「さーて、今日は影に行くぞー!」
「ご主人様、飛行中のほうきではしゃぐのは危ないのでおやめください」
城塞都市タルティーンの上空をほうきで飛んでいくヒィとそのメイドのメイナ。
今回、ヒィは観光のためにここに来たのではない。あくまでも冒険のためである。
『影』――正しい名前は『影ミッション』。
『影世界』という、一種の可能性世界での冒険。『影世界』に起こった出来事は、そのまま現実世界にも影響を及ぼす。
ゆえに、魔族側は『影世界』で活動を行い、世界の状況を自分たちに有利に書き換えようとし、人間側はそれを阻止しようと、『影世界』に冒険者を送り込んでいるのである。
さて、ほどなく二人のほうきは、『影世界』への入り口であるストーンヘンジの前までやってきた。静かにほうきを地面に降下していく。ほうきから降りた二人は、さっそくミッションがリストアップされている掲示板を見る。
「えーと、今日はどれにしようかなぁ……」
「『タルティーン制圧』はやめたほうがいいかもしれません。私たち二人だけでは、制圧しきれないような気がします……」
「『ブラックウィザード退治』も危ないよねぇ……。何かずっと昔に、大変な目にあった気がするよ」
そんな会話を交わしながら、どれを受注しようか頭を悩ませる二人。
そして受けるミッションを決めた(受注は、目的のミッションをタッチするだけなので楽である)二人は、ストーンヘンジまでやってきた。そして。
「それじゃ行くよ、いい?」
「はい、いつでもどうぞ」
メイナの返事を聞いて、ヒィがストーンヘンジに触れる。
そして二人は、少しの間、現実のエリンから姿を消した。
* * *
景色はいつも見ている景色なのに、どこか違う。周囲に漂う魔族の気配。
ここが『影世界』。現実のエリンと同じようで違う別世界である。
「さて、はじめるかーっ」
「はい。まずは、各地点にいる敵の撃滅からですね」
そう言って、走り出す二人。
今回二人が受けたミッションは、『スリアブクィリンの岩石』。このスリアブクィリン地方の影世界で採れる赤い鉱石。これはゴーレムを作る材料になるということで、人類も魔族もこれを強く欲している。
ということで、その産出拠点を守っている影世界の獣を倒して、拠点を確保することが、このミッションの目的である。
「いたいた、よし……と」
ある拠点で鉱脈を守っている猪を発見したヒィは、クロスボウに矢をつがえる。その動作も、今となっては慣れたものだ。
狙いをつけて……放つ! その一撃は猪に大ダメージを与えたが、倒すには至らなかったようだ。怒った猪はヒィに向かって突進してくる。
メイスと盾を構えながら、ヒィはメイナに、別の猪を攻撃するよう指示を出す。
メイナが走っていくのを見たヒィが正面に目を向けると、猪が目前まで来ていた。
「おっとと……」
ちょっと慌てて盾を構える。
猪が盾に体当たりし、強い衝撃がヒィを襲う。だが、盾のおかげでまともなダメージは通らない。ヒィは踏ん張って、その衝撃をこらえる。
そしてメイスを振り下ろして反撃を加える。
猪の攻撃を受け止め、またある時はかわす。メイスで反撃を行い、猪の動きが止まったときにはクロスボウの一撃を加える。
それを繰り返して、ようやくヒィは一匹の猪を仕留めた。しかし!
「うわあっ!」
ちょうど仕留めたところで戦闘態勢を取った別の猪が、ヒィの隙をついて突撃をお見舞いしたのだ。
すっころんだヒィだが、着ていた鎧のおかげで大ダメージには至らなかった。すばやく立ち上がり、身構える。
「さっきのお返しだよ!」
そしてまた戦い。受け止め、殴り、かわしてカウンター攻撃。
そして二匹目の猪もなんとか倒すことができた。
一息ついたヒィは、メイナのほうを見る。
「こっちのほうは片付いたよ。メイナのほうはだいじょう……ぶ!?」
「ぜぇ……はぁ……」
メイナは猪のパワーの前に満身創痍となっていた。もう、立っているのが精いっぱいの状態である。
「うわあああ、メイナああああ」
ヒィは慌ててメイナのほうに走っていくと、クロスボウに矢をつがえて発射した。矢は、猪がメイナに体当たりする直前に、その頭部に突き刺さり、猪がヒィのほうに向きなおる。
メイナをやられる寸前で助けられたことに安堵しながらも、ヒィは盾とメイスを構えた。
* * * * *
「大丈夫だった? メイナ」
「はい、おかげで助かりました……」
ヒィの応急手当と回復魔法(ヒーリング)を受けながら、メイナはヒィにそう応える。
メイナの体には何か所も包帯が巻かれていて、そのダメージの大きさを物語っていた。
「ただ……」
「え?」
そこでなぜかメイナがヒィをじと目で見た。
「戦いで余裕がないのはわかるのですが、もう少し私のほうにも目を向けてくれると嬉しいのですが……」
「は、ははは……ごめんね」
そう会話をかわしながら傷の手当を行い、それが終わったところでヒィは立ち上がった。
「それじゃ、この先も頑張っていこうか」
「はい、そうですね」
そう言葉を交わして微笑みあうと……ヒィは真っ先に次の拠点について走り出した。メイナも溜息をついて後を追うのだった。
* * * * *
そして戦いを終え、二人は現実のエリンへと戻ってきた。
「ふぅ、ちょっと大変だったけど、なんとかなったね」
「そうですね。最初に比べて、少しでも私のほうに目を向けてくれて助かりました」
「う、うん……」
ダンバートンに向かうため、再びほうきで空を飛んでいるヒィとメイナ。ヒィはメイナに皮肉を言われて、少しへこんでいるようだ。そこに。
「ん? ねぇメイナ。ちょっと降りてくれないかな?」
「え? はい、わかりました」
ヒィに言われて、メイナはゆっくりとほうきを降下させた。
「どうしたのですか?」
「うん、あそこに千年ものの熊がいたから。行くぞぉ~」
そう答えると、ヒィはメイスと盾を持って、その熊のほうに走っていった。それを見送って、メイナはまた何度目かの溜息をついた。
「よーし、行くぞー。そーれっ」
ヒィは勢いよく走ると、熊に全力の一撃(スマッシュ)を放った。しかし熊は、振っ飛ばされはしたものの、何事もなかったかのように立ち上がる。その大きさは、さすが千年物だけあって、普通の熊の数倍も大きかった。
「さすがに千年ものだけあって、すごいタフだなぁ」
ヒィはそう感嘆の声をあげる。千年ものというのは、倒されずに長年生存していた個体が強大な力を持ったものを言う。その戦闘力は、元々の個体をはるかに凌駕するが、倒したときに得られる報酬も多いので、挑む冒険者も多い。……返り討ちにあう冒険者もまた多いのだが。
ともあれ、怒った熊はヒィに突進すると、その大きな腕を振り下ろした。それをヒィは盾で受け止めた。
* * * * *
そして激闘の末、熊はついに倒された。あおむけに倒れ込むと、その体から大量の金貨がばらまかれた。
「うわー、これは大漁だー。よかったー……ってあれ?」
ふと気が付いたヒィが周囲を見ると、そこは深い森の中。そう、戦いに夢中になるあまり、戦場が着陸地点から大きく離れた森の中に移ってしまったのに気づかなかったのだ。
「えーと、メイナー、どこー?」
早くメイナと合流して、ここを去らなければならない。ヒィはメイナの名を呼びながら森の中を走り回った。
そしてなんとかメイナを見つけたものの……。
「……」
「うわああああ、メイナああああ」
そこで彼女が見たものは、いつの間にか獣に襲われズタボロになり、意識を失って倒れているメイナの姿だった……。
その後、蘇生処置を行ったヒィが、半眼のメイナに平謝りしたのは言うまでもない。
今回も読んでくださり、ありがとうございました!
更新が少し遅れて、申し訳ありません(汗