ポケットモンスター -Hello My Dream-   作:PrimeBlue

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8. オレンジリーグ! ナツカンジム! ▼

 ナツカン島を目指して船を進めるナオト達一行。

 

 ナオトは相も変わらずコイキングの特訓をさせていた。彼とアイが投げたモンスターボールをじたばたで弾き返すという訓練を延々と続けている。本気でコイキングでジムに挑戦する気のようだ。

 

(まさか、わざと負けて旅を早く終わらせようとしてるんじゃないでしょうね……)

 

 船の運転をしながらフルーラはそう勘ぐるが、ふと先日のボンタン島のポケモンセンターでナオトが言っていたことを思い出す。

 

『トレーナーが自分のポケモンを信じないでどうするんだ。そのイーブイをゲットしたのは、お前なんだぞ!』

 

 ナオトはきっと、本気であのコイキングが活躍してくれると信じているのだろう。

 フルーラも彼の言葉を受け、実際にドミノを撃退することができた。ならば、今度はナオトがそれを実践する番だ。多少不安はあるが、フルーラは彼と彼の信じるコイキングを期待してみることにした。

 

「コイキングも張り切っているようだし、本当にジム戦に勝つかもしれないな」

 

 コーヒーを淹れていたタケシが船内から出てきて、期待の込もった声でそう呟く。

 

「ねえ、タケシ君が追いかけてるサトシって子もオレンジリーグに挑戦してるってことは、もうナツカンジムでジム戦もしたってことよね?」

「多分な。サトシはまだまだ未熟なところはあるけど、バトルに対する情熱は人一倍あるんだ。俺のジムでも、こてんぱんにやられても諦めずに挑戦してきたからな」

「そういえばタケシ君ってジムリーダーだったのよね。ウチキド博士が言ってたわ」

「ああ……ウ、ウチキド博士……」

 

 禁句ワードを耳にしてがくりとデッキに膝を突くタケシ。そろそろいい加減にして欲しいものである。フルーラは呆れた表情のまま視線を船の進行方向へ戻した。

 ちなみに、サトシはでんきタイプのピカチュウでタケシのイワークに勝利したらしい。なんでもスプリンクラーが誤作動してイワークが水浸しになってしまったのが敗因なのだとか。それは反則ではなかろうか? まあ、サトシ本人が無効試合としたようなので特に問題はないのだろうが。

 

 

 

 

 それから少しして、船は無事ナツカン島の港に到着した。

 ここナツカン島はダイダイ島やボンタン島よりもヤシの木が多く生い茂っており、最も南国気分を味わえると評判の場所らしい。それに何より、オレンジリーグに挑戦するためのジムが存在する。

 

 ひとまず、ナオト達はポケモンセンターでジムの場所を尋ねることにした。

 

「あの、すみま──」

「初めまして! 自分はタケシといいます! いやあ、ボンタン島のジョーイさんもそうでしたが、貴方はまた一段とお美しい!」

「は、はぁ……?」

「はいはい、タケシ君。邪魔だから退いててちょうだいね。ホント見境ないんだから」

 

 案の定ポケモンセンターに着いて早々ジョーイの手を握って口説きトークをかまし始めるタケシをフルーラが引きずっていく。

 

「ええっと……それで、ご用件は?」

「す、すみません。ジムのある場所を教えて欲しいんですけど……」

「ああ。貴方オレンジリーグに挑戦するのね。ナツカンジムなら、このポケモンセンターを出て左手の方を道なりに進んでいけば見えてくるはずよ」

「分かりました。ありがとうございます。それじゃあ行くか」

「あ、ちょっと待ってよ」

 

 早速ジムへ向かおうとするナオトにフルーラが待ったをかける。

 

「なんだよ」

「もうすぐお昼の時間だし、ランチを済ませてからにしない? ここのココナッツミルク、美味しいって評判なんだから」

 

 フルーラの提案にナオトは不満げな顔を返した。

 

「それこそ後でいいだろ。僕は早くジムに行きたいんだ」

「何よ。嫌がってたくせに早くジムに行きたいだなんて、どういう風の吹き回し? まさか、あんたやっぱり……」

 

 先ほどの懸念を口にしようとするフルーラ。しかし、彼女の言葉を聞いていたナオトは急にハッとした表情をしたかと思えば、複雑そうに眉をひそめた。

 

「……別に、面倒事をさっさと済ませたいだけだよ」

 

 そうぶっきらぼうに返すナオト。傍らにいるアイが気遣わしげな顔で彼のことを見上げている。

 確かにナオトはバトルを避けている傾向がある。だが、決してバトルが嫌いというわけではないのだ。事実、彼はジムに挑戦することを無意識の内に楽しみにしていた。

 

「まあまあ。ジムはそこまで遠くないみたいだし、腹ごしらえしてからでもいいんじゃないか?」

「タケシ達だけで行きなよ。僕は先にジムへ行く。行くぞアイ」

「ミャ、ミャウ」

 

 そう言って、ナオトはポケモンセンターを出ようとする。

 

『次は天気予報です。カントー地方はオレンジ諸島を含めて昼過ぎから雨が降る見込みとなっており──』

 

 が、途中ポケモンセンターに備え付けられているテレビの天気予報を聞いて、ピタリとその足を止めた。

 そして、くるりと方向転換してフルーラ達の元へ戻ってくる。

 

「何、どうしたの?」

「いや、その……やっぱりランチを済ませてから行くよ」

 

 どういうわけか一変して態度を変えたナオトに、フルーラとタケシは顔を見合わせて首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 ランチを済ませ、ナオト達は昼過ぎになってからナツカンジムへと足を向けた。

 

「それにしても、ジョーイさんってホントにみんな同じ顔なのね。ビックリしちゃった」

「みんな親戚だからな。ジュンサーさんもそうらしいけど」

「おいおいどこが同じ顔なんだ。全員美しいのは当然だが、それぞれその人にしかない特徴と魅力があってだな……」

「うん、聞いてないから」

 

 そんな話をしながら海沿いに浜辺を歩き続けていると、ジムの建物が見えてきたところでアイが道端にヤシの実が落ちているのを見つけた。

 

「ミャウ!」

 

 先程のランチでココナッツミルクのチーズケーキを食べたせいか、アイは嬉しそうに駆け寄って落ちているヤシの実を両手で拾おうとする。

 その時、ナオトはそのヤシの実に紐が括り付けられていることに気づく。

 

「アイ! ちょっと待っ──」

「拾っちゃダメだ!」

 

 咄嗟に拾うのを止めようとするナオト。同時にどこからか少年の声が聞こえてきた。

 

「ミャ?」

 

 が、時既に遅し。

 ヤシの実を拾ったアイの頭上から大量の水が落ちてくる。バシャアッという音と共にアイの身体が水浸しとなってしまう。実を拾うとヤシの木に仕掛けられたバケツが紐に引っ張られて中の水が落ちてくる仕掛けになっていたのだ。

 

「アイちゃん!」

「大丈夫か!?」

「ミャウ……」

 

 慌てて駆け寄るナオト達。アイは困ったなぁと言いたげな顔で笑う。

 

「待ってろ。今タオルを出してやるからな」

 

 タケシがリュックからタオルを取り出す中、ジムの方からばつが悪そうにしているツンツン頭の少年が近寄ってきた。

 

「わ、悪い。それ仕掛けたの、オレなんだ」

「何だと?」

「ミャウミャ」

 

 眉間にシワを寄せて少年に詰め寄ろうとするナオトをアイが手を引っ張って止める。首を振る彼女を見て、ナオトは怒りを吐き出すように一呼吸置いた。

 

「ちょっとあんた、何でこんなイタズラ仕掛けたのよ」

「ジ、ジムに挑戦するトレーナーを試すためにいつも仕掛けてんだよ。まあ、こんなトラップに引っ掛かるようじゃ──」

「引っ掛かったら、何よ?」

「……いや、その」

 

「こらっ、センタ! アンタまた掃除をサボってしょうもないイタズラ仕掛けたのね!?」

 

 すると、再びジムの方から声が聞こえてくる。今度は少年を叱る女性の声だ。振り返ると、そこには結い上げた茶髪に黒のキャミソールを着た女性がいた。

 センタと呼ばれた少年は駆け寄ってきたその女性にゴツンと拳骨をもらう。

 

「いってえぇー!!」

「しかも今度は明らかにジム挑戦者じゃない子が被害に遭ってるじゃない! ごめんね、びしょ濡れにしちゃって。何かお詫びしないと──」

 

 女性は、申し訳なさそうにタオルで身体を拭いているアイに謝る。そんな彼女の手をタケシが横から素早く握った。

 

「とんでもございません! そのお気持ちだけでも十分です! ああ、強気な瞳の中になんて深い慈しみを感じさせる方なんだろう。まるで目の前に広がる青く澄み切った大海原のようだ。ぜひ、自分も貴方という海に溺れた──」

「ウチキド博士」

「ぐッッはっ」

 

 暴走するタケシにフルーラが禁句ワードを炸裂。タケシは胸を抑えてその場に倒れた。こういう時には便利である。

 倒れたタケシをアイが「ミャ、ミャア?」と心配しているが、優しい彼女も近い内に気にしなくなるだろう。

 

「え、えっと、それで貴方達は?」

「僕はミアレシティのナオト。ナツカンジムに挑戦しに来ました」

 

 ナオトの挑戦の申し出を受けて、女性は得心が行ったように頷いた。

 

「なるほど。その挑戦、サザンクロス西の星であるこのアツミが受けてたつわ!」

 

 

 

◓ ◓ ◓ ◓ ◓ ◓

 

 

 

 ジムに案内されるナオト達。

 バトルフィールドと思われる広い屋内スペースに連れられると、アツミによる説明が行われる。

 

「このナツカンジムでは単なるポケモンバトルによる勝負を行わないの。スキルバトル──お互いのポケモンの技を競うことで勝敗を決するのよ」

「技を、競う? ……そうか、いつものバトルをするわけじゃないんだ」

 

 説明を聞いたナオトはどこか安堵したように息を漏らした。

 

「競うのはみずタイプの技よ。センタ!」

「オッケー、姉ちゃん!」

 

 アツミがセンタに指示すると、コントローラーのような装置が操作されてバトルフィールドの床が展開。開いたその下からプールが出現する。続いて壁の一部が動き出し、中から空き缶が並べられたステージが現れた。

 

「勝負は三回戦。一回戦目はこのステージに並べられた空き缶をプール上から技を使ってどちらが多く撃ち倒すことができるかを競うんだ」

「そういうこと。さあ、貴方はどんなみずポケモンで勝負するの?」

 

 アツミに尋ねられ、ナオトはホルダーから一つのモンスターボールを取り出す。

 

「僕はコイツで勝負します」

 

 モンスターボールを宙へ向けて放り投げる。ポンッという音と共にボールが開き、光が中に入っていたポケモンの姿を形作った。

 カロス地方から来たと聞いてどんなポケモンで来るかと期待に満ちた顔でいるアツミであったが、ボールから現れたポケモンを見て目を見開く。

 

「コココッココッ!」

 

 もちろん、出てきたのは宣言通りコイキングだ。

 床を跳ね続けるコイキングを見て、アツミとセンタは呆然としている。知っていたフルーラとタケシでさえ気まずい表情だ。真剣な顔をしているのはナオトとアイだけ。

 

「……いや、お前ふざけてんのか!? コイキングなんかで姉ちゃんに勝てるわけないじゃん!」

 

 舐められていると思ったのか、正気に戻ったセンタが怒鳴り上げた。アツミもさすがにコイキングでは……とでも言いたげな困った顔をしている。

 

「ほ、他にみずタイプのポケモンは持ってないの?」

「みずタイプはコイキングしか連れてません」

 

 真剣にコイキングで勝負しようとしているナオト。センタと違って自分が馬鹿にされているわけではないと察したアツミは怒らない。

 しかし、それでもコイキングはコイキングだ。図鑑公認の最弱のポケモンである。

 

「でも、やっぱりこれじゃ勝負にならなそうだから、悪いけど他のみずポケモンをゲットしてから改めて──」

「クシュンッ」

 

 と勝負を断ろうとするが、それを遮るようにタケシから借りたタオルで濡れた髪を拭いているアイがクシャミをした。

 イリュージョンで少女の姿のままのためか、ポケモンであることを知らないアツミは余計にバツが悪くなる。

 

「……ゴホン。こちらとしても挑戦を断りたくはないんだけど、まず前提条件としてみずタイプの技が使えないとお話にならないのよ」

 

 最初の勝負は先ほども説明された通り、ステージに並べられた空き缶を狙った射撃対決だ。大体はお互いみずでっぽうを使って競うのだが、コイキングはそのみずでっぽうが使えない。

 だから無理なのよと断ろうとするが、ナオトはそれに首を振って答えた。

 

「それくらいだったら、コイキングにもできますよ」

「はあ?」

「とにかく、やってみれば分かります」

 

 妙に自信たっぷりなナオト。そこまで言われるとアツミも断りようがない。諦めたように一つ溜息を吐く。

 

「……どうなっても知らないわよ」

 

 

 

 

 かくして、ナツカンジム・ジムバトルの一回戦目が開始される。

 

「私のポケモンはこの子よ。出てきなさい! シードラ!」

 

 アツミがモンスターボールをプールに向けて放り投げる。ボールから現れたのはドラゴンポケモンのシードラだ。タツノオトシゴのような姿をしており、いつも眉をひそめたような顔をしている。

 

「ド、ドラ?」

 

 自分の対戦相手であるナオトのコイキングを見て、シードラはその眉をひそめた顔を崩し「マジかよ」という表情になる。やはりと言っていいのか、コイキングを相手にしたことはこれまで一度もなかったようだ。

 

「合図と同時に試合開始だけど、今更できないなんてのはナシよ?」

 

 と、アツミ。挑発的なその言葉にナオトは口端を上げた。

 フルーラとタケシ、そしてアイが不安そうな表情で見守る中、ナオトのコイキングとアツミのシードラがプールにスタンバイする。

 

 

「スタート!!」

 

 

 センタの試合開始の合図と共に、ナオトがコイキングに指示を出す。

 

「コイキング、じたばただ!」

「ココッ」

 

 指示を受けて、コイキングが猛烈な勢いでプールに浮かんだままじたばたし始める。

 しかし、我武者羅にじたばたしているわけではない。上手くヒレを使ってプールの水を弾いているのだ。

 

 もちろん、弾かれた水は通常のみずでっぽうと同等とは言えない。が、ステージに並べられた空き缶を吹き飛ばす程度の威力は十分に持っていた。

 コイキングが弾いた水は正確に空き缶を吹き飛ばす。それどころか、胸ビレだけでなく尾ビレまで使って器用にも同時に複数の空き缶を薙ぎ倒すことに成功している。

 

「う、嘘……」

 

 唖然とするアツミ。

 じたばたで水を弾くだけならまだしも、まさかこうも正確に空き缶を倒すとは。

 

「どうしたんですか? もう勝負は始まってますよ」

「姉ちゃん!」

「ッ! シードラ、みずでっぼう!」

 

 センタの声で我に返ったアツミは慌ててシードラにみずでっぽうを指示する。

 シードラも正確無比かつ連続でみずでっぽうを放って次々と空き缶を倒していくが、対するコイキングも尋常じゃない速度でじたばたして空き缶を薙ぎ倒していく。

 

 

 カンッ!

 

 

 そして、最後の空き缶が倒される。

 その空き缶を倒したのはコイキングであった。シードラも動揺していたのか、最後の最後でみずでっぽうを吹き出す方向を誤ったのだ。

 

「よおし! よくやったぞ、コイキング!」

「ココココッ」

 

 空き缶を倒した数は僅差でコイキングの勝ち。コイキングは嬉しそうにナオトの元に飛び跳ねていく。

 

「す、すごいわね。ナオトのコイキング……」

「ああ。あんな力強いコイキングは俺も初めて見るよ」

「ミャウ!」

 

 試合を見守っていたフルーラ達は未だに信じられないといった顔でいる。アイが嬉しそうに鳴き声を上げるのを聞いて、ナオトは手を振って応えた。

 

「ま、待て! この試合は無効だ!」

 

 しかし、そこでセンタが抗議の声を上げた。

 

「ちょっと、何で無効なのよ!」

「みずでっぽうを使ってないからに決まってるじゃないか!」

「止めなさいセンタ!」

 

 フルーラとセンタが言い争いを始めそうになるが、アツミがそれを制する。

 

「で、でも姉ちゃん……」

「別に使う技をみずでっぼうに限定してはいないでしょ。この勝負は彼の勝ちよ」

 

 そう。あくまでみずでっぽうが一番適しているというだけで、プール上から空き缶を倒せるならどんな技を使ってもいいのだ。

 ここで勝負がつかなければ今度は動く標的を相手に同じようなことをして勝敗を決めることになっていたのだが、今回は完全にコイキングの勝利。なので、このまま次の競技へ移行することとなった。

 

 

 次の競技はなみのり対決だ。

 浜辺からスタートし、沖合に浮かぶ旗で折り返し地点として早く戻ってきた方が勝ちとなる。

 

「この勝負で君が勝てば、2対0。三回戦目をせずに君の勝利が確定するわ……えっと、本当にコイキングでいいのね?」

「もちろんです」

 

 なみのり対決ですらナオトはコイキングで行くつもりのようだ。もちろん、コイキングはなみのりを覚えない。まあ魚なので泳げるのは当たり前だが。

 それでも、ナオトのコイキングは油断できない。事実、先の射撃対決でアツミは負けてしまったのだ。緩やかな水の流れにも流されてしまうと言われるコイキングだが、彼のコイキングにそれは当てはまりそうもない。

 

「私はこの子で行くわ。出番よ! カメックス!」

 

 アツミが空へとボールを投げる。太陽の逆光の中、現れた巨体が大きな振動と共に砂浜に降り立った。

 

「カメェ」

 

 こうらポケモン、カメックス。

 カントー地方出身のトレーナーの多くが最初にもらうこととなるポケモンの内の一体、ゼニガメの最終進化系だ。大きな甲羅の両肩部分からは砲台がその砲口を覗かせている。

 対して、ビチビチと砂浜を跳ね続けるコイキング。カメックスはコイキングを二度見し、自分の主人の方を振り返った。真剣な目でアツミが頷くのを見て、侮れない相手だと認識し、鋭い目つきでコイキングを睨みつける。

 

 先ほどアツミが説明した通り、この勝負でナオトが勝てばバッジを獲得できる。しかし、アツミが勝てば1対1となってさらに次の競技で勝負することになってしまう。そうなるとコイキングが三連続で出張ることになり、疲労も相まってとても勝負にはならないだろう。このなみのり対決で勝敗が決すると言ってもいい。

 

(この勝負、負けるわけにはいかないわ)

 

 浜辺で跳ね続けるコイキングを見てアツミは改めて意気込む。

 コイキングに負けたとあっては末代までの恥。いつにも増して気合を入れた。

 

「ねえ、ナオト。あんた大丈夫? 顔色悪いけど」

「……え? いや、大丈夫さ」

 

 何やら顔を青褪めさせているナオトを見かねて、フルーラが声をかける。ナオトは何でもないとばかりに首を振って答えた。心配そうに見上げるアイを、彼は心配するなと優しく撫でた。

 あれだけ啖呵を切ったのだ。勝つ自信がないというわけではないだろう。口には出さないが、何か別の不安があるのかもしれない。

 

(泳げないとか? まさかね)

「フルーラ。とにかく俺達はナオトを信じよう。あれだけすごいコイキングなんだからな」

「……ええ、そうね」

 

 不安が残る中、なみのり対決が開始される。

 アツミはカメックスに乗り、ナオトはコイキングと紐で繋がった円形型のボードに乗り込む。水の都として有名なアルトマーレという場所ではこのナオトのような形で水上レースを行うらしい。彼が今乗っているボードは、アツミがアルトマーレへ旅行した時に買ったお土産を借りたものだ。

 

 

「それじゃあ、レディー……ゴー!」

 

 

 センタが持つスターターピストルの発砲によって、ナオトとアツミの両者が激しい水飛沫と共に一斉にスタートする。

 

「ココココココッ!」

 

 ナオトのコイキングはコイキングとは思えないほどのスピードで猛然と泳いでいる。こんなに速く泳ぐコイキングはどこを探してもお目にかかれないだろう。シンオウ地方にある進化前のポケモンを愛するサークル『Bボタン同盟』には最強のコイキングがいるらしいが、それに勝るとも劣らない。

 

「悪いけど、お先に失礼するわよ!」「カメェ!」

「ッ!」

 

 しかし、やはりカメックスのなみのりのスピードには追いつけない。あっという間に距離を空けられてしまう。

 これでは勝つなんて到底無理だ。勝負にもならない。

 

「勝負あったな。やっぱりコイキングなんかじゃ、姉ちゃんには勝てな──」

「うるさいわね! 勝負は最後まで分かんないでしょ! 黙ってなさいよ!」

「は、はい」

 

 ふんぞり返るセンタをフルーラが文句をぶつけて黙らせる。両の拳を握ってなみのり対決を観戦するフルーラは何時にも増して興奮している様子だ。運転においてどこかの美人三姉妹の長女と同じくスピード狂である彼女は、こういったレース競技を見るとつい熱くなってしまうのだろう。もちろん、理由はそれでけではないのだろうが。

 

 そうこうしている内に、ナオトとアツミはフルーラ達のいる浜辺から遠く離れた沖にまで到達する。

 

「コイキング、はねろ!」

「コッ!」

 

 ナオトの指示を受けて、コイキングが勢いに乗ったまま機敏な動きで跳ね始める。波に乗る度に大きく跳ねて普通に泳ぐよりもさらにスピードを速めた。しかし、跳ねる都合上、どうしてもボードが激しく揺れてしまう。ナオトは振り落とされそうになりながらも必死にバランスを取る。

 

「やるわね……でも、それがコイキングの限界よ!」

 

 それでもカメックスの速度には追いつけない。

 アツミとカメックスは既に折返し地点を回ってしまった。それに遅れる形で、ナオトとコイキングが折返し地点を回る。

 まさかコイキングでここまでやれるとは思わなかったが、これならば自分の勝ちは確実。アツミは自分達を追いかけるナオトとコイキング達の姿が徐々に見えなくなっていくのを確認して、口元を緩ませる。

 

 

 

 

 ゴールとなる浜辺で勝負の結末を待つフルーラ達。

 ポケモンやバトルに対してそこまで関心がなかったフルーラ。しかし、つい先日初めてのポケモンをゲットし、そして今こんなにも熱くなっている。

 

「あ! おい、フルーラ!」

 

 いても立ってもいられなくなった彼女は波打ち際まで駆け出し、海に向かって大声で叫んだ。

 

「ちょっとナオト! 負けたら承知しないんだから! あんたがコイキングのこと信じてるなら、絶対勝ちなさい!」

 

 その時、フルーラの頬に冷たい何かが降ってきた。それは頬を伝って地面にポタリと落ちる。

 つられて空を見上げるフルーラ。いつの間にか太陽は隠れ、空はどんよりとした曇天に覆われていた。それに気づくと同時に海風が吹き荒れ始める。

 

「……雨?」

 

 

 

 

(言われなくても分かってるさ……!)

 

 フルーラの声を聞いたナオトは全身に襲いかかる激しい波飛沫で耐えつつ、真っ直ぐ前方を見据える。

 そして、彼の頭上に天から雨が降り注ぎ始める。それに気づいたナオトの目が見開かれた。

 

「この時を待ってたんだ! 行け! コイキングッ!!」

「ココッ!」

 

 ナオトがコイキングに発破をかける。瞬間、コイキングは弾丸と化して海を割った。

 

「う、嘘っ!?」

「いきなりスピードが上がりやがったぞ!?」

 

 ゴールからレースの進行を見ていたフルーラ達が驚きの声を上げる。ナオトのコイキングの移動スピードが急激に跳ね上がったのだ。どんどん速度が上がっていき、ついにはアツミのカメックスの泳ぐ速度に並ぶ。急に横に現れたナオトとコイキングを見て、アツミは驚愕に目を見張った。

 

「そうか!」

「ど、どうしたの? タケシ君」

 

 唐突にタケシが声を上げ、フルーラとセンタが振り返る。タケシはナオトのコイキングの速度が急に倍増した理由に気づいたのだ。

 

「コイキングの特性は"すいすい"。雨が降っている時、二倍の素早さで行動することができるようになる特性だ。ナオトは昼間見た天気予報でこの時間帯に雨が降ることを知って、それを利用したんだよ!」

 

 あの不自然な挙動はそういうことだったのである。

 ちゃんと考えてたんだ。雨に濡れながらも、フルーラは凄まじい勢いで一直線に自分達のいる浜辺に向かってくるコイキングとナオトから目が離せなかった。

 

「まさかそんな隠し玉があったなんてね……でも、勝負は私の勝ちよ! カメックス!」

「カメッ!」

 

 不敵に笑うアツミ。カメックスにラストスパートの発破をかけ、さらにスピードを上げていく。

 

「ああ! せっかく並んだのに!」

「姉ちゃん、行けえぇーッ!」

 

 フルーラが焦りの混じった声を上げ、センタが叫ぶ。 

 ポケモンリーグ協会非公認とはいえ、伊達にジムリーダーはやっていない。アツミのカメックスの底力に舌を舐めるナオト。

 

「……いや、勝つのは僕だ。コイキング!」

「コッ!」

 

 ナオトもコイキングにラストスパートをかけさせる。

 だが、既にアツミはゴール目前だ。一体どうするのか? 

 

 フルーラ達が固唾を飲んで見守る中、ナオトの足元の海面が膨れ上がり大波に乗った形になる。

 それを見計らっていたナオトが、叫ぶ。

 

「コイキング! とびはねろッ!!」

 

 ナオトの指示を受けたコイキングが、大波を割る勢いで大きく飛び跳ねる。

 アツミ、そしてフルーラ達は目を見開く。コイキングは信じられないほど高く飛び上がった。それはまるで、山を越える龍のように。

 天高く宙を舞うナオトとコイキングは、さらに吹き荒れる海風に後押しされて猛烈な勢いでアツミとカメックスを追い上げる。

 

「ッ! ここまで来て負けるわけにはいかないわ!」

 

 アツミもゴールを見据え直す。少しでも風の抵抗をなくそうとカメックスの上で身を屈めた。

 そして、ついにゴールの浮き旗が目前に迫る。

 

 勝った! そう確信したアツミは思わず屈めた身体を浮かす。

 カメックスの鼻先がゴールに入る──その瞬間。

 

「──えっ」

 

 アツミとカメックスの真横をジェット機が通ったかのような凄まじい風が通り過ぎた。ゴールしようとした瞬間、ナオトとコイキングもほぼ同時のタイミングでゴールに飛び込んだのだ。

 コイキングは飛び込んだ勢いを止めることができず、浜辺とジムの間に反り立つ崖目掛け弾丸となって飛んでいく。

 

「ミャッ!」

 

 アイが慌ててじんつうりきでナオトとコイキングが崖に衝突するのを間一髪のところで防いだ。これがどこかの町出身の人間なら衝突しても痛いで済むだろうが、ナオトは存外ひ弱なので最悪死にかねない。

 

「た、助かった……ありがとう、アイ。それに、よく頑張ったな。コイキング」

「ミャウミャ」

「コココッ!」

 

 地面に降ろされたナオトとコイキング。あれだけ激しいレースをしたにも関わらず、コイキングは未だ元気良く跳ね続けている。対して、ナオトは顔面蒼白で今にも死にそうだ。

 

「ナオト!」

「大丈夫か!?」

「ああ、何とか……それより、勝負の結果は?」

 

 フルーラとタケシが慌てて駆け寄る。タケシが倒れているナオトに肩を貸すが、ナオトは自分のことよりも勝敗が気になるらしい。

 

「そ、それが……ほとんど同時にゴールしたから分かんなくて」

 

 センタは申し訳なさそうにそう返す。正直言って、例えほぼ同時でなくともあんなスピードでは目視で判断できるわけがない。しかし、残念ながらハイスピードカメラなんて代物はこのジムには置いていないのだ。

 

「それじゃあ、この勝負は引きわ──」

「いえ、君の勝ちよ。ナオト君」

 

 そこへ、カメックスから降りたアツミがやってきてそう答えた。センタは驚いて彼女の方を振り返る。

 

「ね、姉ちゃん!」

「いいのよセンタ。ゴール目前で私の真横を通り過ぎたあの暴風。あれを間近で感じたら、負けを認めざるを得ないわ。それに例えカメックスが先にゴールしていたとしても、コイキングでここまでの接戦を繰り広げたという時点で十分にバッジを受け取る資格はあるもの」

 

 いつの間にか、あれだけ荒れ乱れていた雨風はパタリと止んでいた。まるでナオトとコイキングを勝たせるためだけにやってきたかのような雨雲であった。

 アツミが足元の覚束ないナオトの元に歩み寄り、右手を差し出す。その手の平には、ジムでのバトルに勝利した証であるバッジ。

 

「これは……貝殻?」

「そう。オレンジリーグのバッジは貝殻で出来てるの。ナツカンジムのバッジは、桜貝で出来たサクラバッジよ。さ、受け取って」

 

 ナオトは震える手でバッジを受け取る。桜色の貝殻が、雲から再び姿を現した太陽の光を反射して煌めいた。

 

「ココッ!」「ミャウ!」

「うわっ!? おいこら止めろって!」

「ハハハ、やったな。ナオト!」

 

 そんなナオトの胸に、アイとコイキングが喜び勇んで飛び込む。既に意識が朦朧としていたナオトは飛び込まれた衝撃でそのまま地面へ仰向けに倒れてしまう。それでも、彼は嬉しそうにコイキングとアイに笑いかけている。そんな彼にタケシが手を貸して起こす。

 

 その様子を微笑ましそうに見守るフルーラ。その隣でアツミが口を開く。

 

「まさかコイキングに負けちゃうなんて……並のトレーナーじゃこうはいかないわよ。彼は本当にポケモンが好きなのね」

「そりゃもう。おかげで私にも移っちゃいましたから」

 

 フルーラは晴れ晴れとした笑顔で、そう答えるのであった。

 

 オレンジリーグの一つ目のバッジを手に入れたナオト。

 果たして、次のジムではどんなバトルが待ち受けているのか? 続くったら、続く!

 

 

 




クラウド上にデータを保存してスマホからでも執筆できるメモ帳アプリが便利。
おかげで通勤電車の中でも執筆できる。
しかし、一方で引越しの片づけは一向に終わらないのであった。

■アツミ
オレンジリーグ・ナツカンジムのジムリーダー。
序盤に出したアヅミと名前が似てるのでややこしい。ちなみに、スキルバトルは作者の造語。

■センタ
アツミの弟。よくいるサトシを馬鹿にする役の子供。

■Bボタン同盟
DP編第21話「最強のコイキングと最も美しいヒンバス!」に出てきた進化前のポケモンをこよなく愛するサークル。
このサークルのコイキングはヒカリのポッチャマに勝ち、サトシのピカチュウと引き分けた。

■どこかの美人三姉妹の長女
ハナダ美人三姉妹の長女、サクラのこと。
サイドストーリーで車のハンドルを握ると性格が変わるという設定が追加されている。

■どこかの町出身の人間
もちろん、公式公認のスーパーマサラ人のこと。



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