ダンバートンの広場の一角。そこでヒィは、掲示板を見ていた。
「羊の毛刈りイベント?」
「どうやら、ティルコネイルで行われているようですね。その名前の通り、特別な羊の毛を刈るイベントみたいです」
つぶやくヒィに答えたのは、メイド服に身を包んだ若い女性。名前はメイナ、ヒィに御付きのメイド。
そう、ヒィはこの度、チャソおばさんの紹介で、彼女をメイドに迎えたのである。ちなみにヒィにとって初めてのメイドである。
「特別な羊かぁ……。どんなのだろ? 試しにやってみようか」
そのヒィの言葉ににっこりとほほ笑むメイナ。でも、街角の時計に目をやると申し訳なさそうに、頭を下げた。
「申し訳ありません、ヒィ様。今の時間は、まだ目的の羊は出現していないようでございます」
その言葉に、ヒィもちょっとがっかりした表情を見せた。
「そうかぁ……残念。それじゃ、出現するまで何しようか? メイナは何かやりたいことある?」
「え、よろしいのですか?」
驚いた表情で聞き返すメイナに、ヒィはにっこりと笑って「もちろん」と答えた。
「ありがとうございます。それでは……」
* * *
ヒィのメイスが唸る!
全力のヒィのメイスがさく裂し、ラゴデッサは吹き飛ばされ、動かなくなった。
「ふぅ……こんなものかな」
そう言って汗を拭くヒィを、やや冷ややかな目で、メイナが見つめていた。その表情には、どこか怒りが感じられる。
「あの……ヒィ様?」
「え、なに?」
そう聞き返すヒィに、メイナは我知らず少し怒気と冷気を秘めた声で聞く。
「なぜキア下級へ?」
「え? 黒クモを退治にきたんじゃないの? そういえば、なかなか黒クモ出ないなぁ。どうしてだろ?」
のほほんとしたヒィに、メイナの何かが切れた。
「キア下級に黒クモは出ませんっ!! ラゴデッサとクモを間違えたんじゃないんですかっ!?」
そのメイナの怒声に、ヒィは合点がいった表情でうなずいた。
「あー、そうだったっけ。どうりで、なかなか黒クモが出ないな、と思った」
「はぁ……もういいです。それより、そろそろ例の羊が出る時間です。そろそろ行きましょう」
やっぱりのほほんとした感じのヒィに、しょうがないと諦めたのか、呆れたような溜息をついてメイナが促す。
さすがにそんな様子を見ると、ヒィも済まない気になってくるのであった。
「ご、ごめんね、メイナ。後で、タマゴポテトサラダでもおごるから、ね?」
「ヒィ様の中で、私は食いしん坊キャラになっちゃってるんでしょうか……。おごるのはおいといて、早く行きましょう」
そう言って二人は、今まで来た道を引き返し、キア下級ダンジョンから脱出した。
* * *
二人がキア下級ダンジョンから出るとそこには……。
「うわぁ、人がいるね……」
「いますね。それにみんな、楽しそうですよね」
そう言って、メイナがほほ笑む。
キアダンジョン入口の前では、多くの冒険者が、羊……否、羊の皮をかぶった狼を追いかけていた。冒険者たちはみな、その狼を叩き、そして落とした毛を拾い集めている。
「この狼たち、本当にとても丈夫そうだね」
「そうですわね。もし倒れるようになったら、争奪戦になっちゃうからではないでしょうか」
「あぁ……」
メイナの推論を聞いて、ヒィはうなずいた。
確かに、もし攻撃して倒れるようになっていたら、毛の数に限りが出てくるわけで、あちらこちらで毛の争奪戦が起こってしまうだろう。それを考えると、この狼が倒せないということは、とても理にかなってるように思えた。
「それじゃ、ボクたちも頑張ろうか」
「はいっ」
そう言葉を交わして、ヒィたちも、笑いながら、冒険者たちの喧騒の中に飛び込んだ。
狼たちを追いかけ、叩き、落とした毛を夢中で拾い集めて行った。
* * *
後日談がある。
その翌日。ティルコネイルの広場にて。
「ヒィ様、また羊の皮をかぶった狼が出現したとアナウンスがありましたよ!」
「よし、行ってみよう!」
そして、またキアダンジョンの入り口前に行く二人。だが、そこにいたのは……。
「本物の……」
「羊……」
「「だまされたぁ!!」」
今話も読んでいただき、ありがとうございました!