかったらしい。
■電話の呼び出し音
地味に好き。