こちらエルトリア復興委員会です。   作:観測者と語り部

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1オルタ 娘が生まれた日。

 オルタ!

 

 今日は私にとって娘が生まれる日だ。今まで多くの苦労があったが、何とか乗り越えて此処まで来れた。

 

 娘の名前はイリスと言い、エルトリアの技術の粋を集めた人工生命体。コアである小型の中枢機を中心にして無機物を変化させ、目的の形状・機構に変化させるヴァリアントシステム。それを有機物に応用するマテリアライズシステムの応用によって誕生する少女。しかし、何分初めての技術なので細かな調整は必須なのだ。

 

 目が覚めれば普通の人間と同じように喋り、物を食べたりすることもできるし、『成長』もする。新しい知識を吸収して独自に進化することも可能だろう。元は兵器として誕生する予定だったらしいが、そんなのは却下である。娘には希望であってほしいと願うから。

 

 私たちの住んでいる惑星エルトリアは死に瀕している。死蝕と呼ばれるほどの環境汚染。水は腐り、植物は枯れ果て、大地は荒廃していく一方だ。資源も枯渇していき、人々は住めなくなった星を棄てて、新たな新天地への移住やコロニーの建造を行っている。しかし、一方でエルトリアで生まれ育った一部の人たちは、愛する故郷を棄てる事ができずに、こうして踏みとどまり、母なる星を救おうと奮闘している。

 

 かく言う私もその一人だ。

 

 しかし、人間である私たちにできる事は少ない。今更、環境を整え、植生を維持・再生することは出来ない。汚染された水源を浄水することも難しい。エルトリア固有の生態系も壊れ、動物も昆虫も衰退する一方だ。再生するよりも侵食するスピードのほうが上回っているからだ。

 

 故に娘であるイリスに私たちの希望を託した。あらゆる無機物を使い、少ない資源であらゆる物を建造できるヴァリアントシステムを搭載し、あらゆる環境でも生きていけるほどの強靭な生命力を持つ。マテリアライズシステムを使えば絶滅に追い込まれる動植物の繁殖を助けることも可能。必要とあらば自己増殖を行い、一人で多人数を必要とする作業も可能とする。ナノマシンであらゆる機械の操作も可能と、これでもかと万能性を詰め込んだ。まさに惑星環境再生ユニットに相応しい機能を持つ。

 

 彼女の力を使い惑星の再生を進める。私たちの役割はその行動と機能のバックアップ。イリスの調子が悪くなれば、その原因を突き止めて対処する。人間でいうところの医者の役割。けれど、稼働が安定すればその必要もなくなるだろう。最悪、一人になっても惑星の再生を可能とするだけの機能は与えたつもりだ。

 

 問題は時間である。死蝕を食い止めながら再生するとなると、膨大な時間がかかるのは誰にでも分かる話だった。政府も棄てた惑星に対して、いつまでも関わっているほど暇ではない。そうなった時、あらゆる事象に万能性を示すイリスの引き渡しを要求してくるかもしれない。しかし、私はその要求を受け入れるつもりもないし、娘を見捨てるつもりもない。一緒に残ってでも、共にエルトリアの復興を成し遂げる覚悟だった。たとえ、どれだけ時間がかかっても。

 

 娘を独りにはしない。

 

 それが重い役目を背負わせた、私にできる罪滅ぼしだ。私が生み出し、私が始めた復興計画は最後までやり遂げる義務がある。

 

 

 

 話が逸れたが、イリスの話題に戻ろう。私はイリスの調整段階で、惑星再生に必要なあらゆる知識をインプットした。しかし、機械にプログラムするように知識を植え付けて完成、稼働させると。本人の反応も機械のようになってしまう。惑星再生するだけならそれで良いのかもしれないが、エルトリアに人が戻ってきたときに、娘が機械のような反応しか示さなかったら、人々に感謝の気持ちも愛着も芽生え辛い。最悪、使い捨ての人形にされるかもしれない。だから、愛着が湧くように人間らしい感情と心を宿してもらう必要がある。まあ、私の建前だ。

 

 本音はイリスに人間のように生きて、人間のように笑っていてほしいという私の願いがある。だから、培養槽の中で眠っている幼い娘が目覚めれば、まずは言葉を交わしながら一緒に過ごす生活を始めることになるだろう。当たり前のようにおはようと挨拶して、お休みと言って一緒に眠る。一緒にご飯を食べて、運動をして、一緒に遊んで、人間の子供と同じように成長していく。そうすればイリスの中にも人間らしい感情が生まれ、優しく楽しい思い出の日々は、彼女の心の支えになる。

 

 機械のように役目を始めて、機械のように役目を終えるのもいいかもしれない。けれど、それだけで終わってしまうのはあまりにも寂しいと思うのだ。惑星再生という大役を担う以上、人々には感謝の言葉があって然るべき。それに、役目を終えた娘が新たな目標を見つけるきっかけになれば幸いだ。そのまま人を慈愛とともに見守ってもいいし、人間と同じように生活してもいい。再生したエルトリアの自然の中で暮らすのもいいだろう。何をするのも自由だ。

 

 もちろん自衛の為に兵器としての力は残しておくが、破壊や虐殺の方向に向かないようにするのは親である私の役目。だからこそ、最初の教育や生活環境は何よりも大事だ。愛を持って接すれば、相手も愛を持って接するようになる。私は娘を信じている。

 

 やがて、徹夜にも等しい時間を通して、スタッフと共に何度も調整を繰り返し、システムや数値のチェックを何度も確認して。いよいよ娘の目覚めの時が来た。培養槽から液体が排出され、覚醒コマンドを打ち込まれた娘は、徐々に意識を覚醒させていくだろう。目を覚ませばプログラムに従って自立行動を起こし、芽生えた自意識によって人間と同じように判断して動けるようになる。人格部分は基礎部分以外は白紙に近いが、躯体の成長とともに人格も自己形成される。つまり人間と同じように成長できるということだ。

 

 問題は人格部分だが、私は子供がいなかったのであまり関与していない。感情を司る部分は、子供がいるスタッフに任せていた。初めて親である私やスタッフを目にして、どんな反応を示し、どんな感情を露わにするのか。それは誰にもわからない。イリスのみぞ知るところだ。

 

 イリスを培養槽から出して、幼い身体を拭いてやる。スタッフに所長がやってあげてくださいと言われ、恐る恐るだが、優しく宝物を扱うかのように娘の身体を拭いた。あとは服を着せて、一緒に生活を始めるのだが、着替えさせるのは女性スタッフの役目。

 

 おっと、娘が目を覚まし―――

 

「―――ん、んぅ、あっ、パパ。おはよう」

 

 誰だ。人格部分をプログラムした奴は。お前か。

 

 グッジョブだ。思わずオルターーーっ!! て叫びそうになったじゃないか。

 

 その日、(所長)は親バカになった。今日は日誌に娘がパパと呼んでくれた日と書いておこう。娘の誕生日であると同時に、パパ呼び記念日だ。

 

 

 

 幼い娘を着替えさせ、まずは教育スタッフと共にイリスと過ごすことになる。最初に行うことは躯体の動作チェック。いくら万全を期するといっても、実際に動かしてみないと不備があるかどうかは分からないものだ。手を握ってみたり、足を動かしてみたり。私と娘で互いに触れ合ってみて、力加減が出来ているかも確認したりする。イリスが本気を出せば人を容易く殺せる。そうならないように普段はリミッターを掛けている。それも、概ね上手くいっているようだ。

 

 もちろん緊急時に応じてリミッターが外れるようにしてあるし、モードの変更もイリスならば簡単にできる。それこそスイッチを切り替えるようにオン、オフが可能だ。まあ、本人が過ごし易くするための一種の矯正装置といったところか。人間や小動物と接する中で、力加減を覚えれば自然とリミッターも消え失せるだろう。あくまで誤って人や動物を殺してしまわないための処置である。

 

 イリスと一緒に施設を移動するときは、私と手を繋いで一緒に移動する。その姿を見た他のスタッフからは笑われたり、微笑まれたりした。なんでも私の顔は緩みっぱなしだし、イリスも愛らしい表情で嬉しそうにしているものだから親子にしか見えないらしい。普段の生活のギャップとも相まって人が変わったように見え、それが受けたようだ。まあ、普段は無愛想なところがあるから、これも仕方がないだろうが。はっはっはっ!

 

 イリスの手は子供特有の体温で温かく、それに柔らかい。人の手によって生まれた人工生命だが、ちゃんと生きている。勿論、躯体が破壊された場合のバックアップも可能で、即座に死んだり、消滅することもないが。それでもちゃんと生きているのだ。この過酷な地で生きるための強靭な生命を持っていても、生まれたばかりの幼い子供であることに変わりない。

 

 私は教育スタッフと共に、イリスのあらゆる動作に対するデータを収集し、チェックしながら、彼女といろんな話をした。自分のこと。年齢や趣味。イリスのこと。彼女の生まれた訳やこれからの事を。時には飛んだり、走ったりして身体測定をするイリスを見守り。親が幼い子供とボール遊びするように、イリスと一緒にボール遊びをしたりした。時にはお姫様抱っこや、肩車をしたりして、大人から見える視線をイリスに感じてもらったり。抱き着いてきたイリスを受け止めながら、ぐるぐると体を回転させて一緒に目を回したりした。

 

 次に一緒に食事をして、時には食べさせたりもした。食事による代謝活動も問題なかったし、味覚のほうも正常に機能しているらしい。初めての食事ということでできる限りの料理を少しずつ用意したが、早くも味の好みを覚えているのは良いことだろう。個性の成長というやつだ。やっぱり女の子は甘味が好きなのだろうか? まあ、個人差もあるだろうが。ちなみに私はブラックコーヒー派だ。あの苦味で目が覚める感覚が堪らない。甘味を食べるなら紅茶派だがね。

 

 その後は一緒に勉強して、特に言語能力に問題がないか徹底的に調査を行った。といっても一緒に会話して本を読む程度のものだが。インプットされた言語のほうは問題なく。翻訳機能のほうも万全で一安心。あらゆる言語を解析、翻訳するのは、時に未知の遺跡の調査を行い、古代文の翻訳や危険がないかの調査を行うこともあるから重要だ。まあ、一緒に話ができてうれしいという点が、私にとっての最大の収穫だろう。

 

 その日、慣れない子育てで、すっかり疲れ切ってしまった私だが、終始イリスが笑ってくれたものだから良しとしよう。娘の笑顔が曇らないように頑張るのも、親の役目である。娘にはいつまでも笑っていて欲しい。

 

 残念なのは緑の野山を一緒に駆け回ることが出来ないということか。外に出れば荒廃した大地が辺り一面を覆っている。空は曇り、夜の星々の光は霞んでしまって届くことはない。汚染された大気の弊害が強く、外で長時間活動することは推奨されないほどだ。

 

 目覚めて最初に復興する目的である大自然を見せることができないのは残念だと思う。だから、代わりに植物プラントで貴重な植生に実際に触れてもらうことにした。それからモニター越しではあるが、過去のエルトリアの映像を見せることで知識にもある自然を、実際に体感してもらう。

 

 この施設にはエルトリアの復興のほかに、博物館的な役割も兼ねている。だから、フロンティアロックと呼ばれるコロニーからエルトリアの自然を体験する為に人々が訪れる事もある。

 

 イリスに感じてもらったのは、その訪れる人や連れてきた子供のためのリラクゼーション装置によるもの。川の流れる音や滝の莫大な水音。海の音。波の音。今では見ることも少なくなった大森林に囲まれながら、聞こえてくる動物や鳥の声に耳を澄ます。森や土の香り、花の香り。そして過去のものとなった日の光によって変わる自然の景色。朝焼け。夕焼け。満点の星空。降り注ぐ雨や雷雨。轟雷の音。移りゆく季節。春の満開の花。夏の暑い日差し。秋の彩り豊かな紅葉。白一色に染まった雪景色など。五感を通して擬似的に感じることのできる人工物の世界。

 

 今では失われつつあるエルトリアの各地の見られた過去の映像。

 

 季節の彩りは無くなり、荒廃した環境によって汚染は激しさを増すばかりだ。降り注ぐ雨が、今では植物を枯らし大地を荒廃させる。森は枯れ、水は浄化されなくなり、寒暖差の激しい気温によって異常気象が誘発され、汚染されたままの水はそのまま激しい雨となって再び降り注ぐ。動物たちは安住の地を求めて大地をさ迷い歩き、この施設に駆け込んでくる子も少なくない。人に寄り付かないような動物が、人を頼らなければならないほど事態は切迫している。

 

 それが死蝕によって死んでいくエルトリアの現在(いま)だった。

 

 娘は調整槽で眠る前に、窓から見える荒廃したエルトリアの景色を見て。パパ、わたし頑張るね。と幼げな笑顔で私を励ましてくれた。パパと一緒にエルトリアの大地を歩きたい。わたしの役割が、わたしの夢になったよ。パパ、ありがとう。とまで言われた。もう、感無量である。思い残すことはない。でも、エルトリア復興まで倒れるわけにはいかない。

 

 明日も早いし、仕事は多少残っているが、今日は眠ることにする。何度も徹夜するのも体に悪い。イリスの誕生が最終段階に入ったこともあって、無理をする日々が続いていた。しかし、それも今日で終わりだ。明日からは娘の笑顔に癒されながら、再び頑張ろうと思う。

 

 エルトリアが復興されるその日まで。

 

 

 

 次の日、お腹のあたりに重みを感じて、目が覚めると幼い娘がいた。イリスである。私が目を覚ますと、花が咲いたように笑って。再び目を閉じると、ゆさゆさと体を揺すってパパ、起きてって言われた。なんだこれは、至福の時か。私は夢でも見ているのだろうか。目を覚ます。幼い娘が笑顔で私を見ている。目を閉じる。幼い娘が一生懸命、私を起こそうとしてくれる。無限ループだ。オルターーーっ!! 最高だっ!!

 

 悪ふざけはよそう。起こしてくれた娘にありがとうと言いながら、上体を起こすと、娘を抱き上げて脇に降ろした。イリスは抱っこされるのが好きなようだ。なんというか人の役に立つという基礎部分が、人に対して興味を抱かせているらしい。肌を通して伝わる温もりも好むようだ。直に触れ合っているという感覚が愛情を感じさせ、彼女にそうさせているのかもしれない。肌の温もりを通して人を知ろうとしているというか、彼女なりのアプローチの一環なのだろうか。生みの親である父親は、どんな人? という好奇心も私に懐いている要因だろう。

 

 一方で親バカ(父親)としての私は、娘に直接起こしてもらうという体験に、幸福指数がマッハアップしまくっていた。天にも昇る気持ちというのはまさにこの事を言うのだろうと神に感謝したくらいである。聞けばスタッフの一人にお父さんを起こしてきてあげてねと言われたらしい。スタッフ、グッジョブである。思わずオルターーーっ!! と叫びだしそうになったが、娘が怖がるといけないので我慢して必死に耐えた。

 

 洗面所で顔を洗い、寝癖を直していると、娘が笑顔で私の様子を見ていたので髪を梳かしてあげた。それはもう気持ちよさそうにするものだから、娘の髪を整えるのを今日から日課にすることとする。スパイラル激写である、写真に残したい。うちの娘はかわいい。オルタ以下略。

 

 着替えて、鏡の前で身支度。白衣を着て、娘と一緒に手を繋ぎながら食堂へ向かう。嬉しそうに手を繋いでくれる娘が可愛い。私たちのイリスは天使に違いない。小さな手が愛おしくて護ってあげたくなる。

 

 食堂ではそれぞれのスタッフたちが思い思いに食事をしながら、談笑していた。しかし、私たちの姿を見ると微笑ましそうな目で見られた。所長、顔が緩んでいますよ、とも言われた。どうやら私は娘が可愛くて、可愛くて堪らないといった顔をしているらしい。

 

 食事はトレーや皿を手に取って各々が好きなものを取っていくバイキング形式だ。予算も多いとは言えず、危険なこともある復興施設では食堂の売員や料理人を雇うといった余裕はない。食料も栄養価優先で、味付けが大雑把なものばかりだった。スタッフが温めるだけで手軽に用意できる簡単なものといえばいいだろうか。スープ類もお湯を注ぐだけの簡単なものが多い。中には料理できるスタッフもいるが、汚染された大地では食料を得るのも一苦労なので、コロニーからの輸送に頼っている部分も多いのだ。

 

 水を浄水して飲み水に変えたり、ある程度の食糧が自給自足できる栽培プラントも存在するが、どちらかといえば植生を再生するための人工栽培施設といった意味合いが大きい。浄化した水も土も、新たに芽生える生命となる動植物たちのためのもの。何より人が口にするには、まだまだ懸念が大きい部分もある。一見綺麗な水でも、飲み続ければ体内で細かな汚染物質が濃縮していく可能性がある。油断は禁物だった。だから、自給自足に頼ることは最終手段である。よって、コロニーからの支援が打ち切られると、我々の活動が大幅に制限される事になる。

 

 話が逸れた。私と娘が席を決めると、イリスは、わたしがパパの料理も運んでくるねと、元気に料理の盛られているところに走って行ってしまった。思わず手を伸ばすが、せっかくの娘の好意に甘えることにしておとなしく待つ。周囲のスタッフも娘の姿を優しく見守っている。転ばないでねと、優しく注意したり。手伝おうかと言ったりする者もいるが、イリスは元気そうにだいじょうぶと言った。私も娘が転んで怪我しないか、ちょっと不安になりハラハラドキドキである。他のスタッフに大丈夫ですよ励まされるも不安は不安だった。どうやら心配そうな顔をしているらしい。

 

 お皿にバランスよく料理を盛っている所を見ると、人体にとって必要な栄養の知識などは充分に役立っているらしい。私やスタッフ達と接する時間が増えて、個人に対する趣味嗜好の経験値が蓄積されれば、その人の好みを選ぶといった配慮もできるようになるだろう。好きなものを選んでくれるという奴だ。まあ、私にとっては娘からのプレゼントは何でも嬉しいだから問題ない。それにエルトリアの現状を考えれば好き嫌いなどと言ってられないだろう。

 

 トレーに自分の分と、私の分の料理を載せて。落とさないように慎重に運んでいる姿を見ていると、微笑ましくなってくる。イリスは幼く小さな女の子だが、あらゆる環境に適応できる事もあって身体能力も非常に高い。今の段階でも人間を凌駕しているので、小さな身体が料理の重さに振り回されることもないらしい。バランス感覚の動作も問題ないようだ。慎重に、だけどしっかりとした足取りで私の元まで帰ってきた。

 

 だから、偉いね。頑張ったね、と。私の娘はお手伝いも、気遣いもできる立派な娘じゃないかと褒めたら、嬉しそうに笑ってくれた。すごく可愛かったので、思わず頭を撫でてしまったくらいだ。私の娘は可愛い。私の娘は天使だ。その光景を見ていたスタッフも和んでいく。疲れなんて吹き飛んでしまうくらい癒されているようだ。イリスが目覚めてくれてよかった。少しずつ暗雲が立ち込めていたエルトリアの復興計画に光が差し込んだのは間違いない。

 

 彼女は私たちの希望になるだろう。オルタ。

 

 それから一緒に料理を食べる事で、久しぶりに穏やかな時間を過ごすことができた。

 

 イリスは改めて食べる料理に一喜一憂しながら自分の中で料理の味に対する経験値を蓄積させていく。自分の中に元々ある料理の知識を参照しつつ、甘い、しょっぱい、酸っぱい、辛い、苦いといった味覚に対する知識と実際の感覚を照らし合わせているようだ。やがて味の好みも自分の中で確立していくだろう。ころころと変わる娘の表情を見つめながら、私は時にイリスの口元についた汚れを拭ってあげたり、料理を細かく切って食べさせてあげたりした。

 

 マナーや作法も学んでいるだろうが、初めてナイフで肉を切るときは誰だって苦戦するものだ。これで新鮮な魚から骨を取り除くときは、もっと苦労するに違いない。まあ、エルトリア復興委員会に提供される魚料理は、加熱加圧されたものが大半の缶詰加工品。骨まで食べられるので、そんな経験を得るのはもっと先になるだろう。自然と料理できる機会も限られてくるし、知識はあっても経験を得るにはまだ遠い。

 

 そんな事を考えていたら、不意に私の口元に料理が運ばれていた。フォークに綺麗に巻かれたパスタ。目の前を見ればあ~んと、嬉しそうにするイリス。目線で周囲を見れば、いたずらが成功したみたいに笑うスタッフの一人がいる。イリスに何か吹き込んだらしい。人に食べさせてあげるあ~んという行為をやってみたくなったのか。しかし、私が受けない理由はないので、素直に運ばれたパスタを食べて、美味しいよイリス。ありがとう。とお礼を言っておいた。

 

 笑いながら嬉しそうにはしゃぐ娘が可愛かったので、お礼に貴重な甘味であるゼリーを食べさせてあげると、目を輝かせて嬉しそうに食べてくれる。あま~いと幸せそうな表情をするイリス可愛い。あとで写真撮ろう。そうしよう。私の娘可愛いよ写真集を作らねばならない。オルタ。

 

 朝から気力もエネルギーも充分に溜まったので、今日の仕事は捗りそうだ。素晴らしいことである。

 

 

 

 午前中はイリスの勉強を教育スタッフに任せながら、私は所長としての仕事に専念する。委員会としての報告書の作成だ。プロジェクトの現状や、何が必要で何が求められるのか伝えつつ。支援を引き出すための理由なども合わせて考える。イリスが完成し、生まれてきてくれた事は非常に大きい。彼女の能力によってエルトリアの環境が復興し、未踏査地区などの調査を行えるようになれば、見つかっていない資源を活用できるようになるかもしれない。そうすれば、エルトリアに価値がないと判断しつつある政府も意見を変えるだろう。目先の欲ほど分かりやすいものはない。少しでも長く支援を引き出して、少しでも長く惑星再生のための時間を稼がなければならない。

 

 私たちにとって重要なのは、あくまでもエルトリアを死蝕の危機から救い、自然環境を再生することにある。惑星規模の再生と循環が可能になれば、危険な外宇宙の探索も、狭いコロニーで制限された生活をする必要もなくなる。少なくとも人々が星とともに生きていく未来を与えることができる。暖かな日の光や、豊かな大地に囲まれて過ごす生活を取り戻すことができる。そんな素敵な未来を、未来の子供たちに残してあげたい。

 

 それが私の夢だ。イリスはその夢を実現するための希望。スタッフたちも私の志に賛同してくれた同志。ならば、娘や彼らのためにも、私も一段と頑張らなければ。

 

 そんな想いを胸に仕事をしていたら、いつもより早い時間に仕事が終わってしまった。今のところイリス自身に問題も起きていないし、技術者としてもやることはない。新技術の開発をしている余裕もないので、報告書の作成が終われば手持ち無沙汰だ。改めて娘ってすごいと思う。娘を思うだけでこんなにも力が湧いてくる。今の私なら、なんだって出来る。私の書類仕事の補佐をしていた女性スタッフも驚いていたので、よっぽど鬼気迫る表情で仕事をしていたのかもしれない。オルタって何ですかと言われた。恥ずかしかったので、気合が入る魔法の言葉と誤魔化しておいた。恥ずかしい。どうやら無意識に叫びながら仕事をしていたようだ。

 

 とりあえず午後の予定を確認。午後からは外の試験場で娘のヴァリアントシステムの動作確認とデータ収集の実験がある。イリスに搭載されたヴァリアントシステムが、ちゃんと動作して、それを制御できるのか確認する。作成項目は身近な道具から、自衛の為の武器の生成まで幅広い。

 

 特に武器の生成は非常に重要だ。死蝕の進んだエルトリアでは悪化する環境に伴い、生き残るために狂暴化した原生生物も多い。厳しすぎる自然環境が及ぼした弊害といったところだ。復興作業を行うなら、そうした生物との戦闘は避けられないだろう。

 

 イリスの戦闘能力は非常に高い。私が(親バカ)として目覚める前に、秘密裏に兵器として生まれるように造られたイリスは、その万能性も相まって相手を選ばない。必要とあれば自己修復・簡易的な自己複製すら行え、無機物さえあれば補給の必要すらない。それどころか自分で武器弾薬から補給物資まで作り出して自給自足も可能。自分で適した兵器を造り出してあらゆる状況に対応することも可能。相手が機械であれば無条件で、強力なナノマシンを通してハッキングすらできる。応用すればプログラムされた存在なら、どんなものにも浸食して干渉すらできる。ナノマシンさえ取り込ませれば有機物にすら対応可能だ。すなわち、やろうと思えば人間にすら干渉することができる。

 

 もっとも目覚めた私自身にそのつもりはまったくない。イリスにはあくまでも惑星再生のためのシステムとしての運用する。あらゆる万能性も厳しすぎるエルトリアの環境から身を護る為だ。大きすぎる力が必要なくなれば、それを捨ててしまってもいい。娘にはできる限りの選択肢を残してある。何なら人として生きていくことも可能だ。

 

 可愛い娘と星の未来を想いながら、午後の予定を確認し終わると、イリスや教育スタッフたちと合流して外に向かう。実地スタッフも合流する。外で実験を行うには彼らの力も必要だ。もっとも外とはいえ、施設から出てすぐの所なので遠征よりも遥かに楽だろう。

 

 施設の周辺は惑星再生の第一段階として、常に安定した環境が保たれている。人や生物が過ごしやすいよう維持された環境は、天候の急激な変化でも起きない限り、元のエルトリアの自然環境に近い状態になっている。それを察知して生き残った動物が本能的に訪れるくらいだ。いわば、エルトリア再生のための起点といってよい場所である。腐っていた水源を、ある程度浄化できたのも大きいだろう。ここから植生を広げ、枯れた大地を豊かにすることで、ゆくゆくは畜産業なども復活できるかもしれない。

 

 イリスは私を見つけると駆け寄ってきて、胸に飛び込んできたので、しっかりと抱きとめた。まだまだ軽い娘だが、しっかりと命の重さと温もりが伝わってくる。思わず抱っこして、そのまま歩き出してしまったくらいだ。このまま持ち帰って一緒にお昼寝してしまいたい衝動に駆られたが、なんとか我慢する。イリス可愛い。娘は天使。素晴らしきオルタ。

 

 私に抱っこされながら、イリスは色んなことを話してくれた。スタッフたちとどんな事を勉強したのかとか、初めて出来たことをいっぱい褒められて嬉しかったとか。失敗することもあったけど、叱るどころか助けてもらって、しっかりしなきゃと奮起したとか。それはもう色々と喋ってくれた。そのまま話し疲れて眠ってしまうんじゃないかと思うくらいだ。子供は元気なのが一番だが、ここまで体力が有り余っているとむしろ私たちが置いて行かれるんじゃないかと心配してしまう。娘のためにも体力も付けねばならないか。オルタ。

 

 それに私たちがイリスを叱るのは悪いことをした時だ。無暗に壊したり、生き物を無意味に殺したりしなければ叱る理由にはならない。イリスは聡明な子供だ。私たちは時に優しく時には厳しく論すこともあるだろう。それを、ちゃんと分かってくれる子だ。疑問があれば教えるし、何よりも人間の役に立ちたいという根幹が、彼女に喜びを与える。人の役に立つという気持ちは、我々人間が間違えなければ彼女を支える力になる。役立てば役立つほど喜びに変わる。

 

 むしろ、我々が過ちを犯した時に、彼女はそれを止めるための剣となって、刃を向けることもあるかもしれない。まあ、要するに正しい道を進んでいる限り大丈夫ということだ。イリスの中でエルトリアの人々が、良い思い出として残るようにする。それには、我々の手に掛かっているだろう。もっとも、そんな事がなくても、愛する娘に優しく接するのは当然だ。プレシアの気持ちも今なら分かるというもの。

 

 娘に見限られないように頑張るのも我々の仕事……娘に嫌われたらどうしよう。もう、生きていけない、かも、しれない。オルタ…………

 

 ありもしない未来に不安になっていると、娘に心配された。何ということだ。父親としてしっかりしなければ。頑張ろう。

 

 

 

 ヴァリアントシステムのテストは順調だった。石ころが銃に変わり、岩を簡単に砕く力を見せるくらいだ。エネルギー制御も問題ないらしい。

 

 元は機械を通して、あらゆる資源を必要な用途に変換させるのがヴァリアントシステムだ。大凡のことは何でもできる万能の装置。今では大型の機械だったそれを小型化し、人間が使えるように落とし込んである。エルトリアの人々が外宇宙を旅するのに必要なシステムだったので、大きく急速に発展した。これにフォーミュラと呼ばれる術式を組み合わせると、人間でもナノマシンを通して機械やエネルギーの制御を可能とする。

 

 イリスに搭載されたそれは、システム一式の拡大解釈版。全力で運用すれば惑星規模の制御を可能とするポテンシャルを秘めている。あらゆる施設を個人制御し、必要とあれば簡易的な自己増殖を行い。人的リソースを増やすこともできる。用途に応じた施設やプラントを増設し、それを運用するための人員を個人で補うことが可能なのだ。

 

 だが、それは同時に死蝕に対抗するのに、それほどの能力が必要だったことも意味する。

 

 大きすぎる力に振り回されれば、災いを呼ぶかもしれない。そうならない為にも、制御方法を学ぶことは重要だ。少しずつ少しずつ自分の扱う力を行使していき、徐々に慣らしていくことで完全制御を可能とする。そうすることで力に振り回される心配もなくなるだろう。娘には負担をかけるが、これも平和な未来を掴み取るために必要なことだ。

 

 それに大きすぎる力を間違った方向に使わないようにするのも重要だろう。親としてちゃんと教育してあげないといけない。それが生み出した者の責任というものだ。彼女の中にある知識と照らし合わせながら、何が正しいことなのか。何が大事なことなのかを認識させること。無意味に破壊の力を行使してはいけない。誰かを傷つけるためではなく、誰かを護る為に力を使ってほしい。

 

 とりあえず今は、パパちゃんと出来たよ。褒めて褒めてと喜ぶ娘を労ってあげる。偉いぞ。私の娘は頑張り屋さんだと、褒めて抱き上げれば、嬉しそうに首筋にしがみ付いてきた。ぎゅってしてくる私の娘が可愛い。オルタ。そこの写真撮ってるスタッフ。あとで私にもデータを送るように。

 

 今はこれで良い。急ぐ必要はあるが、焦る必要はない。時間の許す限り、ゆっくりと娘のイリスを育てていこう。

 

 自然が豊かだったエルトリアを復興させる夢。死にゆく星を甦らせるという希望。それは私の代では終わらないかもしれない。下手すれば何百年も掛かるかもしれない。そんな大きな仕事を娘であるイリスに背負わせようとしている。そこにある種の申し訳なさを感じるし、思うところもある。

 

 だから、たくさん語ろう。エルトリアのことを。そこに住んでいた人々の暮らしのことを。豊かな森や草原に住んでいた動物たちの生活を。今よりもずっと綺麗で清んでいた湖や海のことを。そこに住む魚たちのことを。綺麗な青空と太陽の暖かさを。広がる満点の星空のことを。そこを優雅に飛んでいた鳥たちのことを。たくさん、たくさん語ろう。

 

 イリスが、この星を愛してくれるように。娘がエルトリアを好きになってくれるように。私は寝物語として、それを語ろう。

 

 大好きなイリス。願わくば健やかに成長してほしいと思う。パパはいつまでも、いつまでもお前を愛しているよ。

 

 

 

 だが、私はひとつ、大きな問題に直面しなければならなかった。

 

 イリスは普通の人とは違う成長をする。身体すでに、ある程度完成していて。ゼロから学んでいく幼子と違い、豊富な知識を備えてもいる。今は小さな幼子でしかない娘は、大人と子供の境目である少女へとあっという間に成長していき。望むのであればそこで成長を止めることもできるし、大人になることだって出来る。子供の成長が早いを、さらに上を行く存在なのだ。

 

 それが何を意味するのかと言えば、あっという間に訪れる幼年期の終わりである。具体的には一年よりも早く。もしかすると明日にでも。

 

 やがてスタッフの研究や仕事の手伝いをするようになり、今度は私たちがイリスを手伝うようになる。立場が変わってしまうのだ。娘を助ける存在から、娘に助けられ彼女を支える存在へと。普通の子供と同じように遊んでいられる時間はあまりにも短い。オルタ。

 

 もっと娘の成長を見守ってあげたかった。普通の子供と同じように過ごさせてあげたかった。それだけが心残りである。

 

 私の親バカもすぐに終わってしまうかもしれない。それに娘に思春期が来て鬱陶しくされたらどうしよう。そうなったらパパは悲しい。

 

 オルターーーっ!!




デザリングがちゃんと機能するのか。
ちゃんと投稿できるのかテストも兼ねてます。

劇場版後編発売記念。

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